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「私」という困難  南直哉さん

今年の春、南直哉さんが主宰されている『仏教・私流』という講話を聞いた。
若手僧侶や仏教研究者、仏教に関心を持つ方々を対象に、月に一度程度開かれている連続講義である。専門家向けの内容なので、仏教知識のない私には、三分の一程度しか理解できなかったが、その中で非常に印象に残るフレーズがあった。

「宗教は人間の幸せをもたらすものではない。苦悩に耐える力をもたらすものである」

この言葉を聞いた時、是非、夕学にお呼びしようと決めた。


大きなカバンを提げて会場に現れた南さんは、「ちょっと着替えさせてください」と断って作務衣を脱ぎ、黒い袈裟をまとわれた。
180センチを越える長身で、八頭身。ご本人が志したならば、ファッションモデルになれたに違いない。
鋭い眼光と弁舌の切れは、「恐山の論僧」の異名がよく似合う。

「よそ者」
南さんは、講演でも、著書の中でも、ご自身をそう表現している。
伝統的な仏教教団の教義や作法にこだわらないアウトサイダーを自認している。
教員の家庭に生まれ育ち、大手百貨店のサラリーマン生活を経て、26歳で出家を志したというキャリアも異色なら、小説を書き、講演をこなし、テレビにも出る破天荒な行動は、伝統的なやり方を信じて疑わない多くの人々からすれば「よそ者」ということになろう。

しかし、南さん自身が「よそ者」と自称する時には、強い意志を伴っている。純粋培養で育った仏教原理主義者とは違い、さまざまな思想や宗教を研究し尽くしたうえで、仏教を「選択」したのだという意志である。
伝統的な教義や作法をシニカルに見透すことができる客観性と、「本当の仏教は、オレが一番知っている」という自信が垣間見える。

南さんは、なぜ仏教を選択したのか。その理由の一端が、自伝的な問答小説『老師と少年』
に記されている。

「友よ。そのとき君は大人にたずねただろう。死ぬとはどういうことか。死とは何か。すると大人は答える。 天国に行くの。 遠い世界に行くの。 お空の星になるの。 けれども、友よ。それは君の聞きたいことではないのだ」

「そうです!師よ、ぼくはどこに行くのか知りたいのではない。死ぬとは何か、それを知りたいのです。」

恐らく南さんは、幼いころから、普通の人間が気づかなかったこと、考えもしなかったことを、考えずにはいられない。そういう性(さが)のもとに生きてきた人ではないか。
「私」という困難を抱えて生きている人なのだ。
考えて、悩んで、いくら考えてもわからないことを知るため。それが仏教を選択した理由であろう。

いま南さんは、かつての自分の問い掛けが、考えても、考えても、答えに至らないことを知っている。「私」という困難は、一生続くことを知っている。
答えに至らないことを知ったうえで、考え続ける、問い掛け続け、苦難の道を歩む。
なぜなら、それが仏教の本質であり、仏教を選択した理由なのだ。

実際の講演は、終始笑いに包まれていた。永平寺の修業の実態、出家の決意を告げた時の家族の狼狽、恐山に来る人々の様子。
ユーモアたっぷりに語る南さんのお話は、それだけでエンタテイメントでもある。
けれども、私は、自分がだんだん笑えなくなっていくことに気づいた。
この人が選んだ生き方の「凄まじさ」の輪郭が少しずつ見えてきたように感じたからだ。

人間は、不安・苦悩から逃れようという本能を持っている。
そこから逃れられないことに気づいた時に、残されるのは「諦念」か「破綻」しかない。
南さんは、逃れられないことを承知のうえで、向き合おうとする。しかも他者の不安・苦悩を引き受けてまで...。
人間の本能に逆らう道を選んだ人である。

先に触れた『老師と少年』は、七夜にわたる二人の対話である。
その最終章で、老師は少年に次の伝言を残して旅立っていく。

「生きる意味より、死なない工夫だ」

その言葉に少年が笑ったら、さらにこう言えと伝える

「その笑いの苦さの分だけ、君は私を知ったことになる」

私も、笑いの苦さの分だけ、南さんを知ったことになるのだろうか....。

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