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誰もが教育の現場にいる 義家弘介さん

義家弘介さんの夕学登壇にタイミングを合わせていただいたわけではないでしょうが、今朝の日経新聞朝刊には、「親学」を巡る論争についての特集が組まれていました。
自己中心的な“モンスターペアレンツ”の事例を紹介しながら、その対策として、教育再生会議では、「親学」を巡る議論が白熱していると書かれています。

義家さんは、「親学」推進派の一人で、「親学研修を義務づける」と発言。
「それは国が口を挟む話しではない」と反論する委員も多く議論は分裂状態。
母乳や子守歌を国主導で推奨しようという構想は、大きな反感を招いた

とあります。
「親学」に先んじて話題になったのは、「徳育」の正式科目化と教科書制定に関する議論でした。いずれも、教育勅語や修身を想起させ、戦前回帰主義が進行していることを匂わせる論調でした。

夕学での義家さんの話によれば、事実はこれとは少し異なるとのことでした。
・「徳育」「親学」は、会議で議論する前にマスコミが報道し、結果として会議の場で冷静な議論をできていない。
・母乳や子守歌の推奨など、特定の人の意見としての発言が、あたかも答申原案かのように報道された。
・義家さんの主張する「親学研修」とは、いまの子どもが置かれた状況を知るために親同士の学び合いの場をつくることである。
義家さんにしてみれば、ある意図を持った人々のリークによる事前報道が、もともと百花繚乱気味だった教育再生会議の更なる錯綜を招き、議論が進まなくなってしまったことへのいらだちが大きいようです。

講演では、学校教育現場の疲弊状況や教育目的の軌道修正の必要性を指摘したうえで、「徳育」「親学」についてご自分の意見を詳しく解説してくれました。

「徳育」については、年35時間と定められている「道徳」の授業が、実際はほとんど行われていないことを指摘されました。
それは、教師が何を、どう教えたらよいのか、わからなくなっているからだそうです。
例えばクラスでいじめが起きた時、どう対処し、子ども達をどう指導したらよいのか、基準がないために、自信がもてず、授業そのものを避けてしまうのが実情だと言います。

「10歳までの子どもには強制的に道徳心をたたき込むべきだ」

威勢のよい、それゆえに誤解を生みかねない義家さんの発言の裏側には、
「教師が子どもに教えるための共通のものさしがあれば...」「社会倫理や道徳心を涵養する文化的規範のない日本にあって、せめて学校がその役割をはたすことができたら...」という思いがあるようです。
道徳を国家が強制することの危険性を指摘するのは簡単なことですが、度重なる大企業の不祥事をなくすことが出来ないでいる我々は、道徳授業から逃げようとする教師を責めることが出来るのか、義家さんの話を聞きながらそう思いました。

「親学」については、家庭への介入ではなく、支援なのだと言います。
教師や学校に厳しく注文をつける一方で、自分の子どもがどういう状況にあるのか、親は意外と知らないものです。
例えば、義家さんが話した「スタビ」という出会い系サイト。中高生の間で蔓延しているこのサイトのことを知っている親はほとんどいないそうです。(恥ずかしながら私も知りませんでした)
にもかかわらず、中学生の我が子に無防備に携帯電話を与えている現状は、義家さんから見ると、危険きわまりない風景にみえるようです。

子ども達がどういう状況にあって、何に関心を持ち、どういう会話をしているのか。子どもを守るために何ができるのか。等身大の子どもを知るための親同士の学び合いの場を地域につくりたい。そのために、まずは予算を手当するという形で国が支援をすべきだ。
それが義家さんの考える「親学研修」構想でした。

教育を巡る改革論議は、小泉政権下で行われた金融再生、道路、郵政のように、「既得権益を守ろうとする守旧派との戦い」という単純な図式ではありません。
多様な価値・考え方があることを前提としたうえで、問題解決に向けた方向性をみつけていくことを求められています。
教育再生会議の場合は、学識経験者、経営者、教育現場の経験者、文化・スポーツ人まで幅広く委員を募っています。
誰もが、かつて教育を受けた経験があり、また多くの人が親として子どもを育てた経験もあります。それぞれが自分の経験や拠って立つ基盤に乗って発言します。
視座・視野・視点が違う意見をひとつにまとめるのは容易なことではないでしょう。
互いの意見に謙虚に耳を傾けながら、視座と視点を変え、視野を広げていくことで、クロスする部分をつくりだすプロセスが何よりも重要です。
そして、これは我々自身にも必要なことではないでしょうか。

「教室の中だけが現場ではない。家庭、教育委員会、教育再生会議等々全てが教育の現場である。いまは教師ではないけれど、私は教育現場の真ん中にいると思っている」

講演の冒頭で義家さんはそう言いました。
「現場にいる一員として、あなたはどう何が出来るのか」
我々は、その問いに答える責任があります。