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「あえて二兎を追う」 島田亨さん

「金融危機」は世界をどう変えるかという論説のひとつに、「多極化時代」への変化が加速度を増すであろうという見解があります。
冷戦終結以降、20年近く続いてきた、米国の単独行動主義が限界に達し、米国一極集中時代から多極化へと政治経済の力学構造が変化するだろうというものです。
どうやら、それとよく似た現象が、プロ野球にも起きているようです。

「巨人戦の視聴率低迷をもって、野球人気の崩壊と言う人がいるが、それは誤りである。 野球人気が衰退したのではなく、巨人人気が衰退したに過ぎない」
「メジャー、高校野球、地方TVの野球中継等々、全てを合わせれば、視聴率はむしろ伸びている」
二宮清純さんはそう言います。
福岡に浸透したソフトバンク、札幌に根付こうとしている日本ハム、地道なファン獲得を続ける千葉ロッテ。 巨人、阪神の全国区球団だけでなく、地域密着型の球団経営、チームづくりを行う球団が力をつけてきました。
不思議なもので、次代を担う若手有望選手は、そういう球団から育っています。
本日の講師、島田亨さんが、球団社長兼オーナーとして率いる楽天野球団も、そんな多極のひとつになった球団です。

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「身を立て 名をあげる」 磯田道史さん

中世の職人や芸能民など、農民以外の非定住の人々である漂泊民の世界を明らかにし、それまで通説とされていた中世の日本像を覆した網野善彦さんは、「網野史観」と呼ばれる学説を世に問いかけました。

「百姓は農民ではない」

百姓身分に属した人々は、農民だけではなく商業や手工業などの多様な生業の従事者であったことを、網野さんは強調しました。

磯田先生は、近世の武士身分に属した人々について、網野史観とよく似た通説否定をされました。

「武士の世界は、けっして一様ではない」
「家老から足軽までの多様な人々を、武士というひとくくりの身分で理解することは間違いである」

磯田先生によれば、近世の武士には、同一身分内に多階層に及ぶ厳格な階級制度があったそうです。全人口の7%とも10%とも言われる武士層ですが、そのうちの60%は足軽・中間と言われる下士層であり、彼らは普段は農地も耕すアルバイト武士だったとのこと。農家の次男・三男で体格の良い肉体派を選び、荷物運びや槍持ちとして雇用する、今でいうところの非正規社員でした。

また、江戸時代が士農工商の身分制度によって成り立つ単一ピラミッド社会であるという常識も間違いだと磯田先生は言います。
むしろ、武士のピラミッド、町人のピラミッドというように、高さの異なる複数の三角形が並列して存在していました。武士階級の最下層に位置する足軽・中間と町人ピラミッドの頂点に立つ大庄屋とでは、経済的にはもちろん、家格でもはるかに大庄屋の方が上に位置していたとのこと。
明治維新の本質は、マルクス的な「階級闘争」ではなく、西郷、大久保、伊藤らの下層武士層による、将軍家や大名層など武家支配層に対する「階級内対立」である、と言った方がふさわしいというのが磯田先生の弁です。

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「暗愁の意味と意義」 五木寛之さん

「ここ数年、世の中の風向きが変わってきた感じがします」
五木寛之さんは時代の変化から講演を始めました。
銀行・金融、IT・情報、病院・医療など、五木さんにとって、これまで無関係・無縁だった世界(五木さんによれば「迂遠」な世界)から講演を依頼されることが増えたそうです。
『大河の一滴』『他力』をはじめとして、人間のこころを見つめるエッセイを多く書いている五木さんに、「こころの話をして欲しい」という依頼です。

五木さんは、この現象を、「こころの病」が市民権を得たと表現されます。
「うつ状態」を「こころの風邪」という言い方をすることが増えました。風邪だから、軽い気持ちで医者(心療内科)に行き、薬で治せばいい。そんな考え方が若い人達の間に抵抗なく受け入れられるようになりました。
五木さんは、それを一概に否定するものではないとことわりながらも、「本当にそれでよいのだろうか」と疑問を投げかけます。

「こころの病」の根本には、「鬱(うつ)」な気分がある。やる気が起きない。ため息ばかりでる。未知なものへの不安などなど。
しかしながら、「鬱(うつ)」な気分とは、はたして病気なのだろうか。
「こころの病」というよりは、「こころが萎える(状態)」という言い方がふさわしいのではないか
「こころの萎え」は、人間誰しもが味わうことであって、病気ではない。
ましてや薬で治すものではないはずだ。 
五木さんはそう言います。

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「楽しむ者に如かず」 小山龍介さん

夕学開講前、控室で小山さんと「大局観」と「直観力」の話をしておりました。
先日の羽生さんの講演を話題にしたのがきっかけだったのですが、いつしか松岡正剛さんの話題へと発展し、「直観力を鍛えるにはどうしたらよいか」という話になりました。
小山さんは、松岡さんが主宰するISIS編集学校で師範代を務めていることもあり、小山さんなりの松岡論解釈を持っていいます。
「大局観を持つことが直観力を鍛えることにつながる」
それが、松岡さんの考え方ではないか。小山さんはそう話されました。
経験の蓄積が直観力を鍛えるのではなく、もっと大きな枠組み、例えば大局観とかワールドモデルと呼ばれるフレームを現象にはめ込んでみると創発的に浮かび上がってくるものが「直観」ではないかということです。

きょうの講演を聞かれた方はよくお分かりかと思いますが、小山さんにとって、ライフハックを思いつく瞬間こそ「直観力」の発揮です。そしてライフハックを産み出すエネルギーは、ライフハックがなぜ必要なのか、自分はなぜライフハックの提唱者を目指しているのかと「大局観」から注ぎ込まれています。
ライフハックは技術論ではなく、生きるうえでの哲学として考えたい。
そんな小山さんの思いをお話された2時間でした。

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「オーラルヒストリーの力」  御厨貴さん

リーダーシップ開発の研究に「Lessons of Experience」(経験からの学習・教訓)という理論があります。
「激動の中で企業をリードし、高い成果を出してきた優秀な経営者は、一夜にしてつくられたのではない。成果をあげるリーダーは、自分で実行し、他人が挑戦するのを観察し、失敗を犯すことによって学ぶ」とする考え方で、個々の経営者・幹部がどのような経験をし、そこからどんな教訓・知見を獲得してきたのかを丹念に調べ上げるという方法論です。
この理論は、経験重視社会である日本の企業経営と親和性が高いようで、神戸大学の金井壽宏先生の「ひと皮むけた経験」や小樽商科大学の松尾睦先生の「プロフェッショナルによる経験からの学習」といった日本独自の研究を生みだしています。

御厨先生が専門とするオーラルヒストリーによる政治家研究は、「Lessons of Experience」のアプローチとよく似ているという印象を持ちました。
オーラルヒストリーとは、対象者自身に対する「聞き書き」によって歴史を記述研究するものです。通常の歴史研究は、文献資料をつぶさに検証することをもって科学的な手法とされてきました。しかし文書だけでは、政治過程、政策決定場面で実際に何が起き、どのような議論を交わされたのかというプロセスが記録に残りにくいという欠点があります。オーラルヒストリーは、その欠点を埋め、いわば生々しい政治の実像が見えてくるという点に特徴があるそうです。

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「考え続けることが才能である」 羽生善治さん

昼間、立ち寄った本屋で偶然に『羽生』という本を見つけました。
作家の保坂和志氏が、1997年に書いた同名の本が昨年になって文庫化されたようです。
この本の「文庫版のためのまえがき」に、出版にあたって羽生さんから寄せられた手紙文が載っています。
その内容が、きょうの羽生さんの講演を理解するうえでも参考になると思いますので、ご紹介をしておきます。

「私が将棋の事について考えていた事、思った事を話した後に言葉で帰ってくるのはとても少ないので新鮮な驚きがありました。 読み・棋風・最善手等に対する考え方は少しずつ変化していくものなので、そういうプロセスが何らかの形で残っていれば良いなあと思っていたので、今回の出版は嬉しく、感謝をしています」

この本が書かれた1997年、羽生さんは27歳。史上初の七冠達成を成し遂げた翌年にあたります。羽生さんの将棋がある面において頂点に達していた頃でしょう。
この本を読むと、すでに10年以上も前から、羽生さんが自分の棋風について、驚くほど深く、しかも客観的に分析していたことに驚きます。
そしてもうひとつ、ご自身も予感していたように、この本で語る将棋の考え方・棋風と今日の羽生さんのそれとが、確かな変化を遂げていることを認識することが出来ます。

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