« 2011年12月 | メイン | 2012年2月 »

イノベーションは経済社会を変えること  武石彰さん

photo_instructor_599.jpg慶應MCCのagora講座で、ドラッカーシュンペーターの著作を読み込んだことがある。
二人とも、19世紀末のウイーンで生まれ、上流階級の父親同士が友人で、幼い頃から交流があったと言われている。
第一次世界大戦で故国(オーストリー・ハンガリー帝国)が消滅する悲劇を経て、米国に渡り学者として名をなした二人に共通するのが「イノベーション」という概念である。

「経済発展の原動力は、野心に富んだ企業家によって起こされるイノベーションである」
シュンペーターは、そう言った。(『経済発展の理論』)

「企業は社会の機関であり、その目的は顧客の創造である。そのために企業に必要な機能はイノベーションとマーケティングである」
ドラッカーはそう喝破した(『現代の経営』)

共通するのは、イノベーションは、社会を変えること。その担い手は企業家であること。ということであろう。

一方で、現代のイノベーション論議には、こんな意見が必ず出てくる。
「イノベーションの重要性はわかった。どうすればいいのかを教えてくれ」
「イノベーションを産み出す手法、マネジメント、組織の作り方、能力は何なのか」

ドラッカーや、シュンペーターが生きていれば、きっとこう答えるだろう。
「それを問う前に、お前は何のためにイノベーションを起こしたいのか」

残念ながら、両者の距離は随分と遠い。
武石先生の立ち位置は、両者の間を経営学の知見を使うことで埋めることかもしれない。

続きを読む "イノベーションは経済社会を変えること  武石彰さん"

真似の出来ない生き方をすれば、真似の出来ない会社が育つ  宗次徳二

photo_instructor_598.jpg
「CoCo壱番屋は、なぜ一人勝ちできるのか?」
外食産業の業界人、コンサルタントの間で、七不思議のひとつとして語られる疑問だという。
牛丼チェーンなら吉野屋・すき家・松屋。ラーメンチェーンは幸楽苑・リンガーハット・日高屋。開店すしチェーンだったら、かっぱ寿司・スシロ-・くら寿司などなど。
主な外食産業は、チェーン展開する大手が必ず複数あって、激烈な競争を繰り広げている。
その中にあって、カレー専門店チェーンは、CoCo壱番屋の店舗数約1300店が突出しており、調べた範囲では、それに続くのはゴーゴーカレー(知ってましたか?)の39店とのこと。
「柳の下にドジョウは三匹いる」と豪語した経営者を知っているが、通常なら、どこかが成功すれば(市場を拓いてくれれば)そこに参入するライバルが現れるものである。カレーのような国民食であればなおのことであろう。

宗次さんによれば、これまでに、上場している大手外食産業4~5社がカレー専門店に参入してきたというが、ひとつも成功していないという。
資金力、食材調達力、チェーンストアノウハウ、人材etc、外食チェーンを成功させるKFSと言われるものはいくつかあるが、CoCo壱番屋のコアコンピタンスは、そのどれでもないようだ。

CoCo壱番屋の強さの不思議を体現しているのが、創業者の宗次徳二氏であろう。とにかく異端の人である。

経営はすべて自己流。戦後の小売・サービス業の成功者達が、必ずといって参考にしてきた米国流のチュエーンストア理論を一切信じていない。
船井総研や、タナベ経営、日本リテイリングセンターといった、この業界に精通すると言われるコンサルティング会社の指導を仰いだことは一度もない。(呼ばれれば喜んで講演するそうですが)
全てが我流。それでいて会社は一貫して成長し続けてきた。

宗次氏の発言も、経営学でいう「よい会社」の理論をすべて否定するものである。
・明示的な経営理念や社是は掲げない。
・長期的な経営ビジョンは描かない、夢などいらない。
・先のことは考えない。いまだけを見る。
・ライバルのことは一切気にしない。
・価格競争は絶対にしない。
・お客様の声は謙虚に聞くが、値下げ要請は断固拒否する。

社長が誰よりも早く起きて、誰よりも多く仕事をして、贅沢はせず、遊びにも背を向け、会社や店の回りを一生懸命に掃除して、社会貢献に尽くし、仕事と会社に自らの全てを捧げる。引き際は潔く、子供を後継者になどしない。

それを何十年もやり続ければ、必ず成功する。ココイチが強い理由は、簡単なこと。他の会社では、社長がこれをやり続けることができないからだ。
講演の要旨は、そういうことであった。

一代で大企業を育て上げた創業経営者は何人もいる。
恵まれない環境で生まれ育った経験をバネに立派になった人も何人もいる。
365日、24時間仕事をすると豪語する社長も何人かはいる。

しかし、ここまで清々しく、真っ直ぐに、楽しそうに生きている経営者はいるだろうか。孤児院で育ち、養父にも恵まれなかった極貧の過去を、「実は、賢きところのご落胤かもしれないと思っているのです...」と笑いに変えるウィットもある。

経営者が真似の出来ない生き方をすれば、真似の出来ない会社が育つ。そういうことであろう。

「天賦の才」を支える「普通の人」感覚  吉田都さん

photo_instructor_594.jpgごくごく稀なことではあるが、スポーツや芸術の世界には「天賦の才」というものに恵まれた人がいる。
そういう人は、幼い頃から周囲が才能を賞賛し、大きな期待を寄せられて育つので、普通の人間が、大人に成長する過程の通過儀礼として経験する挫折や敗北を味わう機会が少ない。その結果、どこか傲慢であったり、てらいがあったりする。それが魅力のひとつとなり、オーラを作る。
イチローや中田英寿がそうであるし、古くは美空ひばりや棟方志功にも、そういう面があったと聞く。

吉田都さんのバレリーナキャリアだけを聞くと、そうなってもおかしくない人である。
9歳でバレエを始め、17歳の時のローザンヌ国際バレエコンクールでのローザンヌ賞受賞、英国バレエスクールへの留学、サドラーズ・ウェルズ・ロイヤルバレエ団への入団、わずか4年でプリンシパルに昇格、世界三大バレエ団のひとつ英国バレエ団への移籍。
いずれも、吉田さんの類まれな才能を見抜いた人達が、引き立て、背中を押してくれた道であった。
小さい頃から思い描いていた夢を叶えた、というよりは、大好きなバレエに打ち込んでいたら、自ずと道が拓かれてきた、という感覚のようだ。
まぎれもなく「天賦の才」に恵まれた人の人生である。

にもかかわらず、吉田都さんの「普通の人」感覚はどうであろう。
体格もけっして大きくはない。普段着を着て外を歩けば、すっと街に溶け込んでいくだろう。話し方もフラットで、「世界で戦ってきました!」という力みのようなものを感じさせない。
慣れない夕学の場を前に、緊張して、口数が少なくなる。終わるとホッとしたように笑顔が戻る。
どこまでも「普通な人」である。

きっと、その「普通の人」感覚が、吉田さんの「天賦の才」を花開かせた理由なのかもしれない。
普通の人と同じように緊張し、普通の人と同じように他者の声に耳を傾ける。自分の強みと弱みを冷静に分析して、足りない部分を謙虚に埋めようと努力する。
普通の人と同じようにホームシックにかかり、ファンの温かい声援を力に変えられる。
「普通の人」感覚があればこそ、世界の才能が集まる英国ロイヤルバレエ団で、10年以上に渡って、プリンシパルを務めることができたのではないか。
そんな気がしてならない。

いま、英国ロイヤルバレエ団には5人の日本人バレリーナがいるという。吉田さんがパイオニアとして切り拓いた道を受け継ぐ後輩達である。
日本のちょっとした街には、バレエ教室がある。公演を打てるバレエ団がこれほど多い国は珍しいという。世界中からバレエ団がやって来て、ファンの目も肥えている。

しかし、プロのバレリーナが、バレエだけに打ち込める環境にはなっていない。練習場、身体のメンテナンス、専門の医師etcさまざまなサポート体制を確保することは、吉田さんであっても苦労することが多いという。

バレリーナ人生の終幕を日本で迎えるために戻ってきた吉田さんの眼前に広がる光景は、必ずしもバラ色とは言えないようだ。
しかし、その困難を与件として受け止め、その中で何が出来るかを考えるという「普通の人」感覚が、吉田さんにはあるはずだ。

簡単にわかった気になってはいけない 川田順造さん

「ルビンの壺」と呼ばれる錯視図形がある。企業研修で、モノの見方・考え方の多様性を促す比喩として使われるので、ご存じの方も多いであろう。
ルビン~1.JPGのサムネール画像
「ルビンの壺」の原理は、地と図の転換である。
視点を地の部分(上記でいえば黒い部分)に置けば、向き合った人間の顔に見えるし、図の部分(白い部分)に視点を落とすと壺に見える。

「日本とはどういう国か、日本人とはどんな人間か」という問いもこれに近いもの、というより、「ルビンの壺」を二次元ではなく、三次元、四次元にまで複雑化したものと言えるかもしれない。
これが日本的と思っていることも、視点を変えて観察してみると、異なった絵姿に見えてくる。
「日本とはこういう国です」「日本人とはこういう人間です」
ということを簡単に言えるほど単純なものではない。
川田先生の話を聞いて、つくづくそう思った。
photo_instructor_593.jpg

日本のグローバル化は、その逆説的効果として、「自分達は何者か」を語ることを要請する。かつては、ひと握りの知識人に任せておけばよかった日本と日本人に関わる説明責任を、われわれ普通のビジネスパースンも担わねばならなくなった。その必然として、日本と日本人の深層に対する関心は高まっている。
そんな問題意識もあって、agoraではこんな講座も開催したほどだ。
『田口佳史さんに問う【東洋思想と日本文化】』

今回の夕学も、「人類学の知見から見た日本論」というビッグピクチャーを見せてくれるのではないかという素人発想の期待を持っていた。

そんな期待を見事に裏切ってくれた。
「簡単にわかったような気になってはいけない」
川田先生に、そうたしなめられたような気がする。

続きを読む "簡単にわかった気になってはいけない 川田順造さん"

マーケティングとはマッチングである  池尾恭一さん

photo_instructor_597.jpg随分と昔のこと、マーケティングの勉強を始めた頃に、コトラーのマーケティングの定義を丸暗記したことがある。

「マーケティングとは、顧客のニーズや欲求を満たすために、製品・サービスの交換と価値の創造を行うプロセスである...」

というような文言ではなかったか。
これみよがしに会議で話したところ、「要するにどういうことなん?」と突っ込まれて、しどろもどろになった記憶がある。

いまなら、もう少し上手に言うだろう。
「マーケティングはマッチングですよ」と。
顧客のニーズと製品の機能を結びつけ、価値を産み出すこと。それがマーケティングである。

かつて、マッチングはきわめて属人的な機能であった。
日本であれば、富山の薬売りに代表される回遊型商人であり、米国であれば、幌馬車で大陸を廻る隊商の人々がマッチングを担っていたと言える。
どこそこの地域の人々は何を望むのか、どこそこにはどんな名産や技術があるか、両者を的確に把握し、マッチングすることで商売が成り立った。

マッチングの役割は、やがて問屋へと移り、工業化とともにメーカー主導型の販売代理店がその機能を引き継ぎ、いまは顧客に寄り添う購買代理業的な存在がメインプレイヤーになっている。
本質が「マッチング」であることは変わらない。

続きを読む "マーケティングとはマッチングである  池尾恭一さん"

変化は、終わったのではなく、渦中である  夏野剛さん

photo_instructor_596.jpg夏野剛さんが、夕学に登壇されるのは3年振り(2008年10月以来)である。
2008年10月というのは、夏野さんがNTTドコモを退社して4ヶ月、iPhone3Gが日本で発売されて3ヶ月というタイミングであった。

当時、「ガラケー」という言葉が盛んに喧伝されていた。
日本という特殊な環境に適応すべく、高度に進化してしまったばかりに、世界のマーケットニーズに適合しない。日本企業の視野狭窄性、閉鎖性を象徴するビジネスモデルとして、「ケータイ」の将来性には疑問符がつけられていた。
iモードを世に送り出し ガラケー化の先鞭をつけたと言われた夏野さんには、過ごし心地のよい時期ではなかったのかもしれない。
あの時の夏野さんには、表層的な事象をみて、後付けの理屈を使って、もっともらしく「ケータイ」を論じる世の中の風潮にモノ申したいといういらだちがあったように思う。

「ケータイに出来ることはまだまだたくさんある」
Iモードが出来てまだ10年しか経っていない。IT革命の恩恵は、大企業を中心としたビジネス界とネットを所与に成長してきた若者層にすこし広がっただけ。まだまだ未開拓領域が圧倒的に大きい。「ケータイの未来」は無限に近い。
それが3年前の夏野さんのメッセージであった。

続きを読む "変化は、終わったのではなく、渦中である  夏野剛さん"