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「対話というデザイン」 平田オリザさん

昨春、慶應MCCの夕学プレミアムagoraで「平田オリザさんと創る【表現力を磨く演劇ワークショップ】」を開催した。
オリザさんは受講者に、A4一枚の短いシナリオを提示する。
汽車の中、4人掛けのボックス席に、AとB(友人らしき二人)が向かいあって座っている。二人は、とりとめのない低温の会話を交わしている。そこに見ず知らずのCが登場し、コンパートメントの空席に座っていいかを確かめるとことからシナリオははじまる。

C「あの、ここよろしいですか?」
B「あぁ、どうぞ、どうぞ」
C「すいません」(雑誌を広げて読み始める)
B「いえいえ...」

この後に、Aが「旅行ですか?」とCに問い掛けるところが、このシナリオのキーポイントだという。
見ず知らずの人に、何のとっかかりもない状態で話しかける。
オリザさんによれば、このセリフが日本人は、どうにも苦手だという。

オリザさんが、このシナリオを使うのには、理由がある。
日本人のコミュニケーション上のウィークポイントを端的に提示することができるからだ。
ワークショップでも、多くの人がセリフ棒読み状態になる。少しばかり演技に自信のある人は、ひとりよがりの感情移入の陥ったりもする。なんともスムースではない。
私たちは、よく知らない人、わからない人と、目的が不明確なまま関係を形成していくことが苦手なのである。

「コンテキストのズレを解消することに慣れていない

平田さんは、独特の表現を使って、この状態を解説してくれた。
コンテキストとは、「国柄や地域・文化によって異なる個性」と言い換えることが出来る。
要は異文化との接点を上手くやるコツがわからないわけだ。

上記のシナリオにある「雑誌」を例えば、プロレス雑誌という設定に変え、「旅行ですか?」を「プロレス好きなんですか?」に変えてみると、会話は途端にスムースになる。Cは「プロレスが好きである」というコンテキスト情報が入手できるからだ。

コンテキストのズレを解消するのは、役者の演技力=話術の巧拙だけではない。舞台設定、衣装、昭明、BGM等々あらゆる環境が影響を及ぼす。上手な演出家は、これらの要素の組み合わせが巧みであるという。

つまり、コミュニケーションの巧拙は、スキルだけではない。コミュニケーションを構成するあらゆる要素を適切にデザインすることで決まる。
若い人が会議で意見を言わないことを嘆く前に、意見が出やすい工夫をすることがコミュニケーションデザインである。
伸びている会社は、これが出来ていることが多い。オリザさんはそう言う。

2000年に及ぶ特異なハイコンテキスト社会で存続してきた日本人は、コンテキストのズレを解消するコツや、メソッドを持っていない。
それを最も、短時間で、体感的に会得できるのが、「演劇」であるという。
オリザさんが、子どもから大人まで、全国で演劇ワークショップを普及している理由がここにある。

ただし、コンテキストのズレを解消することは、コンテキストを同一化することではない。
相手との差違があることを認識したうで、その差違を「説明し合う」ことだ。
オリザさんは、それを「対話」と読んでいる。

異文化との「対話」に必要なのは、語学だけでも、スキルだけでも、知識だけでも、マナーだけでもない。それらをトータルにデザインする視点である。
「対話」という目に見えないデザインが問われている時代である。