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型の文化としての和歌  冷泉貴実子さん

京都御所は、京都のほぼ中央に位置し、今出川通りを挟んで同志社大学キャンパスと隣接しています。私は学生時代を京都で過ごしたので、かつて、よくこの道を通りました。今出川烏丸の交差点から少し東に進むと、古い土塀に囲まれた風情たっぷりのお屋敷があったことを記憶しております。当時は知りませんでしたが、これが1790年に建てられた冷泉家のお屋敷でありました。
冷泉家は、俊成・定家親子を祖に持つ「お公家さん」の家柄です。藤原定家の名は「新古今和歌集」「百人一首」の選者として、誰もが知る歌人ですね。
冷泉家は、代々「歌のいえ」として、800年以上も続くお家柄です。
明治以降、多くの公家が東京に移り住んだにもかかわらず、冷泉家は京都に留まりました。
時を経て、多くの公家屋敷が取り壊され、京都御苑として整備されていった中にあって、今出川通を隔てていたという幸運もあって、由緒あるお屋敷と数多くの典籍を守り続けてきました。
冷泉貴実子さんも、その伝統を受け継ぎ、俊成・定家の流れをくむ冷泉家の文化継承に力を注いでいます。

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「苗代」という方法 松岡正剛さん

「かつて、一日は夕暮れから始まったのはご存じですか?」
松岡正剛さんは、「夕学」というネーミングに触れていただいたうえで、ある古の風習を教えてくださいました。
古代には、「夕占(ゆうけ)」という習慣があったとのこと。改めて広辞苑で調べてみると「夕方、辻に立ち、往来の人の話し声を聞き、それによって吉凶・禍福をうらなうこと」とあります。
古代、闇夜の辻は、妖怪・物の怪が徘徊跋扈する異界と恐れられていました。異界の闇が、大きく口を開けようする宵闇の辻で、何かに託されたメッセージに耳を澄まそうとする神秘的な行いが「夕占」だったようです。
私が私淑する神戸大の金井壽宏先生は、松岡さんを評して「頭の中に巨大な図書館が入っているような人だ」とおっしゃいます。もちろん、あらゆるジャンルに精通した、その驚異的な知識は「生きる図書館」に他なりませんが、松岡さんの凄さは、膨大な知を独自に編集し、全く異なる他の世界に適用するところにあるのではないでしょうか。
松岡さん流に言えば「なぞらえ」かもしれません。
松岡さんが、「夕占(ゆうけ)」の風習を説明することでなぞらえようとしたことは何か。そんなことを考えているうちに、松岡さんの講義は本題に入っていきました。

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iPS細胞が拓く医学 山中伸弥さん

山中先生が到着される前の控室に、筑波大名誉教授の村上和雄先生がいらっしゃいました。
遺伝子研究の権威で、1月30日の夕学で、「笑いと遺伝子」をテーマに興味深いお話をしていただいた先生です。
村上先生は開口一番おっしゃいました。

「慶應MCCさんも思い切ったことをしますね。いま、この時期に山中先生を講演に呼ぶなんて...」
世界中の大学や企業の研究者と一刻を争う研究競争の最前線にいる山中先生を、講演に呼ぶという、ある意味の"暴挙"を評された言葉でした。

主催者としては、ひょっとしたら、歴史的資産になるかもしれない貴重な講演が実現できた奇跡を、多くの会場の皆さんと共有できたことは何よりも喜ばしいことでした。

さて、本題の山中先生の講演についてです。
本当に優秀な人は、難しいことを分かり易く説明できる人だと言われますが、山中先生は、まさにそういう人でした。
再生医学の意義、ES細胞研究の進展と課題、iPS細胞研究への期待と課題etc、どれも明快に解説していただいたと思います。

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「緑の東京へ一丸で」 猪瀬直樹さん

18:30東京着の新幹線を降り、駆けつけるように会場入りした猪瀬さん。
額には大粒の汗、夏カゼで鼻もぐずつかせながら、「何から話しましょうか」とつぶやいて、早速マイクに向かいました。
講演は、都庁で開催中の夕張観光物産展の話題から始まりました。市価の約半額というお買得感もあって、夕張メロンが1日に400個売れるほどの盛況イベントだそうです。切り盛りしているのは、都庁から夕張市の応援派遣されている二人の職員です。
財政破綻した夕張市の苦境は深刻だそうです。人口はピークの十分の一の12,000人、借金総額350億円、市役所職員も次々と辞め、行政も滞りがち、東京、北海道はじめ全国から10名近い応援職員を受け入れ、なんとか苦難を乗り越えようとしているとか。

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武士の世の終わり 『海舟がみた幕末・維新』第11回 その2

3月から続いてきた、半藤一利史観『海舟がみた幕末・維新』もついに最終回です。
思えば、黒船来航から西南戦争まで、幕末・明治、激動の四半世紀を一気に語り下ろしていただきました。
この講演をもとに、近々新潮社から本が出る予定ですので、皆さん乞うご期待。
また講演CD集も発売されることになっていますので、こちらもお楽しみに。

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明治四年(1871年)7月14日、廃藩置県の詔勅が下り、封建体制から天皇中心の中央集権体制への変革がなされました。新政府は、大きな課題のひとつを片付けたことになります。
その年の11月には、岩倉具視を全権大使とする使節団が米欧に向けて出帆します。
世にいう岩倉米欧使節団です。
木戸、大久保、伊藤らの要人46名に加え、中江兆民や津田梅子など留学生を含む総勢100名超の大使節団でした。
その目的は、
1.幕末以降の条約締結各国への国書の奏呈
2.不平等条約改正に向けた下準備
3.各国の近代的制度・文物の調査研究
でしたが、条約改正交渉は、早々に認識不足が露呈して失敗に終わり、結果的に、西洋諸国を視察しながら、新たな国づくりの構想を巡らすことが主目的となりました。
米国から欧州を巡回する、実に1年10ヶ月に及ぶ長期間の旅でありました。

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廃藩置県への道 『海舟がみた幕末・明治』第11回その一

鳥羽伏見の戦いに明けた慶応4年(1968年)は、九月に明治元年と改まりました。
翌2年の三月には、明治天皇の東京への動座も完了。春までには、新政府の主力メンバーのほとんどが東京に集まってきました。
とはいえ、その実態は混沌状態で、各自が自藩の利を考えて自己主張を繰り返すばかりで収拾が付かない事態となりました。
新政府の中核として重きをなすのは、下級武士層出身の志士と一部の公家だけで、政争には強くても政務には疎い者ばかり、目指すべき青写真があるはずもなく、混乱は深まりました。
本来、新たな国づくりの中心になるはずの、長州木戸、薩摩大久保の両有力者が、性格と考え方の相違から、意思疎通を欠きがちだったことも混乱の一因だったとのこと。
統制派の内務官僚タイプである大久保利通と八方気配り派の外務官僚タイプの木戸孝允では、水と油の違いがあったようです。

半藤さんが紹介された当時の狂歌の一節

「上からは、明治だなどといふけれど、治まるめい(明)と下からは読む」

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意思決定の実際と対策  長瀬勝彦先生

随分と前のことですが、とある組織で人事部に配属され、新卒採用の仕事に携わった時期があります。その時に、人事部長から、面接用の評価シートの修正を命じられました。
我が社の求める人材像をもとに、一般教養・知識、表現力、論理力、対話力等々いくつかの能力項目を設定して、それに見合う具体的な行動評価項目を洗い出しました(例えば、挨拶ができたか、笑顔の印象はどうか、時事問題に答えられたか、簡潔な自己紹介ができたか、志望理由に説得力を感じたか、厳しい質問にどう対応したかetc)
評価シートは、それらを10項目程度のチェックリストに仕立てて、5点法で点数化しました。もちろん重要な項目には加重をかけて総合点がでるようにしてあります。
ところが、人事部長は、実際の面接の際には、項目は一切チェックせずに、ただ総合点だけを付けて、横になにやら走り書きのメモを書き入れていました。
「使わないのなら作らせるなよ!」と腹を立てて、先輩に訴えたところ、「君の勉強のために作らせたのだよ」「でも、よく出来ているから僕は使うからさ」と慰めてくれたものです。
にもかかわらず、その先輩も実際は、まず総合点を書き入れて、あとで要素毎の点数を逆計算しながら記入していました....

間違いのない判断を下すために用意された、さまざまな分析ツールが、実際に意思決定をする際には使われない。 この種の経験は多くのビジネスパースンが持っているものではないでしょうか。
頭で考えた理屈と実態の意思決定の乖離現象。それこそが、長瀬先生が専門とする行動意志決定論の研究領域です。

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冨田先生の夕学 <追記>

7日(月曜日)の冨田勝先生の夕学で、藻から軽油をつくる研究について紹介がありました。
講演後の控室で、「実用化のメドはどんなものなんでしょうか」とお聞きしたところ、「5年~10年は無理、夢を追う話です」とおっしゃっていましたが、きょうの朝日新聞のは、デンソーが量産に向けた本格研究に着手すると発表したという記事が載りました。

「藻から軽油を量産へ デンソー、年80トン計画」
http://www.asahi.com/eco/NGY200807080010.html

記事によれば13年までには量産化体制をつくる計画とのこと。

「夢を形にする」というのはこういうことなんですね。

バイオサイエンスの最前線 冨田勝さん

冨田先生が所長を務める、慶應の先端生命科学研究所は、IT主導のバイオサイエンスという新しい研究アプローチを取るユニークな研究所です。
WEBサイトの紹介文をみると次のように書いてあります。

当研究所では、最先端のバイオテクノロジーを用いて生体や微生物の細胞活動を網羅的に計測・分析し、コンピュータで解析・シミュレーションして医療や食品発酵などの分野に応用しています。本研究所はこのようにITを駆使した「統合システムバイオロジー」という新しい生命科学のパイオニアとして、世界中から注目されています。

山形県鶴岡市という自然環境に恵まれた土地で、世界と戦う先端生命科学研究所のコアコンピタンスは二つある、と冨田先生は言います。

ひとつは、「メタボローム解析技術」と呼ばれる分析技術です。
メタボローム解析は、“究極の成分分析技術”とのことで、対象となる物質の細胞がどのような成分で成り立っているのかを一度に分析してしまう「スグレモノ」だそうです。
先端生命研は、独自開発したCE-MS法というメタボローム測定のノウハウを有し、これによって得られたメタボロームデータの解析ソフトウェアおよび代謝物質データベースを武器に、さまざまな領域で応用研究に着手しているそうです。

もうひとつは、「E-Cell(電子化細胞)」に代表される卓越した情報技術です。
コンピューターシミュレーションによる細胞メカニズムの再現技術など、ITを駆使して生命活動のモデルを構築・解析する技術を10年以上も蓄積しており、これらによって得られた膨大なデータを用いて、生命現象の包括的な理解が可能になっているそうです。

この二つの武器を使って、どのような研究に取り組んでいるのか、そのいくつかを冨田先生は紹介してくれました。

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ロボットを通して人間を考える 瀬名秀明さん

東北大の大学院でミトコドリアの研究に勤しんでいた瀬名秀明先生が、バイオホラーの傑作と言われる『パラサイト・イヴ』でデビューしたのは、博士課程在籍中の13年前のことでした。
太古の昔に存在していた利己的遺伝子「イヴ」が、何億年に及ぶ生物寄生の眠りから覚め、ヒトに対して反乱を企てるというものです。
ミトコンドリアDNAの解明にから導かれた、人類最古の人類が、数万年前に北アフリカに生まれた女性であったという最新知見をベースにしたホラー小説でした。

この作品を期にSF作家としての活動もはじめた瀬名先生が、ロボットの世界に関心を持ったのは、文芸春愁から依頼されたサイエンスルポがきっかけだったそうです。
「ロボットは人間を越えられるか」をテーマに掲げ、ロボット研究の最前線を追った長期取材でした。

その取材をきっかけに、ロボット研究への理解を深めた瀬名先生が気づいたのは、ロボット研究が、SFやアニメ等の空想世界におけるロボット文化と相似形をなしながら進化してきたという事実だそうです。

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何が若者を苦しめるのか 本田由紀さん

「若者と仕事」に関わる問題に対する識者の見解は、大きく3つに分かれます。

ひとつは、「自己責任」を強調する論。
厳しい時代だからこそ、本人(若者)が強い意思と明確な目標をもって努力しなければいけないという論調です。ご本人がたいへんな苦労をして成功を掴んだ方に多い意見です。
いまひとつは、若者に寄り添いながら、彼らが意欲と希望をなくさないように温かいメッセージを送ろうというもの。
以前、夕学にも登壇いただいた玄田有史先生は、こちらに近いスタンスではないでしょうか。
三つめは、若者に寄り添うスタンスは同じながらも、彼らを産み出した社会そのものを厳しく糾弾する論
本田先生は、この立場ではないかと思います。実証的なデータに基づきながら、若者を疲弊させ、絶望させる何ものかを明確にしようという姿勢です。

本田先生が、各種データもとに「若者の働き方の変化」を分析した結果によれば、「全ての若者は苦境にある」そうです。
正社員は「過剰な労働」に、非正社員は「過少な賃金・安定」に、それぞれ押しつぶされていると言います。

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