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「グローバル化の本質」 黒川清さん

先週はソウルとシンガポール、今週は北京。文字通り世界を飛び回る日々を送る黒川先生。科学者同士の国際連携を推進する連合組織体の役員や委員を兼任され、“世界の知”と交流する立場にあります。
きょうの夕学では、そんな黒川先生が、強い危機感を持っている「世界における日本」のあり方について、熱く語っていただきました。

現代をひと言で言い表すとすれば「世界がフラット化した」ということである。
黒川先生は、ベストセラーになったフリードマンの著作『フラット化する世界』になぞらえて表現します。『フラット化する世界』には、その象徴として、米国の会計士に発注した書類がインドのバンガロールに住む税理士の手で作成されているという事例をもって、グローバル化の進展が紹介されています。
黒川先生は意外なことに、フラット化の本質を、グーテンベルク聖書がもたらした革命を題材に説明されました。
グーテンベルク聖書とは、15世紀にドイツのヨハネス・グーテンベルクが世界で初めて活版印刷技術を用いて印刷した180部の聖書を指します。ちなみに、世界に48部しか現存していないと言われるグーテンベルク聖書のひとつは、慶應義塾に所蔵され、全ページをデジタル化しアーカイブとして保存する「HUMIプロジェクト」が終了したばかりです。
さて、グーテンベルク聖書がもたらした社会的インパクトは、当時教会に独占されていた「キリストの言葉」の翻訳機能を、社会と市民に開放することにありました。いわば知の開放でありました。
このインパクトは、たんなる聖書の啓蒙を超越し、欧州社会に新たな宗教観を醸成することに繋がりました。その奔流は、100年後に、カルビンやルターによる「宗教改革」として結実することになります。

フラット化されるということは、さまざまな制約を越えて、あらゆる知が世界に開放されることを意味している。それは時に、既存秩序の転覆さえも引き起こす大きな変革をもたらす。

黒川先生の主張はそういうことでしょう。

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「中国はひとつではない」 国分良成さん

メタミドホスではじまり、メラミンで暮れようとする今年の日中関係。
両国関係を象徴するニュースは、餃子・インゲンに代表される食品汚染問題になることは間違いありません。消費者もスーパーも、「いったい次は何か」と戦々恐々の状態です。
国分先生は、この報道を冷静に観察しています。
曰く「日中関係はようやく“本来の関係”になった」とのこと。

「近くて遠い国」の代表であった中国は、いまや文字通り「近くて近い国」になりました。皮肉なことに、30年前、日中間の交流がほとんどなかった頃は、日本の対中イメージが良かったそうです。それに対して、この数年の対中国の印象は芳しくありません。
かつての好印象は、パンダとNHKのシルクロード特集が作り出した虚構のイメージ、それに対して、現在の悪印象は、日常的関係に根ざした実像です。
接触が増えれば摩擦も増えるのが国際政治の常識。その意味で “本来の関係”になったということでしょうか。

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「IT革命は道半ば」 夏野剛さん

5万年前、アフリカから世界へと旅に出た人類は、その旅程で「ことば」を生みだしました。
「ことば」は、表情や身振りに頼っていた人間の「コミュニケーション」を大きく変え、やがて農耕社会を作り出すきっかけになりました。

18世紀後半、ジェームス・ワットが改良した新方式の蒸気機関は、それまで人や牛馬に頼っていた「動力」の概念を大きく変えました。
「動力」の飛躍的進化は、興隆しつつあった帝国主義と結びつき、やがて「産業革命」へと結実してきました。

20世紀の終わりに登場したインターネットは、「情報」の概念を大きくかえつつあります。
その変化は「IT革命」と呼ばれ、農耕や工業化の開始と同様に、人と社会の有り様を変える大きなインパクトになると言われています。
上記の流れに位置づけてみると、「ケータイ」は、日本における「IT革命」の先駆として、一般コンシューマーを革命の担い手に登場させたところに、その時代的な意味があります。
「革命は大衆によって成される」ということは歴史が教えてくれる真実です。

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「自分が生きる意味は自分の力で創り出す」 姜尚中さん

「一匹の妖怪が世界を徘徊している。金融破綻という妖怪が...」

あまりに有名なマルクスの言葉をもじりながら、姜先生は、2008年秋の状況を語りました。
自分が体験するとは夢にも思っていなかった大恐慌の到来さえ現実のものになってきた。そんな恐ろしいことさえ口にされます。
こんな混迷時代を半年前に予感していたのか、この春に姜先生がだした『悩む力』は50万部を超えるベストセラーになっているといいます。
この本のおもしろさは、夏目漱石とマックス・ウェーバーという「組み合わせの妙」にあったようだと姜先生は言います。
なぜならば、漱石とウェーバーに共通するのは、「資本主義とは何か」を冷徹に見つめる洞察力にあったとのこと。

100年前、帝国主義の膨張が破裂寸前の危うさを見せていた世紀末、経済的には資本主義が世界に広がり、合わせ鏡のように社会主義が勃興を始めていました。
そんな混迷の時代にあって、漱石もウェーバーも、資本主義の行く末に何が起きるのかを見抜いていたと姜先生は言います。

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「官僚の思考特性」 高橋洋一さん

「起きて困ることは起きないことにする」
「あって困ることはないことにする」

歴史作家の半藤一利さんは、この思考特性こそが「近代以降の歴史から垣間見える日本の支配者層の通癖である」と言います。
西洋列強が力づくで開国を迫ってくることを予期しながら、何の対策もとっていなかった幕末の幕府官僚。
米英と戦えば間違いなく負けると分かっていながら、戦争への道を突き進んだ昭和の陸軍官僚。
年金問題や汚染米問題での隠蔽体質に象徴される中央省庁のキャリア官僚。
自分達のやり方、決めた方針に固執し、都合の悪いこと、起きて困ることには目をそらして、いたずらに時間を消費し、誰もが気づいた時には手遅れになってしまう。
わが国の支配者層に染み付いた、そんな思考特性を改めて認識させてくれた高橋先生の講演でした。

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夕学セレクションCD 第二弾発売!

今春第一弾を発売して好評をいただいている「夕学セレクションCD」の第二弾が発売されました。

・姜 尚中 「日本とアジアの共生」
・立花 隆 「科学ニッポン最前線」
・寺島 実郎 「世界潮流と日本の進路」
・養老 孟司 「話が通じない人の思考」
・和田 秀樹 「生涯学習のススメ」

の5本です。
聞き逃した方、あるいはもう一度聞きたい方、是非お買い求め下さい。
前回と同様、MCCではなく、日本音声保存さんが制作・発行元です。
夕学の会場でも販売しますのでよろしければ是非どうぞ。

以下、サイトの紹介文から...

慶應MCC 夕学(せきがく)セレクションとは?

人生の達人たちによる、名講演を待望のCD化!さまざまな分野の第一線で活躍する研究者・経営者・文化人・ジャーナリスト等による講演『夕学(せきがく)五十講』の中から、お客様にご好評いただいた講演を厳選し、夕学セレクション講演CDとして発売いたします。ビジネスシーンで使えるヒントやコツ、実生活における意外な発想など、人生の達人たちが惜しげもなく語った待望のCDシリーズの登場です。

<詳細は下記のサイトをご覧下さい>
「夕学セレクションCD」

第25回 2/9(月) 菊澤研宗さん

第25回(2/9)の講師は、慶應商学部教授の菊澤研宗先生です。

菊澤先生は、長らく防衛大学で戦略論、組織論を研究していらっしゃいました。防衛大学の経営学研究といえば、野中郁次郎先生等の『失敗の本質』が有名ですね。
2万人強の戦死者のうち80%近くが餓死で亡くなったというガダルカナル島の悲惨な敗戦は、なぜ起きたのかを戦略論、組織論的に分析した名作でした。

菊澤先生は、日本陸軍を題材に、強い組織が持つ病理性を研究されてきたようです。
企業の不祥事が起きる度に、「何であんなバカなことをやったのか」「誰か止められなかったのか」と思います。
しかしながら、いつになっても無くならない現実を見ると、そこに組織が普遍的に持つ、ある種の危険性を感じさせます。
菊澤先生は、それを「組織の不条理」と呼びます。
人間組織には、いつのまにやら合理的に不正に導かれてしまう可能性があるとのこと。
組織のルールに沿って、やるべき事を、やるべき方法でやった結果が不正につながる。組織にはそんな恐ろしい側面があるそうです。

では、われわれはどうすればよいか。どのようにして不条理を回避できるのか。
そのあたりをじっくりとお聞きできればと思います。

第24回 2/6(金) 堂目卓生さん

第24回(2/6)の講師は、大阪大学大学院教授の堂目卓生(どうめ たくお)先生です。
題して「アダム・スミス再訪」。

経済学を学んだことがない方でも、アダム・スミスと言えば「経済学の祖」=「国富論」 と政治経済や世界史の授業で習いましたね。
アダム・スミスが「国富論」で用いたという「神の見えざる手」という有名な比喩は、いま考えても卓越した表現で、市場が持つ天賦の調整メカニズムの存在をクリアにイメージさせます。
小泉さんの引退表明もあって、日本の構造改革派は少し元気がありませんが、市場主義、自由主義を標榜する人達にとって、自由な市場への信頼はいまも揺るぎありません。

それゆえに、口の悪い人に言わせると、「市場原理主義者の教祖」のような言われ方をするアダム・スミスですが、堂目先生によれば、本来はもっと深い意味であるとのこと。
アダム・スミスは「道徳感情論」の中で、人間や社会の倫理的側面を深く洞察しており、「神の見えざる手」という言葉は、人々が持つ心の総和としての均衡も意味しているそうです。

真の競争とは何か、人間の本質とは何か、にまで立ち戻って議論するに値する深淵な問い掛けがありそうです。

第23回 1/30(金) 佐佐木幸綱さん

第23回(1/30)の講師は、歌人で早稲田大学教授の佐佐木幸綱先生です。

現代短歌の歌人として活躍し、朝日歌壇の選者も務める佐佐木先生。俵万智さんの師匠としても有名な方ですね。
一方で、研究者としては、万葉集など古代和歌を研究していらっしゃるそうです。

7月30日の夕学で藤原定家の血筋を引く冷泉貴美子さんに来ていただきました。
その時に古代和歌と近代短歌の違いについてお話されたのがたいへん印象に残っています。
曰く、短歌は自我を歌うもの、つまり「わたしの感情」を歌う主観的な世界である。それに対して和歌は、普遍性を歌うもの、つまり「あなたもわたしも」同じように理解し、感ずる美の共通世界を表現する。
ということでした。

歌人として短歌を作り、学者として和歌を研究する佐佐木先生は、この違いをどう捉え解釈されているのでしょうか。

今回の講演は、まさにこの違い(共通点)にフォーカスし、「万葉のうた、現代のうた」という演題でお話いただきます。
佐佐木先生の講演要旨によれば
「一つの詩型がこれほど長く生きつづけてきた例は世界的に見て珍しい。短歌で何がうたいたかったのか。短歌で何をうたってきたのか。古代和歌と近・現代短歌を読みながら、考えたいと思います。」
とあります。

31文字で綴られる「言葉の宇宙」に触れながら、うたに込めた古代と現代のこころを知ることが出来ればと思います。

第22回 1/22(木) 中谷健太郎さん

第22回(1/22)の講師は、由布院の旅館 亀の井別荘主人の中谷健太郎さんです。

いまや温泉保養地として日本を代表するブランドになった「由布院」。
なかでも亀の井別荘は、一度は泊まってみたい高級旅館として多くのファンの支持を集めています。

しかしながら、由布院は昔から、いまのような由布院ではありませんでした。戦後多くの温泉地がそうであったように、高度経済成長期に伴う「レジャー意識の変容」という風に翻弄され、由布院にも閑古鳥が鳴く日々が訪れたそうです。

そんな中で、いち早く「地域づくり」の重要性に気づき、行政や住民を巻き込んだまちづくり、温泉づくりに取り組んできたのが中谷さんでした。
全国ブランドにまで発展した由布院ですが、市町村合併という新しい風が否応無しに街を襲ったといいます。

由布院をリードしてきた中谷さん達は、この新しい風にどう立ち向かおうとしているのか。
じっくりとお話を聞きたいと思います。

第21回 1/20(火) 渡辺保さん

第21回(1/20)の講師は、演劇評論家の渡辺保さんです。

歌舞伎評論はもちろんのこと、能、狂言から新派まで、幅広いジャンルをカバーする渡辺さん。演劇評論の第一人者といって過言はないと思います。
今回は「歌舞伎の伝統と美学」をテーマにお話いただきます。
400年前、庶民の娯楽として登場した歌舞伎は、田楽や能、狂言などそれまでの伝統芸能をベースにしつつも、時々の世相や庶民感情を巧みに取り込みながら革新を続けてきました。
歌舞伎の隈取りや色彩感覚は、現代の芸術家にも多大な影響を与えていると言われています。

今回は、歌舞伎が培ってきた伝統の知恵の一端をご教授いただきたいと思います。

第20回 1/14(水) 田口佳史さん

第20回(1/14)の講師は、イメージプランの田口佳史社長です。
田口さんは、企業経営者・幹部を対象に、論語や老荘思想といった東洋思想をベースとした人間学講座を主宰してきた方です。

昨年、ある会合で、田口さんのお話を聞く機会がありました。

「之を知るものは之を好むものにしかず、之を好むものは、之を楽しむものに如かず」

という論語の一節を教えていただき、社会人学習の本質を射た言葉だと感銘した記憶があります。

田口さんによれば、東洋思想の本質は「見えないものを見る、聞こえない声を聞く」ことにあるそうです。
近代合理性の限界が叫ばれる今日、東洋思想の世界から人間学を見いだしてみたいと思います。

第19回 12/19(金)島田亨さん

第19回(12/19)の講師は、楽天野球団の島田亨オーナーです。

球団創設4年目で、はじめて最下位を脱しようかというところまで成長してきた楽天。夏場にはクライマックスシリーズも狙えるかという快進撃も見せました。岩隈の投手三冠、リックの首位打者も確定しました。野村監督のボヤキはいまやエンタテイメントの境地に達していますし、マー君はオロナミンCの顔になりました。
失礼ながら、オリックスと近鉄の合併に際して「あぶれた選手」で構成した球団が4年間で、よくぞここまできたものだと思います。

楽天の発展を球団経営の側面から支えたのが島田オーナーでした。
リクルート出身で、インテリジェンスの創業メンバーとして株式上場に成功し、若き起業家、投資家のひとりであった島田さんは、三木谷さんから球団経営者として声をかけられるまで、スポーツビジネスとは無縁のビジネス人生を歩んでいたと言います。
常識外の出発をした楽天にとっては、専門外の島田さんに経営を委ねたことが結果的には成功につながりました。
一年目、成績はダントツの最下位に沈みながら、球団経営としては数十万円の黒字を達成したというニュースは、「球団経営は儲からないんです」と断言した某有名オーナーの鼻をあかしたという感がありました。

成功の陰には、地道なスポンサー獲得やファン獲得などの地域密着活動があったそうです。
島田社長みずから、講演会などで宮城県内数十カ所を回って、広報活動を行ったと聞いております。

ロッテ球団に続いてプロ野球経営の新しいモデルを提示しつつある島田さんに、夕学ではおなじみのスポーツジャーナリスト二宮清純さんが迫ります。

第18回 12/15(月) 磯田道史さん

第18回(12/15)の講師は、茨城大学准教授で、近世歴史学を専門とする磯田道史先生です。

どこのクラスにも、歴史少年・少女とい呼ばれる人がいたものです。磯田先生は、おそらくその中でも筋金入りの存在だったのではないでしょうか。
ベストセラーになった『武士の家計簿』のあとがきによれば、社会科見学や修学旅行の際には必ずクラスに「イソダ係」という担当が決められていたと言います。
磯田少年が展示物や史跡に見とれて迷子にならないようにする「見張り番」だったとのこと。

『武士の家計簿』は、そんな磯田先生が、古本屋で偶然見つけ、大枚をはたいて購入した、ある加賀藩士家の家計簿を題材に書かれたものです。
身分と職務の世襲が常態であった江戸時代にあって、猪山家は加賀藩の勘定方(いわば会計係)を代々務める家系でした。幕末・明治期、幕藩体制というよるべき大樹が倒れる中で、猪山家の人々は、勤勉実直の人柄と会計の専門知識を武器に逞しく生き残り、やがて新政府の海軍会計担当として新たな役割を見いだしていきます。

幕末・明治の激動期を切り抜けた武士の生き方を通して、現代のプロフェッショナルビジネスパースンにも通ずる「専門性」の活かし方に思いをはせることができればと思います。

第17回 12/11(木) 五木寛之さん

第17回(12/11)の講師は、作家の五木寛之さんです。
我々の世代には、『青春の門』でおなじみの五木さん。20年程前に執筆活動を中断し、京都で仏教史を学んだり、金沢に移り住んだりした以降は、親鸞や蓮如などの中世仏教の革新者にまつわる本を多く書かれるようになりました。
中世の仏教革新は、国家鎮護や権力者の安寧のために利用されてきた仏教を、いわば市井の人々の手に取り戻した運動といってもよいのではないでしょうか。
五木さんが、若い頃から立脚していた庶民に寄り添う姿勢と相通じるものがあります。
90年代末からは、『他力』『大河の一滴』といったエッセイが大きな話題を読みました。いずれも仏教の教えを分かりやすく繙きながら、私たち現代人が忘れかけている「生き方論」を語ったものです。

かつて人々は、「死や病」を、厭うものではなく、ともに歩むものとして、寄り添いながら生きていたといいます。そこには、哀しみ、怒り、妬み、嫉みといった現代人を苦しめる「こころの悩み」を丸ごと抱えながら、前向きに生きることを忘れなかった、「混沌の強さ」があります。

「問題解決できない問題」があることを受け止め、それとどう付き合うべきか。
科学の進展の裏返しとして、私たちが失いかけている「生きる力」を考えることができればと思います。

第16回 12/9(火) 池田清彦さん

第16回(12/9)の講師は、早稲田大教授の池田清彦先生です。

理論生物学、生命の形式についての研究、昆虫の生態学と分類学を専門とする池田先生ですが、近年は環境問題についても積極的に発言をされています。
特に、「二酸化炭素増大による地球温暖化論」には、舌鋒鋭く、その信憑性に疑問を呈しています。
その理由は、本来喫緊の課題として議論されるべき問題(エネルギー枯渇、食糧危機等)を二の次にして、地球温暖化対策にばかり目が向いている(予算が振り分けられている)現状への問題意識があるようです。

米国のような浪費大国ならいざしらず、すでに省エネ技術が確立し、CO2排出量削減の点ではダントツの優等生である日本は、地球温暖化のために、わずかな削減目標を掲げ、多大なコストを投入するよりも、資源エネルギーの枯渇問題や食糧など、目の前に破綻が見えている危機に注力を注がねばならないとする主張です。

確かに、我々の環境意識は、ブームや情緒に流されている傾向があることは事実です。真面目であることは結構ですが、まずは何が問題なのかを見極める冷徹さも必要ではないでしょうか。
池田先生のお話から、そんなことを考えられたらと思います。