« 2009年9月 | メイン | 2009年11月 »

グローバル・ビッグイシューに舵を取れ! 一條和生さん

20世紀は米国の世紀だったと言われる。
その代表選手を挙げよと言われれば、GM、IBM、GEの三社であることに異論はないだろう。
調べてみると、三社は、20世紀開始の号砲に呼応するかのように1900年前後に、相次いで設立されている。この100年間の米国の隆盛を体現してきた企業と言えるだろう。
今回の経済危機が「100年に一度」と呼ぶに値する大変革であることは、三社のうち最も巨大であったGMが、創業101年目の今年、事実上の倒産に追い込まれたという事実がなによりの論拠となる。
一方で、IBM、GEは、何度かの危機を乗り越え、今も世界有数優良企業として繁栄している。
GMとIBM・GEを分けたものは何だったのか。
一條先生は、「イノベーション(創造的破壊)」の有無であったと喝破する。

60年前、当時34歳だった新進気鋭の経営学者ピーター・ドラッカーは、GM成功の鍵が、徹底した分権化にあったことを明らかにした。GMに近代組織マネジメントの理想的姿を見たのだ。
しかし、GMは、同時に発せられたドラッカーの忠告を無視し、更なる「イノベーション(創造的破壊)」への道を閉ざし、成功パターンの踏襲に固執してしまった。

IBM、GEは違った。
彼らは、度重なる危機の度に、事業ドメインを大胆に変換することを厭わなかった。IBMは、電子計算機から大型汎用コンピューター、更にはITソフトサービス産業へと変貌を遂げた。
GEは、ジャック・ウェルチのもとで、無機的成長戦略に挑戦し、家電メーカーから、金融を核とした総合ビジネスへと舵取りを切り、いまは、ジェフ・イメルトの指導で、まったく違う企業へと生まれ変わろうとしている。
両者に共通するのは、絶えざる「イノベーション」に他ならない。

続きを読む "グローバル・ビッグイシューに舵を取れ! 一條和生さん"

「これだ!」「いける!」「すごい!」という感覚 石井淳蔵さん

少し長くなるが、慶應MCCの話をさせてもらいたい。石井先生の「ビジネス・インサイト」を聴いて、「あのことだ!」と気づいた“創造的瞬間”があったからである。

慶應MCCが開設されたのは、2001年春である。立ち上がりまもなくの時期に、多少の混乱があって、コンセプトそのものから再構築する必要を迫られた。
「慶應MCCとは如何なるものか」について、皆で議論を重ねた。

・慶應ブランドを前面に打ち出し、30万人の卒業生ネットワークに訴求する。
・社会ニーズに適応したタイムリーな講座を、一流の講師陣で展開する。
・東京駅前・丸の内という立地にこそ競争力がある。 etc...
いずれも、もっともなことで、実際に、いまも謳っている「強み」ではあるが、誰もが思いつきそうなことでもある。

世の中にはアンチ慶應も多いし、慶應の卒業生以外に対しても広く門戸を開きたい。
慶應の教員といえども、専任契約をしているわけではないので、同じ先生が他の社会人講座で教えることだってありうる。
当時は、丸の内や八重洲には、次々と大学のサテライト拠点が出来つつあった。

ブランドでも、講師陣でも、立地でもないところ。いままでの社会人教育の常識では見逃していたところに競争優位があるのではないか、とあれこれと考えるうちに、「自分たち自身がなすべき役割にこそ鍵がある」と気づいた。
そこで生まれたのが「ラーニングファシリテーター」という概念である。

続きを読む "「これだ!」「いける!」「すごい!」という感覚 石井淳蔵さん"

肌感覚で潮目を読む 御立尚資さん

私達は有史以来さまざまな「変化」に遭遇してきたが、「変化」が、一過性の「波動」に終わるのか、大きな「潮流」につながっていくのかを峻別していくのは、次の3つの次元で、「変化」が同時or連続して起きることが条件になるのではないだろうか。

・物理的・行動的な変化=目に見える「モノ・コト」が変わること。
・心理的・内面的な変化=目には見えない「こころ」が変わること。
・知的・概念的な変化=人々の「モノの見方・考え方」が変わること。

御立さんは、ルネサンスは、「波動」ではなく、「潮流」の変化だったと見ている。
上記の考え方で整理すれば、次のようになる。
15世紀半ば、オスマントルコの侵攻により1000年続いたローマ帝国の歴史が終焉した。一方で、貿易の進展により、地方領主や貴族には富の蓄積が進んでいた。これが、「モノ・コト」の変化である。
ローマ帝国の完全滅亡は、欧州の人々に、栄光の時代ギリシャ・ローマへの原点回帰の精神を高揚させた。これは、「こころ」の変化である。
「こころ」の変化は、芸術の分野で顕著に表出し、ギリシャ・ローマの特徴であった「リアリズム」への追究が試みられた。美の観念・価値観が変わった。これが「モノの見方・考え方」の変化である。

日本の明治維新も「潮流」の変化だったと御立さんは言う。
ペリー来航という「モノ・コト」の変化は、人々の間に強烈な危機感という「こころ」の変化をもたらし、尊王攘夷、開国討幕という変遷を経て、やがて富国強兵という明治の国家観=「モノの見方・考え方」に結実していった。

続きを読む "肌感覚で潮目を読む 御立尚資さん"

絶望の反対はユーモアだと思う 玄田有史さん

玄田先生の出世作とされるのは、8年前に著された『仕事の中の曖昧な不安』である。

「働くこと」について、曖昧な不安がうず巻いている。何が原因なのか、一体何がどうなるのか、よくわからない。曖昧な不安とはそういうものである・・・

ニートやフリーター、若者のうつ病、自殺などが社会問題化されはじめた頃、それらの問題の深層に漂う不安感と状況を「曖昧」という言葉を使って表現してみせた。
「曖昧」であることが問題なのではない。「曖昧」に耐えられなくなっていることが問題なのだと。

きょうの講演テーマ、「希望」という言葉にも「曖昧」があるという。
玄田先生が紹介した、ある外資系大企業での事例。
期待されながらも辞めていく女性社員に「なぜ辞めたのか」を聞いてみると、二通りの理由に分かれた。

「このまま続けていても先が見えない」
「この会社で働くことの先が見えてしまった」

「先が見えない」と「先が見えてしまった」、まったく対称的な理由で会社に希望が持てなくなったとすれば、果たして「希望」はどこにあるのだろうか。

「先が見えない中でのかすかな光」「先が見えたと思った仕事でみつけた些細な発見」
「先が見えない」と「先が見えてしまった」の挾間にある「曖昧」な感覚の中にこそ、希望があるのではないか。
玄田先生は、そう考えている。

続きを読む "絶望の反対はユーモアだと思う 玄田有史さん"

「右か、左か」 沢木耕太郎さん

20年程前にも、沢木耕太郎さんの講演を聴いたことがある。
新聞の告知欄に載った小さな記事を見つけ、小躍りして出かけたものだ。

「沢木耕太郎の素顔を見ることができる。肉声を聴くことができる。」

沢木ファンにとっては、絶対に見逃せない機会だと思った。
当時から、テレビに出ることや雑誌・新聞のインタビューに応じることが一切なかったからだ。

話は、亡くなったばかりの色川武大(阿佐田哲也)さんにまつわるものだった。
純文学の色川武大と麻雀小説の阿佐田哲也。二つの名前を使い分けた無頼派作家である。
沢木さんは、色川さんの知り合いの中で、「最も若くて、まっとうな友人」だと言われていたという話、ギャンブルの神様と言われた色川さんの話を理解するために、教則本を熟読して麻雀を憶え、色川さんから呆れられたという逸話などを、思いつくままに披露してくれた記憶がある。

「博打的人生」という今回の講演タイトル見て、20年前の講演を思い出した。

続きを読む "「右か、左か」 沢木耕太郎さん"

「動的平衡」という生き方 小黒一三さん&福岡伸一さん

福岡伸一さんのベストセラー『生物と無生物のあいだ』は、アンサング・ヒーローズ(unsung heroes)、「歌われることのなかったヒーロー達」の物語である。

生命科学の分野で、今世紀最大の偉業と謳われるのが、ジェームス・ワトソンとフランシス・クリックによる「DNAの二重ラセン構造」の発見であった。
彼らの発見は、生命が自らの中に、自己を複製する機能をもった、25,000種の遺伝子からなる高性能コピーマシンであることを証明した。
ワトソンとクリックは、紛れもないサング・ヒーローズ(sung heroes)、称賛されるヒーローであった。

『生物と無生物のあいだ』は、二人のヒーローの陰で、結果的に彼らの研究を下支えすることになったにもかかわらず、陽の目を見ることのなかった何人かの科学者の人生を、福岡さん特有の美しい文章で詳述している。
ワトソンとクリックの発見が、アルプス登頂の偉業だとすれば、山の裾野で藪を刈り、道を拓いた名もなき人々の作業に、温かい眼差しを向けるように。

続きを読む "「動的平衡」という生き方 小黒一三さん&福岡伸一さん"

坂東三津五郎さんの講演が決まりました!!

かねて、サプライズ講演を予言しておりましたが、ようやく実現しました!!

歌舞伎役者の坂東三津五郎丈の講演が11/18(水)に決定いたしました。
実は、三津五郎さんには、早い時点で内諾はいただいていたのですが、明治座で行われる予定の舞台の関係で、いつお越しいただけるかの最終決定が決まらずにおりました。
今期は、すでに25講演でご案内済みですが、久しぶりに1回多く、26回となります。
全回予約の方は料金は変わりません。

三津五郎さんは、同年齢で仲の良い、中村勘三郎さんと並んで、いま一番脂が乗った歌舞伎役者と言えるのではないでしょうか。
古典作品はもちろんのこと、新歌舞伎や映画、テレビ、新劇まで、幅広いジャンルで大活躍をされています。個人的には、3年前の大河ドラマ「功名が辻」での明智光秀や、映画「武士の一分」でのキムタクの敵役など、渋めの役柄で見せる存在感が印象的です。

一方で、日本舞踊の一大流派・坂東流の家元としての責務も果たしており、伝統文化を担う継承者としての顔も持っています。

今回は、昨年出された『坂東三津五郎歌舞伎の愉しみ』という本を読んで、是非お話を伺いたいとお願いをしました。
一般の方に向けて講演される機会は滅多にないことですので、是非、お見逃しなく!!

お申込はこちらから
http://www.sekigaku.net/index.htm

第25回 1/28(木) 金井壽宏さん&川上真史さん

今期の最終回、1/28(木)の講師は、神戸大の金井壽宏先生とワイアットコンサルタント川上真史さんの対談です。
お二人は、研究者とコンサルタント、それぞれ立場は異なりますが、日本の人事・人材開発の分野で大きな影響力を持つ代表的有識者と言えるかと思います。
金井先生は4度目、川上さんは3度目と、夕学でもおなじみですね。

今回二人が議論するのは、「ゆとり教育世代との向き合い方」です。
教育界のみならず、広く論争を巻き起こした「ゆとり教育」ですが、すでに文科省は方針転換したものの、「ゆとり教育」で育った若者が、企業に入社してくるようになったことで、企業人事の問題として再浮上してきました。

論点は、彼らとどう向き合えばよいのか、という点です。
「コミュニケーションができない」「メンタルに弱い」等々、「ゆとり教育」の弊害として指摘されている若年社員の諸問題ですが、彼らだけに限定する問題とも言えない面もあります。
「ゆとり教育」も含めた、もっと大きな社会環境の変化に、人間そのものが適合できていないという根源的な不適合に起因しており、「コミュニケーション」「メンタル」の問題は、中高年社員にもあてはまるのではないかという指摘です。

安易なラベリングは、分かり易いけれど、問題を限定してしまい、本来問われるべき真の問題を覆い隠してしまう危険性もあります。

そんな複合的な視点で、議論ができればと思います。

第24回 1/26(火) 田中ウルヴェ京さん

第24回 1/26(火)の講師は、メンタルスキルコンサルタントの田中ウルヴェ京さんです。

田中さんは、元シンクロ選手です。ソウル五輪で小谷実可子さんとデュエットを組んで銅メダルに輝いた素晴らしい選手実績も持っていらっしゃいます。
12/15に登壇いただく井村雅代さんの教え子の一人でもあります。

そんな田中さんが、メンタルコンサルタントの道に入ったきっかけは、引退後の米国留学で、スポーツ心理学を学び、スポーツ選手の「燃え尽き症候群」研究に出会ったことにあると聞いています。ひょっとしたら、田中さんご自身が、セカンドステージについて悩んでいたのかもしれません。

スポーツ選手は、凝縮したフロー体験を積み、若い時点で頂点を極めてしまうことが多いので、引退後に眼前に広がる膨大な時間と機会を前にして、喪失感にさいなまれることがあると言われています。
その悩みのメカニズム、そして悩みと向かう際の対処方法は、私達ビジネスパースンにもそのままあてはまります。

田中さんは、ご自身の経験を活かし、メンタルトレーニングの専門家として今日の地位を築かれました。
職場、学校、家庭、社会のあらゆるところで蔓延しているメンタル不全に対して、極めて実践的な対処法を教えてくれるそうです。

お申込はこちらから
http://www.sekigaku.net/index.htm