« 対話と対決 今北純一さん | メイン | 声に出すことで立ち上がる力 谷川俊太郎さん・覚和歌子さん »

ワンダーを求める旅 荒俣宏さん

世の中には生きながらにして「伝説」を語られる人物がいます。
長嶋茂雄、勝新太郎、赤塚不二夫などがそうでした。
荒俣宏さんも、その系列に連なる人であり、「アラマタ伝説」なる珍説・奇説がファンの間で語られているようです。
曰く、「何十年間も平凡社に住んでいた」 「稀覯本の蒐集で数億円の借金を抱え、『帝都物語』の大ヒットで完済した」 「読書に費やす時間とお金を節約するため1日1食インスタントラーメンだけで暮らした」etc...。
ご本人によると、「風呂の代わりに砂場の砂をかぶっていた」などという珍説まで実しやかに語られているそうです。
ちなみに、平凡社に住んでいたというのは事実で、「世界大百科事典」の編集に携わることを理由に、会社の一角を約20年に渡ってなし崩し的に占拠し、事務所代わりにしていたとのこと。

さて、そんな「伝説」の流布を半ば楽しむようにして生きる荒俣さんが、ライフワークとして取り組んできたのが博物学の研究でした。
10年近い年月を費やして完結させた『世界博物図鑑』全5巻・別巻2巻は、その集大成です。億単位の借金も、この図鑑の資料収集のためでした。

きょうの夕学は、そんな博物学研究から見出した溢れんばかりの知見をもとにお話いただきました。

荒俣さんによれば、博物学の歴史は、大航海時代の到来とともに始まるようです。命知らずの探検家や一攫千金を夢見る商人達が繰り出す船団の中には、古今東西の珍奇なもの、ワンダー(驚異)なものを探そうとする博物学者たちも乗っていたようです。
ドラゴン、ミイラ、人魚など、虚実が混在した妖しげな珍物を求めて、未知なる世界に多くの博物学者が旅立ったと言います。
あると思ったものがない。いないとされていたものが存在した。そんな発見に一喜一憂したのだろうと荒俣さんは言います。
中には、「探してなければ作れ!」とばかりに贋物も出回ります。まさにワンダーな世界がそこにありました。

また、博物学探検は、ワンダーな情報を忠実に記録・採集するための絵画技術を進歩させます。対象物をリアルに描き出す「写生・写真」と呼ばれる技術です。
リアリズムの追求は、人間の論理的な想像力を進化させ、化石や骨の標本から生前の姿を描き出す「科学的想像画」というジャンルを生み出しました。
たとえば、百年以上も前に、博物学者はマンモスの化石を元にして「マンモスの想像画」を作成していました。その姿は、つい最近になって、シベリアの永久凍土の中から掘り出されたのはマンモスのミイラとほとんど変わらないことに驚愕します。

また、世界中を探検し、標本としてワンダーな絵を蓄積することで、ヨーロッパの人々はアフリカや南洋の島々に住む人々の身体や暮らしの中に隠されたエキゾチックな「美」に気づくようになります。エキゾチックなものへの憧れは、辺境の原始生活の中に楽園を想像するユートピア幻想を生み出したのではないかと荒俣さんは解説してくれました。
キャプテンクックによるタヒチの発見は、辺境の楽園が実在していたこと実証し、欧州の貴族の間に一大タヒチブームを巻き起こしたと言います。

一方で、その頃の日本にもアラマタ的な人物はいたようで、荒俣さんは、幕末に勝海舟のパトロンだったという竹川竹斎という人物を紹介してくれました。
松坂の商人だった竹斎は、商売の傍ら趣味でさまざまな事物・文献を蒐集していました。中には当時禁制のはずだった世界地図もあり、その地図には、クックの世界航海の航路が赤線で書き込まれているとのこと。
竹斎は、すでに世界の情勢をかなりの精度で把握していたことが推測されます。幕末にあってひときわ異彩を放つ勝海舟の外国観や先見性は、実は竹斎の影響かもしれません。

さて、話を博物学と美術の関係へと戻します。
博物学が、世界中のワンダーなものへと探検範囲を広げることは、結果的に「古きもの」への関心を呼び起こすことにつながりました。空間から時間へと関心の変化が起きたわけです。
たとえば、19世紀に爆発的に流行したゴシック建築は、中世建築への関心と憧れによって誘われたものだと言います。中世の大聖堂のゴシック建築様式をモデルとして、オックスフォード自然博物館ロンドン自然博物館は設計されました。
世界中のワンダーなもの集めた大英帝国の博物館が、中世ヨーロッパのワンダーな世界を模して作られたという事実は、未知なる世界のワンダーなものを追い求めた博物学が、やがて自分たちの祖先が歩いてきた道に戻っていったことを物語ってくれるそうです。

19世紀ゴシック建築の遺産は、日本では慶應義塾旧図書館として残されています。重要文化財に指定されている、この古い図書館を、それこそ住処として4年間の大学生活を送った荒俣さんが、やがて『世界大百科図鑑』を完成させたという事実も、ワンダーのひとつなのかもしれません。