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思い込み・決めつけをやめる  金井壽宏さん・川上真史さん

キャリア、リーダーシップなど、ひとの発達に関連する組織行動を研究する金井壽宏先生と、日本におけるコンピテンシーの導入者として多くの企業の人事コンサルに関わってきた川上真史さん。
学者とコンサルタントという異なるフィールドではあるものの、二人とも日本を代表する人事の専門家と言えるだろう。
今期の最終回を飾るに相応しい、贅沢なビッグツーの揃い踏みであった。

拠って立つ基盤の違いはあっても、共に京都大学教育学部で心理学を学び、「心理学の知見を企業の組織行動、人材マネジメントに活用する」という同じアプローチを取る二人には、何かと接点が多いようだ。
今回のセッションのテーマは「いまの若者にどう向かうべきか」であった。

マスコミは、昔から世代にラベリングすることが大好きだ。ちなみに私の世代(1961年生まれ)は、「新人類世代」と呼ばれた。
今春入社してくる大卒社員を「ゆとり教育世代」と呼ぶらしい。
我ら「新人類世代」も、齢五十を目前にして、ようやく「旧人類」との融合がなったようだ。
いつのまにか大勢の一群に与して、「ゆとり教育世代」の不可解さを嘆き、接し方への戸惑いを口にする。
いつの時代も、中高年にとって、若者は「理解しづらい」対象になる。

「ゆとり教育世代って呼ぶな!」と強く主張する識者もいる。
安易なラベリングが、諸問題の要因を「社会構造の問題」から、「若者個人の問題」にすり替えてしまい、思考停止を招くことを危惧している。

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何か始める前に、何かを終える 田中・ウルヴェ・京さん

人は誰も、人生のうちに何度か、住み慣れた場所・状況を旅立ち、新しい世界・状況に向かってスタートを切ることがある。
転職、リストラ、退職などネガティブな変化はもちろん、出産、昇進、抜擢のように他者から祝福されるプラスの変化もあるだろう。
そんな時、ふっと前が見えなくなることがある。自分がわからなくなるという言い方の方がいいかもしれない。

心理学者のウィリアム・ブリッジスは、そういった心理状態を次のように描写している。

「向こう岸に辿り着こうと川岸の船着場からボートをだし、しばらく進んでふと見ると、向こう岸がなくなっているのを発見するようなものだ。そして後ろを振り返ってみると、出発した船着き場が崩れて、流れに飲み込まれるのか見える...」

ウィリアム・ブリッジス『トランジッション 人生の転機』(倉光修・小林哲郎訳 創元社)

スタートは切ってみたものの、進むことも、戻ることもできない中途半端で不安定な状態、それを心理学用語で「トランジッション」と呼ぶ。

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アスリートの「育ち方」  朝原宣治さん

ギリシャ彫刻のような肉体美を、グレーのバーズアイのダブルスーツに包んで現れた朝原宣治さん。現役時代に比べると心持ち頬がすっきりしたような気はするが、知的で甘いマスクには、ネクタイ姿もよく似合う。

日本でも、ようやくアスリートの選手寿命が長なってきたが、朝原さんはその代表の一人であろう。五輪に4回、世界選手権に6回。15年以上も代表選手の地位を守ってきた。
その努力に、天の女神が微笑を返してくれたのが、一昨年の北京五輪であった。
陸上男子400メートルリレー決勝で獲得した日本短距離史上初の銅メダル。メダルが確定した時に、バトンを天高く放り上げて、仲間の選手と抱き合った朝原さんの姿は、日本五輪史に残るであろう名場面になった。
お子さんを抱えて、歓喜の涙に頬を濡らしていた奥様(奥野史子さん:元シンクロメダリスト)の姿も感動的であった。
パートナー・オブ・ザ・イヤーに輝いたということにも頷ける。

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アメリカはどこに行く 渡辺靖さん

オバマ政権の大きな政治課題である「医療制度改革」を巡る意見対立は、国民皆保険制度を素晴らしい制度だと自負している日本人には、なんとも理解しにくい現象である。
「そこまで自立・自己責任にこだわらなくても...」と思ってしまう。
そんな不可解な部分も含めて、アメリカを理解するうえで欠かせない二冊の古典があることを渡辺先生は教えてくれる。

『ザ・フェデラリスト』A.ハミルトン , J.ジェイ , J.マディソン(岩波文庫)
『アメリカのデモクラシー』トクヴィル(岩波文庫)
の二冊である。
前者は、アメリカ建国のファインディング・ファーザー達が高らかに謳いあげた「実験国家への設計図」であり、後者はフランスの若き政治学者トクヴィルが観察した活力に満ちた草創期アメリカ社会の描写である。
そこには、国家を設計する立場、国家を構成する市民の立場、それぞれの立場から、アメリカの自由と民主主義へのこだわり、アメリカンドリーム賛歌がみられるという。

全ては、自分達から始める。自分達の手で創り上げる。

そんな草の根民主主義への強いこだわりがよく理解できるという。

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『坂の上の雲』を見ようとしない現代人 ロバート・キャンベルさん

昨年末に放映されたNHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』は、司馬遼太郎の同名作品を原作としている。この本が司馬の代表作として高く評価されてきた理由のひとつにタイトルの妙があげられるだろう。
明治の日本は、ただひたすらに坂を駆け上っていた。彼らが見据えていたのは、眼前の到達点である「坂の頂」ではなく、その遥か向こう、大空に浮かぶ一筋の雲ではなかったのか。明治の日本と日本人を愛する司馬ならではの分析視点であった。

坂の向こうに漂う雲に擬えていたのは、生まれたばかりの小国日本の行く末であり、世界における日本の位相であった。
ロバート・キャンベル先生は、これをして「時間・空間認識」と呼び、この時代の日本人が持っていた認識スケールの大きさを指摘する。

ちなみにキャンベル先生の名をお茶の間に知らしめたのは、テレビ朝日の人気クイズ番組『Qさま』である。
キャンベル先生は、『Qさま』が、現代日本の特性をよく表しているという。
知識・情報がブツ切りで積み上げられている。ひとつひとつの知識は高度であっても、ブツ切りである以上は、いくら積み上げても完成型に至らない。
そこには、抽象的ではあっても、ある概念を作りあげようというモデルが存在しない。
「時間・空間」の認識の仕方そのものが、大きく異なっているというのだ。

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無駄とは何か 西成克裕さん

「無駄学」という実にキャッチーな研究テーマを提唱し、数理物理学の知見をベースに無駄の科学的解明に取り組んでいる西成先生。
西成先生によれば、「無駄学」の本質に関わる部分を象徴する現象を、事業仕分けの「次世代スパコン」論議に見ることが出来るという。
つまり無駄を巡る議論には、必ず「対立」「反論」がつきまとうという現実である。

「なぜ世界一なのか? 二番だとダメなのか?」

簡潔な問題意識で突っ込んだ蓮舫議員の主張に対して、あるノーベル賞受賞科学者は反論した。

「世界一を目指すことに意味がある。二番で良いとなったら、三番にもなれない」

「次世代スパコン」が無駄か否かをめぐる両者の議論には、拠って立つ世界、見ているところの違いによって、大きなズレが生じていた。
独自開発することの費用対効果を問題視する仕分け側と独自開発を進めることで科学技術立国を担う優秀な人材が育つのだとする科学者達の議論は、「次世代スパコン」を語りながらも、見ているものが大きく異なっていることに気づいた人も多かったのではないか。

こういう現象がなぜ発生してしまうのかを解明することが、西成先生の「無駄学」の本質である。

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感情移入できるロボットを作る 高橋智隆さん

10年程前、ヒューマノイド型ロボット ホンダのASIMOの登場は、ロボット新時代の到来として、大いに話題になった。
個人的には、ASIMOの歩き方を見て、「何か不自然だなぁ」といつも感じていた。膝を折り、忍者走りのような姿勢で歩くからだ。
その頃、まったく同じ違和感を抱いている青年が京都にいた。
立命館大を卒業後、改めて京大工学部に入り直したばかりの高橋智隆氏である。
幼い頃からモノ作りが好きで、凝り性でもあった高橋さんは、ASIMOの上をいく画期的なロボットを、自分一人で作ってしまう。膝を折って歩行する不自然さを解消する、電磁吸着2足歩行という新技術を開発したのだ。
全身を黒くに塗ったことから「クロイノ」と命名されたそのロボットは、数々の発明・アイデアコンテストに軒並み優勝し、話題となった。
折からブーム化の様相を呈していた大学発ベンチャーの波に乗り、大学の薦めもあって、特許出願、ロボットベンチャー起業へと、トントン拍子に道が開けていったという。

少年時代、「鉄腕アトム」に憧れていた高橋少年は、アトムそのものよりも、アトムを作る側に、強く惹かれた。
バス釣りのルアーを手作りするような感覚で、木型を削り、プラスチックカバーを作る。
モーターやネジも、自分のデザインイメージに合うものを手作りしたり、加工した。デザインや色彩にもこだわった。
そこには、量産、標準化という言葉は存在しない。
作りたいものを、作りたいように作る。 それが全ての原点である。

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「意味」=「苦悩」+「希望」  福島智さん

きょうのブログは、福島先生が講演の後半で紹介されたヴィクトール・フランクルの言葉から始めたい。
ウィーン生まれの精神科医で、ユダヤ人でもあったフランクルは、ナチスの強制収容所に送られ、奇跡的に生還するという体験をした。
彼は自らの悲惨な経験を踏まえて、下記の図式を示しているという。

「絶望」=「苦悩」-「意味」

「苦悩」と「絶望」は同じではない、どんな「苦悩」にも必ず意味があり、その意味が失われた時に、「苦悩」は「絶望」となることを示している。
福島先生は、次のように言う。
「意味」を左辺に移行して、「絶望」を右辺に動かす。更に「絶望」の代わりに反対語である「希望」を足せば、図式は新たな展望を示しくれる。

「意味」=「苦悩」+「希望」

「苦悩」の中に「希望」を抱くこと、そこに人生の意味があると....。

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「私は、ちゃんと仕事をした」 井村雅代さん

「シンクロの井村雅代が中国チームのコーチを引き受けた」
このニュースは、ちょっとした驚きをもって人々に受け止められた。
アテネ五輪では立花美哉、武田美保を擁して、デュエット・団体の両方で銀メダルに輝き、花道を飾って勇退したとばかり思っていただけに、私達が「なぜ?」という思いを持ったのは自然のことであったろう。
しかし、その後のマスコミや日本水連の対応は、明らかに悪意に満ちていたのではないか。
「国賊」という死語さえも闊歩した。
欧米の強豪国や弱小の新興国であれば、ここまでの非難は起きなかったであろう。あらゆる分野において、日本にとっての脅威論が叫ばれていた中国が相手であったことが刺激を増す結果になった。
数年前、上海や北京の高級ホテルの週末は、初老の日本人男性で占拠されているという噂を聞いたことがある。定年間近の日本人エンジニアが、アルバイト代わりにノウハウを伝授しているというのだ。
事の真偽は知らないが、井村さんの中国行きが、同じ文脈で「ノウハウ流出」と受け止められてしまった。

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本の救世主 幅允孝さん

「出版は構造不況業種になった」という業界人の声を聞くことが増えた。
出版数は増えても販売数は増えない。膨大な新刊と売れ残りが出版社・仲卸・書店を行き来しているそうだ。
そんな悩める本業界に出現した救世主が、ブックディレクターの幅允孝さんではないだろうか。
本だけは「お小遣い別会計」という恵まれた環境で育った幅さんは、幼い頃から無類の本好きである。今では、月に40~50万円を本の購入代に費やすとのこと。しかも全て自腹である。

ブックディレクターとしての幅さんの立ち位置は明解である。

「自分の好きな本を共有したいと願うこと」

本が大好きな人間として、美味しいものをいろいろな人に知ってもらいたいように、好きな本を多くの人と分かち合いたいというのが根源欲求になっている。そのための、人と本の出会いの場をプロデュースするのが、幅さんの仕事ということになる。

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大人の役割  重松清さん

子供時代を経ずに大人になった人間はいない。だから、誰もが教育評論家になりえる。経験に基づいた「持論」や「物語」を語ることができる。
重松さんによれば、それは、子供の実像を見失い兼ねない危険なアプローチである。
誰もが語ることが出来るからこそやっかいなのだ。

「持論」「物語」を語ることが効果的なのは、それを聞く側にレディネス(学習者の準備性)が整い、その意味するところを解釈する力が備わっているという前提が必要だ。
教育において、大人が「持論」を語る時には、総じてこの前提の有無が無視される。親が子供に「お父さんの子供の頃は...」という話を繰り出す時は、特にそうだ。
聞きたくもない話、聞いても分からない話を、無理矢理聞かされるほど、鬱陶しいことはない。
ところが、多くの親は、「持論」を語るカタルシスに酔ってしまう。私も含めて...

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「私」という困難  南直哉さん

今年の春、南直哉さんが主宰されている『仏教・私流』という講話を聞いた。
若手僧侶や仏教研究者、仏教に関心を持つ方々を対象に、月に一度程度開かれている連続講義である。専門家向けの内容なので、仏教知識のない私には、三分の一程度しか理解できなかったが、その中で非常に印象に残るフレーズがあった。

「宗教は人間の幸せをもたらすものではない。苦悩に耐える力をもたらすものである」

この言葉を聞いた時、是非、夕学にお呼びしようと決めた。


大きなカバンを提げて会場に現れた南さんは、「ちょっと着替えさせてください」と断って作務衣を脱ぎ、黒い袈裟をまとわれた。
180センチを越える長身で、八頭身。ご本人が志したならば、ファッションモデルになれたに違いない。
鋭い眼光と弁舌の切れは、「恐山の論僧」の異名がよく似合う。

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難き道を行く  坂東三津五郎さん

坂東三津五郎さんには三つの顔がある。
江戸中期から続く大名跡 坂東三津五郎(大和屋)の十代目
江戸三座に数えられた芝居小屋守田座の座元 守田家の血筋を引く御曹司
日本舞踊の名門 坂東流の家元

歌舞伎界でありながら、成り立ちや性格の異なる三つの立場を、一身にして背負うことを義務づけられた宿命は、三津五郎さんの芸域を広げ、役者としての深みを醸し、人間として魅力に繋がったのではないだろうか。

江戸時代の歌舞伎人にあって、座元というのは、名字帯刀を許された一段格上の身分であった。「旦那、ご新造」という夫婦を指す尊称も、歌舞伎では座元の家柄だけに許された名称で、団十郎や菊五郎といった大名跡であっても役者筋は、「親方・女将さん」と呼ばれたとのこと。
三津五郎さんの曾祖母である七世三津五郎夫人は、座元の家筋であることを誇りに持ち、「江戸が冷凍パックされた」(三津五郎さん談)生活を守りながら、幼少の三津五郎さんに「江戸の粋」を伝え残したという。

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語らないことで、語る  西水美恵子さん

夕学にも登壇いただいたことがある東洋思想家の田口佳史さんは、東洋文化の真髄を「見えないものを見る、聞こえないものを聞く」ことだとし、その代表例として長谷川等伯の『松林図』を紹介してくれた。
「朧なる松林以外になにも描かないことで、等伯の故郷 能登の冬景色を描いた」とされる傑作である。

『松林図』になぞらえれば、西水美恵子さんの講演は、「語らないことで語る」といえるだろう。
噛みしめるように発する静かな言葉と長い間。沈黙には、人間の集中力を研ぎ澄ます効果があることを、改めて認識させてくれるものだ。会場はシーンと静まりかえりながら、次の言葉を聞き漏らすまいと耳を凝らす。独特の緊張感が漂いはじめる。

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正しい努力を積み重ねる! 小宮一慶さん

15社の経営顧問と200回/年の講演をこなし、年に4~5冊の本を出しているスーパーコンサルタントの小宮一慶さん。
きっと何かの極意を身につけているはずである。それは何かを考えてみる。

小宮さんの言葉を借りていえば、「正しい努力を、積み重ねていること」ではないか。
「普遍の真理・原理を、繰り返し説くこと」とも言えるかも知れない。
シンプルで分かり易い。それでいて深い。聴く人の言葉で、時代の文脈に載せて伝えてくれる講演であった。

予定を15分オーバーした1時間45分の講演であったが、講演内容は、『社長力養成講座』の冒頭33ページ分、取り上げたテーマは「3つ」であった。
文字を目と頭で追うだけであれば10分で済むコンテンツでありながら、2時間の講演で満腹に近い満足感を与えることができる。
これも小宮さんの言葉を借りれば「頭で理解するのではなく、ハートで受け止める」講演であった証左であろう。
2時間の講演で、人間がハートで受け止め、持ち帰ることができる内容は「3つ」が限界であることを見極めているとも言える。

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「直滑降」という生き方 山本一太さん

夕学の企画と依頼は、毎年6月~7月、12月~1月に行っている。
現在開講中の夕学の企画を練っていた6月時点で、すでに政権交代の可能性はかなり高いとされていた。
歴史に残る大転換期に、当事者として赤絨毯の上を歩いている現職国会議員を、是非夕学にお呼びしたい。そう思った。
与党の立場で発言が慎重になるであろう民主党議員は避けたい。そこで、候補として頭に浮かんだのは3人。
加藤紘一氏、渡辺喜美氏(自民党ではありませんが...)、そして山本一太さんであった。
その中で、躊躇なく第一候補でお願いしたのが一太さんであった。(親愛を込めて、そう呼ばせていただきます)
「気分は直滑降」ブログを毎日読んでいたからである。

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科学の伝導師 鎌田浩毅さん

真紅のレザージャケット、赤い刺繍が入ったジーンズ、真っ赤なローファー。
火山のマグマをイメージしたという衝撃的な装いで登場した鎌田浩毅先生。年間ボーナスの全額をファッションに注ぎ込むとのこと。
ただのお洒落な大学教授ではない。奇抜な服装も、明確な人生戦略に則ったセルフ・プロデューシングにひとつだという。
火山学者としての鎌田先生の人生戦略は、「オンリーワン」を目指すことである。
富士山のてっぺんを目指すのではなく、誰も登らない未踏の山を探し出し、一番乗りを果たすことにある。
筑駒から東大、通産省というキャリアの表面だけを見ると典型的なエリートのように見えるが、鎌田先生は、「周囲の人とは違う道を歩く」人生のようである。
東大理学部で地質学を専攻するものの科学に失望した。「自分は科学者には向いていない」とあきらめて、大学院に進まず、技官官僚の道を選び、通産省管轄の研究所に入所する。
配属後、調査に訪れた阿蘇で出会った先輩が、科学を分かり易く、相手の興味を喚起するように解説する姿を見て、火山への関心が呼び覚まされ、論文博士を目指そうと決めた。

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「未知との遭遇」に向けて

25年前、サンデー毎日が「大追跡!日本にピラミッドがあった!?」という大キャンペーンを組んだことを記憶している人は、一握りの好事家だけであろう。
ピラミッドと言っても、エジプトやマヤ遺跡とは異なる。人為的に加工された巨石遺構や祭祀遺跡など、学術的には黙殺されてきた謎の巨石文化が、古代日本にもあったのではないか。その謎を解明しようという特集であった。
トンデモ本やオカルト雑誌ならいざ知らず、全国紙が発刊する由緒正しい週刊誌の特集とあって、当時はかなり話題になった。
当時の編集長は、現政治評論家の岩見隆夫氏で、このキャンペーンのキャップを務めていたのが岸井茂格さんであった。
実は、当時、私は立命館大学の古代史探検部という、これまた怪しげな名前のサークルに所属しており、学園祭の目玉企画として、サンデー毎日ピラミッド特集の記者を招聘しての講演会を企てた。
依頼を快諾した岩見編集長は、岸井さんと茂木さんという二人の記者を送ってくれ、講演は大盛況であった。
この縁で、我々の活動に関心を持ってくれた岸井さんは、一ヵ月後に、飛騨高山にある位山という巨石群の調査に、一緒に行かないかと我々を誘ってくれた。
岸井さんは、その頃40代前半だったと思うが、ヒゲがよく似合う精悍な表情とロマンスグレーのヘアスタイルは、現在と同じではなかっただろうか。

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グローバル・ビッグイシューに舵を取れ! 一條和生さん

20世紀は米国の世紀だったと言われる。
その代表選手を挙げよと言われれば、GM、IBM、GEの三社であることに異論はないだろう。
調べてみると、三社は、20世紀開始の号砲に呼応するかのように1900年前後に、相次いで設立されている。この100年間の米国の隆盛を体現してきた企業と言えるだろう。
今回の経済危機が「100年に一度」と呼ぶに値する大変革であることは、三社のうち最も巨大であったGMが、創業101年目の今年、事実上の倒産に追い込まれたという事実がなによりの論拠となる。
一方で、IBM、GEは、何度かの危機を乗り越え、今も世界有数優良企業として繁栄している。
GMとIBM・GEを分けたものは何だったのか。
一條先生は、「イノベーション(創造的破壊)」の有無であったと喝破する。

60年前、当時34歳だった新進気鋭の経営学者ピーター・ドラッカーは、GM成功の鍵が、徹底した分権化にあったことを明らかにした。GMに近代組織マネジメントの理想的姿を見たのだ。
しかし、GMは、同時に発せられたドラッカーの忠告を無視し、更なる「イノベーション(創造的破壊)」への道を閉ざし、成功パターンの踏襲に固執してしまった。

IBM、GEは違った。
彼らは、度重なる危機の度に、事業ドメインを大胆に変換することを厭わなかった。IBMは、電子計算機から大型汎用コンピューター、更にはITソフトサービス産業へと変貌を遂げた。
GEは、ジャック・ウェルチのもとで、無機的成長戦略に挑戦し、家電メーカーから、金融を核とした総合ビジネスへと舵取りを切り、いまは、ジェフ・イメルトの指導で、まったく違う企業へと生まれ変わろうとしている。
両者に共通するのは、絶えざる「イノベーション」に他ならない。

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「これだ!」「いける!」「すごい!」という感覚 石井淳蔵さん

少し長くなるが、慶應MCCの話をさせてもらいたい。石井先生の「ビジネス・インサイト」を聴いて、「あのことだ!」と気づいた“創造的瞬間”があったからである。

慶應MCCが開設されたのは、2001年春である。立ち上がりまもなくの時期に、多少の混乱があって、コンセプトそのものから再構築する必要を迫られた。
「慶應MCCとは如何なるものか」について、皆で議論を重ねた。

・慶應ブランドを前面に打ち出し、30万人の卒業生ネットワークに訴求する。
・社会ニーズに適応したタイムリーな講座を、一流の講師陣で展開する。
・東京駅前・丸の内という立地にこそ競争力がある。 etc...
いずれも、もっともなことで、実際に、いまも謳っている「強み」ではあるが、誰もが思いつきそうなことでもある。

世の中にはアンチ慶應も多いし、慶應の卒業生以外に対しても広く門戸を開きたい。
慶應の教員といえども、専任契約をしているわけではないので、同じ先生が他の社会人講座で教えることだってありうる。
当時は、丸の内や八重洲には、次々と大学のサテライト拠点が出来つつあった。

ブランドでも、講師陣でも、立地でもないところ。いままでの社会人教育の常識では見逃していたところに競争優位があるのではないか、とあれこれと考えるうちに、「自分たち自身がなすべき役割にこそ鍵がある」と気づいた。
そこで生まれたのが「ラーニングファシリテーター」という概念である。

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肌感覚で潮目を読む 御立尚資さん

私達は有史以来さまざまな「変化」に遭遇してきたが、「変化」が、一過性の「波動」に終わるのか、大きな「潮流」につながっていくのかを峻別していくのは、次の3つの次元で、「変化」が同時or連続して起きることが条件になるのではないだろうか。

・物理的・行動的な変化=目に見える「モノ・コト」が変わること。
・心理的・内面的な変化=目には見えない「こころ」が変わること。
・知的・概念的な変化=人々の「モノの見方・考え方」が変わること。

御立さんは、ルネサンスは、「波動」ではなく、「潮流」の変化だったと見ている。
上記の考え方で整理すれば、次のようになる。
15世紀半ば、オスマントルコの侵攻により1000年続いたローマ帝国の歴史が終焉した。一方で、貿易の進展により、地方領主や貴族には富の蓄積が進んでいた。これが、「モノ・コト」の変化である。
ローマ帝国の完全滅亡は、欧州の人々に、栄光の時代ギリシャ・ローマへの原点回帰の精神を高揚させた。これは、「こころ」の変化である。
「こころ」の変化は、芸術の分野で顕著に表出し、ギリシャ・ローマの特徴であった「リアリズム」への追究が試みられた。美の観念・価値観が変わった。これが「モノの見方・考え方」の変化である。

日本の明治維新も「潮流」の変化だったと御立さんは言う。
ペリー来航という「モノ・コト」の変化は、人々の間に強烈な危機感という「こころ」の変化をもたらし、尊王攘夷、開国討幕という変遷を経て、やがて富国強兵という明治の国家観=「モノの見方・考え方」に結実していった。

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絶望の反対はユーモアだと思う 玄田有史さん

玄田先生の出世作とされるのは、8年前に著された『仕事の中の曖昧な不安』である。

「働くこと」について、曖昧な不安がうず巻いている。何が原因なのか、一体何がどうなるのか、よくわからない。曖昧な不安とはそういうものである・・・

ニートやフリーター、若者のうつ病、自殺などが社会問題化されはじめた頃、それらの問題の深層に漂う不安感と状況を「曖昧」という言葉を使って表現してみせた。
「曖昧」であることが問題なのではない。「曖昧」に耐えられなくなっていることが問題なのだと。

きょうの講演テーマ、「希望」という言葉にも「曖昧」があるという。
玄田先生が紹介した、ある外資系大企業での事例。
期待されながらも辞めていく女性社員に「なぜ辞めたのか」を聞いてみると、二通りの理由に分かれた。

「このまま続けていても先が見えない」
「この会社で働くことの先が見えてしまった」

「先が見えない」と「先が見えてしまった」、まったく対称的な理由で会社に希望が持てなくなったとすれば、果たして「希望」はどこにあるのだろうか。

「先が見えない中でのかすかな光」「先が見えたと思った仕事でみつけた些細な発見」
「先が見えない」と「先が見えてしまった」の挾間にある「曖昧」な感覚の中にこそ、希望があるのではないか。
玄田先生は、そう考えている。

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「右か、左か」 沢木耕太郎さん

20年程前にも、沢木耕太郎さんの講演を聴いたことがある。
新聞の告知欄に載った小さな記事を見つけ、小躍りして出かけたものだ。

「沢木耕太郎の素顔を見ることができる。肉声を聴くことができる。」

沢木ファンにとっては、絶対に見逃せない機会だと思った。
当時から、テレビに出ることや雑誌・新聞のインタビューに応じることが一切なかったからだ。

話は、亡くなったばかりの色川武大(阿佐田哲也)さんにまつわるものだった。
純文学の色川武大と麻雀小説の阿佐田哲也。二つの名前を使い分けた無頼派作家である。
沢木さんは、色川さんの知り合いの中で、「最も若くて、まっとうな友人」だと言われていたという話、ギャンブルの神様と言われた色川さんの話を理解するために、教則本を熟読して麻雀を憶え、色川さんから呆れられたという逸話などを、思いつくままに披露してくれた記憶がある。

「博打的人生」という今回の講演タイトル見て、20年前の講演を思い出した。

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「動的平衡」という生き方 小黒一三さん&福岡伸一さん

福岡伸一さんのベストセラー『生物と無生物のあいだ』は、アンサング・ヒーローズ(unsung heroes)、「歌われることのなかったヒーロー達」の物語である。

生命科学の分野で、今世紀最大の偉業と謳われるのが、ジェームス・ワトソンとフランシス・クリックによる「DNAの二重ラセン構造」の発見であった。
彼らの発見は、生命が自らの中に、自己を複製する機能をもった、25,000種の遺伝子からなる高性能コピーマシンであることを証明した。
ワトソンとクリックは、紛れもないサング・ヒーローズ(sung heroes)、称賛されるヒーローであった。

『生物と無生物のあいだ』は、二人のヒーローの陰で、結果的に彼らの研究を下支えすることになったにもかかわらず、陽の目を見ることのなかった何人かの科学者の人生を、福岡さん特有の美しい文章で詳述している。
ワトソンとクリックの発見が、アルプス登頂の偉業だとすれば、山の裾野で藪を刈り、道を拓いた名もなき人々の作業に、温かい眼差しを向けるように。

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