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醒めているから見えるものもある 田勢康弘さん

田勢さんは政治記者一筋に38年。“日経の良心”とも言われた名政治ジャーナリストの一人です。政治記者というと、番記者から政界入りした先達(河野一郎氏、田中六助氏等)や政治家以上に政治家的な強面評論家(細川隆一郎氏、三宅久之氏等)を思い浮かべてしまいますが、田勢さんの場合、政治に極めて近いところにいながら、どこか醒めた目で、冷淡に政治を見てきたその立ち位置に特徴があるようです。それは、あるべき政治と現実の政治の埋めがたい溝の深さに、静かな怒りを燃やしてきたジャーナリスト魂ともいえるかもしれません。

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「民を主役にしつつ官が支える社会」 山口二郎さん

山口先生によれば「私は小泉政権に対する批判的な論評を、最も多く発表してきた学者の一人」だそうです。昨年夏の郵政民営化解散で小泉自民党が圧勝した影響もあって、しばらくの間、「まったくお座敷がかからない」状況だったそうですが、今年に入って以降、ライブドア事件、耐震偽造事件、村上ファンド事件と続く社会事件が続き、小泉改革が指弾してきた「官のモラルハザード」だけでなく、実は「民のモラルハザード」も同時に起こっていたことが判明したことで、コメントを求められることが多くなったそうです。
「官」か「民」かという不毛な二元論ではなく、「民を主役にしつつ官が支える」市民社会を提唱する山口先生の主張が改めて注目されているということかもしれません。

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「読み」と「大局観」で勝負する 羽生善治さん

満席の聴衆で埋め尽くされた羽生さんの講演は将棋の歴史を紐解くことからはじまりました。
将棋の原型となる「チェトランゲ」というゲームが生まれたのは紀元前2千年頃のインドだそうです。その後このゲームは長い年月をかけて世界に広まりました。伝播の過程では、各国ひとつのゲームといってもよい程に、国ごとに異なったゲームとして定着したようです。それゆえにその国の文化や風土を色濃く反映しながら発展してきました。
平安時代に輸入された日本の将棋が現在の形に完成したのはおよそ400年程前でした。他国と比べて際だった特徴は「駒数や盤面が少なく小さい」という点と「取った駒を再利用できる」という2点に集約されるそうです。羽生さんは、これを「無駄を極力省き、全てを言わずに言いたいことを表現する侘びさびの文化や和歌の価値観に通ずるものがある」言います。シンプルになる一方で、取った駒を使えるようにすることで、打ち手が飛躍的に増え、ゲームとして面白みが増しており、日本文化の深みを感じさせてくれるとのこと。
江戸時代以降、家元制度のもとで、勝負というよりは、芸術として継承されてきた将棋が、再び真剣勝負の世界に戻ったのはそれほど古いことではないそうです。勝負としての将棋は、坂田三吉に代表されるように、知的技能というよりは、人対人の人間力を競い合う戦いとして発展してきたそうです。
そしていま、将棋はITをフル活用した綿密な情報収集と論理的分析に拠った体系的なアプローチが主流になっているそうです。
このような歴史的背景を受けて、羽生さんが考える「現代の将棋の戦い方」へと講演は進んでいきました。

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「真剣勝負の経営教育に生きる」 一條和生さん

夕方6時前、丸ビルの一階エレベータ前で、偶然一條先生と一緒になりました。細身の身体にフィットしたグレイのスーツにピンクのシャツを合わせたクールビズスタイルです。いつもながらのお洒落な装いを話題にしながらお声をかけたところ、ニコニコと頭を下げるだけで声を発しません。エレベータの中でようやく絞り出された声がすっかり枯れていて吃驚。スイスと日本を年間20回以上往復する激務もあって体調を壊されたとのこと。
最高のパフォーマンスを出すことを信条とされている一條先生としては、忸怩たる思いもあったかと思います。会場内のマイクがどこまで自分の声を拾ってくれるか、そればかりを心配されて講演ははじまりました。

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「“言霊”としてのULTIMATE CRUSH」 清宮克幸さん

3週間程前のことでしょうか。「きょう、そちらの事務所に伺ってもいいでしょうか」というお電話が清宮監督自身からありました。なにか粗相をしてしまったのか、と一瞬青くなりましたが、「ご相談したいことがあるので…」とのこと。
MCCのオフィスに現れた清宮さんが相談されたのが、清宮さんが代表を務めており、きょうの講演でも紹介された「奥-井ノ上3rdメモリアルフォーラム」の案件でした。必要だと判断したら躊躇せずに即行動する。そのフットワークの軽さに、何かの記事で読んだ関東学院大学ラグビー部春口監督が語る清宮監督にまつわる逸話を思い出しました。
2001年低迷を続ける早稲田ラグビーの復活を期して監督に就任した清宮さんが、まずやった事は、横浜市郊外にある関東学院の練習グランドに単身乗り込み、練習試合を申し込むことだったそうです。春口監督と清宮監督は旧知の仲だったとはいえ、伝統ある早稲田の監督が自ら新興チームを訪れ、試合を申し込むということは、従来の常識では考えられなかったことだそうで、春口監督は、その行動力と柔軟性に「清宮早稲田」への脅威を感じたとか。その予感どおり、以降、両大学は大学ラグビー日本一をめぐる熾烈な戦いを繰り返しすことになりました。

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「私を守りつつ公にかかわる」 ソーシャルアントレプレナー 金子郁容さん

「ヒデ(中田英寿)の潔さと日銀総裁の往生際の悪さ」
対称的な二人の引き際に、金子先生は、現代の日本社会に起きている変化の萌芽を感じるそうです。中田選手は、日本のサッカー界に異質性を持ちこもうとした選手です。群れない生き方、明確な自己主張、相手にレベルを無視した強いパス等々、中田選手が持ち込んだ異質性は日本人的集団には違和感を与えるものでした。ただしその異質性は国際社会で日本人が克服しなければならない普遍的課題でもありました。
一方で、今回の引退発表で見せた潔さは、武士道にも通ずる日本的価値観と近いものがあります。かつての日本人はこうだったはずだという懐かしさにも似た感情を想起させます。
「日本的でなかった中田選手が、最後に見せた日本的な価値観」金子先生はそこに、国際人としての日本人の新しい人間像を感じるそうです。“「公」に積極的に関わりながらも「私」を失わない力強さ”のようなものでしょうか。そしてそれはきょうのテーマ「ソーシャルアントレプレナー」の姿と同じだと金子先生は考えています。

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「進化する経営」 北尾吉孝さん

北尾さんにご登壇いただくにあたっては、日本商工経済研究所の松尾康男さんと明治キャピタルの久村泰弘さんにご仲介をいただきました。松尾さんは、慶應MCCのヘビーーユーザーのお一人で、この2年ほど、夕学はもちろんのこと、メインキャンパスのプログラムにも継続して参加していただいています。松尾さん、久村さん、そして北尾さんは慶應経済学部出身で、同じゼミで学んだ同期だそうです。そのお話を松尾さんからお聞きして「なんとかお願いします!」と無理を言いました。松尾さん、久村さんありがとうございました。
北尾さんをお呼びしたいと思った理由のひとつは、昨年秋に「企業価値」の考え方を修正されたと聞いていたことにあります。そしてきょうの講演は、まさにその話からはじまりました。

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「大地のメッセージを読む」 中沢新一さん

中沢新一さんは甲州の出身です。信州・甲州は八ヶ岳を中心に花開いた東日本の縄文文化の痕跡が色濃く残っている地域だそうです。地表のすぐ近くから縄文土器の破片が出てきたり、小高い丘にある神社が実は古墳の上に立てられていたり、境内の末社の片隅にある石の祠に石棒が祀られていたりするそんな土地柄・風土の影響もあって、幼いころから、大地や習俗に埋め込まれた僅かな残滓から、縄文文化の息づかいを読み解く術を身につけてきたかもしれないと言います。
その中沢さんが、縄文地図を片手に、東京の街に残された縄文の残香を辿る散策の記録が「アースダイバー」という本です。それは期せずして、現代と四千年前の“繋がり”を見つけ出すためイマジネーションの旅のガイドブックになりました。

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「哲学とユーモアは表裏一体である」 土屋賢二さん

「哲学で語られる問題の多くは間違っている(ナンセンスである)」
哲学を専門領域とする大学教授とは思えない刺激的な言葉で、きょうの講演ははじまりました。冒頭の言葉は、土屋先生が信奉し、哲学研究のパラダイムを変えたと言われるウィトゲンンシュタインという研究者が言ったものだそうです。
ここで「ナンセンス」というワードで表現しているのは、1.「言葉の規則に違反していること」2.「説明として不適切な表現になっていること」、3.「問題の設定そのものに意味がないこと」だとのこと。
土屋先生は、1の例で言えば、数試合ヒットが出ない野球選手が「最近、スランプ気味で…」と言うのが規則通りの言葉の使い方であるのに対して、規則違反の例として「生まれた時からずっとスランプで困ってます」などという表現を紹介してくれました。ある場合、ある範囲で使用されている時には問題なくても、限度を超えて使用すると違和感が生じるものです。
2の例では、野球解説者が「ボールに力ないから打たれるのですよ」とコメントする例をあげていただきました。一見正しいようですが、よくよく聞いてみると、ボールに力がないから打たれるのか、よく打たれるからボールに力がないと解釈しているのかわからない時があり、表現としてトートロジーに陥っている場合が多いそうです。
これらと同じように、哲学で語られる問題、例えば「人間はいかに生きるか」「世の中で何に一番の価値があるか」「昨日の自分と明日の自分ははたして同じか」といった問いかけの多くは、そもそも深く考えて、答えを出す程たいそうなものではないとのことです。

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「人を動かす力」 リリー・フランキーさん

「お願いだから時間通りに来て欲しい!」 きょうは、朝からそればかりを祈っておりました。確信犯的な遅刻常習者と言われるリリー・フランキーさんがいつ現れるのか、主催者としては気が気ではありませんでした。6時半過ぎ“想定の範囲内”の遅れでやってきたリリーさんに、正直胸を撫で下ろしながら、講演がはじまりました。

リリーさんは『東京タワー』のプロモーションのために全国30カ所でサイン会を行いました。一カ所100人限定ではありますが、たっぷりと3時間をかけて、ひとり一人(延べ3000人)と触れあったそうです。
その際に分かったことは、『東京タワー』を読んだ人は、本をきっかけに、家族にまつわるさまざまな体験を重ね合わせて、私的『東京タワー』をイメージしてくれるということだったそうです。リリーさん自身も嬉しかったのは、「お母さんに電話をしました」「先週の週末に会いに帰りました」「一緒に住むことにしました」という感想を多くの人達からもらったことだったとか。かく言う私も、昨年末に読んだ後すぐに、故郷の母親に正月休みの帰省予定を告げる電話をかけた記憶があります。
この話を聞きながら、昨日の夕学で李鳳宇さんがおっしゃった「強い映画」という言葉が頭に浮かびました。李鳳宇さんによれば「強い映画」の最大の条件は「人を動かす力」があることだそうです。『東京タワー』は、人を動かす力を持った近年まれにみる「強い本」だったことは間違いありません。

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「映画の力を信じる」 李鳳宇さん

李鳳宇さんプロデュースで昨年度の映画賞を総ナメした『パッチギ!』(井筒和幸監督)の中に、京都朝鮮高校の生徒と修学旅行高校生の乱闘場面があります。そのクライマックスは、相手高校生が逃げ込んだ観光バスを朝鮮高校生が集団でひっくり返すというシーンです。映画パンフレット掲載の井筒-李対談によれば、あのシーンは、李鳳宇さんの実体験に基づいているとあります。そんなこともあって「いったいどんな人だろうか」と興味津々で李鳳宇さんの来場を待ちました。
実際にお会いした李さんは、どうみてもバスをひっくり返すとは思えない爽やかな印象の紳士で、ご友人であり夕学にもご登壇いただいた姜尚中さんによく似た雰囲気のスマートな方でした。

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「自分を活かしつつ相手に合わせる」 武田美保さん

シンクロの日本代表チームの練習は1日10時間以上に及び、ほとんどの時間を水深3メールの足の着かないプールで過ごします。たとえ、コーチの指導を受けていても水の中にいる間は常に立ち泳ぎを続けているのですから息つく暇もありません。人によっては1日の練習で2キロ体重が落ち、それを補うために5,000カロリー/日の食事を採るのだそうです。時には大皿に山盛りにエビフライを13匹も食べないといけないとか。スポーツ選手は食べるのも練習のうちだといいますが、女性には想像を絶する過酷な環境です。
武田美保さんは、そんな選手生活を20年以上続け、稀代の鬼コーチ井村雅代さんの指導を受けてきました。さぞや逞しい女性かと思いきや、控室に現れた武田さんは、涼しげな麻素材のスーツを颯爽と着こなし、控えめな笑顔が印象的な方でした。口を開くと、おっとりとした品の良い京都弁が心地よく、周囲に打ち解けた雰囲気を醸し出します。素晴らしく魅力的な女性です。

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「サッカーで地域の問題を解決する」 村林裕さん

「FC東京は、東京に根ざしたうえで、世界を目指すことを目標にしています」村林さんの講演はFC東京の大きなビジョンから始まりました。あまりに有名な「Jリーグ百年構想」は、1960年代、川渕さん達当時の日本の代表選手団がドイツを訪れた際に、国内の至るところに存在する美しい芝生のグラウンドとそこに集う草の根サッカーファンが楽しそうにボールを追いかける姿に驚嘆したことに端を発すると言います。山の頂を高くするためには、底辺の裾野を出来る限り幅広くしよう。そのための長期ビジョンが「Jリーグ百年構想」です。
とはいえ、大きな夢やビジョンは、人を惹きつける魅力があることは確かですが、それを実現するための実現可能な具体的活動プランや仕組み・組織が伴わなければ、絵に描いた餅に終わります。日本のサッカー界には、構想家と同時にそれを実現するための実務部隊に希有な人材が揃っていたことは間違いないでしょう。村林さんは、紛れもなくその一人です。

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「パフォーマンス向上のためのダイバシティ」

日本において、ダイバシティという言葉は長らく「女性活用」「外国人雇用」と同義語で使われてきたように思います。企業のCSR報告書には決まって「ダイバシティへの取り組み」が謳われ、外国人社員比率や女性管理職比率の経年数字が掲載されています。しかしそれは、ダイバシティの表層部分を受け身的に認識しているに過ぎず、真のダイバシティ、は企業のパフォーマンス向上を目的にしたアグレッシブな取り組みであるべきです。日本の経営学者で、そのことを声高に主張する数少ない一人が、きょうの講師である谷口真美先生です。

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