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いまこそ新しい「組織開発」を 守島基博さん

いまから20年程前、「日本企業の人事は変わる」という声が盛んに喧伝されていた。その通りに、日本企業の人事は変わった。
どう変わったのか。
端的にいえば「人材流動化時代に変わった」ということではなかったか。
改革とは、「不要な所から必要な所へ資源(人と金)を移すこと」といわれるが、90年代を境として、国の労働者施策も、企業の人事施策も、企業を越えて人が動くこと、動き易くすることに向けて舵取りを変えた。

守島先生によれば、この流れを受けて企業の人事管理は次のような施策を打った。
・長期雇用の見直し
・成果主義の導入
・非定期労働力の活用
・女性人材の活用 etc

これらの効果は確かにあった。
人件費の削減は進み、日本企業は環境変化をなんとか乗り切ってきた。
80年代まで、どの会社にも少なからずは存在した「窓際族」は消滅した。働く人の意識も変わった。

その結果、新たな問題に直面している。
・仕事を通じての働きがい(モチベーション)が持てなくなった
・仕事を通じて人材が育ちにくくなった。
・ハイパフォーマーが辞めていく。
・現場リーダーのマネジメント力が低下した。etc
これがいま、日本企業に起きている人事問題である。

守島先生は、こうした現象の根底にあるのは、組織のインフラである「職場」の変化だと認識しており、「職場寒冷化」現象と呼んでいる。
かつて「職場」は、日本の強みの根源であり、日本的なるものの凝縮装置であった。それが、冷え込んで活力を失っている。


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現代の「代表的日本人」 山下泰裕さん

山下泰裕氏を見ていると、「大人(タイジン)」という言葉を連想する。
司馬遼太郎の小説を読んでいると度々出会う言葉である。「大人然とした...」「大人とした風格」といった表現で使われている。
辞書で調べると、「大人」という言葉には、体の大きな人という文字通りの意味と、徳を積んだ人格者という二つの意味がある。

司馬が、「大人」という言葉を使う人の代表は、西郷隆盛であろう。西郷の従兄弟でその影響を色濃く受けた大山巌に対しても使っている。
西郷も大山も、若い頃は知略と行動力を兼ね備えた武人であった。ところが晩年には、包容力と愛情に溢れたスケールの大きな人格者に変わっていった。
司馬の「大人」は、西郷、大山の晩年を形容する表現である。
どうやら、近代初期(明治時代)の日本において、「大人」はリーダーの理想像を語る言葉であったようだ。

ちなみに内村鑑三は、『代表的日本人』の第一に西郷隆盛を挙げている。
儒学や武士道の素養を持った内村は、明治になってキリスト教に出会い渡米する。そこで見たのは、功利主義に染まった米国のキリスト教社会であった。イエスの高邁な理想とはほど遠い西欧人の現実であった。
日本への熱い思い、交綜する思考を経て、イエスの魂と日本人的な精神の相似性を、西洋社会に向けて、英語で表現したのが『代表的日本人』であった。
内村鑑三は、この本で、西郷隆盛等5人の日本人を、イエスの魂を持った生粋の日本人、つまり世界に誇るべき代表的な日本人として紹介した。

「大人」は、世界に通用する日本のリーダーを表現する言葉にもふさわしいと言える。
山下泰裕氏は、まさに世界の誇る、ニッポンの「大人」である。

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「女性の気持ちの代弁者」として歴史を書く 田渕久美子さん

1月9日に始まったばかりのNHK大河ドラマ。五十作目を迎えた今年は『江 ~姫たちの戦国~』である。その原作・脚本を書いているのが田渕久美子さん。好評を博した『篤姫』に続く大役である。

「女性の時代という風潮を受けて、大河も女性を主人公にすることが増えた...」という声を聞くことがあるが、実は、大河ドラマには、草創期から女性主人公を扱うことがあった。
調べてみたら、最初は1967年の五作目『三姉妹』までさかのぼることが出来た。
女性が主人公で、しかも女性が原作・脚本を書いたものとなると、80年代に橋田壽賀子さんが三作書いている。(『おんな太閤記』81年、『いのち』86年、『春日局』89年)

私は、歴史好きなので大河ドラマは、小学生の頃から見てきた。72年の『新・平家物語』(主演:仲代達哉)が記憶の最初になる。
ほとんど見なかった年もあるので、完璧な記憶ではないが、女性主人公の年は面白かったという印象が残っている。

橋田作品は、貧しさに耐え、夫を支えて、最後に幸せを掴むという、かつての日本的女性像であった。
田渕作品は、しっかりと主張し、自我を持った女性が描かれているような気がする。『篤姫』の人気は、田渕さんが造作した「凜とした生き方」とそれを見事に演じた宮崎あおいの演技力にあった。

橋田さん、田渕さんの共通点は、女性が描く歴史解釈のユニークさにある。
田渕さんによると、男は歴史解釈の空白や余韻を重視する。「いったいなぜか。それは自分で考えよ」という書き方をする。

女性は違うという。
「ちょっとアンタ、どうしてなのよ!」
と突っ込みたくて、しょうがないのが女性だと田渕さんはいう。

今回の「お江」は、あらゆる場面に顔をだし、突っ込みを入れる役割だという。

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下り坂の生き方 小幡績さん

小幡績先生は、大学教員としては有数の人気ブロガーであろう。
「東大首席卒業」「大蔵官僚出身」「ハーバードのPh.D」といったエスタブリッシュなキャリアとは対照的な発言が魅力である。
実にシャープで歯切れがよい。心地よく言い切ってきれる。(例えばこれ
しかも、金融政策からアイドル論、牛丼ネタまで、守備範囲が恐ろしく広い。

夕学の冒頭で、小幡先生は言う。
「世界は変わっている。実は30年も前から...」

1970年代までの「フロー獲得競争」の時代から、21世紀の「ストック主導経済」への移行である。
80年からの30年間は、時代が変わる移行期と見なした方がよい、という意見である。

かつての資本主義は、資本と人民を動員してフローを稼ぎだす時代であった。いかに早く、いかに大きく投資できるかが勝負を決めた。最初は、産業(事業)への投資が進み、続いて資本は、金融に注ぎ込まれていった。

21世紀は、資本が余る時代である。
フローの蓄積で産み出された資本は、次の投資先を見失いつつある。早く・大きく投資すれば誰もが儲かる時代は終わり、投資先を見つけ出す「目利き」ができる者だけが儲かる。
「目利き」が出来ない者の資本は、新興国に集まり、バブルを引き起こす。
このメカニズムは、小幡先生の著書『すべての経済はバブルに通じる』に詳しい。

さて、移行期であるこの30年間に何が起きてきたのか。
それは、移行期の典型的な現象と考えれば説明しやすいと言う。

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楽しく生きる「流儀」 酒井穣さん

「酒井さんのキャリアは、偶発性重視の直感派ですか? それともプランニング派ですか」
講演終了後に、すぐに投げかけたのは、その問いかけである。

楽しそうに生きている人だな。
話を聴きながら、そう思ったからだ。仕事と自分の間合いの取り方、人生の位置取りが巧な人だと感じた。
キャリアの描き方を見ると、良い意味での突っ込みどころが満載である。
慶應の理工学部を出て、商社に就職する。
英米企業ではなく、オランダのメーカーに転職し移住する。
米国ではなくオランダでMBAを取る。
いずれの道も、誰もが歩もうとするメインストリームではないけれど、「その手があったか」と周囲の人を唸らせるユニークな選択と言えるだろう。
多くの人には見えないものを、いち早くつかみ取る時代感覚のようなものがあるのかもしれない。
そんな感覚はご本人にも自覚があるようで、総合商社や大手広告代理店に就職した大学時代の友人達が、三十代後半を迎えて「組織と個人の関係」に悩む中で、自分は「ナナロク世代」と呼ばれるトップランナーを輩出した少し下の世代に考え方が近いと話す。

護送船団方式のど真ん中の船に乗ったつもりが、いつのまにか船団は崩れ、びくともしないはずだった自船には、至る所にガタがきていることに気づく。
かといって、いまさら他の船には乗り換えられない。さてどうしたものか。
そんな心境にある同世代人から見れば、「ちょっと変わった奴」だったはずの酒井さんの生き方が、時代の理想的な姿に変わっていることに気づき愕然とするのかもしれない。

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