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思い込み・決めつけをやめる  金井壽宏さん・川上真史さん

キャリア、リーダーシップなど、ひとの発達に関連する組織行動を研究する金井壽宏先生と、日本におけるコンピテンシーの導入者として多くの企業の人事コンサルに関わってきた川上真史さん。
学者とコンサルタントという異なるフィールドではあるものの、二人とも日本を代表する人事の専門家と言えるだろう。
今期の最終回を飾るに相応しい、贅沢なビッグツーの揃い踏みであった。

拠って立つ基盤の違いはあっても、共に京都大学教育学部で心理学を学び、「心理学の知見を企業の組織行動、人材マネジメントに活用する」という同じアプローチを取る二人には、何かと接点が多いようだ。
今回のセッションのテーマは「いまの若者にどう向かうべきか」であった。

マスコミは、昔から世代にラベリングすることが大好きだ。ちなみに私の世代(1961年生まれ)は、「新人類世代」と呼ばれた。
今春入社してくる大卒社員を「ゆとり教育世代」と呼ぶらしい。
我ら「新人類世代」も、齢五十を目前にして、ようやく「旧人類」との融合がなったようだ。
いつのまにか大勢の一群に与して、「ゆとり教育世代」の不可解さを嘆き、接し方への戸惑いを口にする。
いつの時代も、中高年にとって、若者は「理解しづらい」対象になる。

「ゆとり教育世代って呼ぶな!」と強く主張する識者もいる。
安易なラベリングが、諸問題の要因を「社会構造の問題」から、「若者個人の問題」にすり替えてしまい、思考停止を招くことを危惧している。

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何か始める前に、何かを終える 田中・ウルヴェ・京さん

人は誰も、人生のうちに何度か、住み慣れた場所・状況を旅立ち、新しい世界・状況に向かってスタートを切ることがある。
転職、リストラ、退職などネガティブな変化はもちろん、出産、昇進、抜擢のように他者から祝福されるプラスの変化もあるだろう。
そんな時、ふっと前が見えなくなることがある。自分がわからなくなるという言い方の方がいいかもしれない。

心理学者のウィリアム・ブリッジスは、そういった心理状態を次のように描写している。

「向こう岸に辿り着こうと川岸の船着場からボートをだし、しばらく進んでふと見ると、向こう岸がなくなっているのを発見するようなものだ。そして後ろを振り返ってみると、出発した船着き場が崩れて、流れに飲み込まれるのか見える...」

ウィリアム・ブリッジス『トランジッション 人生の転機』(倉光修・小林哲郎訳 創元社)

スタートは切ってみたものの、進むことも、戻ることもできない中途半端で不安定な状態、それを心理学用語で「トランジッション」と呼ぶ。

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アスリートの「育ち方」  朝原宣治さん

ギリシャ彫刻のような肉体美を、グレーのバーズアイのダブルスーツに包んで現れた朝原宣治さん。現役時代に比べると心持ち頬がすっきりしたような気はするが、知的で甘いマスクには、ネクタイ姿もよく似合う。

日本でも、ようやくアスリートの選手寿命が長なってきたが、朝原さんはその代表の一人であろう。五輪に4回、世界選手権に6回。15年以上も代表選手の地位を守ってきた。
その努力に、天の女神が微笑を返してくれたのが、一昨年の北京五輪であった。
陸上男子400メートルリレー決勝で獲得した日本短距離史上初の銅メダル。メダルが確定した時に、バトンを天高く放り上げて、仲間の選手と抱き合った朝原さんの姿は、日本五輪史に残るであろう名場面になった。
お子さんを抱えて、歓喜の涙に頬を濡らしていた奥様(奥野史子さん:元シンクロメダリスト)の姿も感動的であった。
パートナー・オブ・ザ・イヤーに輝いたということにも頷ける。

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アメリカはどこに行く 渡辺靖さん

オバマ政権の大きな政治課題である「医療制度改革」を巡る意見対立は、国民皆保険制度を素晴らしい制度だと自負している日本人には、なんとも理解しにくい現象である。
「そこまで自立・自己責任にこだわらなくても...」と思ってしまう。
そんな不可解な部分も含めて、アメリカを理解するうえで欠かせない二冊の古典があることを渡辺先生は教えてくれる。

『ザ・フェデラリスト』A.ハミルトン , J.ジェイ , J.マディソン(岩波文庫)
『アメリカのデモクラシー』トクヴィル(岩波文庫)
の二冊である。
前者は、アメリカ建国のファインディング・ファーザー達が高らかに謳いあげた「実験国家への設計図」であり、後者はフランスの若き政治学者トクヴィルが観察した活力に満ちた草創期アメリカ社会の描写である。
そこには、国家を設計する立場、国家を構成する市民の立場、それぞれの立場から、アメリカの自由と民主主義へのこだわり、アメリカンドリーム賛歌がみられるという。

全ては、自分達から始める。自分達の手で創り上げる。

そんな草の根民主主義への強いこだわりがよく理解できるという。

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『坂の上の雲』を見ようとしない現代人 ロバート・キャンベルさん

昨年末に放映されたNHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』は、司馬遼太郎の同名作品を原作としている。この本が司馬の代表作として高く評価されてきた理由のひとつにタイトルの妙があげられるだろう。
明治の日本は、ただひたすらに坂を駆け上っていた。彼らが見据えていたのは、眼前の到達点である「坂の頂」ではなく、その遥か向こう、大空に浮かぶ一筋の雲ではなかったのか。明治の日本と日本人を愛する司馬ならではの分析視点であった。

坂の向こうに漂う雲に擬えていたのは、生まれたばかりの小国日本の行く末であり、世界における日本の位相であった。
ロバート・キャンベル先生は、これをして「時間・空間認識」と呼び、この時代の日本人が持っていた認識スケールの大きさを指摘する。

ちなみにキャンベル先生の名をお茶の間に知らしめたのは、テレビ朝日の人気クイズ番組『Qさま』である。
キャンベル先生は、『Qさま』が、現代日本の特性をよく表しているという。
知識・情報がブツ切りで積み上げられている。ひとつひとつの知識は高度であっても、ブツ切りである以上は、いくら積み上げても完成型に至らない。
そこには、抽象的ではあっても、ある概念を作りあげようというモデルが存在しない。
「時間・空間」の認識の仕方そのものが、大きく異なっているというのだ。

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無駄とは何か 西成克裕さん

「無駄学」という実にキャッチーな研究テーマを提唱し、数理物理学の知見をベースに無駄の科学的解明に取り組んでいる西成先生。
西成先生によれば、「無駄学」の本質に関わる部分を象徴する現象を、事業仕分けの「次世代スパコン」論議に見ることが出来るという。
つまり無駄を巡る議論には、必ず「対立」「反論」がつきまとうという現実である。

「なぜ世界一なのか? 二番だとダメなのか?」

簡潔な問題意識で突っ込んだ蓮舫議員の主張に対して、あるノーベル賞受賞科学者は反論した。

「世界一を目指すことに意味がある。二番で良いとなったら、三番にもなれない」

「次世代スパコン」が無駄か否かをめぐる両者の議論には、拠って立つ世界、見ているところの違いによって、大きなズレが生じていた。
独自開発することの費用対効果を問題視する仕分け側と独自開発を進めることで科学技術立国を担う優秀な人材が育つのだとする科学者達の議論は、「次世代スパコン」を語りながらも、見ているものが大きく異なっていることに気づいた人も多かったのではないか。

こういう現象がなぜ発生してしまうのかを解明することが、西成先生の「無駄学」の本質である。

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