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「自分で考える」 清水宏保さん

スピードスケーター清水宏保の姿には、磨き上げられた造形芸術のような美しさがあった。
氷面に這いつくばるような低い姿勢が飛び出るスタートは、獲物を見つけて走り出すチーターを彷彿させた。瞬発力を支える下半身の力感は、ギリシャ彫刻を思わせた。ストイックな姿勢は、宗教求道者のようであり、内なる声を確かめるように発するコメントは哲学者のようでもあった。

きょうのお話を伺うと、「清水宏保」という芸術作品は三つの要素で成形されたようである。
ひとつは、父と母であり、ふたつめは、ぜんそくという宿痾であり、いまひとつは、162センチという身体である。

清水さんにとって、父は「道を与えた人」であった。
末期の胃ガンで余命僅かの宣告を受けた父は、清水さんの才能を信じ、恐るべきスパルタ教育で鍛え上げたという。それは、残された生命力の全てを注ぎ込む壮絶なものだった。
結局、半年と宣告された余命を9年半まで長らえた後、清水さんの高校2年生の冬に亡くなる。息子のインターハイ優勝ビデオを繰り返し見ながら息を引き取った。

母は、清水さんを「支えた人」であった。
土木工事作業員や大型重機の免許を取るなどして、大学の学費や海外遠征費を工面したという。家計を気遣い「ワールドカップ遠征を断る」「競輪選手になる」と告げてきた清水さんを、その都度説き伏せて、スケートに邁進させた。
期待に応えた清水さんは、長野五輪の金メダルを「これは母さんのものだから」と捧げ、感謝の気持ちを伝えたという。

ぜんそくとの戦いを通じて、清水さんは「身体と対話する」という術を身につけた。
3歳で発病し、入院を繰り返してきた清水さんは、やがて「肺の内側で感じる」ことで、僅かな湿度の変化やホコリを感じ取ることができるようになったという。
「身体と対話する」能力を研ぎ澄ますことで、自分自身を実験台にした肉体・精神・技術の改造計画が可能になった。
どこまで筋肉をいじめても大丈夫か、どうやってプレッシャーやストレスをマネジメントできるか、どうすれば集中力を高められるか。
清水さんの、類い希なる自己客観視能力は、ぜんそくと対峙したことで養われた。

162センチの身体は、清水さんに「反骨心と探求心」をもたらした。
身体の小さな選手は大成しないという固定観念は、幼い頃から清水さんを傷つけてきたという。宿命のライバルであったウォーザースプーン(カナダ)は190センチの恵まれた体躯であった。
しかし、清水さんは、ハンディを強みに転換してしまった。
地を這うようなロケットスタートは、小さい身体を鍛え上げることでしか実現できないものだ。ついには、スターターに自分のタイミングでピストルを打たせることが出来たというほどの磁場支配力を身につけていった。

「父と母」「ぜんそく」「162センチの身体」の三つの要素が清水さんに与えた共通の影響力は、「自分で考える」という基本姿勢として成就した。

父を亡くした後の清水さんは、コーチや監督に盲従することなく、ほぼ独力で道を切り開いてきたという。もちろんコーチや監督を無視したわけではない。その都度的確な指導や助言を受けてはきたが、必ず「自分で考える」というフェーズを加えてきたという。
高校2年で訪れた父の死は、図らずも清水さんに自立の道を与えることにもなったのだ。

「肺の内側で感じる」という感覚を、筋肉の動きや精神状態、目標の作り方、将来ビジョンの描き方までを貫く自己客観視能力に昇華することができたのも、「自分で考えた」結果であった。

ぜんそくや身体条件を克服した自信は、「前例を鵜呑みにしない」という柔軟性と「我以外皆我が師」という包容力につながり、清水さんの座右の銘として結実している。いずれも「自分で考える」延長線上で辿り着いた到達点ではないだろうか。

3月に引退会見を行い、新しい道を歩み始めた清水さんが、掲げている次の目標は、多くの人を驚かせると同時に、いかにも清水さんらしいと納得させるものでもある。
自分の経験・知見をベースにしたユニークなベンチャービジネスを興し、その収益を元にして、スポーツ選手のセカンドキャリア支援を行うという構想である。

「一流スポーツ選手の事業は成功しない」という前例に挑戦することであり、選手が後顧の憂いなく競技に邁進できるような社会インフラを作りたいという崇高な目標である。

社会起業家 清水宏保のこれからに、大いに期待したい。


この講演に寄せられた「明日への一言」はこちら
http://sekigaku.jimdo.com/みんなの-明日への一言-ギャラリー/10月-5日-清水-宏保/

この講演には3名の方から「感想レポート」を応募いただきました。
・限界に挑み続けて(サムライ黒髭さん/会社員/47歳/男性)
・驚き(くまくまさん/会社員/43歳/男性)
・挑め、大人たち(daiさん/会社員/30代/男性)
2010/10/05 清水 宏保氏講演「感想レポート」

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