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「私」という困難  南直哉さん

今年の春、南直哉さんが主宰されている『仏教・私流』という講話を聞いた。
若手僧侶や仏教研究者、仏教に関心を持つ方々を対象に、月に一度程度開かれている連続講義である。専門家向けの内容なので、仏教知識のない私には、三分の一程度しか理解できなかったが、その中で非常に印象に残るフレーズがあった。

「宗教は人間の幸せをもたらすものではない。苦悩に耐える力をもたらすものである」

この言葉を聞いた時、是非、夕学にお呼びしようと決めた。


大きなカバンを提げて会場に現れた南さんは、「ちょっと着替えさせてください」と断って作務衣を脱ぎ、黒い袈裟をまとわれた。
180センチを越える長身で、八頭身。ご本人が志したならば、ファッションモデルになれたに違いない。
鋭い眼光と弁舌の切れは、「恐山の論僧」の異名がよく似合う。

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難き道を行く  坂東三津五郎さん

坂東三津五郎さんには三つの顔がある。
江戸中期から続く大名跡 坂東三津五郎(大和屋)の十代目
江戸三座に数えられた芝居小屋守田座の座元 守田家の血筋を引く御曹司
日本舞踊の名門 坂東流の家元

歌舞伎界でありながら、成り立ちや性格の異なる三つの立場を、一身にして背負うことを義務づけられた宿命は、三津五郎さんの芸域を広げ、役者としての深みを醸し、人間として魅力に繋がったのではないだろうか。

江戸時代の歌舞伎人にあって、座元というのは、名字帯刀を許された一段格上の身分であった。「旦那、ご新造」という夫婦を指す尊称も、歌舞伎では座元の家柄だけに許された名称で、団十郎や菊五郎といった大名跡であっても役者筋は、「親方・女将さん」と呼ばれたとのこと。
三津五郎さんの曾祖母である七世三津五郎夫人は、座元の家筋であることを誇りに持ち、「江戸が冷凍パックされた」(三津五郎さん談)生活を守りながら、幼少の三津五郎さんに「江戸の粋」を伝え残したという。

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語らないことで、語る  西水美恵子さん

夕学にも登壇いただいたことがある東洋思想家の田口佳史さんは、東洋文化の真髄を「見えないものを見る、聞こえないものを聞く」ことだとし、その代表例として長谷川等伯の『松林図』を紹介してくれた。
「朧なる松林以外になにも描かないことで、等伯の故郷 能登の冬景色を描いた」とされる傑作である。

『松林図』になぞらえれば、西水美恵子さんの講演は、「語らないことで語る」といえるだろう。
噛みしめるように発する静かな言葉と長い間。沈黙には、人間の集中力を研ぎ澄ます効果があることを、改めて認識させてくれるものだ。会場はシーンと静まりかえりながら、次の言葉を聞き漏らすまいと耳を凝らす。独特の緊張感が漂いはじめる。

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正しい努力を積み重ねる! 小宮一慶さん

15社の経営顧問と200回/年の講演をこなし、年に4~5冊の本を出しているスーパーコンサルタントの小宮一慶さん。
きっと何かの極意を身につけているはずである。それは何かを考えてみる。

小宮さんの言葉を借りていえば、「正しい努力を、積み重ねていること」ではないか。
「普遍の真理・原理を、繰り返し説くこと」とも言えるかも知れない。
シンプルで分かり易い。それでいて深い。聴く人の言葉で、時代の文脈に載せて伝えてくれる講演であった。

予定を15分オーバーした1時間45分の講演であったが、講演内容は、『社長力養成講座』の冒頭33ページ分、取り上げたテーマは「3つ」であった。
文字を目と頭で追うだけであれば10分で済むコンテンツでありながら、2時間の講演で満腹に近い満足感を与えることができる。
これも小宮さんの言葉を借りれば「頭で理解するのではなく、ハートで受け止める」講演であった証左であろう。
2時間の講演で、人間がハートで受け止め、持ち帰ることができる内容は「3つ」が限界であることを見極めているとも言える。

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「直滑降」という生き方 山本一太さん

夕学の企画と依頼は、毎年6月~7月、12月~1月に行っている。
現在開講中の夕学の企画を練っていた6月時点で、すでに政権交代の可能性はかなり高いとされていた。
歴史に残る大転換期に、当事者として赤絨毯の上を歩いている現職国会議員を、是非夕学にお呼びしたい。そう思った。
与党の立場で発言が慎重になるであろう民主党議員は避けたい。そこで、候補として頭に浮かんだのは3人。
加藤紘一氏、渡辺喜美氏(自民党ではありませんが...)、そして山本一太さんであった。
その中で、躊躇なく第一候補でお願いしたのが一太さんであった。(親愛を込めて、そう呼ばせていただきます)
「気分は直滑降」ブログを毎日読んでいたからである。

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科学の伝導師 鎌田浩毅さん

真紅のレザージャケット、赤い刺繍が入ったジーンズ、真っ赤なローファー。
火山のマグマをイメージしたという衝撃的な装いで登場した鎌田浩毅先生。年間ボーナスの全額をファッションに注ぎ込むとのこと。
ただのお洒落な大学教授ではない。奇抜な服装も、明確な人生戦略に則ったセルフ・プロデューシングにひとつだという。
火山学者としての鎌田先生の人生戦略は、「オンリーワン」を目指すことである。
富士山のてっぺんを目指すのではなく、誰も登らない未踏の山を探し出し、一番乗りを果たすことにある。
筑駒から東大、通産省というキャリアの表面だけを見ると典型的なエリートのように見えるが、鎌田先生は、「周囲の人とは違う道を歩く」人生のようである。
東大理学部で地質学を専攻するものの科学に失望した。「自分は科学者には向いていない」とあきらめて、大学院に進まず、技官官僚の道を選び、通産省管轄の研究所に入所する。
配属後、調査に訪れた阿蘇で出会った先輩が、科学を分かり易く、相手の興味を喚起するように解説する姿を見て、火山への関心が呼び覚まされ、論文博士を目指そうと決めた。

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「未知との遭遇」に向けて

25年前、サンデー毎日が「大追跡!日本にピラミッドがあった!?」という大キャンペーンを組んだことを記憶している人は、一握りの好事家だけであろう。
ピラミッドと言っても、エジプトやマヤ遺跡とは異なる。人為的に加工された巨石遺構や祭祀遺跡など、学術的には黙殺されてきた謎の巨石文化が、古代日本にもあったのではないか。その謎を解明しようという特集であった。
トンデモ本やオカルト雑誌ならいざ知らず、全国紙が発刊する由緒正しい週刊誌の特集とあって、当時はかなり話題になった。
当時の編集長は、現政治評論家の岩見隆夫氏で、このキャンペーンのキャップを務めていたのが岸井茂格さんであった。
実は、当時、私は立命館大学の古代史探検部という、これまた怪しげな名前のサークルに所属しており、学園祭の目玉企画として、サンデー毎日ピラミッド特集の記者を招聘しての講演会を企てた。
依頼を快諾した岩見編集長は、岸井さんと茂木さんという二人の記者を送ってくれ、講演は大盛況であった。
この縁で、我々の活動に関心を持ってくれた岸井さんは、一ヵ月後に、飛騨高山にある位山という巨石群の調査に、一緒に行かないかと我々を誘ってくれた。
岸井さんは、その頃40代前半だったと思うが、ヒゲがよく似合う精悍な表情とロマンスグレーのヘアスタイルは、現在と同じではなかっただろうか。

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