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阿刀田高さんと読み解く【旧約・新約聖書とキリスト教】その1

夕学プレミアム「agora」レポートの第二弾は、作家の阿刀田高さんによる「聖書とキリスト教」講座です。

阿刀田高さんと読み解く【旧約・新約聖書とキリスト教】

「西洋を知るための教養」として聖書を学ぶことを目的にした講座を、阿刀田先生にお願いした理由と経緯は、かつてのこのブログにも書いたことがあります。
この時の期待通りに、楽しく、興味深く「聖書とキリスト教」を学ぶことが出来ました。

阿刀田先生は、お人柄あくまでも温厚で、気配りの行き届いた人格者です。それでいて、身体の芯には、一本ピシッと筋が通っていて、作家として守るべき一線をしっかりと持っている方のようです。
人間としての「規矩」を持った人と言えるのではないでしょうか。

信仰を持たない人間が聖書の記述やエピソードを読むと、いろいろな疑問や不可思議な点がてんこ盛りに積み上がります。
「こんな変なこと聞いていいのかしらん?」という不埒な疑問も多いのですが、阿刀田先生を前にすると、「何でも聞ける」「何でも言える」という雰囲気になって、素直に愚問を口にすることも出来るから不思議です。

阿刀田さんには、大衆が抱く素朴な疑問や関心を上手に受け止め、その中からエッセンスを抽出する濾過器のような能力があるようで、どんな質問もウェルカムで、相手に寄り添いながら丁寧にお答えいただきました。

「皆さんにお願いしたい事は、クリエイティブな精神を持つことです」
講座の冒頭で、阿刀田さんはそう言いました。
講義を知識として理解するだけでなく、自分なりの見方や考え方を加味して、クリエイティブに学んで欲しいという主旨です。
それは、から国立国会図書館の司書として働きながら文筆業を志した五十年前から、阿刀田さん自身が貫いてきた「規矩」でもあるようです。

西洋文学や芸術を血肉としつつも、そこに自分の独自性を盛り込んで、新しい価値を創り出すこと。それが作家 阿刀田高氏の真骨頂でした。
この講座の中でも、阿刀田のクリエイティブな解釈を随所に披露してくれました。

旧約聖書は「イスラエルの建国史」と言える。
新約聖書は「社会変革家イエスの伝記」として読むべし。
コーランは「エライ親父の説教」だと思えばよい。

信仰を持たない人間が、難解なる宗教教典をどのように理解すればよいかという命題に対して、たった一言で、見事に本質を言い尽くしてくれました。


旧約・新約聖書を調べた末に、阿刀田さんが辿り着いたキリスト教観も印象に残りました。
小説家の先輩で、生前親しくお付き合いをしたという遠藤周作氏の最晩年の作品『深い河』を紹介しながらのことでした。

「わたし(阿刀田さん)と遠藤さんは、(キリスト教という)ビルの一階と最上階から、それぞれエレベーターに乗り、同じフロアに降り立ったような気がします...」

信仰を持たない立場で、西洋文化を理解するための教養として聖書やキリスト教を勉強した阿刀田さんと、幼い頃に洗礼を受け、カトリック信者として生涯を送った遠藤氏とは、キリスト教に対するアプローチが百八十度異なりました。
「何でだろう?」という疑問から聖書を読み解いた阿刀田さん。敬虔な信者として日本人とキリスト教の問題に向き合った遠藤氏。
当初は、天と地ほど開いていたはずの二人の距離は、到達点でどのように同じだったのか。
それは、「日本人がキリスト教を受け入れることの困難」を痛感したという点においてではなかったでしょうか。

日本人は、宗教宗派はどうであれ、神なるものに、あらゆる人々に対する広い救済を求めます。
これに対してキリスト教は、民族や国家を越えてあらゆる人々を受け入れるように見えながら、教義を突き詰めれば詰めるほど厳格で、排他的な性格を持つことに気づきます。

「神さまなんだから、分け隔てない大きな愛を注ぐべきだ」と(無意識に)考えている日本人。それは、曖昧で掴み所のない日本人社会の特性とも合致します。

「神だからこそ、善と悪の真理、救われる者とそうでない者の識別が出来る」と(明示的に)信じる西洋人。それは、オープンでありながら、奥深いところで自分たちの価値観を譲らない欧米社会の姿勢にも通じるのかもしれません。


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