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思い込み・決めつけをやめる  金井壽宏さん・川上真史さん

キャリア、リーダーシップなど、ひとの発達に関連する組織行動を研究する金井壽宏先生と、日本におけるコンピテンシーの導入者として多くの企業の人事コンサルに関わってきた川上真史さん。
学者とコンサルタントという異なるフィールドではあるものの、二人とも日本を代表する人事の専門家と言えるだろう。
今期の最終回を飾るに相応しい、贅沢なビッグツーの揃い踏みであった。

拠って立つ基盤の違いはあっても、共に京都大学教育学部で心理学を学び、「心理学の知見を企業の組織行動、人材マネジメントに活用する」という同じアプローチを取る二人には、何かと接点が多いようだ。
今回のセッションのテーマは「いまの若者にどう向かうべきか」であった。

マスコミは、昔から世代にラベリングすることが大好きだ。ちなみに私の世代(1961年生まれ)は、「新人類世代」と呼ばれた。
今春入社してくる大卒社員を「ゆとり教育世代」と呼ぶらしい。
我ら「新人類世代」も、齢五十を目前にして、ようやく「旧人類」との融合がなったようだ。
いつのまにか大勢の一群に与して、「ゆとり教育世代」の不可解さを嘆き、接し方への戸惑いを口にする。
いつの時代も、中高年にとって、若者は「理解しづらい」対象になる。

「ゆとり教育世代って呼ぶな!」と強く主張する識者もいる。
安易なラベリングが、諸問題の要因を「社会構造の問題」から、「若者個人の問題」にすり替えてしまい、思考停止を招くことを危惧している。

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何か始める前に、何かを終える 田中・ウルヴェ・京さん

人は誰も、人生のうちに何度か、住み慣れた場所・状況を旅立ち、新しい世界・状況に向かってスタートを切ることがある。
転職、リストラ、退職などネガティブな変化はもちろん、出産、昇進、抜擢のように他者から祝福されるプラスの変化もあるだろう。
そんな時、ふっと前が見えなくなることがある。自分がわからなくなるという言い方の方がいいかもしれない。

心理学者のウィリアム・ブリッジスは、そういった心理状態を次のように描写している。

「向こう岸に辿り着こうと川岸の船着場からボートをだし、しばらく進んでふと見ると、向こう岸がなくなっているのを発見するようなものだ。そして後ろを振り返ってみると、出発した船着き場が崩れて、流れに飲み込まれるのか見える...」

ウィリアム・ブリッジス『トランジッション 人生の転機』(倉光修・小林哲郎訳 創元社)

スタートは切ってみたものの、進むことも、戻ることもできない中途半端で不安定な状態、それを心理学用語で「トランジッション」と呼ぶ。

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アスリートの「育ち方」  朝原宣治さん

ギリシャ彫刻のような肉体美を、グレーのバーズアイのダブルスーツに包んで現れた朝原宣治さん。現役時代に比べると心持ち頬がすっきりしたような気はするが、知的で甘いマスクには、ネクタイ姿もよく似合う。

日本でも、ようやくアスリートの選手寿命が長なってきたが、朝原さんはその代表の一人であろう。五輪に4回、世界選手権に6回。15年以上も代表選手の地位を守ってきた。
その努力に、天の女神が微笑を返してくれたのが、一昨年の北京五輪であった。
陸上男子400メートルリレー決勝で獲得した日本短距離史上初の銅メダル。メダルが確定した時に、バトンを天高く放り上げて、仲間の選手と抱き合った朝原さんの姿は、日本五輪史に残るであろう名場面になった。
お子さんを抱えて、歓喜の涙に頬を濡らしていた奥様(奥野史子さん:元シンクロメダリスト)の姿も感動的であった。
パートナー・オブ・ザ・イヤーに輝いたということにも頷ける。

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アメリカはどこに行く 渡辺靖さん

オバマ政権の大きな政治課題である「医療制度改革」を巡る意見対立は、国民皆保険制度を素晴らしい制度だと自負している日本人には、なんとも理解しにくい現象である。
「そこまで自立・自己責任にこだわらなくても...」と思ってしまう。
そんな不可解な部分も含めて、アメリカを理解するうえで欠かせない二冊の古典があることを渡辺先生は教えてくれる。

『ザ・フェデラリスト』A.ハミルトン , J.ジェイ , J.マディソン(岩波文庫)
『アメリカのデモクラシー』トクヴィル(岩波文庫)
の二冊である。
前者は、アメリカ建国のファインディング・ファーザー達が高らかに謳いあげた「実験国家への設計図」であり、後者はフランスの若き政治学者トクヴィルが観察した活力に満ちた草創期アメリカ社会の描写である。
そこには、国家を設計する立場、国家を構成する市民の立場、それぞれの立場から、アメリカの自由と民主主義へのこだわり、アメリカンドリーム賛歌がみられるという。

全ては、自分達から始める。自分達の手で創り上げる。

そんな草の根民主主義への強いこだわりがよく理解できるという。

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『坂の上の雲』を見ようとしない現代人 ロバート・キャンベルさん

昨年末に放映されたNHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』は、司馬遼太郎の同名作品を原作としている。この本が司馬の代表作として高く評価されてきた理由のひとつにタイトルの妙があげられるだろう。
明治の日本は、ただひたすらに坂を駆け上っていた。彼らが見据えていたのは、眼前の到達点である「坂の頂」ではなく、その遥か向こう、大空に浮かぶ一筋の雲ではなかったのか。明治の日本と日本人を愛する司馬ならではの分析視点であった。

坂の向こうに漂う雲に擬えていたのは、生まれたばかりの小国日本の行く末であり、世界における日本の位相であった。
ロバート・キャンベル先生は、これをして「時間・空間認識」と呼び、この時代の日本人が持っていた認識スケールの大きさを指摘する。

ちなみにキャンベル先生の名をお茶の間に知らしめたのは、テレビ朝日の人気クイズ番組『Qさま』である。
キャンベル先生は、『Qさま』が、現代日本の特性をよく表しているという。
知識・情報がブツ切りで積み上げられている。ひとつひとつの知識は高度であっても、ブツ切りである以上は、いくら積み上げても完成型に至らない。
そこには、抽象的ではあっても、ある概念を作りあげようというモデルが存在しない。
「時間・空間」の認識の仕方そのものが、大きく異なっているというのだ。

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無駄とは何か 西成克裕さん

「無駄学」という実にキャッチーな研究テーマを提唱し、数理物理学の知見をベースに無駄の科学的解明に取り組んでいる西成先生。
西成先生によれば、「無駄学」の本質に関わる部分を象徴する現象を、事業仕分けの「次世代スパコン」論議に見ることが出来るという。
つまり無駄を巡る議論には、必ず「対立」「反論」がつきまとうという現実である。

「なぜ世界一なのか? 二番だとダメなのか?」

簡潔な問題意識で突っ込んだ蓮舫議員の主張に対して、あるノーベル賞受賞科学者は反論した。

「世界一を目指すことに意味がある。二番で良いとなったら、三番にもなれない」

「次世代スパコン」が無駄か否かをめぐる両者の議論には、拠って立つ世界、見ているところの違いによって、大きなズレが生じていた。
独自開発することの費用対効果を問題視する仕分け側と独自開発を進めることで科学技術立国を担う優秀な人材が育つのだとする科学者達の議論は、「次世代スパコン」を語りながらも、見ているものが大きく異なっていることに気づいた人も多かったのではないか。

こういう現象がなぜ発生してしまうのかを解明することが、西成先生の「無駄学」の本質である。

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感情移入できるロボットを作る 高橋智隆さん

10年程前、ヒューマノイド型ロボット ホンダのASIMOの登場は、ロボット新時代の到来として、大いに話題になった。
個人的には、ASIMOの歩き方を見て、「何か不自然だなぁ」といつも感じていた。膝を折り、忍者走りのような姿勢で歩くからだ。
その頃、まったく同じ違和感を抱いている青年が京都にいた。
立命館大を卒業後、改めて京大工学部に入り直したばかりの高橋智隆氏である。
幼い頃からモノ作りが好きで、凝り性でもあった高橋さんは、ASIMOの上をいく画期的なロボットを、自分一人で作ってしまう。膝を折って歩行する不自然さを解消する、電磁吸着2足歩行という新技術を開発したのだ。
全身を黒くに塗ったことから「クロイノ」と命名されたそのロボットは、数々の発明・アイデアコンテストに軒並み優勝し、話題となった。
折からブーム化の様相を呈していた大学発ベンチャーの波に乗り、大学の薦めもあって、特許出願、ロボットベンチャー起業へと、トントン拍子に道が開けていったという。

少年時代、「鉄腕アトム」に憧れていた高橋少年は、アトムそのものよりも、アトムを作る側に、強く惹かれた。
バス釣りのルアーを手作りするような感覚で、木型を削り、プラスチックカバーを作る。
モーターやネジも、自分のデザインイメージに合うものを手作りしたり、加工した。デザインや色彩にもこだわった。
そこには、量産、標準化という言葉は存在しない。
作りたいものを、作りたいように作る。 それが全ての原点である。

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「意味」=「苦悩」+「希望」  福島智さん

きょうのブログは、福島先生が講演の後半で紹介されたヴィクトール・フランクルの言葉から始めたい。
ウィーン生まれの精神科医で、ユダヤ人でもあったフランクルは、ナチスの強制収容所に送られ、奇跡的に生還するという体験をした。
彼は自らの悲惨な経験を踏まえて、下記の図式を示しているという。

「絶望」=「苦悩」-「意味」

「苦悩」と「絶望」は同じではない、どんな「苦悩」にも必ず意味があり、その意味が失われた時に、「苦悩」は「絶望」となることを示している。
福島先生は、次のように言う。
「意味」を左辺に移行して、「絶望」を右辺に動かす。更に「絶望」の代わりに反対語である「希望」を足せば、図式は新たな展望を示しくれる。

「意味」=「苦悩」+「希望」

「苦悩」の中に「希望」を抱くこと、そこに人生の意味があると....。

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「私は、ちゃんと仕事をした」 井村雅代さん

「シンクロの井村雅代が中国チームのコーチを引き受けた」
このニュースは、ちょっとした驚きをもって人々に受け止められた。
アテネ五輪では立花美哉、武田美保を擁して、デュエット・団体の両方で銀メダルに輝き、花道を飾って勇退したとばかり思っていただけに、私達が「なぜ?」という思いを持ったのは自然のことであったろう。
しかし、その後のマスコミや日本水連の対応は、明らかに悪意に満ちていたのではないか。
「国賊」という死語さえも闊歩した。
欧米の強豪国や弱小の新興国であれば、ここまでの非難は起きなかったであろう。あらゆる分野において、日本にとっての脅威論が叫ばれていた中国が相手であったことが刺激を増す結果になった。
数年前、上海や北京の高級ホテルの週末は、初老の日本人男性で占拠されているという噂を聞いたことがある。定年間近の日本人エンジニアが、アルバイト代わりにノウハウを伝授しているというのだ。
事の真偽は知らないが、井村さんの中国行きが、同じ文脈で「ノウハウ流出」と受け止められてしまった。

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本の救世主 幅允孝さん

「出版は構造不況業種になった」という業界人の声を聞くことが増えた。
出版数は増えても販売数は増えない。膨大な新刊と売れ残りが出版社・仲卸・書店を行き来しているそうだ。
そんな悩める本業界に出現した救世主が、ブックディレクターの幅允孝さんではないだろうか。
本だけは「お小遣い別会計」という恵まれた環境で育った幅さんは、幼い頃から無類の本好きである。今では、月に40~50万円を本の購入代に費やすとのこと。しかも全て自腹である。

ブックディレクターとしての幅さんの立ち位置は明解である。

「自分の好きな本を共有したいと願うこと」

本が大好きな人間として、美味しいものをいろいろな人に知ってもらいたいように、好きな本を多くの人と分かち合いたいというのが根源欲求になっている。そのための、人と本の出会いの場をプロデュースするのが、幅さんの仕事ということになる。

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大人の役割  重松清さん

子供時代を経ずに大人になった人間はいない。だから、誰もが教育評論家になりえる。経験に基づいた「持論」や「物語」を語ることができる。
重松さんによれば、それは、子供の実像を見失い兼ねない危険なアプローチである。
誰もが語ることが出来るからこそやっかいなのだ。

「持論」「物語」を語ることが効果的なのは、それを聞く側にレディネス(学習者の準備性)が整い、その意味するところを解釈する力が備わっているという前提が必要だ。
教育において、大人が「持論」を語る時には、総じてこの前提の有無が無視される。親が子供に「お父さんの子供の頃は...」という話を繰り出す時は、特にそうだ。
聞きたくもない話、聞いても分からない話を、無理矢理聞かされるほど、鬱陶しいことはない。
ところが、多くの親は、「持論」を語るカタルシスに酔ってしまう。私も含めて...

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「私」という困難  南直哉さん

今年の春、南直哉さんが主宰されている『仏教・私流』という講話を聞いた。
若手僧侶や仏教研究者、仏教に関心を持つ方々を対象に、月に一度程度開かれている連続講義である。専門家向けの内容なので、仏教知識のない私には、三分の一程度しか理解できなかったが、その中で非常に印象に残るフレーズがあった。

「宗教は人間の幸せをもたらすものではない。苦悩に耐える力をもたらすものである」

この言葉を聞いた時、是非、夕学にお呼びしようと決めた。


大きなカバンを提げて会場に現れた南さんは、「ちょっと着替えさせてください」と断って作務衣を脱ぎ、黒い袈裟をまとわれた。
180センチを越える長身で、八頭身。ご本人が志したならば、ファッションモデルになれたに違いない。
鋭い眼光と弁舌の切れは、「恐山の論僧」の異名がよく似合う。

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難き道を行く  坂東三津五郎さん

坂東三津五郎さんには三つの顔がある。
江戸中期から続く大名跡 坂東三津五郎(大和屋)の十代目
江戸三座に数えられた芝居小屋守田座の座元 守田家の血筋を引く御曹司
日本舞踊の名門 坂東流の家元

歌舞伎界でありながら、成り立ちや性格の異なる三つの立場を、一身にして背負うことを義務づけられた宿命は、三津五郎さんの芸域を広げ、役者としての深みを醸し、人間として魅力に繋がったのではないだろうか。

江戸時代の歌舞伎人にあって、座元というのは、名字帯刀を許された一段格上の身分であった。「旦那、ご新造」という夫婦を指す尊称も、歌舞伎では座元の家柄だけに許された名称で、団十郎や菊五郎といった大名跡であっても役者筋は、「親方・女将さん」と呼ばれたとのこと。
三津五郎さんの曾祖母である七世三津五郎夫人は、座元の家筋であることを誇りに持ち、「江戸が冷凍パックされた」(三津五郎さん談)生活を守りながら、幼少の三津五郎さんに「江戸の粋」を伝え残したという。

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語らないことで、語る  西水美恵子さん

夕学にも登壇いただいたことがある東洋思想家の田口佳史さんは、東洋文化の真髄を「見えないものを見る、聞こえないものを聞く」ことだとし、その代表例として長谷川等伯の『松林図』を紹介してくれた。
「朧なる松林以外になにも描かないことで、等伯の故郷 能登の冬景色を描いた」とされる傑作である。

『松林図』になぞらえれば、西水美恵子さんの講演は、「語らないことで語る」といえるだろう。
噛みしめるように発する静かな言葉と長い間。沈黙には、人間の集中力を研ぎ澄ます効果があることを、改めて認識させてくれるものだ。会場はシーンと静まりかえりながら、次の言葉を聞き漏らすまいと耳を凝らす。独特の緊張感が漂いはじめる。

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正しい努力を積み重ねる! 小宮一慶さん

15社の経営顧問と200回/年の講演をこなし、年に4~5冊の本を出しているスーパーコンサルタントの小宮一慶さん。
きっと何かの極意を身につけているはずである。それは何かを考えてみる。

小宮さんの言葉を借りていえば、「正しい努力を、積み重ねていること」ではないか。
「普遍の真理・原理を、繰り返し説くこと」とも言えるかも知れない。
シンプルで分かり易い。それでいて深い。聴く人の言葉で、時代の文脈に載せて伝えてくれる講演であった。

予定を15分オーバーした1時間45分の講演であったが、講演内容は、『社長力養成講座』の冒頭33ページ分、取り上げたテーマは「3つ」であった。
文字を目と頭で追うだけであれば10分で済むコンテンツでありながら、2時間の講演で満腹に近い満足感を与えることができる。
これも小宮さんの言葉を借りれば「頭で理解するのではなく、ハートで受け止める」講演であった証左であろう。
2時間の講演で、人間がハートで受け止め、持ち帰ることができる内容は「3つ」が限界であることを見極めているとも言える。

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「直滑降」という生き方 山本一太さん

夕学の企画と依頼は、毎年6月~7月、12月~1月に行っている。
現在開講中の夕学の企画を練っていた6月時点で、すでに政権交代の可能性はかなり高いとされていた。
歴史に残る大転換期に、当事者として赤絨毯の上を歩いている現職国会議員を、是非夕学にお呼びしたい。そう思った。
与党の立場で発言が慎重になるであろう民主党議員は避けたい。そこで、候補として頭に浮かんだのは3人。
加藤紘一氏、渡辺喜美氏(自民党ではありませんが...)、そして山本一太さんであった。
その中で、躊躇なく第一候補でお願いしたのが一太さんであった。(親愛を込めて、そう呼ばせていただきます)
「気分は直滑降」ブログを毎日読んでいたからである。

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科学の伝導師 鎌田浩毅さん

真紅のレザージャケット、赤い刺繍が入ったジーンズ、真っ赤なローファー。
火山のマグマをイメージしたという衝撃的な装いで登場した鎌田浩毅先生。年間ボーナスの全額をファッションに注ぎ込むとのこと。
ただのお洒落な大学教授ではない。奇抜な服装も、明確な人生戦略に則ったセルフ・プロデューシングにひとつだという。
火山学者としての鎌田先生の人生戦略は、「オンリーワン」を目指すことである。
富士山のてっぺんを目指すのではなく、誰も登らない未踏の山を探し出し、一番乗りを果たすことにある。
筑駒から東大、通産省というキャリアの表面だけを見ると典型的なエリートのように見えるが、鎌田先生は、「周囲の人とは違う道を歩く」人生のようである。
東大理学部で地質学を専攻するものの科学に失望した。「自分は科学者には向いていない」とあきらめて、大学院に進まず、技官官僚の道を選び、通産省管轄の研究所に入所する。
配属後、調査に訪れた阿蘇で出会った先輩が、科学を分かり易く、相手の興味を喚起するように解説する姿を見て、火山への関心が呼び覚まされ、論文博士を目指そうと決めた。

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「未知との遭遇」に向けて

25年前、サンデー毎日が「大追跡!日本にピラミッドがあった!?」という大キャンペーンを組んだことを記憶している人は、一握りの好事家だけであろう。
ピラミッドと言っても、エジプトやマヤ遺跡とは異なる。人為的に加工された巨石遺構や祭祀遺跡など、学術的には黙殺されてきた謎の巨石文化が、古代日本にもあったのではないか。その謎を解明しようという特集であった。
トンデモ本やオカルト雑誌ならいざ知らず、全国紙が発刊する由緒正しい週刊誌の特集とあって、当時はかなり話題になった。
当時の編集長は、現政治評論家の岩見隆夫氏で、このキャンペーンのキャップを務めていたのが岸井茂格さんであった。
実は、当時、私は立命館大学の古代史探検部という、これまた怪しげな名前のサークルに所属しており、学園祭の目玉企画として、サンデー毎日ピラミッド特集の記者を招聘しての講演会を企てた。
依頼を快諾した岩見編集長は、岸井さんと茂木さんという二人の記者を送ってくれ、講演は大盛況であった。
この縁で、我々の活動に関心を持ってくれた岸井さんは、一ヵ月後に、飛騨高山にある位山という巨石群の調査に、一緒に行かないかと我々を誘ってくれた。
岸井さんは、その頃40代前半だったと思うが、ヒゲがよく似合う精悍な表情とロマンスグレーのヘアスタイルは、現在と同じではなかっただろうか。

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グローバル・ビッグイシューに舵を取れ! 一條和生さん

20世紀は米国の世紀だったと言われる。
その代表選手を挙げよと言われれば、GM、IBM、GEの三社であることに異論はないだろう。
調べてみると、三社は、20世紀開始の号砲に呼応するかのように1900年前後に、相次いで設立されている。この100年間の米国の隆盛を体現してきた企業と言えるだろう。
今回の経済危機が「100年に一度」と呼ぶに値する大変革であることは、三社のうち最も巨大であったGMが、創業101年目の今年、事実上の倒産に追い込まれたという事実がなによりの論拠となる。
一方で、IBM、GEは、何度かの危機を乗り越え、今も世界有数優良企業として繁栄している。
GMとIBM・GEを分けたものは何だったのか。
一條先生は、「イノベーション(創造的破壊)」の有無であったと喝破する。

60年前、当時34歳だった新進気鋭の経営学者ピーター・ドラッカーは、GM成功の鍵が、徹底した分権化にあったことを明らかにした。GMに近代組織マネジメントの理想的姿を見たのだ。
しかし、GMは、同時に発せられたドラッカーの忠告を無視し、更なる「イノベーション(創造的破壊)」への道を閉ざし、成功パターンの踏襲に固執してしまった。

IBM、GEは違った。
彼らは、度重なる危機の度に、事業ドメインを大胆に変換することを厭わなかった。IBMは、電子計算機から大型汎用コンピューター、更にはITソフトサービス産業へと変貌を遂げた。
GEは、ジャック・ウェルチのもとで、無機的成長戦略に挑戦し、家電メーカーから、金融を核とした総合ビジネスへと舵取りを切り、いまは、ジェフ・イメルトの指導で、まったく違う企業へと生まれ変わろうとしている。
両者に共通するのは、絶えざる「イノベーション」に他ならない。

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「これだ!」「いける!」「すごい!」という感覚 石井淳蔵さん

少し長くなるが、慶應MCCの話をさせてもらいたい。石井先生の「ビジネス・インサイト」を聴いて、「あのことだ!」と気づいた“創造的瞬間”があったからである。

慶應MCCが開設されたのは、2001年春である。立ち上がりまもなくの時期に、多少の混乱があって、コンセプトそのものから再構築する必要を迫られた。
「慶應MCCとは如何なるものか」について、皆で議論を重ねた。

・慶應ブランドを前面に打ち出し、30万人の卒業生ネットワークに訴求する。
・社会ニーズに適応したタイムリーな講座を、一流の講師陣で展開する。
・東京駅前・丸の内という立地にこそ競争力がある。 etc...
いずれも、もっともなことで、実際に、いまも謳っている「強み」ではあるが、誰もが思いつきそうなことでもある。

世の中にはアンチ慶應も多いし、慶應の卒業生以外に対しても広く門戸を開きたい。
慶應の教員といえども、専任契約をしているわけではないので、同じ先生が他の社会人講座で教えることだってありうる。
当時は、丸の内や八重洲には、次々と大学のサテライト拠点が出来つつあった。

ブランドでも、講師陣でも、立地でもないところ。いままでの社会人教育の常識では見逃していたところに競争優位があるのではないか、とあれこれと考えるうちに、「自分たち自身がなすべき役割にこそ鍵がある」と気づいた。
そこで生まれたのが「ラーニングファシリテーター」という概念である。

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肌感覚で潮目を読む 御立尚資さん

私達は有史以来さまざまな「変化」に遭遇してきたが、「変化」が、一過性の「波動」に終わるのか、大きな「潮流」につながっていくのかを峻別していくのは、次の3つの次元で、「変化」が同時or連続して起きることが条件になるのではないだろうか。

・物理的・行動的な変化=目に見える「モノ・コト」が変わること。
・心理的・内面的な変化=目には見えない「こころ」が変わること。
・知的・概念的な変化=人々の「モノの見方・考え方」が変わること。

御立さんは、ルネサンスは、「波動」ではなく、「潮流」の変化だったと見ている。
上記の考え方で整理すれば、次のようになる。
15世紀半ば、オスマントルコの侵攻により1000年続いたローマ帝国の歴史が終焉した。一方で、貿易の進展により、地方領主や貴族には富の蓄積が進んでいた。これが、「モノ・コト」の変化である。
ローマ帝国の完全滅亡は、欧州の人々に、栄光の時代ギリシャ・ローマへの原点回帰の精神を高揚させた。これは、「こころ」の変化である。
「こころ」の変化は、芸術の分野で顕著に表出し、ギリシャ・ローマの特徴であった「リアリズム」への追究が試みられた。美の観念・価値観が変わった。これが「モノの見方・考え方」の変化である。

日本の明治維新も「潮流」の変化だったと御立さんは言う。
ペリー来航という「モノ・コト」の変化は、人々の間に強烈な危機感という「こころ」の変化をもたらし、尊王攘夷、開国討幕という変遷を経て、やがて富国強兵という明治の国家観=「モノの見方・考え方」に結実していった。

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絶望の反対はユーモアだと思う 玄田有史さん

玄田先生の出世作とされるのは、8年前に著された『仕事の中の曖昧な不安』である。

「働くこと」について、曖昧な不安がうず巻いている。何が原因なのか、一体何がどうなるのか、よくわからない。曖昧な不安とはそういうものである・・・

ニートやフリーター、若者のうつ病、自殺などが社会問題化されはじめた頃、それらの問題の深層に漂う不安感と状況を「曖昧」という言葉を使って表現してみせた。
「曖昧」であることが問題なのではない。「曖昧」に耐えられなくなっていることが問題なのだと。

きょうの講演テーマ、「希望」という言葉にも「曖昧」があるという。
玄田先生が紹介した、ある外資系大企業での事例。
期待されながらも辞めていく女性社員に「なぜ辞めたのか」を聞いてみると、二通りの理由に分かれた。

「このまま続けていても先が見えない」
「この会社で働くことの先が見えてしまった」

「先が見えない」と「先が見えてしまった」、まったく対称的な理由で会社に希望が持てなくなったとすれば、果たして「希望」はどこにあるのだろうか。

「先が見えない中でのかすかな光」「先が見えたと思った仕事でみつけた些細な発見」
「先が見えない」と「先が見えてしまった」の挾間にある「曖昧」な感覚の中にこそ、希望があるのではないか。
玄田先生は、そう考えている。

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「右か、左か」 沢木耕太郎さん

20年程前にも、沢木耕太郎さんの講演を聴いたことがある。
新聞の告知欄に載った小さな記事を見つけ、小躍りして出かけたものだ。

「沢木耕太郎の素顔を見ることができる。肉声を聴くことができる。」

沢木ファンにとっては、絶対に見逃せない機会だと思った。
当時から、テレビに出ることや雑誌・新聞のインタビューに応じることが一切なかったからだ。

話は、亡くなったばかりの色川武大(阿佐田哲也)さんにまつわるものだった。
純文学の色川武大と麻雀小説の阿佐田哲也。二つの名前を使い分けた無頼派作家である。
沢木さんは、色川さんの知り合いの中で、「最も若くて、まっとうな友人」だと言われていたという話、ギャンブルの神様と言われた色川さんの話を理解するために、教則本を熟読して麻雀を憶え、色川さんから呆れられたという逸話などを、思いつくままに披露してくれた記憶がある。

「博打的人生」という今回の講演タイトル見て、20年前の講演を思い出した。

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「動的平衡」という生き方 小黒一三さん&福岡伸一さん

福岡伸一さんのベストセラー『生物と無生物のあいだ』は、アンサング・ヒーローズ(unsung heroes)、「歌われることのなかったヒーロー達」の物語である。

生命科学の分野で、今世紀最大の偉業と謳われるのが、ジェームス・ワトソンとフランシス・クリックによる「DNAの二重ラセン構造」の発見であった。
彼らの発見は、生命が自らの中に、自己を複製する機能をもった、25,000種の遺伝子からなる高性能コピーマシンであることを証明した。
ワトソンとクリックは、紛れもないサング・ヒーローズ(sung heroes)、称賛されるヒーローであった。

『生物と無生物のあいだ』は、二人のヒーローの陰で、結果的に彼らの研究を下支えすることになったにもかかわらず、陽の目を見ることのなかった何人かの科学者の人生を、福岡さん特有の美しい文章で詳述している。
ワトソンとクリックの発見が、アルプス登頂の偉業だとすれば、山の裾野で藪を刈り、道を拓いた名もなき人々の作業に、温かい眼差しを向けるように。

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「神秘」を「理論」に転換する 佐藤勝彦さん

宇宙に関連する今年最大の話題は、先週の「皆既日食」でしょう。
アジアを中心に、おそらく何億人という人々が、空を見上げ、真昼の太陽が陰っていく光景を見つめていたのではないでしょうか。
有史以来、人類は「皆既日食」に何度遭遇してきたのかは知りませんが、中国やメソポタミアでは、2500年以上前の記録に、その不可思議な現象が記されているといいます。
日本では、記紀にある「天岩戸隠れ神話」が、古代人の「皆既日食」体験をモチーフにしているのではないかと推定されていることはご承知の通りです。
古今東西、宇宙の営みは、壮大なる神の力を感じさせる「神秘」の対象とされてきました。
佐藤先生のお話を聞くと、近代の宇宙論研究は、宇宙創生という「神秘」を科学の英知を使って解き明かし、「理論」に転換していく長い道のりであったことがよくわかりました。

近代宇宙論は、100年前、アインシュタインからはじまったと言います。
時間・空間と物質・エネルギーの関係性を方程式化した「相対性理論」の登場によって、「そもそも宇宙とはいったい何なのか」を科学的に研究することが可能になりました。
当時、アインシュタインは、宇宙は永遠不変の静的な存在であると信じていました。

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昭和史の聞き取り部として 保阪正康さん

「その時、あなたはどう思いましたか」

昭和史をフィールドにして、4000人余の人々に聞き書きを行ってきた保阪正康さんは、その問いかけを繰り返してきたと言います。
返答を聞きながら、相手の体験を共有化し、自分がその場に生きていたらどうしたかを、今度は自らに問う。
それが、保阪さんの歴史との向き合い方です。
歴史の語り部ならぬ「聞き取り部」と言ったところでしょうか。昭和史の当事者の話を「聞き取る」ことで、歴史を残していこうとする職人肌の歴史家という印象を持ちました。

保阪さんは、昭和という時代を3つに区分しています。
・前期:昭和元年~20年までの「戦争期」
・中期:20年~27年までの「占領期」
・後期:27年から64年までの「復興・発展期」
昭和という時代は、3つの区分毎に、着る服(制度やシステム)を大きく変えました。
外見は劇的には変わったが、では、中身(精神)はどうだったのか。
それは、3つの時代を象徴するリーダーの人間像を分析することで見えてくると保阪さんは言います。
前期のリーダーは、東条英機であり、彼が目指したものは、軍事国家体制でした。
中期を象徴するリーダーは、吉田茂であり、彼が心血を注いだのは外交(対米・対GHQ)交渉でした。
後期を代表するのは田中角栄であり、彼が体現したのは、経済(金)が幸福を決めるという価値観でした。
言わば、一身三世とでも言い得るように、昭和という時代は、外見と中身を変化させていったわけです。
ちなみに、3人のリーダーの共通点を探してみると「ムショ暮らし」が上げられるとのこと。東条はAQ戦犯として巣鴨プリズンに収監され、吉田は、親米危険思想の持ち主として戦争末期に官憲に捕らえられ、田中は二度の疑獄事件を起こしました。
3人の監獄経験は、3つの顔を変幻させてきた昭和という時代に、縦串を通す意味を持つ「軸」に関係しています。「アメリカ」という軸です。
「昭和史は、アメリカを抜きにしては語ることは出来ない」
と保阪さんは言います。
日本は、アメリカと敵対し、降伏し、支配を受け、同盟を結び、市場とする、ことで昭和という時代を歩んできました。
その結果として、「アメリカと不即不離の関係でいることがよい」という現代に繋がる価値観が形成されていったと言います。

昭和を貫くもう一つの軸が、「天皇」であると保阪さんは見ています。
大日本帝国憲法下の国民は、天皇の臣民でありました。
日本国憲法下の国民は、天皇を象徴として掲げる主権者です。
天皇と国民の関係の劇的変化が起きたわけですが、不可思議なのは、その変化を、天皇自身が積極的に受け入れ、推進していった点にあります。
天皇は、なぜかくも鮮やかにチェンジできたのか。彼の内面に何があったのか。保阪さんは、天皇が残した短歌、側近のメモ、記者会見記録をつぶさに読み解くことで、天皇分析を試みました。

その結果、天皇とアメリカという昭和を貫く二軸の交差点に行き着きました。昭和20年の秋に行われた「天皇-マッカーサー会談」です。
「この会談は、二人の目には見えない戦いではなかったか」
保阪さんは、そう分析しています。
天皇は、不本意な戦争を防ぐことが出来なかったという慚愧の念を内に抱えつつも、今度こそ身を挺して日本を守ろうという使命感を秘めて会談を希望しました。
マッカーサーは、日本の占領政策を成功させることで、間接型統治のモデルを完成させ、大統領選へと繋げたいという野心を胸に会談を受け入れました。
二人の会談で、どんな会話が交わされたのかは、今もって全てが明らかにされたわけではありませんが、行き着いた先にあったのが「天皇制下の民主主義体制」という選択でした。

「天皇制下の民主主義体制」を実現するために、天皇は自らがその体現者として積極的に関わっていった。それが「二人の約束」だった。
保阪さんはそう見ているそうです。

昭和という時代は、「戦争」、「占領」、「復興・発展」という3つの衣装を着替えながら、外見とともに中身を変えることで続いていきました。
一方で、その変化に大きな影響を与えた「アメリカ」と「天皇」という二つの軸は、敵対から共生へと関係性を変えつつも、昭和という時代を支え続けました。

昭和史の「聞き取り部」保阪正康さんが、一番聞き取りをしたかったのは、昭和天皇とマッカーサーだったのではないでしょうか。
「その時、あなたはどう思いましたか」
二人に、そう語りかける保阪さんをイメージした夜でした。

史実とフィクションのあいだ 山本博文さん

私は、歴史(特に日本史)が好きで、大河ドラマを毎週見ています。
家族と一緒に大河を見ていて一番困る(というか返答に窮する)のが、「これって本当なの?」という質問です。
例えば、現在の『天地人』であれば、「直江兼継ってイケメンだったの?」とか、「秀吉はお化粧していたんだ」という類のものです。
なぜなら、そういうことを聞かれても、自信を持って、「これは本当」「これは作り話」と言えないことがおおいのです。所詮、素人の歴史好き程度の人間は、歴史小説の読み過ぎで、さまざまなバイアスがかかっており、史実か否かという点について怪しげなものです。
司馬遼太郎を批判的に評価する人は、彼の小説があまりに広く読まれ、影響力を持ってしまったので、彼がイメージを膨らませて著した人物や事件が史実と混同され、歴史認識を固定化してしまったと言います。

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苦しみに向き合うこと 上田紀行さん

春風亭小朝師匠が従兄弟、奥様がNHKの武内陶子アナ、という「しゃべりのプロ」に「縁起」のある上田紀行先生。
ご本人も、負けず劣らず弁舌は滑らかで、随所にジョークを散りばめながら、湧き出るような知識と想いを語っていただきました。

20年以上前、スリランカの「悪魔払い」のフィールドワークの知見から「癒し」の重要性を提唱し、「癒しの上田さん」と呼ばれたこともあるそうです。
ただ、上田先生の主張する「癒し」は、アロマや温泉・マッサージなどのグッズ・体験に偏った「癒し」ブームのそれ(上田先生曰く「小さな癒し」)ではなく、「大きな癒し」とのこと。
「大きな癒し」とは、きょうの講演主題である。「生きる意味」「仏教の役割」に直結するこころの根本に働きかけることでありました。

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覆いを取り去ること  なかにし礼さん

歌謡曲の黄金時代があったとすれば、それは1960年代後半から80年頃までの十数年間になるのではないでしょうか。
私はその時代を小学生から二十歳までの多感な時期に過ごしたので、あの頃の歌謡曲の隆盛をよく知っています。日本レコード大賞に、いまとは比較しようもないほどの権威があり、他局を含めた年末の賞レースは、芸能界の一大イベントでありました。
その年のレコ大の受賞曲は、子供から老人まで、誰もが口ずさむことが出来ました。
今にして思えば、あの頃の主役は、歌い手よりも作り手だったのかもしれません。
なかにし礼さんはもちろんのこと、船村徹、阿久悠、山口洋子、平尾昌晃、三木たかしetc、作詞家、作曲家の名前が次々と出てきます。
歌が時代と共に、そして大衆と共にあった時代でした。

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「合気道」的な仕事術

ピンクのパーカーにショートパンツ,白い野球帽にビーチサンダル。
およそ丸の内に似つかわしくない装いで現れた箭内道彦さん。
「こんな格好でスイマセンね」とペコペコと頭を下げながら、何を言っても、何をやっても許されそうな「脱力系」のオーラを発散させて会場を見回します。
自らの広告作品を紹介しながら、裏話で聴衆の笑いを誘因し、少しずつ会場の力を自分に引き込んでいく。自分に不似合いな場も、その不似合いさを力にして変えていく。
箭内さんの「合気道」的な仕事術の一端を見たような講演でありました。

箭内さんのいう「合気道」とは、相手の力を受け止め、その力を使って作品を創り出すことだそうです。
とかく個性や独創性で勝負しがちなクリエイターですが、逆にその個性が邪魔をして周囲と軋轢を生み、そのストレスがクリエイターのやる気喪失に繋がることもままあるとか。
そんな現場を数多く見てきて、自分自身も力を発揮する場を与えてもらえずに悶々とする日々を何年間も過ごしてきた箭内さんが、苦労の末に辿り着いた到達点が「合気道」的な仕事術でした。

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何のための「No」かを忘れないこと 森田汐生さん

アサーティブネス(Assertiveness)は「自己主張する」ことと訳されます。
日本語の「自己主張」という言葉は、エゴや自分勝手といったマイナスの文脈で語られることもあり、奥ゆかしさを旨とする日本人には、必ずしも良いイメージのある言葉ではありません。
しかし、アサーティブネスであることは、自分の意見を押し通すこととは異なり、むしろ相手との建設的で継続的な関係づくりを前提とします。
相手の権利や感情を損なうことなく、自分の要求や言いたいことを、誠実に、率直に、上手に伝えること。それがアサーティブネスだそうです。

アサーティブネスは、「アサーション」と呼ばれることもあります。個人的には、20年近く前に、「アサーション」という概念を耳にしておりました。
控室で森田さんにお聞きした話をもとに、少し調べてみると、アサーティブネス・アサーションの歴史は下記のようになるようです。

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自分の言葉で語る強さ  漆紫穂子さん

いま、日本で一番のリーダーシップ育成機関であるISLの創設者&代表で、夕学にも登壇いただいたことのある野田智義さんは、リーダーシップを旅に擬えて次ぎのように語ります。

村のはずれに不気味な沼地がどこまでも広がっていて、周囲を暗い森が囲んでいる。村には「この沼を渡るな、沼を渡って戻ってきた者は誰もいない」という言い伝えがある。 しかし目を凝らしてみると、沼の向こうにほのかに明るい光が見えるような気がする。豊かな草原と青い空が待っているように思える。 不安や恐れに包まれながらも、沼の向こうに広がる素晴らしい世界を信じて、じめじめとした暗い沼地を歩き続けること。それがリーダーシップの旅である。

旅の一歩を踏み出すのはリーダーの仕事です。
はっきりとは見えない希望を信じて、暗闇の沼地に足を踏み入れること。つまり「はじめの一人になる」人が、はじめてリーダーに名乗りを上げることが出来ます。
冷たい水。引き込まれるような恐怖。不気味な静けさ。それを打ち消して、はじめの一人になり、ふと気づいて振り返ったら、何人かの人々が付いてきていた。それがリーダーシップの旅のはじまりです。

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株式会社とは、資本市場を使いこなせる会社制度である 上村達男さん

小泉構造改革の時代、ホリエモンや村上ファンドが颯爽と登場し社会の注目を一身に集めていた頃、アカデミックな立場から反市場・反規制緩和の論陣を張っていた上村達男教授。
当時は、守旧派の代表として孤軍奮闘という印象でしたが、時代の風は大きく変わり、いまや、上村先生の主張が世の中の主流になりつつあるような観があります。

「どんなに分かり易く話そうと思っても難しいのが法学者の話です」
という前置き通り? 多岐細部に渡る上村先生のお話は、私の知識では上手くまとめることができません。そこで、思い切って大づかみで理解した私なりの解釈を書くことにいたします。

「株式会社とは、資本市場を使いこなせる会社制度である」
上村先生は、そう定義します。
法律的には、あたかもひとつの人格をもった個人として扱われる会社という「法人」が、有限責任のもとに「市場」からお金を集め、自由な競争の中で切磋琢磨しながら、社会のニーズに応える活動をするための最も効率的な道具であり手段が、株式会社の本質であります。
いわば、「法人」と「市場」という二つの要素の高度結合体が株式会社制度ということになります。

ところが、上村先生によれば、この「法人」と「市場」に対する基本的な考え方の違いが、株式会社の性格を大きく変えていると言います。
なぜならば、「法人」と「市場」は、人間の「個」の意義を削減させる二大危険要素であるからとのこと。
国家や社会の権威に対して個人の権利と自由を尊重するに際して、「法人」と「市場」は、そのパワーの裏返しとして、マイナスの働きをする性質を持っているそうです。

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「目利き・聞き耳・死神」の消費行動 清水聰さん

ネットワークメディアの発展が、消費者間に情報格差を生み出していると言われています。従来型のマス媒体に頼るだけの受け身型の消費者と、ネットを活用して積極的な情報探索を行う能動型の消費者の差が顕著になったという見解です。
消費者間情報格差の拡大は、マーケティングの変化を促し、電通が提唱する「AISAS」やインフルエンサーへの着目論などが生まれました。
特に、能動型の消費者の場合は、購入後にブログ等で情報発信をする機会が多いので、企業の対応も「いかに売るか」から「いかに消費者と継続的コミュニケーションを取るか」に変わってきました。
夕学でも、KBSの井上哲浩先生の「オーガニックマーケティング」の考え方を紹介しました。

清水先生は、更にもう一歩突っ込んで、情報感度の高い人だけでなく、情報感度の低い人も活かせないかと考えました。言わば「逆張りの発想」です。
こうして生まれたのが、「目利き・聞き耳・死神」の研究です。

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ゴリラを通して人間を考える 山極寿一さん

京都大学の生態学・人類学研究は、サル学研究の創始者と言われる今西錦司氏をはじめとして、「照葉樹林文化論」を提唱した上山春平氏や、「文明の生態史観」というユニークな文明論を論じた梅棹忠夫氏など、日経新聞『私の履歴書』に登場するような大学者を排出してきました。
また、今西錦司氏は京大探検部の生みの親でもあり、探検部系列には、梅棹氏をはじめ、KJ法の川喜多二郎氏、朝日新聞の本多勝一氏などが連なり、世界中の秘境や極地を探検したと言われています。
いわば、「知性と野生の両刀遣い」の文化が脈々と受け継がれています。

山極寿一先生は、その伝統を継ぎ、ゴリラの生態研究を専門とし、30年以上も中央アフリカの熱帯雨林ジャングルに通いつめ、調査研究を続けています。研究室に入るには、研究者としての高い知性と同時に、ジャングルで2~3ヶ月生き抜くことが出来る野生の体力が求められるそうです。

さて、山極先生の専門である霊長類学という学問は、「人間以外の動物を通して、人間の性質を知る」ことを目的にしているとのこと。
人間に最も近い動物であるゴリラの生態を研究することで、私達のはるか祖先 原初人類の生活や行動進化の過程を解明しようとしたのが山極先生の30年間でした。

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オペラにかける情熱 三枝成彰さん

東京では、毎日約35,000人の人々が西洋音楽を楽しんでいるそうです。山手線内に2,000人収容できる音楽ホールが10カ所あり、ほぼ毎日埋まっている。その他の中小会場を含めて考えると、上記の数字になる、とのこと。
世界で名だたるオーケストラや一流の演奏家が引きも切らずに来日し、いずれも演奏会が超満員になってしまう。こんな都市は世界中にない。

ところが、その狂躁は、東京一極だけのことで、大阪も名古屋も音楽ホールは青息吐息。地方にいたっては悲惨な状況である。国や財界の関心もかつての勢いはなく、財政支援は減るばかり。有望な音楽家を世界に送りだそうというパトロン文化も失せてしまった。

この現象をどう理解し、何をすればよいのか。控室での三枝さんは、西洋音楽への愛情とその裏返しとしてのやるせない想いを交錯させながら、日本の現状を教えてくれました。

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「個を見る」 宇津木妙子さん

「厳しさ」と「優しさ」

この二つを合わせ持つことは、およそ全てのリーダーに必要なことで、最も難しいことでもあります。
スポーツの世界で名指導者と呼ばれる人達は、この二つを合わせ持っています。例えば昔なら、バレーボールの大松博文氏や松平康隆氏。いまなら、シンクロの井村雅代氏やラグビーの清宮克幸氏etc。 いずれも、鬼のような厳しさと肉親のような暖かさを兼ね備えた指導者でした。
前全日本女子ソフトボール監督の宇津木妙子さんも、そんな名指導者の一人です。

シドニーオリンピック決勝戦で落球し、控室で号泣する選手に「いつまで泣いているんだ。お前のせいで負けたんだろ!」と吐き捨てた鬼監督の顔。

北京オリンピックで、金メダルの感激に「ヤッター」「よかったヨ~」と、小倉智昭さんの胸で泣き崩れた姿。

「厳しさ」と「優しさ」 二つの顔を、はたして宇津木さんはどのように統合しているのか。
それをテーマにして、講演を聞いておりました。

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シュリーマンの精神を継いで 原丈人さん

原丈人さんは、大学卒業後、マヤやアステカなど中央アメリカの考古学研究を志して海を渡りました。慶應の法学部出身者が考古学に関心を持つという時点で、常人ではない好奇心を感じますが、その後のキャリアも破天荒です。
巨額の費用を要する考古学研究・発掘の経費を稼ぎ出すことを目的に、スタンフォードのMBAや工学大学院で学び、ITベンチャーの世界に飛び込んだと言います。

大きな目的のために、技術開発や経営効率の成果を活用する。

わずか10年の間に起業家・ベンチャーキャピタリストとして大成功し、シリコンバレーの名だたるIT企業の生みの親になったサクセス・ストーリーの原点には、このスピリットがありました。そしてこの精神は、いまの原さんのモチベーションドリブンでもあります。


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失敗が財産になる  堀場厚さん

堀場製作所とはどのような会社なのか。
一般コンシューマー向けの製品を作っている会社ではないので、「京都企業」「高業績」「創業者 堀場雅夫氏」といったイメージしかない方も多いかもしれません。私もそうでした。
そこでまずは、簡単にプロフィールを確認します。
売上高1,342億円 経常利益100億円 従業員5,146名 (いずれも2008年度実績)
排ガス測定システム、水質測定機器などニッチな事業領域で、多品種少量生産方式を貫き、堀場社長の言葉を借りれば「高級割烹と同じで、舌の肥えた常連さん相手の商売」で成功してきました。マーケットの複雑性に対応した高度な専門性が強みです。
日本、欧州、米国、アジアで事業を展開し、従業員の半数は外国人。特にフランス人社員の比率が20%に達するなどグローバルな人材マネジメントを行っています。
開発・販売に集中し、生産機能は800近くにのぼる協力会社に委託。そのうち中心となる80社程度で構成する「洛楽会」というパートナー組織があり、共同体的な信頼感で結ばれています。
日本人の強みが活かせる領域で、グローバル展開に成功し、従業員・ステークホルダーとの協働システムを重視して、高業績を続けている会社と言えるでしょう。

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イバラの道は続く  竹森俊平さん

いつも思うことですが、経済学者というのは、経済論争において、なぜあれほどに闘争意欲が旺盛なのでしょうか。
お会いしてお話を伺う時には温厚で、制御的な物言いをされる先生方が、論争においては相手に容赦ない厳しい言葉を浴びせ、批判を展開します。
私のような気の弱い人間からすると、「そこまで言わなくても...」というようなえげつない表現も使って、相手の論が如何にダメなのかを指弾することがあります。
竹森先生も、実に温厚で、物静かな雰囲気の方ですが、論争においては闘争本能に満ち溢れた、経済学者らしい経済学者という印象でした。

本日の夕学で、その本能が垣間見えた場面は、我が国の経済危機への対応策をめぐる論争を紹介された場面でした。

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「書く」こと 「月を見る」こと 山田ズーニーさん

「ズーニー」というのは、カシミール語で「月」という意味だそうです。山田ズーニーさんは、インド旅行中に地元の人に付けられたこの名前が、心に残っていたようで、独立後、ペンネームを付ける必要に迫られた際に、思いつきのように心に浮かんだ「ズーニー」という言葉を綴って、はじめての原稿を書いたと言います。
今夜の東京は曇り空で、月を見ることは出来ませんでしたが、ズーニーさんは、月をイメージしたと思われる浅黄色のワンピースで登場しました。鮮やかでありながら奥ゆかしい。夜空にあって、慎ましやかながら、確かな存在感を示す満月の色に似ていました。胸には三日月のペンダント。名刺にも、青い夜空に三日月を配した印象的なものでした。

お名前そのままに、ズーニーさんは、「月」のような人でありました。
古代の人は、月の満ち欠けをもとに季節の移ろいや時の経過を知ったと言います。何度もこのブログに紹介してきましたが、裏千家家元の千宗室さんは、「侘び・さび」の心とは何かを問われる度に、「月を見よ」と応じるそうです。

「月の満ち欠けの繰り返しの中に、限りなく続く生死の輪廻を感じることができる。死ぬために生まれ、生まれる為に死んでいく。栄えるものの中に、衰退の哀れを感じ、滅びゆくものの中に、生命力を見いだすことができる」 
                       (2007年11月21日 「夕学五十講」

月を見るということは「見えないものを見る」ことでもありました。
ズーニーさんが、追究している「書く」という行為も、深いところで、「月を愛でる」日本人の、故き知の営みに通ずるものがあるように感じました。

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実践知としての「五味理論」 五味一男さん

意図したわけではありませんでしたが、前回の「ブルーオーシャン戦略」と今回の「五味理論」は、よく似た考え方のアプローチを取っています。
両者の共通点には、
・大ヒット商品の開発や巨大市場の創造など、マスを狙うことにこだわる点
・商品・サービスの斬新性や技術イノベーションにはこだわらない点
・再現性を強調する点
の3点があげられます。
いずれも、多様で成熟化した社会では難しい(得策ではない)とされる点にあえて挑戦しているところに新奇性を感じるのかもしれません。

ただ、両者には大きな違いがあります。
「ブルーオーシャン戦略」が、欧州を代表するビジネススクール インシアードの教授であるW・チャン・キムが体系化したアカデミック理論「理論知」であるのに対して、「五味理論」は、五味一男さんが、テレビ番組の制作と実践現場の中で紡ぎ出した「実践知」である点です。

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ブルーオーシャン戦略の本質 池上重輔さん

私達、実務家が経営やビジネスについて学ぶ際に、陥りがちな誤りが「わかった気になること」です。
全ての理論について言えることですが、表面的な概要を理解することと実務で使えるレベルまで習熟するのとでは、大きな違いがあります。
多くの支持を集める優れた理論というのは、シンプルでわかり易い点に特徴がありますが、それゆえに、表層部分をなぞっただけで、わかった気になりがちです。
最も悪いのは、わかった気になり、中途半端に試して失敗した時に、「この理論は実践では使えない」というレッテルを貼ってしまうことです。
池上先生の話を聞くと、ブルーオーシャン戦略に対する受け止め方も同じ兆候が散見され、誤った認識が広がっているのではないかという危惧をお持ちのようでした。
だからこそ、ブルーオーシャン戦略とは何かを、しっかりと伝えておきたい。そんな熱意を感じる講義となりました。

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声に出すことで立ち上がる力 谷川俊太郎さん・覚和歌子さん

今夜の丸ビルは、ハリウッドスターが来場したとのことで、1Fのエントランスはファンの人だかりと物々しい警備体制で騒然としておりました。
対称的に7Fのホール内は、時折の笑い以外はシンと静まり、谷川俊太郎さんの詩ではないですが、それこそ“耳を澄まして”お二人の話と朗読に聞き入る2時間でした。

「言葉の力」という今日のテーマを受けて、対談内容を構成されたのは谷川さんだそうです。言葉の素晴らしさ。言葉の魅力。そんなお話を展開されるのかと思いきや、以外なことに、言葉のネガティブな側面を語り合うことから入りました。

「あなたが傷ついた言葉は何か」
「他者を深く傷つけてしまった言葉は何か」
お二人は、体験談をもとに、「言葉の力」のマイナス面を語り合いました。
幼い頃、父母から叱られた時の言葉。友人に思わず口にしてしまった言葉。そんな言葉や経験が、実はその後の生き方や物事の考え方に影響を与えていることを確かめ合うように。

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ワンダーを求める旅 荒俣宏さん

世の中には生きながらにして「伝説」を語られる人物がいます。
長嶋茂雄、勝新太郎、赤塚不二夫などがそうでした。
荒俣宏さんも、その系列に連なる人であり、「アラマタ伝説」なる珍説・奇説がファンの間で語られているようです。
曰く、「何十年間も平凡社に住んでいた」 「稀覯本の蒐集で数億円の借金を抱え、『帝都物語』の大ヒットで完済した」 「読書に費やす時間とお金を節約するため1日1食インスタントラーメンだけで暮らした」etc...。
ご本人によると、「風呂の代わりに砂場の砂をかぶっていた」などという珍説まで実しやかに語られているそうです。
ちなみに、平凡社に住んでいたというのは事実で、「世界大百科事典」の編集に携わることを理由に、会社の一角を約20年に渡ってなし崩し的に占拠し、事務所代わりにしていたとのこと。

さて、そんな「伝説」の流布を半ば楽しむようにして生きる荒俣さんが、ライフワークとして取り組んできたのが博物学の研究でした。
10年近い年月を費やして完結させた『世界博物図鑑』全5巻・別巻2巻は、その集大成です。億単位の借金も、この図鑑の資料収集のためでした。

きょうの夕学は、そんな博物学研究から見出した溢れんばかりの知見をもとにお話いただきました。

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対話と対決 今北純一さん

今北純一さんのプロフィールとみるとその華麗なるキャリアに嘆息してしまいます。
東大大学院で化学工学を専攻、大手素材メーカーの研究員を経て、米国留学、英国、スイスでキャリアを積んで、多国籍企業の経営幹部として実績をあげ、現在は欧州拠点の戦略系コンサルティングファームのパートナーを勤める。
グローバルなフィールドで活躍することを目指す日本人にとっては、究極のロールモデルといってよいでしょう。
ところが、実際の今北さんは、そんな華麗なキャリアとは対照的に、温厚で、偉ぶるところがなく、私達のような普通の人々が抱えるのと同じ平凡な悩みを、泥臭い努力によって、ひとつひとつ解消してきた人でした。

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不平の徒の論理 佐高信さん

-世の通説によれば、在野精神の早稲田に対して、慶應には、体制側のお坊ちゃんというイメージがありますが、それは間違い。私こそが慶應の本道です。-

講演冒頭、佐高さんは、いつもの悪戯っぽい笑いを浮かべながら、話し始めました。

政府、権力におもねらず、在野にあって常に批判する。
確かに、評論家 佐高信が貫いてきた姿勢は、福澤諭吉の生き方と相通ずるものがあります。
佐高さんの基本的な立ち位置は、タカよりはハト、権力側よりは民衆側、中央よりは地方、イデオロギー重視よりは暮らし重視とはっきりしているので、大きなものを守るために小さなものが犠牲になることは絶対に許さないという姿勢に貫かれています。
したがって、有名な人はたいがい、佐高さんの妖剣に切りつけられることを覚悟しないといけません。しかも少々の脅しにはびくともしない人なので、批判にカッとなって歯向かうと手痛い返り討ちにあってしまいます。
また、権力者の金銭に関する身綺麗さに関して「お金はどうやって手にいれたかよりは、何のために使ったか」を重視するという基準を持っているそうで、「クリーンなタカよりはダーティーなハト」という判断軸もよく知られたところです。

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「したたかな戦略家」 藤原和博さん

藤原和博さんには、夕学だけでなく、他の講座のゲスト講師としても登壇いただいており、その都度、控室でもお話を伺ってきました。
その経験から、藤原さんには、「表に見える能力」と「見えにくい能力」の二つの能力があると思っております。
「表に見える」ものは、カリスマ的な魅力です。
親しみやすい雰囲気、流れるようなプレゼン、ユーモア、自信、豪快さ、頭の回転の良さetc....
売れっ子コンサルタントや評論家、ベンチャー起業家などに共通してみられる特性です。

では、「見えにくい能力」とは何か。
それに気づいたのは、昨年夏に、ある講座のゲストに来ていただいた時でした。

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歴史から学ぶ「日本発の資本主義」 中谷巌さん

リーマンショック以降、金融危機の発生原因や新自由主義的経済システムの限界を謳う書籍は、それこそ山のように出ました。
その中で、毀誉褒貶相半ばする形で、最もインパクトをもって取り上げられたのが中谷巌先生の『資本主義はなぜ自壊したのか』でした。

では、中谷さんは、なぜ「転向」したのか。
「アメリカ発経済学」の理論で、全てを考えると「マズイ!」と思わせたものは何だったのか。
その理由を語ることで、これからの日本経済の方向性を示唆する。きょうの夕学は、そんな2時間になりました。

「アメリカ発経済学」はシンプルでクリアな理論と言えます。経済においても、政治においても、極めて民主的なオープンなシステムで成り立っています。
「資源の再分配」については、マーケットメカニズムに委ねることを第一義とします。
一部特権階級に富の配分を委ねるのではなく、全ての人が参加できる「市場」における需要と供給の自己調整機能に任せることで、「神のみえざる手」が働くと考えました。(この慣用句の使い方も要注意だと堂目先生から学んだばかりですが...)
市場に委ねるのに相応しくない公共財(教育、貧困対策、地方対策)などは、選挙によって決まった政府に任せることで、民意を反映させることができます。

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「身を立て 名をあげる」 磯田道史さん

中世の職人や芸能民など、農民以外の非定住の人々である漂泊民の世界を明らかにし、それまで通説とされていた中世の日本像を覆した網野善彦さんは、「網野史観」と呼ばれる学説を世に問いかけました。

「百姓は農民ではない」

百姓身分に属した人々は、農民だけではなく商業や手工業などの多様な生業の従事者であったことを、網野さんは強調しました。

磯田先生は、近世の武士身分に属した人々について、網野史観とよく似た通説否定をされました。

「武士の世界は、けっして一様ではない」
「家老から足軽までの多様な人々を、武士というひとくくりの身分で理解することは間違いである」

磯田先生によれば、近世の武士には、同一身分内に多階層に及ぶ厳格な階級制度があったそうです。全人口の7%とも10%とも言われる武士層ですが、そのうちの60%は足軽・中間と言われる下士層であり、彼らは普段は農地も耕すアルバイト武士だったとのこと。農家の次男・三男で体格の良い肉体派を選び、荷物運びや槍持ちとして雇用する、今でいうところの非正規社員でした。

また、江戸時代が士農工商の身分制度によって成り立つ単一ピラミッド社会であるという常識も間違いだと磯田先生は言います。
むしろ、武士のピラミッド、町人のピラミッドというように、高さの異なる複数の三角形が並列して存在していました。武士階級の最下層に位置する足軽・中間と町人ピラミッドの頂点に立つ大庄屋とでは、経済的にはもちろん、家格でもはるかに大庄屋の方が上に位置していたとのこと。
明治維新の本質は、マルクス的な「階級闘争」ではなく、西郷、大久保、伊藤らの下層武士層による、将軍家や大名層など武家支配層に対する「階級内対立」である、と言った方がふさわしいというのが磯田先生の弁です。

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