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健全なる懐疑精神を持とう 松尾貴史さん

「芸能人は“運”で生きている人種です」
「自分の人生が、努力や実力を越えた次元にある“運”で左右されることを受け入れている人間が入ってくる世界だから...」
芸能人にゲンを担ぐ人や霊感を信じる人が多い理由を、松尾さんは解説する。

もちろんゲン担ぎは、芸能人だけではない。
先日夕学の登壇した伊東乾先生によれば、人間の脳は、「理性」が「情動」に勝てないように出来ているらしい。
「情動」を支配する動物的な古い脳(大脳辺縁系)の方が、「理性」を司る人間的な新しい脳(大脳新皮質)よりも、ほんの少し早く反応するからだ。
古い脳の反応は、人間の心身状態をロックインし、理性的思考に縛りを掛けてくる。

信じたいものしか信じない。信じたくないものは信じない。
それが人間である。

これは、人間が劣っていることを意味するわけではないようである。
これも、以前夕学に来ていただいた脳科学者の池谷裕二先生によれば、脳には「デフォルメ機能」があるらしい。
私たちは、「富士山の形を描け」と言われると、葛飾北斎の「富嶽三十六景」にみられるように、冨士山の形を縦長もしくは正三角形の円錐形に描く。
実際の富士山は、裾野が広い、押しつぶされた形の円錐形をしている。これは脳が対象物の特徴を極端にデフォルメして記憶しているからだという。
脳の「デフォルメ機能」は、いい加減なようでいて、人間ならではの高度なものである。
特徴的な部分を極端に認識することで、危険をいち早く察知できる。食糧となる果実や獣を素早く見つけることができる。
「いい加減さ」は、人間が厳しい自然界で生き残っていくために備わった高度な機能である。

松尾貴史さんの話を聞くと、脳の「いい加減さ」にはマイナス面も随分とあることがわかる。
人間は、能力を越えた課題に直面すると、何かにすがりつきたくなる。何かを信じたくなる。
はじめて見るもの、経験したことがないことに対して、パニックを起こし、手っ取り早く何かを掴んでしまう感じであろうか。
その何かが、怪しげな宗教であったり、占いであったり、なんたら聖水であったりすると始末が悪い。芸能人のオカルト話であればよいが、悪事に利用されると悲劇が起きる。
オウム真理教しかり、霊感商法しかり、オレオレ詐欺しかり...

「超能力・オカルトの批判的愛好者」を自認する松尾さんは、はじめて見るもの、経験したことがないことを、怪しげな何かで説明する人間に出会った時には、立ち止まって考えてみることを説く。
難しく考える必要はない。中学生レベルの常識さえあれば十分。
「ちょっと待てよ」「おかしいぞ」と疑う精神である。
健全な懐疑精神を、いつも腰にぶら下げている手ぬぐいのごとく持ち歩き、必要に応じて使ってみることである。

懐疑精神は、超能力・オカルトを暴くのに有用なだけではない。
実は私たちの身の回りに起きているさまざまな事象を理解する際にも必要になる。

どうやら、私たちは、何が起きるかわからない時代に迷い込んだようだ。ゲン担ぎやデフォルメ機能だけでは生き残ることは出来ない。
はじめて見るもの、経験したことがないことに対する、しなやかで柔らかな生き方が必要だということではないだろうか。

松尾さんが披露してくれた、スプーン曲げの秘術(?)を見ながら、そう思った。