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「地図から読む世界」 池上彰さん

存命であれば、夕学の講師にお呼びしたかった人の一人に、歴史学者の網野善彦氏がいます。
彼の本には、見慣れない一枚の地図が度々が紹介されています。一瞬見ただけでは、どこの地図かを判別することができません。
大陸から割れて出たように見える細長い島々が、緩やかな曲線を描きながら二つの内海を包み込んでいる様子は、島々と大陸が、内海を共有するひとつの文化圏であることを連想させます。

「環日本海諸国図」と名付けられたこの地図は、日本列島を中心に、南北は樺太から南西諸島を、東には中国大陸の沿岸部を範囲とした地域を、時計と反対回りに90度回転させたものです。

見慣れた地図を90度回転させるだけで、随分と印象が違うことがよく分かる好例ですが、池上彰さんも、世界中を回って、こういった地図を集めているそうです。

「地図を見れば国際情勢が分かる」

という持論を裏付けるための作業です。

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ラジオの力 亀渕昭信さん

2年目の春、2005年前期の「夕学五十講」にホリエモン氏が登壇しました。
予約受付から半日で、席が埋まり、ホリエモンの話を聞きたいがために、わざわざ全回予約席を申し込むという人までいました。
ホリエンモンフィーバーが、夕学にも起きていました。


同じ頃、ニッポン放送社長(当時)として、ライブドア社長(当時)のホリエモン氏と対峙していた亀渕昭信さんのもとには、毎日ように不思議な手紙が届いていたそうです。
それは、35年以上前、亀渕さん(愛称「カメ」)がパーソナリティーを務めていた「オールナイト・ニッポン」のかつてのリスナーの方からの励ましの手紙でした。

「カメ、オレは昔、お前からサインをもらって励まされた! 今度はオレが励ます番だ。負けるな、頑張れ!」

そんな言葉が綴られていたそうです。


これまた同じ頃、亀渕さんの母堂(当時88歳)は、何か感じるところがあったのか、密かに身の回りの整理を始めていました。
200通近い、古い手紙・ハガキの束を見つけ、亀渕さんに渡すチャンスを待っていました。
それは、35年前のオールナイト・ニッポンに寄せられたリクエストハガキや手紙だったからです。
いずれも、全盛期を迎えつつあったラジオの深夜放送の熱気を伝える、ストレートで、みずみずしい手紙だったそうです。


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窮地に陥った時は「仮説力」 竹内薫さん

夕学にも来ていただいたことがある人類学者の中沢新一さんが、南方熊楠について書いた『森のバロック』という大作があります。
南方熊楠は、世界的な博物学者であり、異能の天才として知られた存在ですが、40歳を過ぎて、故郷の紀州山中において、のめり込んだのが「粘菌」の生態研究でした。
中沢さんは、熊楠が粘菌研究にはまった理由を、粘菌がもつ「あいまい性」に惹かれたのではないかと言っています。
粘菌とは、動物的な特性と植物的な特性を併せ持つ不可思議な生物で、極めて特異な生態を持つのだそうです。
粘菌が持つ、動物とも、植物とも、言えるようで言えない「あいまい性」、茂木健一郎氏流にいえば、「偶有性」は、民俗学や神話学の書物に耽溺してきた熊楠から見ると、原始の人間が持っていたであろう不可思議な特性を想起させる研究対象だったのではないかと中沢さんは分析しています。

さて、きょうの夕学導入部で、竹内さんが説明された「粘菌ロボット」の話。
上記のような「粘菌」の特性を思い出しながら聴くと、竹内さんが説く「仮説力」の、シンプルなようで、深淵な本質がみえてくるような気がします。

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ミュージカルにかける熱い思い 塩田明弘さん

人々の知的能力水準が向上し、情報流通が促進されると、あらゆる面で「情報の非対称性」が逓減していきます。そうなると、商品・サービスを提供する側が一方的に機能面・感性面の利点を主張するプロダクトアウト的なマーケティングが効果を発揮しなくなります。
そんな時代に効果的なマーケティング手法だと言われているのが「裏側を見せる」「参画してもらう」というやり方です。
ブロードウェイには、「スクリプトリーディング」「スクリプトプレイ」というものがあり、制作途中の芝居の本読みや稽古の様子を有料で見せるという試みがなされていると聞いたことがあります。映画のメイキングビデオも同じ流れにあります。
かつては、コックが自分の厨房を見せるのは邪道だと言われていましたが、いまは逆になりました。
制作過程の裏側や舞台の内側で何を考え、どう工夫しているのかを、あえてオープンにすることで、消費者の主体的な消費意識を喚起し、コアなファンを増やすことができるという考え方が浸透してきたからだと言われています。
その時に難しいのは、ただ見せるだけでなく、観客が何に関心を持ち、どういったことを知りたいのかを鋭敏に感じ取る感性と専門用語を分かりやすく解説できる説明能力をもった翻訳者が必要になるということです。

日本のミュージカル界にとって幸運だったのは、その面で特出した才能を持った塩田明弘さんという稀代のミュージカル指揮者がいたことではないでしょうか。
きょうの夕学を聴いて、お世辞抜きにそう思いました。
「ミュージカル界の“みのもんた”」の称号を裏切らない素晴らしいトークショーだったと思います。

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「本当にやりたいことを追究する経営者」 田口弘さん

1990年代半ば、日本はバブル崩壊の後遺症に深く悩まされていました。後に「失われた10年or15年」と称される混沌の時代に、大きな脚光を浴びたのがミスミという会社であり、社長を務める田口弘さんでした。
販売代理業から購買代理業へというコンセプトや、究極の自律型組織を目指したプロジェクト型組織運営は、当時の日本企業が直面する経営課題をはるかに飛び越え、3歩~4歩先を行く、未来型企業の代表と言われていました。

その田口さんが、「自分がトップのまままでは、これ以上ミスミを発展させることはできない」と宣言して、著名コンサルタントであった三枝匡氏に社長の座を譲ったのは2002年のことです。
地位と権力に執着するあまり、周囲が見えなくなって醜態をさらす創業経営者を、いやという程見てきた我々には、その潔さと達観がすがすがしくさえ思えたものでした。
しかしながら、きょうのお話を伺うと、田口さんにとって、ミスミの社長を退任したことは、けっして一線を退いたという認識ではなく、「自分が一番やりたいこと」を追究するための戦略的な意思決定であったということがよく分かりました。
あれから5年、田口さんが新たなフィールドと定めたエムアウトで、いま何をやろうとしているのか、それをお聴きするために夕学に来ていただきました。

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「すべてを否定しない生き方」 東儀秀樹さん

ポルシェを駆って丸ビルに到着した東儀秀樹さんは、いつものファッショナブルな装いで会場に現れました。
ヴィトンのアタッシュケースの中から取り出されたのは、鮮やかな緞子の袋達。大きめの袋には「笙」が、小さい袋には「龍笛」が入っていました。「篳篥」は蒔絵が描かれた黒漆の箱に収められていました。
好奇心丸出しでのぞき込んでいたところ、「触ってみますか?」と声を掛けてくれました。
「笙」を持たせていただきました。
両手で包み込める程度の大きさで、束ねられた竹管の根本は、金茶地の漆に螺鈿が施した筒状になっています。東儀家に代々伝わってきた貴重な「笙」のひとつかもしれないと思うと感慨もひとしおでした。

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「新しい実学をおこす」 川勝平太さん

「新しい実学をおこす」 
空前の盛り上がりをみせた早慶戦前夜だからというわけではないでしょうが、早稲田マン川勝平太先生は、慶應義塾に対する配慮と対抗の精神をもって、きょうの夕学に、このタイトルをつけていただいたようです。
「実学」といえば、福澤諭吉。慶應義塾の基本理念として、いまも息づく「実学」の精神は、稀代の思想家であった福澤諭吉の代名詞のひとつです。
福澤がいった「実学」とは、論理や根拠に基づいた科学的な学問を意味すると言われています。川勝先生は、もう一歩すすめて、福澤が明治維新の揺籃期に、「実学」を唱えた意味に論点を移し、「実学」とは、当時の新たな国づくりに必要不可欠な学問という意味をもっていたのではないかと言います。
つまり、当時の日本のモデルであった西洋文明(技術と精神)にキャッチアップするためには、西洋の学問の主流であったサイエンスの発想と思考を学ぶことが必要だったというわけです。
翻って、140年後のいま、「実学」の優等生であった日本が直面しているのは、欧米キャッチアップ型の次にくる「新しい国のかたち」をどう描くかという大きな課題です。

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