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夕学のWEB

「夕学五十講」2012年前期の予定をWEBアップしました。
お申込・予約は明日の10:00から。

https://www.sekigaku.net/Sekigaku/Default/Normal/SekigakuTop.aspx

2012年の新書大賞は『ふしぎなキリスト教』

61F-Zo8o5yL.jpgのサムネール画像のサムネール画像2012年の新書大賞は『ふしぎなキリスト教』橋爪大三郎・大澤真幸著(講談社現代新書)に決定したそうである。

1年間に刊行されたすべての新書から、その年「最高の一冊」を選ぶ賞です。第1回は福岡伸一著『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)、第2回は堤未果著『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書)、第3回は内田樹著『日本辺境論』(新潮新書)、第4回は村山斉著『宇宙は何でできているのか』(幻冬舎新書)を大賞に選出し、読書界に大きな反響を呼びました。  第5回にあたる「新書大賞2012」では、2011年に刊行された1500点以上の新書を対象に、全国有力書店の新書に造詣の深い書店員、各社新書の編集長ら67人が投票した...

とのことである。
『生物と無生物のあいだ』も、『日本辺境論』も、『宇宙は何でできているのか』も、むちゃくちゃ面白く読んだ。個人的には、自分の感覚とのフィット感が一番高い出版文化賞だという感想を持っている。

『ふしぎなキリスト教』も面白かった。
2010年の秋に、agora講座で、『阿刀田高さんと読み解く【旧約・新約聖書とキリスト教】』というのを開催したが、そのOBでアミカルという勉強会を開催している。(仏語のamicaleには[友好的な、友の会]といった意味があるそうな)

私もメンバーの一員に加わらせてもらって、聖書とキリスト教にかかわる書籍の読書会や映画鑑賞を楽しんでいるが、昨年の10月は私の発表の番だったので、『ふしぎなキリスト教』を取り上げた。

「キリスト教を通して、「西洋」、「近代社会」を考える」
それが、この本のコンセプトである。
著者の橋爪大三郎氏と大澤真幸氏は、故小室直樹門下生で、同門の先輩後輩にあたるそうだが、意気もピッタリで、このコンセプトに沿って、実に面白い問答を繰り広げている。

「私(大澤)が挑発的な質問者となって、ときに冒涜ともとられかねない問いをあえて発し、橋爪大三郎さんに、それに答えながら、キリスト教というものが何であるか、キリスト教が社会の総体にどのようにかかわってきたかを説明していただいた」

と「まえがき」にあるが、読書会の発表にあたって、シコシコと数えてみたら、大小合わせて46問の問い掛けがあった。

  • なぜ神はたくさんいて(多神教)はいけないのか?
  • いったいイエスは人なのか神なのか?
  • なぜキリスト教社会が近代世界の主導権を握れたのか?
  • 全智全能の神が作ったはずの世界の中に、なぜ悪(戦争や飢餓)が蔓延るのか?
Etc...

いずれも日本人ならではの、素朴な疑問である。
その素朴の疑問の、ひとつひとつに答えることが、「西洋」と「近代社会」に、キリスト教(ないしはユダヤ教やイスラム教)という思考の補助線を引くこととなり、四方八方に理解のシナプスがつながって、「なるほど!」という納得感を導き出してくれる。
多くの本のプロフェッショナル達も同じ感想を持ったのであろう。

この本を読んで、「宗教を通して世界を知る」というコンセプトのagora講座を出来ないかと思い立ち、早速、橋爪先生にお願いして企画したのが、この講座である。

橋爪大三郎さんのセミナー【宗教で読み解く世界】
http://www.sekigaku-agora.net/course/hashidume_daisaburo.html
よろしければ、是非ご検討ください。

質問タイムなのに...

先週末、某自治体が主催するシンポジウムを聴きにいった。
テーマに関心があったこと、モデレータやパネラーが、是非、話を聴いておきたいと思う魅力的な人選であったことが理由である。
パネルディスカッションの内容には、示唆深いやりとりも多くふくまれていて大変満足であったが、その後の質問タイムがいただけなかった。

最初に、さっと力強く手を挙げた質問者は、某大学で日本思想を研究しているという先生であった。
「論語にこんな一節があります...」と格調高く始まった時に、嫌な予感がしたが、それが的中した。延々と講釈をのたまった後に、
「・・・ということが私の感想です」と、満足そうに座ってしまった。
感想発表の時間ではなく、質問タイムなのに。

次に、これまた「どうしても指名して欲しい」という意欲を前面に出して、最前列の男性が手を挙げた。
「私が、スタンフォード大学に留学していた時の経験から言うと...」とさりげない自慢話が入るのはご愛敬としても、彼の問題意識というものは、よく語られることで、きわめてスタンダードな質問であった。そこで終わってくれればまだよいのだが、終わってくれない。
「これについては、私が思うに...」と、今度は自分で答える側に廻ってしまった。
それが面白ければいいのだが、これまたステレオタイプの見解でつまらない。
滔々と持論を語った後に、自分で長すぎたと気づいたのか、質問にならぬままに、急に尻すぼみのように話を終えた。

次ぎに、手を挙げた方は、某大手エレクトロニクスメーカーの社名を名乗った後に、「ビジネスの立場から...」と話はじめると、今度は、日本のものづくりが如何に優れているかを縷々語りはじめた。
さすがに会場もいらだってきて、
「ちょっと長いよ」という一声があがり、そそくさとマイクを置かざるをえなかった。

結局、20分近い時間の間、質問はひとつもされず、延々と、蕩々と、縷々と自説を開陳しる場に変わってしまった。

講演会や、シンポジウムでは、こういう現象がよく起きる。
しかし、夕学五十講では、まずこういう光景を見ることがない。
質問者が感想を述べることはあっても、それはあくまで簡潔で、後に続く質問の文脈を補完するものである。
受講者の方に恵まれているなぁとつくづく思う。

はじめて夕学で話す講師の中には、30分も質問時間を取って大丈夫かといぶかる人もいる。
前述のような経験を何度かされて、辟易とされているのだ。

「夕学は、大丈夫です。見当違いの質問者はいませんから」
私は、いつも自信をもって、その懸念を打ち消すことが出来る。
そして終了後には、「きょうは良い質問をいただいて、自分も刺激になりました」と満足していただくことができる。
夕学の価値のある部分は、受講者の方に形成していただいているのだと感謝している。

感想レポートコンテスト 優秀賞

先月(1/31)に終了した2011年後期の「夕学五十講」の感想レポートコンテスト 優秀賞が決まりましたので、この場を借りてお知らせ致します。

大手消費財メーカーにお勤めの、榎本高志さん(29歳)「マッチングビジネスとしてのマーケティング」です。(1/17 池尾恭一先生の講演)

メーカ主導の囲い込み型マーケティングからオープン型マーケティングへの変遷と、その延長線上で位置づけられるデジタルマーケティングのホットイシューを、ご自身の会社のマーケティング戦略と関連づけながら整理していただきました。

実践と理論を結びつけるという、大人の学びの王道を、きちんと歩いていらっしゃる方だと推察致します。
これからも益々のご活躍を期待しております。


2011年後期の感想レポートコンテストは、21名の方に応募をいただきました。この場をお借りして、改めて御礼を申し上げます。
夕学五十講感想レポートコンテスト アーカイブ

感想レポートコンテストは、来期も実施する予定です。
応募頂いた方には、もれなく、夕学の招待券1枚(満席講演は除く)を差し上げます。また各期1名の優秀賞に選ばれた方には、翌期の夕学パスポートを贈呈致します。

来期も多くの皆さまの応募をお待ちしております。

【ラーニングNight!】

先週の金曜日、慶應MCCで【ラーニングNight!】という新しい試みをしたので、そのことを書きたいと思います。

【ラーニングNight!】は、慶應MCCの知的基盤能力マスタリコースの修了者&在籍者を対象としたクローズドイベントでした。
知的基盤能力マスタリコースの説明をすると長くなるのでこちら↓
<知的基盤能力マスタリコース>

マスタリコースの修了者&在籍者を対象にした勉強会や交流会は、これまでも定期的に実施してきたのですが、今回は、思い切り目的をシフトして、「新たな大人の学びを体験する」ことを狙いにしました。

全体の企画とファシリテイトをお願いしたのは、法政大学の長岡健先生
テーマは、「アンラーニング(unlearning)」
長岡先生流に分かり易く表現すると「学びほぐし」です。

「大人の学びとは、こういうものだ」という既成概念を「ほぐして」、「ムッ!これはいったいナンぞや」という違和感を味わおうというものです。
(「アンラーニング」「学びほぐし」については、長岡先生の回の夕学ブログをご参照ください)

具体的に何をやったかというと、「自画持参」というワークショップです。
参加者が、アイデアを持ち寄り、何かを産み出そうという創造的な場づくりのやり方として開発されたワークショップメソッドです。

参加者は、まずはウェルカムドリンクを手に取り、食べ易くワンフィンガーを意識した料理も楽しみながら、フランクな雰囲気で始まります。

DSCN0571.JPGのサムネール画像

DSCN0555.JPG

具体的なやり方は、「自画持参」のwebサイトをご覧いただきたいと思いますが、さしずめ、ガチンコ素人大喜利大会といった感じでしょうか。


誰が当たるのか、どんなテーマが当たるのか、いつ当たるのか、全部がふたを明けるまでわからない環境で、突如スピーチをすることが求められます。

DSCN0655.JPG

準備は2分、話すのは3分。脱予定調和、究極のコミュニケーション体験といったところでしょうか。

「これは柔らかい勉強会ではありません」「少し真面目なパーティーです」
という長岡先生の、わかるようでわからない案内の通り、どう展開していくのかわからない、不安定で、先の見えない環境で、少し戸惑う体験をしていただきました。
その戸惑いや違和感を他者と共有し合い、感じ方の違いや受け止め方のズレを認識することが、「学びほぐし」の第一歩になります。

参加者は、顔見知りも多く、通い慣れたMCCという環境もあったのか、すぐにその場に慣れて、積極的に、そして楽しく「ほぐし合い」にチャレンジしていただきました。

DSCN0693.JPG


「こんなに飲んでやったワークショップは初めてだ。いつもは飲めと言っても飲まないのに...」という長岡先生の感想を、ポジティブに受け止めるべきか否かは、思案が必要なところではありますが、「新しい大人の学びを体験する」という目的の一回目としては成功だったと思います。(企画者の保谷さん、湯川さん、ご苦労さまでした)


昨年夏の夕学に登壇された哲学者の鷲田清一さん(当時大阪大学総長、現大谷大学教授)は、現代人に求められる知性として、梅棹忠夫さんの言葉を紹介してくれました。

「請われれば、ひと差し舞える人であれ」
準備はなくとも、いざとなれば、サラリと与えられた役割をこなしてみせる。そんな意味かと思います。

「オレが、オレが」と前に出たがる人間ばかりの集団はもろい。
「それは私の仕事ではありません」という人間ばかりの集団はつまらない。
いざとなれば「ひと差し舞える」人間が揃った集団こそが、しなやかでしぶとい。

そんなことを思った夜でした。

ラーニングNightは、第二夜、三夜と続けていく予定ですので、乞うご期待!!

来期(2012年前期)の夕学のラインナップが全て決まりました

来期(2012年前期)の夕学のラインナップが全て決まりました。
昨日からWEBでお知らせをしております。

2012年度前期『夕学五十講』全26講演予定
https://www.sekigaku.net/Sekigaku/Upload/attacned_news_481.pdf

来期は4月11日(水)の藤原和博さんの講演から始まって、1回多く26回になります。夕学パスポートの料金は同額ですので、ちょっとお得になりますね。

ご覧になった方の反応は、上々ですので、今回も多くの皆さんにお越しいただけることを期待しております。

申込・予約の受付は3月1日(木)10:00からになりますので、しばしお待ちください。

古代ギリシャが見いだした三つの精神世界

夕学がない間の埋め草として、夕学プレミアムagoraで学んだことを書きたい。

私は、「阿刀田高さんと読み解く【古代ギリシャ・ローマの智恵】」に、半分受講生として参加したが、実に面白かった。

古代ギリシャの精神には、三つの世界観があったようだ。
ひとつは、「アポロン的世界」
ギリシャ神話のアポロンは太陽神。知的文化的活動の守護神だとされる。
アポロン的世界とは、明るい陽光に映える健康的な世界である。正統、明朗、調和といった言葉で象徴されるものだ。

ふたつ目は、「デュオニソス的世界」
デュオニソスは酒の神。ローマ神話ではバッカスと呼ばれる。酩酊の神である。
デュオニソス的世界とは、渾沌と倒錯を蔵した深淵なる世界である。異端、陰鬱、不調和といった言葉で象徴される。

三つ目は、「ソクラテス的世界」
言わずと知れた古代ギリシャの哲人。
ソクラテス的は、論理と合理性の世界であり、突き詰めたところには、ロゴス(根源的な原理)があると考える。

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橋下市長を巡る論争から民主主義を考える

橋下徹大阪市長を巡る論争が気になっている。
来期の夕学では、古賀茂明氏、内田樹氏、藤原和博氏に登壇いただくことになったことも理由のひとつである。
古賀氏は、大阪府市統合本部の特別顧問として橋下改革のブレーン役を務める。
内田氏は、橋下さんから名指しで指摘されるほどの反ハシズムの論者である。
藤原氏は、府知事時代の橋下さんから教育分野の特別顧問を委託されたが、いまは少し距離を置くと聞く。
三者三様の立場なので、多面的な見方を聞けるかもしれない。
(講演テーマは、橋下さんのことではありませんが...)

どちらがどうこうと論評するつもりはまったくないけれど、私としては、橋下さんを巡る議論を聞くことで、民主主義を考えるよいきっかけになった。

民主主義と言えば、チャーチルが言ったとされる名言が想起される。
「民主主義は最悪の政治形態らしい。ただし、これまでに試されたすべての形態を別にすれば」
民主主義は、人類がさまざまな政治形態を経たうえで辿り着いた、いまのところもっとも優れた政治制度ではあるけれど、理想的な最終型にはほど遠く、ずいぶんと問題が多い制度であることも事実のようだ。

例えば、橋爪大三郎さんは、『民主主義はやっぱり最高の政治制度である』という本の中で、民主主義の欠点をいくつか提示している。
橋爪さんの指摘する欠点を、私なりに整理すると次の三つになる。

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