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「センス」とは、プロセスを見ること。 西村佳哲さん

photo_instructor_603.jpgこの数年「熟議の方法論」が注目されている。
経営・組織分野では、組織開発や創造的会議の方法論がトピックになっている。(6/14の夕学では、神戸大の金井壽宏先生がこのテーマで話します)
地域おこし、市民参画型公共システムに取り組んでいる人の間でも関心が高い。(夕学では金子郁容先生がこの話に触れた)
「ホールシステムズアプローチ」という言葉をどこかで聞いたことにある方も多いのではないだろうか。

西村佳哲さんの場合は、もっと身近な、差し迫った問題から「熟議の方法論」に関心を寄せたようだ。「美大でデザインを教える」という個人的なことが出発点だった。

「いい授業をつくるには」
その問題意識が、きょうの講義のテーマ「(人への)かかわり方」を探索するきっかけになったという。

デザインは、答えが生徒にあるもの。教師が「これがよい」と押しつけるものではない。生徒の中にあるものをどうやって引き出せばよいか。そのための「かかわり方」がわからない。

悩んだ西村さんが、惹き付けられたのが「ワークショップ」という方法論であった。
「ワークショップ」の定義は、はてなワードによれば下記のようになる。

もともとは「仕事場」「工房」「作業場」など、共同で何かを作る場所を意味していた。 しかし最近は問題解決やトレーニングの手法、学びと創造の手法としてこの言葉が使われる事が多く、あらゆる分野で「ワークショップ」が行われている。 「ワークショップ」は一方通行的な知や技術の伝達でなく、参加者が自ら参加・体験し、グループの相互作用の中で何かを学びあったり創り出したりする、双方向的な学びと創造のスタイルとして定義されている。 ファシリテーターと呼ばれる司会進行役の人が、参加者が自発的に作業をする環境を整え、参加者全員が体験するものとして運営される。

「ここにヒントがあるのでは」と考えた西村さんは、海外を含めてさまざまな「ワークショップ」を体験してみた。そのうちに、ざらざらとした違和感を抱くようになった。

多くの「ワークショップ」は、よくできたエクササイズとして効率的である。でも何か違う。楽しく学べるけれども、あらかじめ想定された答えに行くつくための「誘導・作為」が匂ってくる。
これは、ある答えを納得させるための「伝達と共有化」の方法論ではないか。
それが、西村さんの疑問であった。

西村さんは自身の著書『かかわり方の学び方』の中で、高田研さんという方の言葉を出発点に、違和感の言語化を試みている

「ワークショップは、工業化社会へのアンチテーゼではなかったか」
「ワークショップ」という方法論が生まれた1900年代前半の米国は、工業化社会に急変貌する渦中にあった。そこでこぼれ落ちてしまうものに光を当てようとする実験的な営みが「ワークショップ」であったという認識である。

工業化社会の主戦場はFACTORY(工場)である。そこでは、機械化された生産システムにより、規格品の大量生産が可能になり、多くの完成品が産み出されている。
それに対して、WORKSHOP(工房)は、創造に燃える生身の人間が、模索を繰り返しながら、ユニークな試作品を創り出す場である。

FACTORY(工場)では生産性が問われるのに対して、WORKSHOP(工房)は創造性が求められる。
もとより、モノを産み出すには生産性と創造性の両方が必要である。しかし戦後の日本は、創造性を輸入で代替し(ショートカットをして)、生産性で勝負をしてきた。
本来、創造性を鍛える場である「ワークショップ」を、無意識のうちに生産性の文脈で使おうとしているのではないか。
だから、「伝達と共有化の方法論」になってしまうのではないか。

では、創造的なプロセスを可能にする「かかわり方」はどうすればよいか。

内容ではなく、場で起きたプロセスに意識を向けること。「いまここで何がおきているのか」を掴むこと。西村さんはそう言う。

プロダクトにせよ、ソフトウェアにせよ、よくできた創造物ほど、プロセスが見えない(感じさせない)ものである。だから感動できる。しかし、感動したところで、自分で再現できるわけではない。

プロセスを丹念に見ている人にしかわからない、見えない創造のキモがある。そのキモが見えていなければ、自分で創造を再現はできない。
センスがいい人は、「いまここで何がおきているのか」を感じることができ、プロセスを見ることができる。

プロセスを見ることは、人の話を「きく」ことに通ずる。
やまとことばの「きく」には、多様な意味がある。
聞く、聴くはもちろん、薬が効く、あの人の一言が効いた 利き酒、利き腕等々。
西村さんによれば、「きく」という言葉は、本質を捉える、強化する、一体化するといった意味合いを持っているという。

相手の話を「きく」とは、本質を見抜き、それを掴み取って、よりよいものに育て上げることである。それは、創造的なプロセスに不可欠な「かかわり方」に他ならない。

「かかわり方」には、「人間がどんな存在として見えているのか」という、その人の人間観が表出してくる。

淡々と話しながらも、ズシンと重いことを言う人である。


この講演には感想レポートの応募をいただきました。
「西村佳哲さんに『まなび方とのかかわり方』の話をきく」(白澤 健志さん/会社員/42歳/男性)

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