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宇宙から見た人間の営み 松井孝典さん

「夕学五十講」が始まって丸7年。400回近い講義が開陳されてきましたが、果たして、ここまでスケールの大きな講義はあったでしょうか。
松井先生の提唱する“地球学的人間論”とは、「天と地と人の和」を最新科学の知見を使って理解しようというものです。
ギリシャ・ローマに端を発した「哲学的人間論」ではなく、ダーウィンを嚆矢とする「生物学的人間論」でもない。我々の人間の営みを宇宙から俯瞰してみようという、巨視的な試みであります。

“地球学的人間論”とは何かを論じるにあたって、松井先生は「二つの前提」を説明されました。
ひとつは、宇宙からの視点
それは「俯瞰的・相対的・普遍的」の3つの原則に立脚することです。
・宇宙規模で全体が論じられている(俯瞰的)
・存在を特殊化せず「他にある(いる)のではないか」と考える(相対的)
・より広い時空で成立する概念である(普遍的)
「3つの視点でみると、既存の学問体系のうち、成立しうるのは物理学・化学だけで、生物学・地学などは地球のみで成立する学問に過ぎない。ましてや社会科学などは...」
松井先生はそう言います。

いまひとつは、「二元論」「要素還元論からの脱却
人間は新たな情報を得ると、それを大脳皮質に格納された既存知識と関連づけながら新たな内部モデルを作り上げますが、科学者は既存知識として「二元論」「要素還元主義」の二大ルールに縛られています。
それから脱却することだそうです。

宇宙は、137億年前のビッグバンに始まり、いまもって膨張を続けているわけですが、自然界には、宇宙の歴史的痕跡が刻み込まれており、いわば「宇宙の古文書」の役割を果たしています。
それを解読する作業から“地球学的人間論”は始まるそうです。

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日本よ産業国家たれ 寺島実郎さん

寺島実郎さんは、この10年間一貫して在野にありながら、日本の論壇に確固たるポジションを確立した言論人です。
リベラル・ハト派の立場を鮮明に、政治、経済、国際関係と幅広い分野で提言を行い、特に米国に対しては、派に衣着せぬ厳しい論調で迫ることもしばしばです。
それでいて、かつての「進歩的文化人」や「朝日・岩波文化人」と呼ばれた左翼系知識人とは異なり、商社マンとして長らく米国に在住し、グローバルビジネスの最前線で生きてきた生粋の経済人だけに、その発言には重みと説得力があります。
世界を歩いて自分の眼と皮膚感覚で掴み取った変化を、各種データを確認することで裏付ける。
またデータから表象的に現象を語るのではなく、数字を一度飲み込み、その意味を消化したうえで、歴史的な文脈に位置づけながら分析する。
総合商社の国際情報分析官として鍛え上げた骨太の評論が魅力です。

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いまこそ日米関係の意味を問い直そう 阿川尚之さん

最新のニュース速報(2/617:00時点)によると、米大統領選の天王山、スーパーチューズデーの結果は、
共和党は、マケインが優位に経ち、党候補の指名が濃厚になる
民主党は、オバマはクリントンを上回る12州を制して勢いを示し、クリントンはニューヨーク州、カリフォルニア州の大票田を押さえ、激戦が継続する
ということになりました。

「このタイミングで結果予想をして、もし外れたら大恥をかきますね」
と苦笑しながら、披露してくれた、阿川先生の直前予想とほぼ一致しました(笑)
共和党は、ほぼ決まったとはいえ、史上稀にみる混戦はまだまだ続き、次の大統領のメドは、11月の本選挙ギリギリまで見えてこないのかもしれません。

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本質に下りていくこと 山口栄一さん

東大理学部で物理学を学び、理学博士号を持つ山口先生。NTT基礎研究所では、核融合の研究に携わっていたそうです。
現在は、同志社のビジネススクールの教壇で経営を教えています。
物理学とビジネススクール。一見すると関連性が薄いように感じる両分野ですが、山口先生に言わせると「普遍的な本質を究める」というアプローチ方法はまったく同じだそうです。
更には、本講演のテーマである“イノベーション論”も
「本質を見つけ出し、それをもって経済的・社会的な価値を生み出すあらゆる変革活動である」
という定義に立てば、物理学のアプローチが適用できる。
山口先生は、そう話されます。

山口先生は、まず、「研究」「開発」という言葉の概念整理からはじめました。
多くの企業で「研究開発」とひと括りにしてしまう両者ですが、実は似て非なるもので、この2つの違いを識別することが、イノベーション論の理解を促進すると山口先生は言います。

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科学は夜作られる 村上和雄さん

「“What’s New” これがアメリカの科学者間のあいさつです」
常に新しいことを探求し続ける「サイエンティストスピリッツ」を象徴する話題から講演は始まりました。
科学者にとっては、「Good Morning」「Have a nice day」と同じように「What’s New」の精神は日常生活に組み込まれている(べき)ものだということです。
中には、「What’s new Today」という人さえいるとか。

「ちなみに私の“What’s New”は笑うネズミの研究です」と村上先生
真面目な顔で淡々と繰り出される村上節に、300人の聴衆がドッと沸きます。
何かの遺伝子がONになった瞬間でした。

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新しい「国のかたち」はあるのか 半藤一利さん

「国を作るのも40年、国を滅ぼすのも40年」

毎日出版文化賞を受賞し、ベストセラーにもなった『昭和史』という本の中で、半藤さんは「40年史観」という独自の歴史観を披露されています。
きょうの夕学は、その「40年史観」を使って現在(2008年)を照射することで、日本が抱える大きな課題を提示してくれるものでした。

半藤さんは、近代日本のスタートを1865年(慶應元年)と捉えています。ここから「近代日本の国作りの40年」が始まります。
当時の日本が置かれた地政学的な環境は危機的なものでした。
イギリスはアヘン戦争で中国にくさびを打ち込み、アメリカは日本に開国を強要し、フランスはインドシナ半島に近代植民地を拓き、ロシアは虎視眈々と南下を狙う。
日本は、さながら猛獣のオリの中で目覚めたばかりの子犬のような状況でした。

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「巨大なものを小さく説く」 平野啓一郎さん

ウェブ時代に必要な能力について梅田望夫さんの有名な論があります。
ウェブは情報収集の時間と範囲を革命的に変えるので、何かを「知っている」ということでの能力差はなくなる。むしろその知識・情報をどう解釈するかが問われるようになるというものです。
後者の能力のことを「構造化」能力と言います。情報を整理・加工し、意味のあるマップに仕立て上げる力のことです。

平野啓一郎さんは、この「構造化」能力に、ひときわ秀でた人だということがよくわかりました。
今回の夕学のテーマ「ネットは文学の何を変えるのか」は、MCCからご提示させていただいたものです。
平野さんのブログや『ウェブ人間論』を読んで、平野さんが一貫して「大きく変わりつつある時代と場所」を小説のモチーフに選んできたこと。また、現代を「大ききかわりつつある時代」と認識し、その象徴としてウェブに強い関心を持っていると知ったのが今回の依頼の理由でした。

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「言葉」の密林を拓く 金田一秀穂さん

我々「ヒト」の祖先であるホモサピエンス(現生人類)が生まれたのは、20万年前のアフリカでした。誕生以降15万年間アフリカ大陸に留まっていた彼らが、人口爆発とともに世界各地に旅立っていたのは5万年前。
その起爆剤になったのが「言葉」の誕生でした。(以上控室での金田一先生談)
我々の祖先は、石をたたき割ったり、磨いたりして石器を作るのと同様に、生活の中で試行錯誤しながら自然発生的に「言葉」を紡ぎ出しました。
人類は5万年かけて「言葉」を分化・変化させながら身体知的な能力として身につけて来ました。
そこには、コンピュータ言語のような明確なアルゴリスムはありません。曖昧性や論理矛盾を生来的に抱えています。
しかし、人類が使いこなしてきたという事実は、なんらかの使用基準のようなものがあることを意味します。そして今もって、すべての使用基準は明らかにされていません。
使いこなせるのに、使い方を説明することが出来ない。深遠なる「言葉」の密林がそこにあります。
言語学者とは、そんな「言葉」の未開拓領域に分け入って、新しい「言葉」の解釈を発見することを使命とする人達です。

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最大の戦略は正直であること 山岸俊男さん

地方育ちだった私が、大学進学で都会に出る時、心配性だった祖母が何度も言っていました。
「都会には、いい人もいるが悪い人もいる。くれぐれも騙されないように注意しなさい」
いまも昔も、地方出身者は多かれ少なかれ、このような注意を受けて都会に送り出されます。同じように、海外に留学する(旅に出る)若者も、同様の心配をされることが多いのではないでしょうか。
個人主義的な西欧社会や社会的な成熟度が低い途上国に比べると、日本は古くから和を尊ぶ「信頼社会」である。
そんな前提常識があってのことです。

山岸先生は、「この常識は間違いである」と断言します。

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感動を分かち合うために弾く 千住真理子さん

いつもヴァイオリンと共に在り、トイレに入る時も近くに置くという千住真理子さん。
夕学のステージにもヴァイオリンケースを持って登場し、演台の横に置いて話し始めました
「ひょっとしたら弾いてくれるのかしらん」
そんな聴衆の期待を受け流すかのように、ヴァイオリンとの出会いから講演ははじまりました。
千住さんは、音楽好きだったご祖父母の影響もあって、2才3ヶ月からヴァイオリンをはじめました。最初は三兄弟が音楽に親しむためののどかな練習だったそうです。
10才の時に、先生のすすめもあって大きなコンクールに挑戦することになりました。
お父様が作ったスケジュール管理用の円グラフや練習量記録用の折れ線グラフに助けられ、お母様が、台所で刻む包丁の音に合わせるようにして猛練習を積み、見る間に上達し周囲を驚かせたそうです。
その年のコンクールは惜しくも2位でしたが、翌年には見事に優勝し、一躍注目を浴びます。
12才の天才ヴァイオリニスト千住真理子の誕生です。

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マグネット国家論 黒岩祐治さん

12月12日 一年の世相を漢字一文字で表す『2007年今年の漢字』“偽”と発表されました。

「私だったら、“崩”という字を選んだと思います」
ジャーナリストらしい旬なトピックをまくらにして、黒岩さんは今年一年を振り返りました。

『黒岩祐治が斬る政局2007 ~その時○○が“崩れた”~』

もし「報道2001」で特集を組んだとすれば、そんなタイトルでしょうか。
相次いだ「政治とカネ」の問題、杜撰な年金制度の露呈、官僚倫理の欠如、食品偽装etc
今年政局となった多くの事件は、さまざまな人、職位、システムへの信頼の「崩壊」と整理できると黒岩さんは解説してくれました。
歯切れの良い話し方と身振り手振りもあって、思わず聞き惚れるひと時でありました。

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感情に酔う社会 香山リカさん

「今年は、こころの問題が社会的事件に組み込まれて語られることが多い年でした」
香山リカさんは、そんな前振りからはじめました。
松岡元農相の自殺、朝青龍の帰国騒動、安倍前首相の辞任、小沢民主党党首の辞意表明と撤回etc。
大きな社会的・政治的な事件とセットで、その当事者であるリーダー達が抱えた(悩んだ)こころの問題がスポットを浴びました。
この現象に対して、精神科医である香山さんは複雑な心境だと言います。

問題を引き起こした原因そのものではなく、結果として発生した精神状態の不安定さばかりがフォーカスされ、あたかもそれが本質であるかのような報道がなされていた。原因と結果の逆転現象が起きたと言わざるを得ない。

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独歩の精神 市川亀治郎さん

今年32歳の市川亀治郎さん。まだ青年とはいえ、初舞台は4歳、芸歴は28年に及びます。
歌舞伎界では、子供は幼少から舞台で育ちます。芸は身体で覚えるものという伝統に根付いた習慣のようです。亀治郎さんもそうやって芸を身につけてきました。

亀治郎さんの話を聞きながら、学習理論で言われる「正統的周辺参加」という理論を思い出しました。
伝統文化や職人のように、師匠の元で弟子が学ぶ徒弟制度下における人材育成メカニズムを分析した理論です。
「常に本物の周辺に存在し、自らもその状況に参加する」ことで学びを深めていくことから「正統的周辺参加」という名称が当てられています。
その非合理性ゆえに、今では古典文化や芸能界など特異な世界にしか残っていない徒弟制度ですが、かつては全ての職業教育は「正統的周辺参加」方式で行われていました。

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関係性をデザインする 石川幹子さん

「ランドスケープ」という概念は、あまりに抽象的で捉えどころがありません。
例えばウィキペディアをたたいてみると「景観を構成する諸要素。ある土地における、資源、環境、歴史などの要素が構築する政治的、経済的、社会的シンボルや空間。または、そのシンボル群や空間が作る都市そのもの」とあります。
ますますもってわからない。
ましてや「ランドスケープデザイン」となると、なお一層抽象性が増してしまいます。

そんな疑問を解消しようと石川先生のお話を聞いておりましたが、「ランドスケープデザイン」というのは、「関係性をデザインすること」ことなのだと合点がいきました。

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恐るべき嫉妬のエネルギー 山内昌之さん

イスラム・中東の歴史研究、地域研究を専門とする山内先生にとって、『嫉妬の世界史』という本は、どちらかといえば余業に近い感覚の著作なのかもしれません。
しかしながら、大なり小なり「組織」の中で生きるビジネスパースンには、妬み・嫉みが生む負のエネルギーの凄まじさというのは、身近な事例の一つ二つはすぐ脳裏に浮かんでくるほど興味深いテーマです。
あるいは、いままさに「嫉妬」にとらわれている人、逆に「嫉妬」に苦しめられている人もいるでしょう。
山内先生は、そんな私たちの心情を良くわかっていただいて、快く講演をお受けいただきました。

講演の中で、先生が紹介された「大いなる嫉妬」の事例をいくつかまとめてみました。

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風を起こす 住谷栄之資さん

かつて、「新奇性を見いだす法則」という趣旨のエッセイを読んだことがあります。

人間は、自分の“常識”的部分にその説が抵触した場合「こいつは興味深い、おもしろい」と感じる動物である。 従って新奇性を打ち出すためには、なによりも“常識”に反する説や解釈を考えなければならない。

キッザニア「エデュテインメント」というコンセプトは、まさにこの法則にあてはまります。

「エデュテインメント」とは、エデュケーションとエンタテイメントをくっつけた造語ですが、「学び」と「遊び」という二項対立要素を結びつけた点に、“常識”に反する新奇性を感じさせます。
ディズニーランドに代表されるように、エンタテイメントには、ファンタジーや冒険など現実世界とかけ離れたイメージの世界が必要だ、という先入観に囚われがちですが、よく考えてみれば、実は子供にとって「働くということ」は、ファンタジーや冒険と同じくらいに未知の世界です。
料理次第で、素晴らしいエンタテイメントに仕立て上げることができるということを、キッザニアの成功は教えてくれます。

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伝統を守り、伝統を創る 千宗室さん

人は皆、なにかしらの宿命(さだめ)を背負って生まれてきます。
宿命が、人を育て、大きな仕事を成し遂げることがあります。
宿命が、人を束縛し、苦しめることもあります。
人生と宿命は、時に引き合い、時に強く反発し、一対構造を形成しながら結合していくものかもしれません。

千宗室さんには、宿命の重さに逆らい、乗り越え、受け入れてきた人が持つ芯の強さを感じました。
権威主義、貴族趣味を嫌い、反骨精神や革新意識に共鳴する感性をお持ちのようです。
自ら強引に変えるのではなく、時代の風を読み、気運が漲るのを待って、巧みに変革を掬い上げるリーダシップも心がけていると言います。

熱く燃える種火を、内面に絶やさずに、それを覆い隠すように柔らかさと品格で包み込むような、そんな人でした。

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「文化が経済を作る」 蓑豊さん

『超・美術館革命』に、蓑豊さんが、美術の道を歩んだ経緯と、どのようにして美術を学んできたかを紹介している章があります。

麻布や銀座で古美術店を経営していた蓑さんのお父様は、商売というよりはコレクターに近く、惚れた作品は損得抜きで買い付けることも度々だったとか。しかしながら、その姿勢は、好事家に高く評価され、財界人との交流も多かったとのこと。
幼い頃から美術品に囲まれて育ち、慶應文学部で美術史を学んだ蓑さんは、卒業間近にエジプトでの中国陶器発掘調査に加わる機会を得ました。
そこで中国陶器に魅せられ、美術の道で生きることを決意しました。
「眼を肥やす修行」のために古美術商での丁稚奉公を経験したのち、米国に留学し、東洋美術の専門家として研究に打ち込み博士号を取得しました。
「日本人でありながら中国陶器のスペシャリスト」として希有な存在になった後は、米国各地の美術館の東洋部長として活躍し、そこでイベントの企画や資金集め等、アートマネジメントのプロとして経験も積みました。
26年間の米国生活は、蓑豊さんを、美術と経営の専門家に育てたことになります。

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戦略不全の因果 三品和広さん

「はたして、日本は賞賛に値する国であろうか?」
三品先生は、きょうの夕学をこの問いから始めました。

「格差問題」という共通した悩みを抱える中国を比較対象に選び、共に成長・復活から取り残されたと言われている日本の地方都市に一方のフォーカスをあててみると、対称的な光景が広がっています。
三農問題に悩む中国 四川省成都市と衰退に苦悩する北海道室蘭市。
成都には、広大な敷地に米国の大学キャンパスを想起させる近未来型の企業団地がそびえ、インテル、マイクロソフト、グーグルといったIT企業がソフトウェア開発の拠点を構えています。
室蘭の工業団地には、朽ちかけた工場跡がポツンと残り、周囲はペンペン草に覆われています。
成都のイトーヨーカドーは、毎日買い物客が開店2時間前からドアの前に立ち、全ヨーカドー(日本含む)で4番目の売上規模を誇ります。
室蘭の商店街にはほとんど人が歩いていません。

「これは最近始まったことではない。時間をかけて少しずつ発生してきた問題である」
三品先生は、そう考えています。
日本企業は1970年代以降、売上規模の拡大に注力する一方、売上高利益率を低下させ続けてきたという事実に立脚しての主張です。(これは野口悠紀雄先生も同様でした
三品先生流にいえば、「失われた40年」説というものです。

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孤独であるためのレッスン 諸富祥彦さん

それは、あたかも映画『E.T.』のクライマックス場面のような光景でした。
人差し指を付き合わせながら、お互いがいま一番大切に思っているものを語り合う。しかも、偶然隣隣り合わせたに過ぎない見ず知らずの人同士で。
諸富先生が「儀式」と呼ぶその演習に、いきなり付き合わされてしまった皆さん、さぞ驚かれたでしょう。
打ち合わせなしで壇上に上げられて冷や汗をかいた私も含めて、どうなることかと心配された方もいらっしゃったかもしれません。
そして、デフォルメたっぷりに演じる「ひとりカウンセリング」にも圧倒されます。
恐山のイタコを思わせるようなオーバーな表現力は、吉本興業でも十分通用するのではないかと思わせる程の迫力でした。
期待に違わない「諸富ワールド」を味わっていただけたかと思います。

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当たり前のことが一番難しい 遠藤功さん

「ねばちっこい」という言葉は、茨城弁だそうです。
遠藤先生は、企業調査の際に、おかめ納豆で知られたタカノフーズの社長さんから聞いたとのこと。

遠藤先生の現場力三部作シリーズは、『現場力を鍛える』(2004年)『見える化』(2005年)『ねばちっこい経営』(2006年)と続きました。
『現場力を鍛える』が、総論・概念編だとすれば、『見える化』は、現場力を実現するための仕組み・手法編、『ねばちっこい経営』は、それを支える基盤文化編というふうに整理できると思います。
遠藤先生の思考プロセスの深化がみてとれる気がします。

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「熱きストラテジスト」 平松庚三さん

平松氏:「この中で、泥棒に入られたことのある人はいますか」
会 場:挙手ひとり
平松氏:「クビになったことにある人いますか」
会 場:挙手ひとり
平松氏:「それでは、クビを宣告された日に泥棒に入られた人はいますか」
会 場:シーン
平松氏:「それが私なんです(笑)」

講演のつかみとしてはこれ以上のネタはないであろうという逸話を披露したうえで、平松さんは講演を始めました。

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「問題は喜ぶべきものである」 柴田昌治さん

この夏から秋にかけて、老舗と呼ばれるいくつかの会社で、賞味期限や食材に関わる虚偽表示事件が続けて起こりました。
多くの場合、発覚のきっかけとなったのは社員による内部告発だったと言われています。
社員が自社の不利益を外部に通報するには、相当の心理的葛藤があるはずです。止むにやまれぬ最後の手段として、決意をもった行動であったろうと推測されます。
そこまで思い詰める社員がいたのなら、もし組織内に、彼らのかすかな声、つぶやきを拾い上げる場がありさえすれば、もっと早くに浄化機能が働いていたのでないか。
柴田さんの話をお聞きしながら、そう思いました。

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「やりたいのは音楽そのもの」 宮本文昭さん

「昨夜の夕学について、ブログに何を書こうか」
今朝から悶々と考えていたところ、日課にしているいくつかのブログチェックの途中で、ふとある文章に目が止まりました。

自分の良いところを見つけるには、自分の直感を信じ(つまり自分を信じるということ)、自分が好きだと思える「正のエネルギー」が出る対象を大切にし、その対象を少しずつでも押し広げていく努力を徹底的にするべきだ。そういう行動の中から生まれる他者との出会いから、新しい経験を積んでいけば、自然に社会の中に出て行くことができる。「好きなこと」と「飯が食えそうなこと」の接点を探し続けろ。そのことに時間を使え。

『ウェブ進化論』の著者梅田望夫氏の言葉です。
若者に対して、ウェブ時代に、どう働き、どう生きるべきかを刺激的に啓蒙するこの文章は、梅田さんの新著『ウェブ時代の生き方』のモチーフでもあるようです。

「これって、宮本さんの生き方そのままではないか」
そう思いました。

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「のめり込める仕事を作ること」 川上真史さん

「ひと言でいうと “もう、どうでもいいよ”という結果がでているのです」

川上真史さんは、ワトソンワイアット社が実施した日・中・韓リーダシップサーベイの結果から、日本の社員のリーダーシップへの期待を、中国、韓国のそれと比較しながら、ショッキングな事実を紹介しました。

川上さんの解釈では、この結果は、大きな期待と現実とのギャップの大きさの裏返しだということです。

リーダーへの期待は、実はもの凄く大きく高い。
しかし、そんな人はほとんどいない。
だから期待しても無駄だろう。
そんな解釈が成り立つそうです。

では、どんなリーダーシップが期待されているのか。
川上さんは、“エンゲージメント”というキーコンセプトを解説されました。

“エンゲージメント”とは、「のめり込み感」とでも言えるものです。楽しくて面白くて仕方ない、思わず我を忘れ、時間が経つのを忘れてしまう、そんな感覚です。

エンゲージメントできるような、仕事を与えてくれる、作ってくれる人。
それが、期待されるリーダーであり、そのために発揮すべきものがリーダーシップであるということです。

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「理想を追い求める」 安藤忠雄さん

アイルランドから帰ったばかりだという安藤さん。
自宅を設計した縁で、U2のボノに招かれて、ダブリンでボノを前座に従えたイベント講演をやってきたとのこと。

「ボノのファンばかりやからね、3000人集まりましたよ」
「でも寄付してくれる人が700人もいて、驚きましたわ」

そんな話を聞くと、主催者としては、つい対抗意識が湧いてしまうのですが、そんな思いには関係なく、いつものようにギリギリまでサインのペンをはしらせたうえで、あわただしく講演会場に入っていかれました。

安藤さんは、「東京から世界を考える」というタイトルを受けて、日本人の「民族としての民度」を話題にされました。
小泉八雲をはじめ、幕末・明治期の日本にやって来た外国人が、こぞって口にしたのは、日本人の「民度の高さ」だったと言われています。

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前期が終了しました。

昨日の小菅正夫さん(旭山動物園園長)の講演をもって、2007年前期25回が全て終了しました。
今期も多くの皆さんにお越しいただきありがとうございました。
4月17日に丹羽宇一郎さんから始まって、あっという間の3ヶ月半でした。
今期は、質疑応答に時間を長く取るバージョンなど、新しい試みにもチャレンジしましたが、如何でしたでしょうか。

夕学も累計開催数が350回を越えました。
三度目の登壇になる伊丹先生からは「よく続けていらっしゃいますね」と言っていただきました。
もちろん、これからも続けます。
来期の講師依頼もいよいよ佳境に入ってまいりました。

来期は、10月17日安藤忠雄さん(建築家)さんの講演から始まります。
申込受付開始は、9月3日(月)からの予定です。
是非、ご期待ください。

それでは。

「人間性回復の場」としての動物園 小菅正夫さん

学生時代は柔道三昧の日々を送ったという小菅園長。
首は太く、胸板は厚く、肩も腰回りもがっちりとした堂々たる体躯です。
一方で、長年の日焼けが皺にしっかりと刻まれた、人なつっこい顔は庶民性が一杯です。
話が興に乗ってくると、もう止まらなくなります。動物のこと、動物園のことなら丸一日話し続けても足りないほどに、次から次へと話したいことが沸き起こって来るようです。
話はユーモアタップリ、情熱がビンビンと伝わってくるうえに、論旨明快で分かりやすく、「情と理」の両方を兼ね備えた希有の人だということがよく分かります。

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「選挙のありよう」 浅野史郎さん

「“義をみてせざるは、勇なきなり” 別の言い方で“おっちぃこちょい”と言うのです」
浅野先生は、4ヶ月前の都知事選をサバサバとした表情でそう総括します。
宮城では吹いた風が、東京では吹かなかった。ただ、それだけのこと。それを読めなかった自分が悪い。
浅野さんの中では、出馬を後悔することも、誰を恨むこともなく、目の前の状況に真摯に向き合い、自分のこころに誠実の向き合った結果として割り切れているようです。
きょうの講演でも、直裁でユーモアたっぷりの浅野節を披露していただけました。

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「儲けの構造」を競い合う時代 山田英夫さん

「企業の目的は顧客の獲得と維持である」

かつてドラッカーはそう喝破しました。
いまなら株主至上主義を主張する論者もいるでしょうし、企業の社会的責任を声高に訴える人々もいるかもしれません。
しかしながら、今も昔も、企業の活動目的のド真ん中に「どうやって儲けるのか」という課題が存在することは間違いありません。
山田先生は、そのド真ん中の課題に真っ向から切り込み、シャープで切れ味の鋭い解説を加えてくれました。

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「言葉にこだわる」 伊丹敬之さん

伊丹先生の魅力は、講演中の何気ないひと言や質問者とのやりとりの中で自分自身と会話するように紡ぎ出される言葉に隠されているのではないか。
私は、いつもそう思います。

もちろん講演内容は、主催者のオーダーを尊重しつつ、聴衆の期待を感じ取りながら、平明かつ論理的に構成されている素晴らしいものです。
ただ、その言わんとするところをより深く理解するうえでは、伊丹先生が、ふっと口にする言葉をきっかけにするのが重要だと思うからです。

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「溢れ出るエネルギー」 徳岡邦夫さん

「仕事柄、和服を着ることも多いのですが、正蔵師匠と間違えられることもあって...」
といきなり会場の笑いを誘った徳岡さん。
ご自身でおっしゃる通り、全体的な印象と人懐っこい笑顔は、林家正蔵師匠とよく似ています。
ただ、近くで拝見すると、いわゆる「目力」を感じる人です。眼鏡の奥の目はキラっと光っていて、好奇心やパッションに満ちている気がします。

お聴きしたところでは、徳岡さんは破天荒な少年・青年時代を送ったようです。高校中退、再入学、僧侶生活、独立しての起業等々。
面白おかしく、若い頃を語る徳岡さんのお話からは、溢れ出るエネルギーを制御出来ずに、暴れ馬のように生きていた若き日の姿が想起できました。
思うにその頃から、既成秩序の枠にはまらない、自由かつ挑戦的な性質を生来の価値観として持っていたと思われます。

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「知性で聴く音楽」 茂木大輔さん

クラシック音楽は「敷居」が高い。 「敷居」を低くすれば、より多くの人がファンになってくれるだろう。 モギよ、おまえが「敷居」を低くしろ。

「どうやら、世の中には、クラシック音楽、および私に対する誤解が広がっているような気がします」

冒頭から、聴衆の期待をサラリとかわしてみせながら、茂木さんは話しはじめました。

クラシック音楽は、そもそも敷居が高いもの。 
敷居を低くしたらクラシックではなくなってしまう。

「クラシックは心で聴け」というのも大間違い。
心で聴いてわかる世界は、ほんのさわりにすぎない。
音楽が生まれた時代や社会背景の理解、創作された経緯、表現しようとした世界観、それらを理解しなければ本質はわからない。

「ベートーベンの交響曲7番第四楽章」だけを聴くというスタイルが本当にいいのか。
交響曲は、各楽章毎の変化と非連続な連結の中に表現したい要素が込められている。

茂木さんは、クラシックに対する通念をひとつひとつひっくり返していきます。
「クラシックなんて、つまんないでしょ」と聴衆を煙りに巻きつつ、溢れ出てくるような博識を機関銃にように繰り出す姿は、立川談志を彷彿させるものがあります。

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「日本サッカーを語る」 金子達仁さん・戸塚啓さん

金子達仁さんと戸塚啓さんは、法政二高サッカー部の先輩・後輩の間柄です。
学年は三つ違うので、高校では重なる時期はなかったそうですが、金子さんが法政大学時代、法政二高サッカー部出身者で作るサッカーチームの助っ人に、当時高校三年で部活を引退していた戸塚さんを引き入れて以来20年近い付き合いになるとのこと。
高校、大学、サッカー専門誌記者、フリーのスポーツライターと奇しくも同じ道を歩き、いまは「二人だけの会社」の社長と専務の関係です。

相手が、何を見て、どう考えているのかを熟知している二人の対談は、プロ同士の着眼点と思考の発展を競い合うように、不思議なリズムで進んでいきました。
戸塚さんの投げかける質問に対して、金子さんは、あえて予定調和的な返答をせずに、まったく逆の視点を提示する。
戸塚さんは、予期せぬ返しに戸惑いつつも、自分なりの視点を加えて、話を発展させていく。
日本サッカーへの疑問と期待の間を入ったり来たりしながら、少しずつ本質に迫っていく。
そんな対談だったと思います。

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「地図から読む世界」 池上彰さん

存命であれば、夕学の講師にお呼びしたかった人の一人に、歴史学者の網野善彦氏がいます。
彼の本には、見慣れない一枚の地図が度々が紹介されています。一瞬見ただけでは、どこの地図かを判別することができません。
大陸から割れて出たように見える細長い島々が、緩やかな曲線を描きながら二つの内海を包み込んでいる様子は、島々と大陸が、内海を共有するひとつの文化圏であることを連想させます。

「環日本海諸国図」と名付けられたこの地図は、日本列島を中心に、南北は樺太から南西諸島を、東には中国大陸の沿岸部を範囲とした地域を、時計と反対回りに90度回転させたものです。

見慣れた地図を90度回転させるだけで、随分と印象が違うことがよく分かる好例ですが、池上彰さんも、世界中を回って、こういった地図を集めているそうです。

「地図を見れば国際情勢が分かる」

という持論を裏付けるための作業です。

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ラジオの力 亀渕昭信さん

2年目の春、2005年前期の「夕学五十講」にホリエモン氏が登壇しました。
予約受付から半日で、席が埋まり、ホリエモンの話を聞きたいがために、わざわざ全回予約席を申し込むという人までいました。
ホリエンモンフィーバーが、夕学にも起きていました。


同じ頃、ニッポン放送社長(当時)として、ライブドア社長(当時)のホリエモン氏と対峙していた亀渕昭信さんのもとには、毎日ように不思議な手紙が届いていたそうです。
それは、35年以上前、亀渕さん(愛称「カメ」)がパーソナリティーを務めていた「オールナイト・ニッポン」のかつてのリスナーの方からの励ましの手紙でした。

「カメ、オレは昔、お前からサインをもらって励まされた! 今度はオレが励ます番だ。負けるな、頑張れ!」

そんな言葉が綴られていたそうです。


これまた同じ頃、亀渕さんの母堂(当時88歳)は、何か感じるところがあったのか、密かに身の回りの整理を始めていました。
200通近い、古い手紙・ハガキの束を見つけ、亀渕さんに渡すチャンスを待っていました。
それは、35年前のオールナイト・ニッポンに寄せられたリクエストハガキや手紙だったからです。
いずれも、全盛期を迎えつつあったラジオの深夜放送の熱気を伝える、ストレートで、みずみずしい手紙だったそうです。


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窮地に陥った時は「仮説力」 竹内薫さん

夕学にも来ていただいたことがある人類学者の中沢新一さんが、南方熊楠について書いた『森のバロック』という大作があります。
南方熊楠は、世界的な博物学者であり、異能の天才として知られた存在ですが、40歳を過ぎて、故郷の紀州山中において、のめり込んだのが「粘菌」の生態研究でした。
中沢さんは、熊楠が粘菌研究にはまった理由を、粘菌がもつ「あいまい性」に惹かれたのではないかと言っています。
粘菌とは、動物的な特性と植物的な特性を併せ持つ不可思議な生物で、極めて特異な生態を持つのだそうです。
粘菌が持つ、動物とも、植物とも、言えるようで言えない「あいまい性」、茂木健一郎氏流にいえば、「偶有性」は、民俗学や神話学の書物に耽溺してきた熊楠から見ると、原始の人間が持っていたであろう不可思議な特性を想起させる研究対象だったのではないかと中沢さんは分析しています。

さて、きょうの夕学導入部で、竹内さんが説明された「粘菌ロボット」の話。
上記のような「粘菌」の特性を思い出しながら聴くと、竹内さんが説く「仮説力」の、シンプルなようで、深淵な本質がみえてくるような気がします。

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ミュージカルにかける熱い思い 塩田明弘さん

人々の知的能力水準が向上し、情報流通が促進されると、あらゆる面で「情報の非対称性」が逓減していきます。そうなると、商品・サービスを提供する側が一方的に機能面・感性面の利点を主張するプロダクトアウト的なマーケティングが効果を発揮しなくなります。
そんな時代に効果的なマーケティング手法だと言われているのが「裏側を見せる」「参画してもらう」というやり方です。
ブロードウェイには、「スクリプトリーディング」「スクリプトプレイ」というものがあり、制作途中の芝居の本読みや稽古の様子を有料で見せるという試みがなされていると聞いたことがあります。映画のメイキングビデオも同じ流れにあります。
かつては、コックが自分の厨房を見せるのは邪道だと言われていましたが、いまは逆になりました。
制作過程の裏側や舞台の内側で何を考え、どう工夫しているのかを、あえてオープンにすることで、消費者の主体的な消費意識を喚起し、コアなファンを増やすことができるという考え方が浸透してきたからだと言われています。
その時に難しいのは、ただ見せるだけでなく、観客が何に関心を持ち、どういったことを知りたいのかを鋭敏に感じ取る感性と専門用語を分かりやすく解説できる説明能力をもった翻訳者が必要になるということです。

日本のミュージカル界にとって幸運だったのは、その面で特出した才能を持った塩田明弘さんという稀代のミュージカル指揮者がいたことではないでしょうか。
きょうの夕学を聴いて、お世辞抜きにそう思いました。
「ミュージカル界の“みのもんた”」の称号を裏切らない素晴らしいトークショーだったと思います。

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「本当にやりたいことを追究する経営者」 田口弘さん

1990年代半ば、日本はバブル崩壊の後遺症に深く悩まされていました。後に「失われた10年or15年」と称される混沌の時代に、大きな脚光を浴びたのがミスミという会社であり、社長を務める田口弘さんでした。
販売代理業から購買代理業へというコンセプトや、究極の自律型組織を目指したプロジェクト型組織運営は、当時の日本企業が直面する経営課題をはるかに飛び越え、3歩~4歩先を行く、未来型企業の代表と言われていました。

その田口さんが、「自分がトップのまままでは、これ以上ミスミを発展させることはできない」と宣言して、著名コンサルタントであった三枝匡氏に社長の座を譲ったのは2002年のことです。
地位と権力に執着するあまり、周囲が見えなくなって醜態をさらす創業経営者を、いやという程見てきた我々には、その潔さと達観がすがすがしくさえ思えたものでした。
しかしながら、きょうのお話を伺うと、田口さんにとって、ミスミの社長を退任したことは、けっして一線を退いたという認識ではなく、「自分が一番やりたいこと」を追究するための戦略的な意思決定であったということがよく分かりました。
あれから5年、田口さんが新たなフィールドと定めたエムアウトで、いま何をやろうとしているのか、それをお聴きするために夕学に来ていただきました。

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「すべてを否定しない生き方」 東儀秀樹さん

ポルシェを駆って丸ビルに到着した東儀秀樹さんは、いつものファッショナブルな装いで会場に現れました。
ヴィトンのアタッシュケースの中から取り出されたのは、鮮やかな緞子の袋達。大きめの袋には「笙」が、小さい袋には「龍笛」が入っていました。「篳篥」は蒔絵が描かれた黒漆の箱に収められていました。
好奇心丸出しでのぞき込んでいたところ、「触ってみますか?」と声を掛けてくれました。
「笙」を持たせていただきました。
両手で包み込める程度の大きさで、束ねられた竹管の根本は、金茶地の漆に螺鈿が施した筒状になっています。東儀家に代々伝わってきた貴重な「笙」のひとつかもしれないと思うと感慨もひとしおでした。

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「新しい実学をおこす」 川勝平太さん

「新しい実学をおこす」 
空前の盛り上がりをみせた早慶戦前夜だからというわけではないでしょうが、早稲田マン川勝平太先生は、慶應義塾に対する配慮と対抗の精神をもって、きょうの夕学に、このタイトルをつけていただいたようです。
「実学」といえば、福澤諭吉。慶應義塾の基本理念として、いまも息づく「実学」の精神は、稀代の思想家であった福澤諭吉の代名詞のひとつです。
福澤がいった「実学」とは、論理や根拠に基づいた科学的な学問を意味すると言われています。川勝先生は、もう一歩すすめて、福澤が明治維新の揺籃期に、「実学」を唱えた意味に論点を移し、「実学」とは、当時の新たな国づくりに必要不可欠な学問という意味をもっていたのではないかと言います。
つまり、当時の日本のモデルであった西洋文明(技術と精神)にキャッチアップするためには、西洋の学問の主流であったサイエンスの発想と思考を学ぶことが必要だったというわけです。
翻って、140年後のいま、「実学」の優等生であった日本が直面しているのは、欧米キャッチアップ型の次にくる「新しい国のかたち」をどう描くかという大きな課題です。

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「なぜ、どうしてを問うことの意味」 中島隆信さん

中島隆信先生は、大相撲、宗教、障害者など、一見、経済学とは縁の遠そうな世界を題材に取り上げ、経済学的な思考法をつかって、そのメカニズムを解き明かすというユニークな本をいくつも著されています。
「人間として生きている全ての人々が、経済学の考え方を身につければ、世の中はもっと暮らしやすくなる」

という強い信念に支えられてのことです。
経済学的にいえば、「経済学の考え方を身につければ、社会全体がもっと得をする」ということでしょうか。
およそ全ての社会現象は、それを引き起こす人間の「動機」が背後に隠されています。
「それは自分にとって損か、得か」という合理的な判断の積み重ねに他なりません。
だとすれば、なぜ損なのか、どこが得なのかを明らかにすることで、社会現象発生のメカニズムがわかる。更には、その社会現象に問題があるとすれば、問題を解決するための糸口も見えてくる。
中島先生が、主張されたいのは、そういうことではないでしょうか。

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誰もが教育の現場にいる 義家弘介さん

義家弘介さんの夕学登壇にタイミングを合わせていただいたわけではないでしょうが、今朝の日経新聞朝刊には、「親学」を巡る論争についての特集が組まれていました。
自己中心的な“モンスターペアレンツ”の事例を紹介しながら、その対策として、教育再生会議では、「親学」を巡る議論が白熱していると書かれています。

義家さんは、「親学」推進派の一人で、「親学研修を義務づける」と発言。
「それは国が口を挟む話しではない」と反論する委員も多く議論は分裂状態。
母乳や子守歌を国主導で推奨しようという構想は、大きな反感を招いた

とあります。
「親学」に先んじて話題になったのは、「徳育」の正式科目化と教科書制定に関する議論でした。いずれも、教育勅語や修身を想起させ、戦前回帰主義が進行していることを匂わせる論調でした。

夕学での義家さんの話によれば、事実はこれとは少し異なるとのことでした。
・「徳育」「親学」は、会議で議論する前にマスコミが報道し、結果として会議の場で冷静な議論をできていない。
・母乳や子守歌の推奨など、特定の人の意見としての発言が、あたかも答申原案かのように報道された。
・義家さんの主張する「親学研修」とは、いまの子どもが置かれた状況を知るために親同士の学び合いの場をつくることである。
義家さんにしてみれば、ある意図を持った人々のリークによる事前報道が、もともと百花繚乱気味だった教育再生会議の更なる錯綜を招き、議論が進まなくなってしまったことへのいらだちが大きいようです。

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「コンピテンシーとしてのホスピタリティ」 高野登さん

この10年、成果主義と並んで、日本企業の人材マネジメントを席捲した概念に「コンピテンシー」があります。
「高業績者が持つ行動特性」と定義されることが多い「コンピテンシー」。
成果直結を謳い、目にみえる行動に着目した点で、合理的・科学的なアプローチとして注目されましたが、一方で、その決定論的な考え方が、状況適応の視点に欠けるとして疑問提起する人も多くいました。
日本における「コンピテンシー」普及の第一人者である川上真史氏(ワトソン・ワイアット)は、コンピテンシーについて、「こういう行動を取れば高業績があげられる」という決定論的な誤解を明確に否定しています。
そのうえで、「コンピテンシー」とは、「あるべき姿として提示された抽象概念(能力)を自分の仕事に置き換えて、行動という形で具現化できること」であると言います。
つまり、抽象から具体的な行動を導き出すトランスファー(翻訳)の力だということです。

きょうの高野さんの話を聞くと、リッツ・カールトンの強みは、この「コンピテンシー」にあることがよく分かりました。
リッツ・カールトンのサービスを我が社においても参考にしたいと考える経営者や実務家にとって、数々の伝説・神話として流布されているリッツ・カールトンのサービス事例は、話のネタにはなってもノウハウにはなりません。
「へえ~、凄いね。でもうちでは無理だね」で終わるのがおちでしょう。
しかし、それらの伝説・神話が生み出される組織能力に着目すれば、「抽象的な理念を具現化する」というリッツ・カールトンの強みは、多くの企業が目指しているものと同じであることに気づくと思います。

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「資本主義の整理屋」 笹沼泰助さん

笹沼泰助さんは、日本におけるプライベートエクイティ投資の草分けと言われています。
80年代、外資系コンサルティングファームに在籍している頃、米国で沸き起こっていたM&Aの嵐。KKRなど投資会社を主役としたその動向を見て、「日本にもいつか、こういう時代が来る」と予感して、事業構想を温め始めたのが、1986年、20年前のことだったそうです。
笹沼さんのことは、慶應ビジネススクールの小林喜一郎先生からお聞きしておりました。
「慶應ビジネススクールの出身で、社会にインパクトを与えた事業家は誰でしょうか」というご質問をした時に、真っ先に名前を挙げられたのが笹沼さんでした。
つい数年前まで、一般の実務家、経営者は、現在のようなM&A時代が来ることをほとんど予想していませんでした。だからこそ、いち早くその社会的意義を認識し、周囲の無理解と戦いながらも、アドバンテッジパートナーズを今日の評価にまで高めた笹沼さんの実績に敬意を表してのことかと思います。
実際の笹沼さんは、穏やかなソフトな語り口で、理論整然とお話になります。ハードなネゴシエーションの世界で生きる厳しさを表面にださない、素敵な紳士でありました。

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未来を予測するということ 手嶋龍一さん

「インテリジェンスとは何か」
ひと言では説明することが難しいこの命題に答えるにあたって、手嶋さんは、まずは「インテリジェンス」と似て非なるものを例えにひいて、聴衆の感覚的な理解を促すことからはじめました。

競馬場には、「コーチ屋」なる職業の専門家がたむろしているのだそうです。
胸ポケットに万札の束を無造作にネジこみ、いかにもプロのギャンブラーといった風情で、素人さんに近づき、「きょうのメインレースは2-3だぜ」と囁いて去っていく。別の素人さんを見つけると、今度は「メインは2-5に間違いないよ」とアドバイスする。こうやって人によって異なる複数の予想を告げておいて、もしその中から当たり券が出ようものなら、当該人を見つけ出し、「俺の言った通りだろ。コーチ料をよこせ」と脅しをかけてお金をせしめるのが「コーチ屋」のお仕事なのだそうです。

コーチ屋は、誰に、なんと告げたのかを全て憶えていないといけないので、その意味では希有な才能を要するプロフェッショナルなのでしょうが、コーチ屋の予想とインテリジェンスとは、「これから起きるであろう未来を予測すること」においては似ていますが、根本的に異なるそうです。
つまり、インテリジェンスとは、コーチ屋のように、現実の結果が出たあとに、過去の事実から都合の良い部分だけを抜き出し、解釈して、したり顔で「俺の言った通りになった」と主張することでは断じてない。
インテリジェンスとは、現在起きている事実を丹念に拾い集めて、独自の分析を加え、これから起こりうる事態の方向性を予測することである。

ということです。
コーチ屋の類は、世の中にたくさんいるけれども、真のインテリジェンス・オフィサーは少ない。それほどに未来を予測するのは難しいことだ。
そんな前振りを面白おかしく紹介しながら、手嶋さんの話は本題に入っていきました。

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“際”がないから面白い 太田光代さん

爆笑問題、特に太田光氏は、“際の見えない”芸風に特徴があります。
どこまでが芸で、どこからが素なのか。何がネタで、どれがアドリブなのか。真面目なのか、いい加減なのか。
その境目が限りなく不透明で、時に見る側をハラハラと心配させながら、しっかりと笑いを取っていくという名人芸的なところがあります。
そのあたりは、彼を高く評価しているという立川談志の芸風と似ていますが、談志のような強烈なクセを感じさせないのが彼の魅力ひとつです。
そんな太田光氏の魅力を引き立たせているのが、奥様であり、事務所社長である太田光代さんの存在と舵取りであることは周知の事であります。
プライベートをあけすけにする時の、見事な「尻の敷かれぶり」や、時に言いたことが何だかわからないにもかかわらず、口角泡を飛ばしてしゃべりまくり、やたらと本気度だけは伝わってくる討論場面などは、彼の人間味や純粋な部分が垣間見えて、“際のなさ”を“際だてる”働きをしているような気がします。

きょうの対談をお聞きすると、それは太田夫妻の共通のスタイルで、ご本人達も「際」がよくわからない。というより、ことさら「際」をつけることの無意味さをよくわきまえていて、「際」を行ったり来たりするから面白ことを知っているのかもしれません。

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イマジネーションで読む古典 林望さん

リンボウ先生は、20代の数年間、慶應義塾女子高校で、国語教師として教壇に立っていた時代がありました。
多くの場合、国語教師は現代国語と古文・漢文の両方を教えることになります。若き日のリンボウ先生にも、現代国語の授業も受け持つようにという要望が再三だされたそうです。
ところがリンボウ先生は、頑として、その要求を拒否し続けたそうです。
「学校教育で、現代文学を読ませる必要はない。古典だけをじっくりと学べばよい」という強い信念があっての拒絶だったそうです。

「不易流行」という芭蕉の言葉にあるように、長い年月を越えて生き残った古典文学には、時代を超越した不変的な価値が宿っている。いつの時代に読んでも面白いから、その時々の至高のインテリがその価値を認め語り伝えてきた。どうせ読むなら、時空のかなたに消えていく流行文学ではなく、時代を超えて生き残った古典をこそ読んで欲しい。
リンボウ先生はそう考えているそうです。

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それで本当に大丈夫か 淡輪敬三さん

淡輪さんに夕学にご登壇いただくのは、今回で2度目になりますが、華麗な経歴とは対称的に気さくなお人柄です。
かつての戦略系コンサルのトップの特徴だった有無を言わせぬ威圧感もなく、スッっと相手の懐近くに入って、同じ目線で議論ができるタイプの方です。
控え室では、そんな人間性に甘えて、最近の人材マネジメントコンサルティングでは、どんなテーマが多いのか聞いてみました。
即座にお答えになったのが「人を育てる仕組みの再構築」でした。
かつての日本企業(大企業)は、次長とか代理の肩書きが付いたベテランや部下を持たない部課長など管理職層が厚いのが組織的な特徴でした。
彼らは、若手社員に対する教育係や鬼軍曹に役割を担い、突発事項の際にはトラブルシューティング役を引き受けたりしていました。
当時は、その肥大化と無駄が強調され、フラットでスリムな組織に変わったわけですが、彼らの役割は「職場において、仕事を通じて人を育てる」という点においては重要な意味がありました。
その機能がなくなった組織で、「人が育たない」という問題が生じはじめ、「人を育てる仕組みの再構築」がテーマになっている、というわけです。

“無駄を削ぎ、筋肉質に変わったゆえに起きるパラドクス”

実は、きょうの講演主題である「多様性の活用」も、同じ問題をはらんだやっかいな問題なのではないか。終始明るいトーンで進んだ淡輪さんの話の裏には、そんなブルーなメッセージも込められているような気がしました。

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世界共通の論理を求めて 鈴木光司さん

鈴木光司さんの講演前日、4月13日に、全国の中学3年生、小学校6年生230万人余りを対象にした「全国学力テスト」が実施されました。実に43年ぶりに全国規模で実施される学力テストです。
“文壇最強の子育てパパ”として、二人のお嬢さんの育児を担ってきた鈴木さんは、教育論にも強い問題意識を持っています。講演は、この「全国学力テスト」を巡るマスコミの報道や一部意見に対する疑問提起からはじまりました。
鈴木さんは、「全国学力テスト」に関わる論議をご覧になって、「あやふやな情報や情緒に流され過ぎる」という日本人の欠点が象徴的に現れているという感想を持ったそうです。
ひとつは、「全国学力テスト」をなぜやるのか、という目的にかかわる議論がほとんどないこと。もうひとつは、「世の中は競争社会である」という暗黙の前提に縛られた強迫観念的危機感が蔓延していることです。
鈴木さんとしては、
まず「全国学力テスト」の目的を論じるべきで、「学力低下の実態データを把握する」「子ども達の指導の役立てる」という目的に照らせば、ひとり一人の学力の相対的な位置を正確に把握するという全国規模のテストは「理」にかなった試みである。
また、「世の中は競争社会である」という認識はある一面だけを強調した誤解であって、むしろ多くの人々の協力によって成り立つ「協力社会」と言ったほうが相応しいはずだ。競争社会を煽るから序列付けを反対するというのは、あまりに情動的な意見ではないだろうか。
という意見です。

鈴木さんのこの姿勢は、ご自身の信念に依拠しています。
世の中のあらゆることを、過去の習慣やあやふやな印象に影響されずに、論理的に突き詰めて考えてみること。
それが、2時間を通して、繰り返し述べられた主張でした。

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「交渉とは問題解決である」 田村次朗さん

田村次朗先生が「交渉学」と出会ったのは、20年前、米国のハーバードロースクールに留学していた時だったそうです。
「法律家になるために必要な知識を学ぶ場」であると思っていたロースクールが、「法律家になったあとに必要な知識を学ぶ場」であったことに驚くと同時に、なったあとに社会で生き残るために必要な能力のひとつに「Negotiation(交渉)」があり、それを体系的に学ぶ授業が、ロースクールの中で一番の人気講座になっていることにアカデミーショックを憶えたと言います。
帰国後、SFCや法学部で教鞭をとる一方で、交渉学が、法律家のみならず、グローバリゼーションの渦中に生きる全てのビジネスパースンに必要な知識であるという想いを強くされました。
そんな問題意識を具現化する場として、慶應MCCが開設した2001年から「交渉学」プログラムを引き受けていただき、以降足かけ7年に渡って多くの実務家に「交渉学」を教えてきました。
開設当時のMCCは、「交渉学」を含めてプログラムが、たった3つしかないという時代でした。
現在、年間70以上プログラムを開催できるまでになった慶應MCCの歴史は、田村先生の「交渉学」普及の道程と重なっており、ある種の感慨を抱きながらお話を聞いておりました。

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「人は仕事で磨かれる」 丹羽宇一郎さん

2007年前期第一回目の『夕学五十講』には伊藤忠商事の丹羽宇一郎会長が登壇されました。
経済財政諮問会議の民間議員をはじめ、数多くの公職に就く丹羽さん。「時に自分を見失いそうなになる」ほどの多忙な毎日を送っているそうです。
本日の開講時間も、政府の会議の影響を受けて、1時間遅れのスタートでした。
今朝の新聞を見たところ、17日午後は、地方分権改革推進委員会経済財政諮問会議の二つの会議に出席されていました。前者では、消費税、法人2税の地方への配分比率の見直しについて、後者の会議では、金融市場の規制緩和や国立大学への補助金の配分方法の見直しについて、それぞれ激しい議論が展開されたようです。
会議を終えて、総理官邸を出たという連絡が入ったのは19時過ぎ。丸ビルに到着するなり、走ってエレベーターに飛び乗り、演台の横の控え席に着席された時には、既に司会の開会挨拶がはじまっていました。

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