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「言葉」の密林を拓く 金田一秀穂さん

我々「ヒト」の祖先であるホモサピエンス(現生人類)が生まれたのは、20万年前のアフリカでした。誕生以降15万年間アフリカ大陸に留まっていた彼らが、人口爆発とともに世界各地に旅立っていたのは5万年前。
その起爆剤になったのが「言葉」の誕生でした。(以上控室での金田一先生談)
我々の祖先は、石をたたき割ったり、磨いたりして石器を作るのと同様に、生活の中で試行錯誤しながら自然発生的に「言葉」を紡ぎ出しました。
人類は5万年かけて「言葉」を分化・変化させながら身体知的な能力として身につけて来ました。
そこには、コンピュータ言語のような明確なアルゴリスムはありません。曖昧性や論理矛盾を生来的に抱えています。
しかし、人類が使いこなしてきたという事実は、なんらかの使用基準のようなものがあることを意味します。そして今もって、すべての使用基準は明らかにされていません。
使いこなせるのに、使い方を説明することが出来ない。深遠なる「言葉」の密林がそこにあります。
言語学者とは、そんな「言葉」の未開拓領域に分け入って、新しい「言葉」の解釈を発見することを使命とする人達です。

三代続く国語学者である金田一家。祖父の金田一京助先生が、初めて国語辞典を編纂したのは1907年のことだそうです。
情熱を注いでいたアイヌ語研究の調査旅行費用を捻出するためにはじめたとのこと。
いわば、“金田一商店(秀穂氏談)”は、子の春彦先生、秀穂先生と三代百年続いてきた老舗の国語辞書屋さんです。

そもそも国語辞典の嚆矢は、平安時代の「和名類聚抄」だそうですが、もとは「わからない言葉を調べるため」のものでした。
それが近代以降、「その時点、その国の言葉の総索引」に意味づけが変わってきたそうです。
その結果、その時々の流行語はもちろんのこと、誰もが知っている当たり前の言葉も掲載されることになりました。
これが金田一家のような「辞書のプロ」にとっては、専門家の技量を披露し合う、格好の舞台になったそうです。

例えば春彦氏は、「愛」という言葉をどう表現するかにこだわり続けたとのこと。
「愛」と同様に、「間」「時」といった、当たり前の言葉は、辞書編纂者が表現に苦心する代表的な事例です。
誰もが知っているだけに、「間」という言葉を使わずに「間」の意味を説明することは極めて難しいことだそうです。
逆に言えば、そこに言葉の未開拓領域があり、新たな解釈が潜んでいます。

金田一先生は「右」という言葉を取り上げ、解釈発見の歴史を紹介してくれました。
従来「右」という言葉の説明は、この2種類でした。

1.北を向いた時の東(国語辞典の最高峰 大言海方式)
2.時計の3時のある方向

それが20年ほど前に角川が画期的な説明を考案して衝撃をあたえたそうです。

3.この辞書を開いて偶数ページにあたる方

言うなら、国語時点の「イノベーション」の瞬間でしょうか。

また、「前」という言葉の意味や表現も難解です。
例えば、われわれは「未来に向けて前に進もう」という言い方をします。ここでは「前」を未来と捉えています、
にもかかわらず、「ちょっと前に起きた事件」という言い方もします。この時には「前」は過去を意味します。
はたして「前」は、未来なのか過去なのか。これを無意識に使いこなしている人間は、どんな使用基準を使っているのか。
金田一先生は、こんなことをひたすら考えているそうです。

「言語学には正解はない 解釈の学問である だから説得力の有無が勝負になる」
金田一先生はそう断言します。

これは、われわれが生きているビジネスの世界とまったく同じだな。金田一先生の楽しい講演を聴いて、皆さんもきっとそう思ったのではないでしょうか。

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