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ポピュラーミュージックのイノベーター  菊地成孔さん

芸術やスポーツが、大衆エンタテイメントとして成立するためには、条件がある。
ズブの素人からその道のプロまで、幅広いファンを抱え、それぞれに異なった楽しみ方が存在することである。
例えばサッカーであれば、ルールが分からない人でも、贔屓チームの勝ち負けや人気選手のプレーに一喜一憂できる。一方で、サッカー経験者やオタク的ファンは、監督の采配や戦術、選手の技術論についてウンチクを開陳し合って楽しむ。選手・コーチ同士や職業評論家は、隠されたプロフェッショナリズムを忖度しようとするだろう。
それぞれの人が、各々の鑑賞リテラシーレベルに応じて、自分なりの楽しみ方を味わえる。それが、エンタテイメントとしての深みにつながる。

菊地成孔氏の問題意識は、自身のホームグランドであるポピュラーミュージックの世界には、「リテラシーレベルに応じた多様な鑑賞スタイルがない」ということである。
特に、音楽をたしなむ実践者やコアなファン層の間に、ポピュラーミュージックの技術論や構成テクニックに目を向けて、分析的に鑑賞するという習慣がないということだ。
彼の造語表現を借りれば「ポップアナリーゼ」という鑑賞メソッドの欠落である。

大衆エンタテイメントのど真ん中にあるポピュラーミュージックにおいて、あってしかるべき「ポップアナリーゼ」(実際に西欧社会には存在するという)が、なぜ日本の音楽シーンに根付かないのか。
菊地氏は、音楽理論史のフレームワークを使った壮大なる仮説を示しながら、その理由に迫る。

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異能の人  佐藤優さん

佐藤優氏は、外務省時代に「異能の外交官」と呼ばれていたと聞く。
「異能」という言葉は、佐藤氏を称するに、実に言い得て妙な響きを持つ。
同社大学大学院で神学研究に没頭したという異色の学歴。悪魔的な知識・教養と驚異的な語学能力。危ない仕事も厭わぬ胆力。有力政治家の懐に飛ぶ込み行動力。
ノンキャリアながら、ロシア、中東、ユダヤネットワークなど難しいとされる領域の外交インテリジェンス業務に抜群の実績を上げた佐藤氏は、キャリア官僚にとっては、恐ろしくかつ疎ましい存在であったに違いない。
「友達にはしたくないが、敵には回したくない」といったところか。
遠巻きにしながら、羨望と妬みをもって、その仕事振りを見つめていたであろう外務官僚達の姿が目に浮かぶような気がする。

さて、佐藤氏が、トレードマークでもある鋭い眼光で聴衆を見据えながら展開した話の中心は、「官僚論」および「現下の外交・国際問題」であった。

まずは、官僚論について
「偏差値秀才の弊害」が顕著になっている。
佐藤氏は、官僚のみならず、大企業の社員・マスコミ・知的専門家(弁護士、会計士等)全般に共通する知性の問題を俎上に上げた。
偏差値秀才とは、「真理の追究ではなく、通説を記憶し再現する能力に秀でた人々」だと喝破する。
通説に寄り添うことでは、大きな潮目の変化や大胆なブレークスルーを見定めることが難しい。日本の既得権益層が直面する問題である。

国民の「集団的無意識」は、官僚組織に「偏差値秀才の弊害」が蔓延することの危険性を察知している。国民の代表である政治家にも同じセンサーが働きはじめた。
小泉改革も、事業仕分けも、国民の「集団的無意識」と政治家のセンサーが共鳴した典型例だと佐藤氏は言う。

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身体に隠された「野生の人格」 甲野善紀さん

「親指というのは、かわいそうな指なんです。いつも支え役ばかりやらされている...」
「手というのは、自由にさせておくとすぐに悪さをします。だからこうして仕事を与えておかないといけない...」

甲野善紀さんは、身体の各部に「人格」を見いだしているかのような話し方をする。ここでいう「人格」とは、「わたしは何者か」を問い続ける近代自我的な人格ではなく、太古の人類が森で生きていた頃の「野性的な人格」である。
甲野さんが身体を語る口ぶりは、師が弟子を愛おしむような愛情に満ちているが、そこには上下関係はない。
わたし達が忘れ去ってしまった能力を、身体の中に隠された「野性的な人格」を通して呼び覚まそうという探求者的な位置取りであろう。

「武術を基盤とした身体技法の実践的研究者」である甲野さんに接触する多分野の関係者は数多いそうだが、「スポーツ系」と「ロボット開発系」の反応が対照的であるという。
「スポーツ系」の人々は、甲野さんの技を「分かり易い原理」で説明しようとする。やがて、言語ではうまく説明できないことがわかると急速に関心を失っていく。
「ロボット開発系」の人々は、甲野さんの技が「既知の原理」で説明できないことに驚く。だからこそ関心を持ち、新奇性を探ろうとする。
両者の反応の違いは、科学の先端にいる人々ほど、科学の限界を知っており、ブレークスルーの萌芽に敏感だからなのかもしれない。
身体の中に隠された「野性的な人格」を通して、未知の身体能力を探求しようという姿勢に、共感覚えるのではないか。

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『経済古典は役に立つ』竹中平蔵著 光文社新書 

今春の夕学プレミアムagoraで開催した『竹中平蔵教授が講義する【問題解決スキルとしての経済古典】』が本になりました。

『経済古典は役に立つ』(光文社新書)
タイトルは新書用に変わりましたが、コンセプトは講座と同じです。
「現代社会が抱える諸問題から「経済古典」の意義を考える」というものです。

12月3日の夕学が、この本のダイジェストをお話いただく予定です。
(こちらは早々に満席になり、いまだ空きが出ていませんが、前日夜から当日朝にはキャンセルが出ると思います)


講義の内容については、こちらのブログにもまとめていますのでどうぞ。
http://www.keiomcc.net/sekigaku-blog/agora/cat126/

同書「まえがき」より

なお本書は、2010年4月から7月にかけて慶應義塾大学丸の内キャンパスにおける5回の講義がもとになっている。
じつは2009年の秋に、慶應学術事業会の城取一成さんから、経済古典の講義をやってほしいという依頼を受けた。私はただちにお断りした。私の専門は経済政策の分析であり、実際に経済政策の仕事をさせていただいた経験もある。しかし、経済古典は私の専門の仕事ではない、と。経済学史や経済学説史の研究家はたくさんおられる。経済思想の専門家も多い。アダム・スミスを専門に研究している人もいれば、ケインズの専門家もいる。経済古典の講義など、私の任に負えないと考えたからだ。
しかし、城取さんは怯まなかった。「実際に政策を経験された竹中さんのスミス論、ケインズ論を聴きたいんです」と熱心に口説かれた。そしてある時ふっと思った。なるほど、これは私にとってチャレンジングな仕事かもしれない、と。・・・・・

過分な紹介をいただき恐縮です。

仏像は、こころの係留装置である 多川俊英さん

奈良は、行政肝入りの大イベント「平城遷都1300年祭」で盛り上がっているようだが、興福寺関係者にしてみれば、「興福寺創建1300年」の方が断然重要だそうである。
北の比叡山延暦寺と並び「南都北嶺」と評され、時々の政治権力に対して大きな影響力を発揮していた政治の寺、興福寺の面目躍如といったところか。
多川俊英さんは、興福寺を統べる貫主を20年以上務め、「興福寺創建1300年」事業を統括する立場である。世が世であれば、平家も恐れた奈良法師の総帥である。

710年、時の権力者 藤原不比等は、平城京が東に張り出した外京の地に、自身の屋敷や藤原氏の氏寺である興福寺、氏神を祀る春日大社を次々と建立した。
この地は、春日山丘陵地の先端にあり、水はけ、景観、利便性等々、全てにおいて最高の立地条件であった。

しかしながら、天平の世=奈良時代は、けっして平穏な時代ではなかった。
不比等が逝った後、藤原北家が権力を掌握するまでの一世紀近くの間は、日本史上でも稀にみる政争の時代であった。
長屋王の変、不比等の後を継いだ四兄弟の病死(天然痘)、橘諸兄の乱、藤原仲麻呂の乱、道鏡の暗躍等々、血生臭い抗争事件が相次ぎ、権力者がころころと入れ替わった時代であった。
まさに、この時代に興福寺は着々と大伽藍を整えていった。

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グローバルワールドにおける日本 <寓話風>  リシャール・コラスさん

きょうは、趣向を変えて、リシャール・コラスさんの講演を寓話風にまとめてみました。


10年ほど前まで、ちきゅう村の市場には、三人の大きな商人がおりました。
「あめりか屋」、「おうしゅう屋」、「にほん屋」の三人です。

「あめりか屋」は、大きな家屋敷・田畑もあり、たいそうなお金持ちでした。明るく心の広い親分肌の商人で、新しく店を出す人には何くれとなく世話を焼き、市場に揉め事が起きれば、進んで仲介をしていました。

「おうしゅう屋」は、村一番の老舗で、「あめりか屋」も、その分家筋にあたります。老舗らしく気品と教養があって商売も堅実ですが、「あめりか屋」や「にほん屋」の勢いに押されて、かつてのように繁盛はしていません。

「にほん屋」は、店構えも小さく資産もありませんでしたが、やたらと働き者で、小さな仕事も厭わずにせっせと商売に励んだおかげもあって、「おうしゅう屋」を追い越し、村で二番目に大きい商人になりました。

「おうしゅう屋」「にほん屋」共に、「あめりか屋」相手の商売が中心で、たくさんの商品を買ってくれるので頭が上がりませんが、心のどこかで「あめりか屋」のやり方に危惧を抱いておりました。「お金が儲かればなんでもやる」という欲張りなところがあるからです。
「あめりか屋」は高利貸しや怪しげな富くじ売りで大儲けをしたこともあって、ここのところ、強欲な気質が一層目立っておりました。

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10年目のリフレクション

慶應MCCが生まれて10年になりますが、2002年MCC草創期に開催した【キャリア・アーキテクチャ論】(金井壽宏神戸大大学院教授コーディネイター)というプログラムの参加者OBコミュニティが、いまもアクティブに活動をしています。

このコミュニティに皆さんが、「10年目のリフレクション」という企画をはじめました。
慶應MCCのメルマガ「てらこや」で今月から隔月で連載をしていきます。
各自がこの10年を振り返りながら、リレー形式でつなげるものです。
私(城取)も、連載に寄せて拙文を書かせていただきました。


「10年目のリフレクション」
http://www.keiomcc.net/terakoya/reflect/
是非、こちらもご覧下さい。

糸川からイトカワへ 川口淳一郎さん

東京駅前OAZOにあるJAXAの展示室には、日本発の実験用ロケット「ペンシルロケット」の実物大レプリカが飾ってある。全長23センチ。ペンシルとはよく名付けたもので、その昔、観光地のお土産屋に並んでいた、色鮮やかな"大きな鉛筆"を思い出してしまった。
小さなロケットは、形状はペンシルであっても、すでにロケットシステムとして成立しうる画期的な開発であった。
日本のロケット開発の父と言われる糸川英夫博士が主導した「ペンシルロケット」が発射実験を行ったのは1954年のこと。プロジェクトの年間予算は、560万円。
日本の宇宙開発は、いまも昔も予算との戦いでもあった。

それから56年。今年の6月、日本の小惑星探査機「はやぶさ」が7年間の旅を終え、ミッションを果たし、無事帰還した。
「はやぶさ」のミッションは、糸川英夫博士にちなんで命名された小惑星「イトカワ」に着陸し、世界ではじめて「サンプルリターン」の技術検証をすることであった。

糸川からイトカワへ。「はやぶさ」7年間の旅は、半世紀に渡る日本の宇宙開発研究の成果を知らしめる旅でもあった。

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見えない壁を取り払う 金井真介さん

『ミルコのひかり』というイタリア映画がある。
実在する盲目の映画音響技師 ミルコ・メンカッチ氏の幼少時代の実話が本になっている。
1970年初頭、事故で視力を失った10歳のミルコは、望まない全寮制の盲学校に入る。そこは、同じ境遇(視覚障害)にある子供達が、教会の庇護のもとに暮らし、電話交換手や紡績工として自立するための職業訓練を受ける学校であった。
創造性が豊かなミルコは、決められた職業に就くことを前提にした統制型の訓練教育になじめないでいる。
やがて、「音」に強い関心を持ち始めたミルコは、学校備品のテープレコーダーを持ち出し、さまざまな「音」を創り出すことに熱中する。
野にいる鳥のさえずり、シャワーで創る雨だれの音、紙くずをクシャクシャに丸める音は落ち葉を歩く足音になる。
ミルコは、仲間を集い、音響劇を創ることを思い立つ。というストーリーである。

この映画のテーマは、ミルコをはじめとする視覚障害の子供達が、自分達の可能性が、与えられた道以外に開かれていることに気づくことである。
同時に、視覚障害の子供達を思いやる側の盲学校が、無自覚的に、彼らの可能性を限定してしまっている現実を指弾している。

社会が、庇護という美名のもとに「見えない壁」の中に、障害を持つ人々を隔離してしまっている。そんな現実が至るところにあるのだろう。
ダイアログ・イン・ザ・ダークとは、そんな「見えない壁」を「体験」と「対話」によって取り払って行こうという静かな社会変革活動である。

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