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「人間性回復の場」としての動物園 小菅正夫さん

学生時代は柔道三昧の日々を送ったという小菅園長。
首は太く、胸板は厚く、肩も腰回りもがっちりとした堂々たる体躯です。
一方で、長年の日焼けが皺にしっかりと刻まれた、人なつっこい顔は庶民性が一杯です。
話が興に乗ってくると、もう止まらなくなります。動物のこと、動物園のことなら丸一日話し続けても足りないほどに、次から次へと話したいことが沸き起こって来るようです。
話はユーモアタップリ、情熱がビンビンと伝わってくるうえに、論旨明快で分かりやすく、「情と理」の両方を兼ね備えた希有の人だということがよく分かります。

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「人間性回復の場」としての動物園 小菅正夫さん

学生時代は柔道三昧の日々を送ったという小菅園長。
首は太く、胸板は厚く、肩も腰回りもがっちりとした堂々たる体躯です。
一方で、長年の日焼けが皺にしっかりと刻まれた、人なつっこい顔は庶民性が一杯です。
話が興に乗ってくると、もう止まらなくなります。動物のこと、動物園のことなら丸一日話し続けても足りないほどに、次から次へと話したいことが沸き起こって来るようです。
話はユーモアタップリ、情熱がビンビンと伝わってくるうえに、論旨明快で分かりやすく、「情と理」の両方を兼ね備えた希有の人だということがよく分かります。

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「選挙のありよう」 浅野史郎さん

「“義をみてせざるは、勇なきなり” 別の言い方で“おっちぃこちょい”と言うのです」
浅野先生は、4ヶ月前の都知事選をサバサバとした表情でそう総括します。
宮城では吹いた風が、東京では吹かなかった。ただ、それだけのこと。それを読めなかった自分が悪い。
浅野さんの中では、出馬を後悔することも、誰を恨むこともなく、目の前の状況に真摯に向き合い、自分のこころに誠実の向き合った結果として割り切れているようです。
きょうの講演でも、直裁でユーモアたっぷりの浅野節を披露していただけました。

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「儲けの構造」を競い合う時代 山田英夫さん

「企業の目的は顧客の獲得と維持である」

かつてドラッカーはそう喝破しました。
いまなら株主至上主義を主張する論者もいるでしょうし、企業の社会的責任を声高に訴える人々もいるかもしれません。
しかしながら、今も昔も、企業の活動目的のド真ん中に「どうやって儲けるのか」という課題が存在することは間違いありません。
山田先生は、そのド真ん中の課題に真っ向から切り込み、シャープで切れ味の鋭い解説を加えてくれました。

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「言葉にこだわる」 伊丹敬之さん

伊丹先生の魅力は、講演中の何気ないひと言や質問者とのやりとりの中で自分自身と会話するように紡ぎ出される言葉に隠されているのではないか。
私は、いつもそう思います。

もちろん講演内容は、主催者のオーダーを尊重しつつ、聴衆の期待を感じ取りながら、平明かつ論理的に構成されている素晴らしいものです。
ただ、その言わんとするところをより深く理解するうえでは、伊丹先生が、ふっと口にする言葉をきっかけにするのが重要だと思うからです。

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「溢れ出るエネルギー」 徳岡邦夫さん

「仕事柄、和服を着ることも多いのですが、正蔵師匠と間違えられることもあって...」
といきなり会場の笑いを誘った徳岡さん。
ご自身でおっしゃる通り、全体的な印象と人懐っこい笑顔は、林家正蔵師匠とよく似ています。
ただ、近くで拝見すると、いわゆる「目力」を感じる人です。眼鏡の奥の目はキラっと光っていて、好奇心やパッションに満ちている気がします。

お聴きしたところでは、徳岡さんは破天荒な少年・青年時代を送ったようです。高校中退、再入学、僧侶生活、独立しての起業等々。
面白おかしく、若い頃を語る徳岡さんのお話からは、溢れ出るエネルギーを制御出来ずに、暴れ馬のように生きていた若き日の姿が想起できました。
思うにその頃から、既成秩序の枠にはまらない、自由かつ挑戦的な性質を生来の価値観として持っていたと思われます。

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「知性で聴く音楽」 茂木大輔さん

クラシック音楽は「敷居」が高い。 「敷居」を低くすれば、より多くの人がファンになってくれるだろう。 モギよ、おまえが「敷居」を低くしろ。

「どうやら、世の中には、クラシック音楽、および私に対する誤解が広がっているような気がします」

冒頭から、聴衆の期待をサラリとかわしてみせながら、茂木さんは話しはじめました。

クラシック音楽は、そもそも敷居が高いもの。 
敷居を低くしたらクラシックではなくなってしまう。

「クラシックは心で聴け」というのも大間違い。
心で聴いてわかる世界は、ほんのさわりにすぎない。
音楽が生まれた時代や社会背景の理解、創作された経緯、表現しようとした世界観、それらを理解しなければ本質はわからない。

「ベートーベンの交響曲7番第四楽章」だけを聴くというスタイルが本当にいいのか。
交響曲は、各楽章毎の変化と非連続な連結の中に表現したい要素が込められている。

茂木さんは、クラシックに対する通念をひとつひとつひっくり返していきます。
「クラシックなんて、つまんないでしょ」と聴衆を煙りに巻きつつ、溢れ出てくるような博識を機関銃にように繰り出す姿は、立川談志を彷彿させるものがあります。

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「日本サッカーを語る」 金子達仁さん・戸塚啓さん

金子達仁さんと戸塚啓さんは、法政二高サッカー部の先輩・後輩の間柄です。
学年は三つ違うので、高校では重なる時期はなかったそうですが、金子さんが法政大学時代、法政二高サッカー部出身者で作るサッカーチームの助っ人に、当時高校三年で部活を引退していた戸塚さんを引き入れて以来20年近い付き合いになるとのこと。
高校、大学、サッカー専門誌記者、フリーのスポーツライターと奇しくも同じ道を歩き、いまは「二人だけの会社」の社長と専務の関係です。

相手が、何を見て、どう考えているのかを熟知している二人の対談は、プロ同士の着眼点と思考の発展を競い合うように、不思議なリズムで進んでいきました。
戸塚さんの投げかける質問に対して、金子さんは、あえて予定調和的な返答をせずに、まったく逆の視点を提示する。
戸塚さんは、予期せぬ返しに戸惑いつつも、自分なりの視点を加えて、話を発展させていく。
日本サッカーへの疑問と期待の間を入ったり来たりしながら、少しずつ本質に迫っていく。
そんな対談だったと思います。

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「地図から読む世界」 池上彰さん

存命であれば、夕学の講師にお呼びしたかった人の一人に、歴史学者の網野善彦氏がいます。
彼の本には、見慣れない一枚の地図が度々が紹介されています。一瞬見ただけでは、どこの地図かを判別することができません。
大陸から割れて出たように見える細長い島々が、緩やかな曲線を描きながら二つの内海を包み込んでいる様子は、島々と大陸が、内海を共有するひとつの文化圏であることを連想させます。

「環日本海諸国図」と名付けられたこの地図は、日本列島を中心に、南北は樺太から南西諸島を、東には中国大陸の沿岸部を範囲とした地域を、時計と反対回りに90度回転させたものです。

見慣れた地図を90度回転させるだけで、随分と印象が違うことがよく分かる好例ですが、池上彰さんも、世界中を回って、こういった地図を集めているそうです。

「地図を見れば国際情勢が分かる」

という持論を裏付けるための作業です。

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ラジオの力 亀渕昭信さん

2年目の春、2005年前期の「夕学五十講」にホリエモン氏が登壇しました。
予約受付から半日で、席が埋まり、ホリエモンの話を聞きたいがために、わざわざ全回予約席を申し込むという人までいました。
ホリエンモンフィーバーが、夕学にも起きていました。


同じ頃、ニッポン放送社長(当時)として、ライブドア社長(当時)のホリエモン氏と対峙していた亀渕昭信さんのもとには、毎日ように不思議な手紙が届いていたそうです。
それは、35年以上前、亀渕さん(愛称「カメ」)がパーソナリティーを務めていた「オールナイト・ニッポン」のかつてのリスナーの方からの励ましの手紙でした。

「カメ、オレは昔、お前からサインをもらって励まされた! 今度はオレが励ます番だ。負けるな、頑張れ!」

そんな言葉が綴られていたそうです。


これまた同じ頃、亀渕さんの母堂(当時88歳)は、何か感じるところがあったのか、密かに身の回りの整理を始めていました。
200通近い、古い手紙・ハガキの束を見つけ、亀渕さんに渡すチャンスを待っていました。
それは、35年前のオールナイト・ニッポンに寄せられたリクエストハガキや手紙だったからです。
いずれも、全盛期を迎えつつあったラジオの深夜放送の熱気を伝える、ストレートで、みずみずしい手紙だったそうです。


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窮地に陥った時は「仮説力」 竹内薫さん

夕学にも来ていただいたことがある人類学者の中沢新一さんが、南方熊楠について書いた『森のバロック』という大作があります。
南方熊楠は、世界的な博物学者であり、異能の天才として知られた存在ですが、40歳を過ぎて、故郷の紀州山中において、のめり込んだのが「粘菌」の生態研究でした。
中沢さんは、熊楠が粘菌研究にはまった理由を、粘菌がもつ「あいまい性」に惹かれたのではないかと言っています。
粘菌とは、動物的な特性と植物的な特性を併せ持つ不可思議な生物で、極めて特異な生態を持つのだそうです。
粘菌が持つ、動物とも、植物とも、言えるようで言えない「あいまい性」、茂木健一郎氏流にいえば、「偶有性」は、民俗学や神話学の書物に耽溺してきた熊楠から見ると、原始の人間が持っていたであろう不可思議な特性を想起させる研究対象だったのではないかと中沢さんは分析しています。

さて、きょうの夕学導入部で、竹内さんが説明された「粘菌ロボット」の話。
上記のような「粘菌」の特性を思い出しながら聴くと、竹内さんが説く「仮説力」の、シンプルなようで、深淵な本質がみえてくるような気がします。

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ミュージカルにかける熱い思い 塩田明弘さん

人々の知的能力水準が向上し、情報流通が促進されると、あらゆる面で「情報の非対称性」が逓減していきます。そうなると、商品・サービスを提供する側が一方的に機能面・感性面の利点を主張するプロダクトアウト的なマーケティングが効果を発揮しなくなります。
そんな時代に効果的なマーケティング手法だと言われているのが「裏側を見せる」「参画してもらう」というやり方です。
ブロードウェイには、「スクリプトリーディング」「スクリプトプレイ」というものがあり、制作途中の芝居の本読みや稽古の様子を有料で見せるという試みがなされていると聞いたことがあります。映画のメイキングビデオも同じ流れにあります。
かつては、コックが自分の厨房を見せるのは邪道だと言われていましたが、いまは逆になりました。
制作過程の裏側や舞台の内側で何を考え、どう工夫しているのかを、あえてオープンにすることで、消費者の主体的な消費意識を喚起し、コアなファンを増やすことができるという考え方が浸透してきたからだと言われています。
その時に難しいのは、ただ見せるだけでなく、観客が何に関心を持ち、どういったことを知りたいのかを鋭敏に感じ取る感性と専門用語を分かりやすく解説できる説明能力をもった翻訳者が必要になるということです。

日本のミュージカル界にとって幸運だったのは、その面で特出した才能を持った塩田明弘さんという稀代のミュージカル指揮者がいたことではないでしょうか。
きょうの夕学を聴いて、お世辞抜きにそう思いました。
「ミュージカル界の“みのもんた”」の称号を裏切らない素晴らしいトークショーだったと思います。

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「本当にやりたいことを追究する経営者」 田口弘さん

1990年代半ば、日本はバブル崩壊の後遺症に深く悩まされていました。後に「失われた10年or15年」と称される混沌の時代に、大きな脚光を浴びたのがミスミという会社であり、社長を務める田口弘さんでした。
販売代理業から購買代理業へというコンセプトや、究極の自律型組織を目指したプロジェクト型組織運営は、当時の日本企業が直面する経営課題をはるかに飛び越え、3歩~4歩先を行く、未来型企業の代表と言われていました。

その田口さんが、「自分がトップのまままでは、これ以上ミスミを発展させることはできない」と宣言して、著名コンサルタントであった三枝匡氏に社長の座を譲ったのは2002年のことです。
地位と権力に執着するあまり、周囲が見えなくなって醜態をさらす創業経営者を、いやという程見てきた我々には、その潔さと達観がすがすがしくさえ思えたものでした。
しかしながら、きょうのお話を伺うと、田口さんにとって、ミスミの社長を退任したことは、けっして一線を退いたという認識ではなく、「自分が一番やりたいこと」を追究するための戦略的な意思決定であったということがよく分かりました。
あれから5年、田口さんが新たなフィールドと定めたエムアウトで、いま何をやろうとしているのか、それをお聴きするために夕学に来ていただきました。

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「すべてを否定しない生き方」 東儀秀樹さん

ポルシェを駆って丸ビルに到着した東儀秀樹さんは、いつものファッショナブルな装いで会場に現れました。
ヴィトンのアタッシュケースの中から取り出されたのは、鮮やかな緞子の袋達。大きめの袋には「笙」が、小さい袋には「龍笛」が入っていました。「篳篥」は蒔絵が描かれた黒漆の箱に収められていました。
好奇心丸出しでのぞき込んでいたところ、「触ってみますか?」と声を掛けてくれました。
「笙」を持たせていただきました。
両手で包み込める程度の大きさで、束ねられた竹管の根本は、金茶地の漆に螺鈿が施した筒状になっています。東儀家に代々伝わってきた貴重な「笙」のひとつかもしれないと思うと感慨もひとしおでした。

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