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デジタルメディア産業の創世にむけて 古川享さん

古川さんに夕学にご登壇いただくのは、実に5年半振りになります。最初は「夕学五十講」第一期、まだ新丸ビルの地下大会議室を会場にしていた頃でした。
その時は、講演開始2時間前に、大きなバッグを持参して来られました。バッグの中には携帯スピーカー、アンプ、無線機器などなどが入っていて、その場で独自のPA環境を設置していらっしゃいました。
その当時、古川さんの求めるデジタルプレゼンテーション環境を用意できる会場はほとんどなかったので、講演する際には全ての機器を持参することにしていたそうです。あの頃は、まだOHPやスライドを使ってプレゼンする人もたくさんいらっしゃいましたから「むべなるかな」という感じでした。

かつて、古川さん、成毛さんといったマイクロソフト経営者陣や、インテルの西岡さんが、PPTをつかったプレゼンを浸透させようと行く先々で実演に励んだという話を聞いたことがありますが、彼ら日本のIT世代の創世期を支えた世代は、社会の常識や人々の意識を変えるために自らが先頭になって走るという使命感のようなものをもっていらしたのだと思います。
今回古川さんが持参されたのはPCのみ。プレゼンテーションという小さな世界ではありますが、彼らの啓蒙は間違いなく成功し、世の中の常識が変わったということでしょうか。

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「舟が来たら乗る」 八塩圭子さん

ワタクシゴトで恐縮ですが、土曜日の朝は『めざましどうようび』で八塩さんの顔を拝見することから始まります。
愛犬の散歩から戻ると、八塩さんの修士論文研究通りの計画的・習慣的視聴行動が身についた娘達が、かならず8チャンにスイッチを入れていて、賑やかなメンバーに囲まれて、お姉さん的な仕切りをみせる八塩さんの笑顔を拝見しながら朝食をとるのが毎週の習慣になっています。
とはいえ、きょうの講演を聞くと、爽やかな笑顔の裏では、多忙な一週間乗り切ったうえに、ほぼ徹夜状態で早朝生番組に臨む隠れたご苦労があるということがよく分かりました。きょうの夕学もよくお受けいただいたと感謝しております。
生「八塩圭子」さんは、テレビのままに、いえテレビ以上に素晴らしい女性でした。古い言葉で言えば「八頭身美人」。スラリとした長身に小さな顔がちょんと乗っていて、「さすがテレビの人は違う」という感じです。

さて、そんな八塩さんが「自分で稼いだ金をつぎ込んでつらい思いをするマゾ的生活」を覚悟して、夜間のビジネススクールに進んだ理由は何なのか、そしてそこで得たものは何だったのかをお聞きするのがきょうの夕学でした。

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「相利共生」をめざして チャールズ・レイクさん

7日の日経新聞【春秋】欄は、ロンドンの金融街シティーの話題でした。空前の活況に沸き立ち、日本円で2億円以上のボーナスを受け取る金融マンが4千人以上いるとのこと。しかも英国人だけではなく、米国はもちろん、ロシア、中国など世界中から人材が集まっています。今年の企業買収や株式新規公開の取引額はロンドンがニューヨークに圧勝したそうです。高成長マーケットである中近東、アジアに距離的に近いのが最大の勝因と紹介されていました。

この記事にはありませんが、世界から人材とマネーを引き寄せるシティーの磁力は地政学的な理由だけではなく、そうなるように意図した政策(法整備・インフラ整備・人材配置)の効果だというのが、きょうの講師チャールズ・レイクさんのご指摘のひとつでした。

3歳~15歳まで日本に在住し、アメリカンスクールではなく、日本の学校で義務教育を修めたレイクさんは日本人以上に日本のことをよく知っている知日派米国人です。
一方で90年代には米国通商代表部特別補佐官として日米貿易摩擦交渉の実務に携わったハードネゴシエイターでもあります。きょうのプレゼンテーションは、随時全体のアジェンダを示すことで、現在の位置取りを確認しながら、分かりやすいデータに裏付けられた論理的な主張を展開する説得力溢れるものでした。米国ビジネスエリートのプレゼンテーション見本を示してくれたような気がします。講演の中でレイクさんが使った言葉をお借りすれば、まさに「ベストプラクティス」でした。

日本と米国の良いところを身につけ、逆に言えば双方の欠点もよく理解したうえで、日本在住の親日派米国人の代表として、日米関係をよりよくしていこうと志をもって活動をされていることがよくわかりました。

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「エンタテイメント(感動)経験をデザインする」 稲蔭正彦さん

「コンテンツは王様である」
これはITやネットワークの世界で語られる有名な言葉だそうです。
CGを駆使したファインアートの創り手として、またプロデューサーとして、ハリウッドを含めて国際的に活躍してきた稲蔭先生の講演は、この言葉で始まりました。

「デジタルエンタテイメント」というワードからすぐに連想されるのは、「通信と放送の融合」問題です。新しいIT技術とネットワーク環境の整備によって、映画・テレビ・ゲームといった既存コンテンツがデジタル化され、自由に流通される。消費者にとっては便利だが、制作者サイドでは知財保護や課金システムなどの課題がある...といった連想が働いてしまいます。
稲蔭先生は、既存コンテンツのメディアチェンジは重要ではあるけれど、本質的な問題ではなく、むしろテクノロジーの進化によってはじめて可能になる新しいコンテンツが生まれるかどうかがこの言葉の含意であると説明しました。
良質なコンテンツには必ず「予測と裏切り」がセットされているそうです。
ヒットするコンテンツには、「この次はきっとこうなる」という予測可能な安心・安定を提供しながら、ポイントで、あっと驚く裏切りや意外性を埋め込まれているもので、その組み合わせの妙が決め手になるとのこと。ハリウッド映画はその典型だと言います。
例えば『マトリックス』は、テクノロジーオリエンテッドの発想で生まれた「予測と裏切り」の最新系で、新たな技術により「まさか、こんなことが」と思えるような世界を表現することで画期的な「予測と裏切り」を提供しました。
しかし、稲蔭先生によれば、テクノロジーオリエンテッドの「意外性」は長続きしないし、むしろ最新テクノロジーを利用はしても、それに頼らず「意外性」をまったく別の方法で表現できるかどうかがキモになるそうです。
このあたりは、高度MPU「セル」を駆使した高解像度をウリにするソニーの『P3S』と『DS』や『Will』でゲームの新領域を開拓することに成功している任天堂の戦略を対比させるとなにやら暗示的ですね。

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