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「万葉の<われ>、現代の<われ>」 佐佐木幸綱さん

奈良のみやこは、平城遷都1300年を来年に控えて、「せんとくん・まんとくん」騒動を含めて何か話題の多い年を迎えました。
平城遷都が行われた710年は、万葉集が編まれた中心の時代です。編さんに関わったとされている柿本人麻呂、大伴家持らが生きた時代でもあります。
それから1300年。佐佐木先生は国文学者として、万葉集の研究に力を注いできました。
佐佐木信綱氏(祖父)、佐佐木治綱氏(父)と三代続く近現代短歌の歌人でもあります。
万葉のうたと現代のうた。その1300年の隔たりをつなぐ紐帯のような存在かもしれません。

万葉と現代をつなぐ鍵は、<われ>にある。つまり自我をどう扱うかにある。
佐佐木先生はそう言います。

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「風のように吹いてくる」 中谷健太郎さん

「リゾート運営の達人」をビジョンに掲げ、経営破綻に陥った全国の老舗旅館・リゾートの再生事業を手がけている星野佳路さんによれば、地方の観光地の人々に「この地の魅力は何ですか」と問いかけると、必ずといってよいほど同じ答えが返ってくるそうです。

「温泉が湧いている」「魚が旨い」「緑があって空気が美味しい」
激安旅行のチラシ上に踊っているキャッチコピーそのままです。

温泉も、旨い魚も、新鮮な空気も、確かに魅力であることに違いはありませんし、答える人々は故郷に誇りを持ち、なんとか活性化しようという危機感を持っているのでしょうが、魅力を問われて、誰もが思いつくステレオタイプの表現しか出てこないところに、地方観光地が衰退していくひとつの理由があるのかもしれません。

衰退著しい地方温泉街にあって、由布院は数少ない成功モデルとして語られてきました。
ドイツのバーデン・バーデンに範を取り、「滞在型リゾート」というコンセプトをいち早く打ち立てて、街ぐるみの魅力づくりを進めてきました。
のどかな田園地帯を辻馬車が走り、当代一流の演奏家やアーティストが集う音楽祭、映画祭、演劇などが盛んに開催され、地方にいながら本物のアートや文化を楽しむことが出来ます。日本中から宿泊客が訪れると言います。しかも二度三度と。
由布院活性化のキーマンが、高級旅館として名を馳せる亀の井別荘のご主人 中谷健太郎さんであると言われてきました。

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「守りながら、再創造する」 渡辺保さん

正月に国立劇場の「初春歌舞伎公演」に行ってきました。白血病治療のためしばらくお休みしていた市川團十郎丈の復活公演とあって、満員御礼の盛況でした。
今年の正月は、東京では、歌舞伎座、新橋演舞場、国立劇場、浅草公会堂の四劇場で同時に歌舞伎公演が行われ、いずれも多くの観客で賑わい、歌舞伎ブームの隆盛が伝えられています。
しかしながら、渡辺保さんは、現状にある種の危機感を抱いているそうです。
「観客が育っていない」という問題意識です。
「客が芸を育てる」ということは落語をはじめとして多くの芸能で言われるところです。厳しくかつ的確な評価眼を持った良質な観客の評価によって、芸は磨かれるという側面があります。

「ブームに乗った客はやがて歌舞伎を離れていく。その時の歌舞伎が心配である」
良いものは良い、悪いものは悪い。歯に衣着せぬ率直な演劇評論で知られる渡辺さんならではのご指摘かもしれません。


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「見えないものを見る 聞こえないものを聞く」 田口佳史さん

日経新聞「経済教室欄」のゼミナールのコーナーで、年初から景気循環理論についての連載が続いているのをご存じでしょうか。
好況と不況の波が周期的に訪れることを解説する景気循環理論には、3年程度の短期周期の「キチンの波」。10年で循環するという「ジュグラーの波」。20年で繰り返される「グズネッツの波」。50年という長期サイクルで訪れる「コンドラチェフの波」等などがあるとのこと。
100年に一度と言われる現在の経済危機は、差し詰め4つの波が一緒にやって来たと考えると周期の辻褄は合いますが、まあどうでしょうか。

東洋思想の啓蒙者として40年生きてきた田口さんは、「この経済危機を、江戸期の達人ならどう見るか」というまくらから、お話を始めました。

儒学や老子、荘子など東洋思想が学問の基軸にあった江戸期であれば、きっと陰陽論で理解するだろう。
「陽極まれば陰となる 陰極まれば陽となる」
陰の時期と陽の時期が交互に訪れると考える陰陽論によって立てば、陰の時期は次に向けて準備の時期と考える。けっして悲観する必要はない。
準備は人知れず陰(かげ)でやるべきもの。陰でなければできないことをやればよい。
田口さんは、そう言います。


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半藤一利氏 『幕末史』

昨年の3月から12回に渡って開催した夕学プレミアム半藤一利史観『海舟がみた幕末・明治』の講義が本になりました。

『幕末史』新潮社

半藤さんの人柄が滲み出るような言い回しまで、そのまま紙上に再現されていて、講義を思い出しながら、一気に読ませていただきました。

今回の講義=この本の主旨は、幕末~明治の歴史を語る時に、暗黙の前提として刷り込まれている「薩長史観」に一石を投じ、「反薩長史観」で歴史を読み解こうということでした。明治維新などと言うと、聞こえは良いが、その実態は、薩長による「哲学なき暴力革命」で、新しい国を作ろうなどという高邁な理想は誰一人として有してはいなかった、と半藤さんは喝破しています。
東京生まれで、長岡に疎開し、高校までを過ごした半藤さんならではの視点ですが、けっして親幕府に偏った歴史観というわけではなく、極めてニュートラルな内容です。孝明天皇毒殺説、坂本龍馬暗殺説などにも、「自分はこう思う」という見解をきちと明言されていて、歴史学者には、けっして書けない分かり易い内容です。

日本の近代史全般について造詣が深く、大ベストセラー『昭和史』も著した半藤先生にとっては、日本を軍事国家に引きずり込む引力のような働きをした「皇国史観」や「統帥権問題」が、なぜ、どのように生まれたのかを語りたいという意志もおありだったようです。

近代日本の国づくりのための思想的な基軸に天皇を据えようという明確な意思が登場するのはもう少し先のこと、統帥権については、山県有朋によってその萌芽が生まれ始めた、というところでこの本は終わっています。

その続きをぜひ、ぜひぜひ聞きたい&読みたいと思います。