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肌感覚で潮目を読む 御立尚資さん

私達は有史以来さまざまな「変化」に遭遇してきたが、「変化」が、一過性の「波動」に終わるのか、大きな「潮流」につながっていくのかを峻別していくのは、次の3つの次元で、「変化」が同時or連続して起きることが条件になるのではないだろうか。

・物理的・行動的な変化=目に見える「モノ・コト」が変わること。
・心理的・内面的な変化=目には見えない「こころ」が変わること。
・知的・概念的な変化=人々の「モノの見方・考え方」が変わること。

御立さんは、ルネサンスは、「波動」ではなく、「潮流」の変化だったと見ている。
上記の考え方で整理すれば、次のようになる。
15世紀半ば、オスマントルコの侵攻により1000年続いたローマ帝国の歴史が終焉した。一方で、貿易の進展により、地方領主や貴族には富の蓄積が進んでいた。これが、「モノ・コト」の変化である。
ローマ帝国の完全滅亡は、欧州の人々に、栄光の時代ギリシャ・ローマへの原点回帰の精神を高揚させた。これは、「こころ」の変化である。
「こころ」の変化は、芸術の分野で顕著に表出し、ギリシャ・ローマの特徴であった「リアリズム」への追究が試みられた。美の観念・価値観が変わった。これが「モノの見方・考え方」の変化である。

日本の明治維新も「潮流」の変化だったと御立さんは言う。
ペリー来航という「モノ・コト」の変化は、人々の間に強烈な危機感という「こころ」の変化をもたらし、尊王攘夷、開国討幕という変遷を経て、やがて富国強兵という明治の国家観=「モノの見方・考え方」に結実していった。

御立さんは、このふたつの「潮流」の変化を、時間をかけて解説しながら、潮目が変わろうとする中で、リーダーの役割と戦略のあり方はどうあるべきかを説いた。

明治維新の主役は、後に徳富蘇峰から「天保の老人」と評された天保年間(1830年代)に生まれた人々である。木戸孝允、福澤諭吉、井上馨、山縣有朋、伊藤博文etc。
彼らが、「潮流」の変化の中で、リーダーたりえたのは、他者に先駆けて潮目を読めたからに他ならない。彼らは、幕末から明治初期にかけて相次いで海外に渡り、自分の眼で西洋を見聞することで、肌感覚で潮目を読んだのである。
情報・知識として変化を知るのではなく、変化の渦のすぐ近くに身を置き、しかも流れに引き込まれることなく、長い時間軸で潮目の行く先を見通すこと。
それが、変化の時代における、リーダーの役割だと御立さんは言う。

現代は、世界規模で「潮流」が変わろうとしている。
「モノ・コト」の変化で言えば、中国・インドのGDP世界シェアが20%近くにまで伸長し、産業革命前夜の西欧・米国のそれに匹敵するレベルになった。
世界の一人当たりGDPの差が縮まり、人口の大小がGDP総額を決める時代がやってきたという事実である。
経済のメイン舞台が中国・インドに変わろうとしているのであれば、将来の社長候補は、中国・インドで駐在経験を積んで、かの国の肌感覚を身につけるべきなのに、実態は英米派遣が中心のまま。それが問題だと御立さんは指摘する。
「天保の老人」達が、海外経験を経て、「攘夷」から「開国」へと大胆なパラダイムチェンジをしたように、海外の技術・文化をどん欲なまでに取り入れて、富国強兵を急いだように、中国・インドに身を置いて、肌感覚で潮目を読まねばならない。
御立さんは、中国・インドには、肌感覚を研ぎ澄ませて探してみると、活用可能な既存のシステムや構造があると考えており、その実例として、ムンバイのダバワラという弁当配送システムを紹介してくれた。

「モノの見方・考え方」の変化で言えば、いま元気なグローバル企業は、ビジネスモデルのイノベーションが実現できている。
ZARAやH&Mのファストファッション、グーグルのトラフィックサービスモデル、タタが挑戦している自動車のモジュール化モデルetc。
いずれも、低価格、低コストで、一気に規模とシェアを取る戦略である。かつての日本企業の特技でもある。
ただ、従来の業界や機能の枠を越えて、大胆に新しい仕組みを作り上げている点に革新性がある。

では、我が国のリーダーは肌感覚で潮目を読めるだろうか。肌感覚で戦略を革新できるであろうか。
御立さんは「できる」と考えている。
なぜならば、中国・インドが、いま歩んでいる道は、私達自身が数十年前に歩いていた道に他ならないからだ。
中国の一人当たりGDP13万円は、50年前の日本の数値と同レベルだという。
であるならば、50年前に私達が考えていたこと、抱いていた夢、かなえたいと思っていた願望を、今、彼らは持っているはずだ。
それを自らの経験という肌感覚で知っていることは、圧倒的に有利な条件であると御立さんは言う。

あたかも一身にして二生を経るが如く、一人にして両身あるが如し。

「天保の老人」の一人、福澤諭吉は、江戸から明治への激変に生きた人生を、そう振り返った。
戦後の日本人も、一身二生を生きたと言える。中国・インドも同じ道程にある。

あの時の私達の感性を取り戻すこと。それが私達に求められている「こころ」の変化なのかもしれない。