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いまこそ新しい「組織開発」を 守島基博さん

いまから20年程前、「日本企業の人事は変わる」という声が盛んに喧伝されていた。その通りに、日本企業の人事は変わった。
どう変わったのか。
端的にいえば「人材流動化時代に変わった」ということではなかったか。
改革とは、「不要な所から必要な所へ資源(人と金)を移すこと」といわれるが、90年代を境として、国の労働者施策も、企業の人事施策も、企業を越えて人が動くこと、動き易くすることに向けて舵取りを変えた。

守島先生によれば、この流れを受けて企業の人事管理は次のような施策を打った。
・長期雇用の見直し
・成果主義の導入
・非定期労働力の活用
・女性人材の活用 etc

これらの効果は確かにあった。
人件費の削減は進み、日本企業は環境変化をなんとか乗り切ってきた。
80年代まで、どの会社にも少なからずは存在した「窓際族」は消滅した。働く人の意識も変わった。

その結果、新たな問題に直面している。
・仕事を通じての働きがい(モチベーション)が持てなくなった
・仕事を通じて人材が育ちにくくなった。
・ハイパフォーマーが辞めていく。
・現場リーダーのマネジメント力が低下した。etc
これがいま、日本企業に起きている人事問題である。

守島先生は、こうした現象の根底にあるのは、組織のインフラである「職場」の変化だと認識しており、「職場寒冷化」現象と呼んでいる。
かつて「職場」は、日本の強みの根源であり、日本的なるものの凝縮装置であった。それが、冷え込んで活力を失っている。


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現代の「代表的日本人」 山下泰裕さん

山下泰裕氏を見ていると、「大人(タイジン)」という言葉を連想する。
司馬遼太郎の小説を読んでいると度々出会う言葉である。「大人然とした...」「大人とした風格」といった表現で使われている。
辞書で調べると、「大人」という言葉には、体の大きな人という文字通りの意味と、徳を積んだ人格者という二つの意味がある。

司馬が、「大人」という言葉を使う人の代表は、西郷隆盛であろう。西郷の従兄弟でその影響を色濃く受けた大山巌に対しても使っている。
西郷も大山も、若い頃は知略と行動力を兼ね備えた武人であった。ところが晩年には、包容力と愛情に溢れたスケールの大きな人格者に変わっていった。
司馬の「大人」は、西郷、大山の晩年を形容する表現である。
どうやら、近代初期(明治時代)の日本において、「大人」はリーダーの理想像を語る言葉であったようだ。

ちなみに内村鑑三は、『代表的日本人』の第一に西郷隆盛を挙げている。
儒学や武士道の素養を持った内村は、明治になってキリスト教に出会い渡米する。そこで見たのは、功利主義に染まった米国のキリスト教社会であった。イエスの高邁な理想とはほど遠い西欧人の現実であった。
日本への熱い思い、交綜する思考を経て、イエスの魂と日本人的な精神の相似性を、西洋社会に向けて、英語で表現したのが『代表的日本人』であった。
内村鑑三は、この本で、西郷隆盛等5人の日本人を、イエスの魂を持った生粋の日本人、つまり世界に誇るべき代表的な日本人として紹介した。

「大人」は、世界に通用する日本のリーダーを表現する言葉にもふさわしいと言える。
山下泰裕氏は、まさに世界の誇る、ニッポンの「大人」である。

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「女性の気持ちの代弁者」として歴史を書く 田渕久美子さん

1月9日に始まったばかりのNHK大河ドラマ。五十作目を迎えた今年は『江 ~姫たちの戦国~』である。その原作・脚本を書いているのが田渕久美子さん。好評を博した『篤姫』に続く大役である。

「女性の時代という風潮を受けて、大河も女性を主人公にすることが増えた...」という声を聞くことがあるが、実は、大河ドラマには、草創期から女性主人公を扱うことがあった。
調べてみたら、最初は1967年の五作目『三姉妹』までさかのぼることが出来た。
女性が主人公で、しかも女性が原作・脚本を書いたものとなると、80年代に橋田壽賀子さんが三作書いている。(『おんな太閤記』81年、『いのち』86年、『春日局』89年)

私は、歴史好きなので大河ドラマは、小学生の頃から見てきた。72年の『新・平家物語』(主演:仲代達哉)が記憶の最初になる。
ほとんど見なかった年もあるので、完璧な記憶ではないが、女性主人公の年は面白かったという印象が残っている。

橋田作品は、貧しさに耐え、夫を支えて、最後に幸せを掴むという、かつての日本的女性像であった。
田渕作品は、しっかりと主張し、自我を持った女性が描かれているような気がする。『篤姫』の人気は、田渕さんが造作した「凜とした生き方」とそれを見事に演じた宮崎あおいの演技力にあった。

橋田さん、田渕さんの共通点は、女性が描く歴史解釈のユニークさにある。
田渕さんによると、男は歴史解釈の空白や余韻を重視する。「いったいなぜか。それは自分で考えよ」という書き方をする。

女性は違うという。
「ちょっとアンタ、どうしてなのよ!」
と突っ込みたくて、しょうがないのが女性だと田渕さんはいう。

今回の「お江」は、あらゆる場面に顔をだし、突っ込みを入れる役割だという。

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下り坂の生き方 小幡績さん

小幡績先生は、大学教員としては有数の人気ブロガーであろう。
「東大首席卒業」「大蔵官僚出身」「ハーバードのPh.D」といったエスタブリッシュなキャリアとは対照的な発言が魅力である。
実にシャープで歯切れがよい。心地よく言い切ってきれる。(例えばこれ
しかも、金融政策からアイドル論、牛丼ネタまで、守備範囲が恐ろしく広い。

夕学の冒頭で、小幡先生は言う。
「世界は変わっている。実は30年も前から...」

1970年代までの「フロー獲得競争」の時代から、21世紀の「ストック主導経済」への移行である。
80年からの30年間は、時代が変わる移行期と見なした方がよい、という意見である。

かつての資本主義は、資本と人民を動員してフローを稼ぎだす時代であった。いかに早く、いかに大きく投資できるかが勝負を決めた。最初は、産業(事業)への投資が進み、続いて資本は、金融に注ぎ込まれていった。

21世紀は、資本が余る時代である。
フローの蓄積で産み出された資本は、次の投資先を見失いつつある。早く・大きく投資すれば誰もが儲かる時代は終わり、投資先を見つけ出す「目利き」ができる者だけが儲かる。
「目利き」が出来ない者の資本は、新興国に集まり、バブルを引き起こす。
このメカニズムは、小幡先生の著書『すべての経済はバブルに通じる』に詳しい。

さて、移行期であるこの30年間に何が起きてきたのか。
それは、移行期の典型的な現象と考えれば説明しやすいと言う。

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楽しく生きる「流儀」 酒井穣さん

「酒井さんのキャリアは、偶発性重視の直感派ですか? それともプランニング派ですか」
講演終了後に、すぐに投げかけたのは、その問いかけである。

楽しそうに生きている人だな。
話を聴きながら、そう思ったからだ。仕事と自分の間合いの取り方、人生の位置取りが巧な人だと感じた。
キャリアの描き方を見ると、良い意味での突っ込みどころが満載である。
慶應の理工学部を出て、商社に就職する。
英米企業ではなく、オランダのメーカーに転職し移住する。
米国ではなくオランダでMBAを取る。
いずれの道も、誰もが歩もうとするメインストリームではないけれど、「その手があったか」と周囲の人を唸らせるユニークな選択と言えるだろう。
多くの人には見えないものを、いち早くつかみ取る時代感覚のようなものがあるのかもしれない。
そんな感覚はご本人にも自覚があるようで、総合商社や大手広告代理店に就職した大学時代の友人達が、三十代後半を迎えて「組織と個人の関係」に悩む中で、自分は「ナナロク世代」と呼ばれるトップランナーを輩出した少し下の世代に考え方が近いと話す。

護送船団方式のど真ん中の船に乗ったつもりが、いつのまにか船団は崩れ、びくともしないはずだった自船には、至る所にガタがきていることに気づく。
かといって、いまさら他の船には乗り換えられない。さてどうしたものか。
そんな心境にある同世代人から見れば、「ちょっと変わった奴」だったはずの酒井さんの生き方が、時代の理想的な姿に変わっていることに気づき愕然とするのかもしれない。

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「決断は、いつだって非論理的」  山崎将志さん

200万部を越えたという『もしドラ』には及ばぬものの、31万部を売り上げたという山崎将志氏の『残念な人の思考法』。続編とも言える『残念な人の仕事の習慣』と並んで、2010年を代表するビジネス書になった。

控え室で伺ったところでは、山崎氏は、かつて『夕学五十講』を何度か受講されたことがあるそうだ。建て替え前の新丸ビルの地下1階大会議室でやっていた頃だというから、7年以上前のことになる。山崎氏は、まだアクセンチュアのコンサルタントだったという。
夕学も今年で10周年になるが、受講者だった方が、講師として登壇されたことははじめてであろう。(逆のパターンはたまにありますが...)

さて本題、山崎氏は、なんでも自分で試したいタイプの行動派コンサルタントとお見受けした。
2003年の独立以降、5つもの新規事業を立ち上げている。
「経営かくあるべし」を説くコンサルタントは、「自分で起業をしてみたい」という欲求に駆られることがあると聞く。
「そうは言うけれど、実際のビジネスは、あなたの言うようにはいきませんよ」という反応をする実務家に対して、「このヤロー」と思う気持ちもあるだろうし、「自分がやれば、もっと上手くやれる」という自負もあるだろう。
そのくらいの自信がなければ、コンサルタントは出来ない。

そうやって、ルビコン川を越えるコンサルタントも少なくはない。成功した人もいるが、失敗した人も何人か知っている。
山崎氏も、ルビコン川を渡ったタイプだが、5つもの事業を次々と立ち上げた人は珍しいだろう。
その成功の秘訣は何か。

「ビジネスは、いつも少しだけ非論理的」

この事実にいち早く気づいたからであろう。(講演の中でも何度か口にしていた)

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「習合性」という力 鎌田東二さん

「日本の聖なるもの、神なるもの」というタイトルは、私が考えて、鎌田先生にお願いした「お題」である。この中に、無自覚に盛り込んでいた「もの」という言葉を解説することから、鎌田先生の講義ははじまった。

古語の「もの」という言葉自体が、対極にある二つの含意をもっていたという。
ひとつは、物質としての「もの」であり、いまひとつは、神聖としての「もの」である。
(例えば、原始神道の形態を色濃く残しているといわれる大和の古社 大神神社の祭神は、「大主大神(おおものぬしのおおかみ)」であり、国津神の代表 大国主神の別名とされている。神聖の象徴でもある)

「もの」という言葉は、マテリアル(物質性)とスピリチュアル(精神性)という、相反する意味を併せ持つ「習合性」に満ちた言葉であった。
習合とは、異なるものの「融合」ではなく、弁証法的な「統合」でもない。A+BからCが生まれるのではなく、AとBの両義性を持ちながら一体化されるという意味である。

日本における「神」も「習合性」から成り立っている。
鎌田先生は、銀行のM&Aと一緒だ、という。例えば「三井住友銀行」のように、本来肌合いが異なり、競い合う関係にあったもの同士がひとつになりながら、互いの名前を降ろすことはしない。
日本の「神」も同じように、勝者の神が、敗者の神・土地の神を習合しながら、いくつもの顔を併存させて存在している。だから別名をいくつも持っている。

「神」とは、日本列島における特定の聖なるものの存在・威力・はたらき・情報などの総称、つまり「聖フォルダ」である。
鎌田先生は、そう定義している。

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ストレスを生きる糧に変える  河合薫さん

よりよいキャリアを切り拓く方法には、大別して二つのアプローチがある。
ひとつは、デザインアプローチ。「本当に自分のやりたいことは何なのか」を吟味し、ゴールに至る道筋をデザインすることを重視する。
もうひとつは、ドリフトアプローチ。自分の関心ある方向に向かって、意志をもって歩き出すことを重視し、歩きながら道を拓いていく。
河合薫さんのキャリアを見ると、典型的な後者の道を歩いている人であろう。
ANAの客室乗務員、テレビの気象予報キャスター、社会人大学院生として博士号の修得と、一見脈略がないようにみえても、彼女の中では、首尾一貫した意味づけがなされたキャリアなのであろう。

さて、不勉強ながら「健康社会学」という学問分野名をはじめて知った。
心理学、医学、社会学のクロスする部分にあり、心身の健康を「自分要因」と「環境要因」の両面から解明しようというものだ。
こころであれ、からだであれ、健康を阻害する原因は、自分だけにあるのではない。環境に起因することも多い。
であるならば、健康になるためには、自分が節制するだけではなく、環境を利用することも重要だと考えることに特徴がある。

「他人の力を使う」
河合さんはたいへん分かり易い言葉を使って健康社会学の勘ドコロを紹介してくれた。

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「人間性」という強み  杉山愛さん

スポーツや芸術のように、限られた時間にエネルギーを凝縮して注ぎ込むことを求められる世界で長く生きてきた人には、独特の緊張感のようなものが漂っていることが多い。
分かり易い例で言えば、イチローが醸し出す求道者のような雰囲気である。

夕学に来ていただいた井村雅代さん(シンクロコーチ)、宇津木妙子さん(女子ソフトボール監督)、そして最近では、スピードスケートの清水宏保さんにもそれを感じた。
にこやかな表情の中にも、射抜くような鋭さを感知し、緊張したものだ。

杉山愛さんには、それをまったく感じない。
初対面の我々にも、トレードマークでもある笑顔を振りまき、壁を作らない
相手の気持ちを瞬時に掴み、的確な対応を返してくれる。
「この人といつまでも話していたい」「一緒に何かをしたい」
そう思わせるような、懐の深さがある。
きょうのお相手役を務めていただいた田中・ウルヴェ・京さんが、杉山さんを知るスポーツ関係者に、その人となりをヒアリングしたところ、異口同音に話してくれたのが、「人間性の良さ」であったという。

スポーツ選手としては、異質とも思える「特性」は、実は、杉山愛というテニスプレイヤーの基本部分を形成する大きな原動力にもなっていたようだ。

杉山さんは、グランドスラムのシングルス連続出場62回というギネスレコードを持つ。足かけ16年間に渡る記録である。
その間、大きなケガ・病気をすることなくコンディションを維持し続けるということは並大抵なことではない。地味なルーティンを黙々と繰り返すことでもあるからだ。
杉山さんの「フラットな人間性」は、人の見えないところで、コツコツと何かを積み上げることへの忍耐を可能にしたのではないか。

彼女の「人間的な魅力」は、努力して培った語学力と相まって、海外生活への順応力を高めることとなった。
チーム愛のスタッフも、外国人選手、海外のプレスも、杉山愛の笑顔と人間性を愛した。

ダブルスで発揮された無類の強さも、杉山さんの「人間力」を抜きには語れないであろう。個性の強い外国人選手も、杉山さんの懐に抱かれて、なお一層輝きを増したのであろう。

「人間性」という彼女の強みが、17年間のプロ生活を支えた、そして、その強みは、引退後のこれからの生活に、なお一層必要とされるものである。
杉山さんの前途は間違いなく明るい。


追記
この講演には45件の「明日への一言」が寄せられました。
http://sekigaku.jimdo.com/みんなの-明日への一言-ギャラリー/12月-7日-杉山-愛/

この講演には、下記の「感想レポート」を応募いただきました。
・自分を探す?創る?発見する?(加島弘敏/会社員/49歳/男性)

「庭師と植物学者は違う」  竹中平蔵さん

竹中先生が、好んで引用する言葉のひとつに、経済学者ポール・クルーグマンの言葉がある。

「庭師と植物学者は違う」

よい庭を造るためには、植物学の知見は必須である。植生を知らずして庭を造ることはできない。
しかし、植物学者が良い庭を造ることができるとは限らない。理論に詳しい人が実践に強いわけではない。

経済学者である竹中先生は、植物学者の側に位置する人である。しかし、小泉政権の経済閣僚として、庭師的な実践=政策立案と実行を担った人でもある。日本で数少ない、ひょっとしたら唯一の「庭師を経験した植物学者」である。
だからこそ、クルーグマンの言葉の重さが身に染みている。
実際の経済政策を語る際に、理論や思想に逃げ込もうとする学者・評論家が如何に多かったか。
基本的な理論も理解せずに、無茶苦茶な政策論を通そうとする政治家が如何に多かったか。
その両者の間にあって、批判と憎悪の矢面に立ち、論駁の責務を一手に担いながら、現実の問題に対処した。庭師と植物学者の違いを、身をもって認識し、違いを埋める重要性を痛感した人でもある。

庭師と植物学者の違い認識しつつ、相違を埋めるために、どうすればよいか。
そのヒントが、「経済古典」を読み直すことにある、と考えた竹中先生が、MCCで担当されたのが、【問題解決スキルとしての経済古典】という講座であり、その講義をまとめたのが『経済古典は役に立つ』という書籍である。
きょうの、夕学は、両者のダイジェストと言えるものであった。

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「へとへと」「わざわざ」「じりじり」 清水勝彦さん

「"戦略""総合"という名称が付いた部署名がたくさんある会社は要注意ですね。」
かつて、ある高名コンサルタントから聞いた言葉である。○○戦略部、戦略□□部、総合○○室、総合□□本部等々が氾濫している会社は、組織として迷走していることが多いという経験則に依拠している。
「総合戦略本部長」という名刺の人がクライアント側の責任者になった時、その案件は失敗を覚悟せねばならない、というオチまで付いていた。

15年振りに日本に帰国した清水先生が抱いた日本企業に対する印象もよく似ていた。
世の中に溢れかえる「戦略」というコトバ。
その一方で、「戦略」とは対極にあるはずの「現場の猛烈ながんばり」に頼っている多くの企業。
「戦略」の本質が理解される前に、「戦略」というコトバがコモディティ化してしまった日本の状況に驚かされたという。

きょうの夕学は、この不可思議な状況の描写とそこから抜け出すための道筋を示してくれる講演であった。

清水先生が主張したキーワードは三つ。
「へとへと」  「わざわざ」  「じりじり」
である。

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ポピュラーミュージックのイノベーター  菊地成孔さん

芸術やスポーツが、大衆エンタテイメントとして成立するためには、条件がある。
ズブの素人からその道のプロまで、幅広いファンを抱え、それぞれに異なった楽しみ方が存在することである。
例えばサッカーであれば、ルールが分からない人でも、贔屓チームの勝ち負けや人気選手のプレーに一喜一憂できる。一方で、サッカー経験者やオタク的ファンは、監督の采配や戦術、選手の技術論についてウンチクを開陳し合って楽しむ。選手・コーチ同士や職業評論家は、隠されたプロフェッショナリズムを忖度しようとするだろう。
それぞれの人が、各々の鑑賞リテラシーレベルに応じて、自分なりの楽しみ方を味わえる。それが、エンタテイメントとしての深みにつながる。

菊地成孔氏の問題意識は、自身のホームグランドであるポピュラーミュージックの世界には、「リテラシーレベルに応じた多様な鑑賞スタイルがない」ということである。
特に、音楽をたしなむ実践者やコアなファン層の間に、ポピュラーミュージックの技術論や構成テクニックに目を向けて、分析的に鑑賞するという習慣がないということだ。
彼の造語表現を借りれば「ポップアナリーゼ」という鑑賞メソッドの欠落である。

大衆エンタテイメントのど真ん中にあるポピュラーミュージックにおいて、あってしかるべき「ポップアナリーゼ」(実際に西欧社会には存在するという)が、なぜ日本の音楽シーンに根付かないのか。
菊地氏は、音楽理論史のフレームワークを使った壮大なる仮説を示しながら、その理由に迫る。

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異能の人  佐藤優さん

佐藤優氏は、外務省時代に「異能の外交官」と呼ばれていたと聞く。
「異能」という言葉は、佐藤氏を称するに、実に言い得て妙な響きを持つ。
同社大学大学院で神学研究に没頭したという異色の学歴。悪魔的な知識・教養と驚異的な語学能力。危ない仕事も厭わぬ胆力。有力政治家の懐に飛ぶ込み行動力。
ノンキャリアながら、ロシア、中東、ユダヤネットワークなど難しいとされる領域の外交インテリジェンス業務に抜群の実績を上げた佐藤氏は、キャリア官僚にとっては、恐ろしくかつ疎ましい存在であったに違いない。
「友達にはしたくないが、敵には回したくない」といったところか。
遠巻きにしながら、羨望と妬みをもって、その仕事振りを見つめていたであろう外務官僚達の姿が目に浮かぶような気がする。

さて、佐藤氏が、トレードマークでもある鋭い眼光で聴衆を見据えながら展開した話の中心は、「官僚論」および「現下の外交・国際問題」であった。

まずは、官僚論について
「偏差値秀才の弊害」が顕著になっている。
佐藤氏は、官僚のみならず、大企業の社員・マスコミ・知的専門家(弁護士、会計士等)全般に共通する知性の問題を俎上に上げた。
偏差値秀才とは、「真理の追究ではなく、通説を記憶し再現する能力に秀でた人々」だと喝破する。
通説に寄り添うことでは、大きな潮目の変化や大胆なブレークスルーを見定めることが難しい。日本の既得権益層が直面する問題である。

国民の「集団的無意識」は、官僚組織に「偏差値秀才の弊害」が蔓延することの危険性を察知している。国民の代表である政治家にも同じセンサーが働きはじめた。
小泉改革も、事業仕分けも、国民の「集団的無意識」と政治家のセンサーが共鳴した典型例だと佐藤氏は言う。

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身体に隠された「野生の人格」 甲野善紀さん

「親指というのは、かわいそうな指なんです。いつも支え役ばかりやらされている...」
「手というのは、自由にさせておくとすぐに悪さをします。だからこうして仕事を与えておかないといけない...」

甲野善紀さんは、身体の各部に「人格」を見いだしているかのような話し方をする。ここでいう「人格」とは、「わたしは何者か」を問い続ける近代自我的な人格ではなく、太古の人類が森で生きていた頃の「野性的な人格」である。
甲野さんが身体を語る口ぶりは、師が弟子を愛おしむような愛情に満ちているが、そこには上下関係はない。
わたし達が忘れ去ってしまった能力を、身体の中に隠された「野性的な人格」を通して呼び覚まそうという探求者的な位置取りであろう。

「武術を基盤とした身体技法の実践的研究者」である甲野さんに接触する多分野の関係者は数多いそうだが、「スポーツ系」と「ロボット開発系」の反応が対照的であるという。
「スポーツ系」の人々は、甲野さんの技を「分かり易い原理」で説明しようとする。やがて、言語ではうまく説明できないことがわかると急速に関心を失っていく。
「ロボット開発系」の人々は、甲野さんの技が「既知の原理」で説明できないことに驚く。だからこそ関心を持ち、新奇性を探ろうとする。
両者の反応の違いは、科学の先端にいる人々ほど、科学の限界を知っており、ブレークスルーの萌芽に敏感だからなのかもしれない。
身体の中に隠された「野性的な人格」を通して、未知の身体能力を探求しようという姿勢に、共感覚えるのではないか。

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仏像は、こころの係留装置である 多川俊英さん

奈良は、行政肝入りの大イベント「平城遷都1300年祭」で盛り上がっているようだが、興福寺関係者にしてみれば、「興福寺創建1300年」の方が断然重要だそうである。
北の比叡山延暦寺と並び「南都北嶺」と評され、時々の政治権力に対して大きな影響力を発揮していた政治の寺、興福寺の面目躍如といったところか。
多川俊英さんは、興福寺を統べる貫主を20年以上務め、「興福寺創建1300年」事業を統括する立場である。世が世であれば、平家も恐れた奈良法師の総帥である。

710年、時の権力者 藤原不比等は、平城京が東に張り出した外京の地に、自身の屋敷や藤原氏の氏寺である興福寺、氏神を祀る春日大社を次々と建立した。
この地は、春日山丘陵地の先端にあり、水はけ、景観、利便性等々、全てにおいて最高の立地条件であった。

しかしながら、天平の世=奈良時代は、けっして平穏な時代ではなかった。
不比等が逝った後、藤原北家が権力を掌握するまでの一世紀近くの間は、日本史上でも稀にみる政争の時代であった。
長屋王の変、不比等の後を継いだ四兄弟の病死(天然痘)、橘諸兄の乱、藤原仲麻呂の乱、道鏡の暗躍等々、血生臭い抗争事件が相次ぎ、権力者がころころと入れ替わった時代であった。
まさに、この時代に興福寺は着々と大伽藍を整えていった。

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グローバルワールドにおける日本 <寓話風>  リシャール・コラスさん

きょうは、趣向を変えて、リシャール・コラスさんの講演を寓話風にまとめてみました。


10年ほど前まで、ちきゅう村の市場には、三人の大きな商人がおりました。
「あめりか屋」、「おうしゅう屋」、「にほん屋」の三人です。

「あめりか屋」は、大きな家屋敷・田畑もあり、たいそうなお金持ちでした。明るく心の広い親分肌の商人で、新しく店を出す人には何くれとなく世話を焼き、市場に揉め事が起きれば、進んで仲介をしていました。

「おうしゅう屋」は、村一番の老舗で、「あめりか屋」も、その分家筋にあたります。老舗らしく気品と教養があって商売も堅実ですが、「あめりか屋」や「にほん屋」の勢いに押されて、かつてのように繁盛はしていません。

「にほん屋」は、店構えも小さく資産もありませんでしたが、やたらと働き者で、小さな仕事も厭わずにせっせと商売に励んだおかげもあって、「おうしゅう屋」を追い越し、村で二番目に大きい商人になりました。

「おうしゅう屋」「にほん屋」共に、「あめりか屋」相手の商売が中心で、たくさんの商品を買ってくれるので頭が上がりませんが、心のどこかで「あめりか屋」のやり方に危惧を抱いておりました。「お金が儲かればなんでもやる」という欲張りなところがあるからです。
「あめりか屋」は高利貸しや怪しげな富くじ売りで大儲けをしたこともあって、ここのところ、強欲な気質が一層目立っておりました。

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糸川からイトカワへ 川口淳一郎さん

東京駅前OAZOにあるJAXAの展示室には、日本発の実験用ロケット「ペンシルロケット」の実物大レプリカが飾ってある。全長23センチ。ペンシルとはよく名付けたもので、その昔、観光地のお土産屋に並んでいた、色鮮やかな"大きな鉛筆"を思い出してしまった。
小さなロケットは、形状はペンシルであっても、すでにロケットシステムとして成立しうる画期的な開発であった。
日本のロケット開発の父と言われる糸川英夫博士が主導した「ペンシルロケット」が発射実験を行ったのは1954年のこと。プロジェクトの年間予算は、560万円。
日本の宇宙開発は、いまも昔も予算との戦いでもあった。

それから56年。今年の6月、日本の小惑星探査機「はやぶさ」が7年間の旅を終え、ミッションを果たし、無事帰還した。
「はやぶさ」のミッションは、糸川英夫博士にちなんで命名された小惑星「イトカワ」に着陸し、世界ではじめて「サンプルリターン」の技術検証をすることであった。

糸川からイトカワへ。「はやぶさ」7年間の旅は、半世紀に渡る日本の宇宙開発研究の成果を知らしめる旅でもあった。

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見えない壁を取り払う 金井真介さん

『ミルコのひかり』というイタリア映画がある。
実在する盲目の映画音響技師 ミルコ・メンカッチ氏の幼少時代の実話が本になっている。
1970年初頭、事故で視力を失った10歳のミルコは、望まない全寮制の盲学校に入る。そこは、同じ境遇(視覚障害)にある子供達が、教会の庇護のもとに暮らし、電話交換手や紡績工として自立するための職業訓練を受ける学校であった。
創造性が豊かなミルコは、決められた職業に就くことを前提にした統制型の訓練教育になじめないでいる。
やがて、「音」に強い関心を持ち始めたミルコは、学校備品のテープレコーダーを持ち出し、さまざまな「音」を創り出すことに熱中する。
野にいる鳥のさえずり、シャワーで創る雨だれの音、紙くずをクシャクシャに丸める音は落ち葉を歩く足音になる。
ミルコは、仲間を集い、音響劇を創ることを思い立つ。というストーリーである。

この映画のテーマは、ミルコをはじめとする視覚障害の子供達が、自分達の可能性が、与えられた道以外に開かれていることに気づくことである。
同時に、視覚障害の子供達を思いやる側の盲学校が、無自覚的に、彼らの可能性を限定してしまっている現実を指弾している。

社会が、庇護という美名のもとに「見えない壁」の中に、障害を持つ人々を隔離してしまっている。そんな現実が至るところにあるのだろう。
ダイアログ・イン・ザ・ダークとは、そんな「見えない壁」を「体験」と「対話」によって取り払って行こうという静かな社会変革活動である。

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『論語』で学ぶ経験学習 松尾睦さん 

前回(21日)の夕学に登壇した大久保恒夫氏(前成城石井社長)が「経験学習」の実践家だとすれば、今回の松尾睦先生は、「経験学習」の理論家である。順番は逆になったが、松尾さんに理論的なフレームワークを、大久保さんが社長として取り組んだ「人を育てるマネジメント」に当てはめてみると、理論と実践が相似形をなすことがよくわかる。

1)経験を学びに結実させるためには、「経験学習のサイクル」を回す必要がある。
それは、「具体的な経験」を行う → 内なる振り返りから教訓を引き出す → 新たな課題に挑む → 「具体的な経験」を行う...というサイクルを回すことである

2)そのためには、「ストレッチ」「フィードバック」「エンジョイメント」の三要素をつなげることが大切である。
適度に難しい課題に挑戦すること。周囲から意見を求め軌道修正すること。仕事を楽しみ、没頭すること、をつなげるのである。

3)「目標・役割・使命」「他者との関係性」が学ぶ力を左右する。
何のために働くのかを掴むこと、どういう人間関係を築くのかが大きな影響を与える。

上記が、松尾先生が解説してくれた「経験学習」のフレームワークである。

そこで、本ブログでは趣向を変えて、東洋の先達から学ぶ「経験学習」に挑戦してみたい。教材は『論語』である。
『論語』については、このブログでも再三言及してきたが、私個人としては、「個の自律を謳いあげる書」「生涯を通じた学びを提唱する書」として読んでいるからだ。

さっそく、「経験学習」のフレームワークに沿って、『論語』の章句・一節を選び取ってみた。

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「当たり前のこと、多くの会社はそれが出来ない」  大久保恒夫さん

この数年、企業内人材育成の大きなテーマは、「人が育つ場としての仕事・職場」をいかに作るか、提供するかということであろう。学術的には「経験学習」と呼ばれるものだ。
ちなみに次回(10/25)に夕学に登壇する松尾睦先生(神戸大大学院教授)は、「経験学習」論の第一人者である。
松尾先生によれば「人が育つ場としての仕事・職場」の条件はシンプルである
1.適度に難しく、明確な課題を与えること
2.結果に対するフィードバックがあること
3.誤りを修正する機会(繰り返し)があること

こう書くと当たり前のように見えるかもしれないが、多くの人事教育担当者は、自社で展開することが難しいと頭を悩ます。
まず、「適度に難しい仕事」の数が限られていて、多くの人にアサインできない。
長期間のプロジェクトや大きな仕組みの一部分を回すだけ(それも重要なのだ)の人にはフィードバックが戻しにくい。
小さな失敗が取り返しのつかない事態を招くこともあり、失敗に鷹揚になれない。
経営者や現場責任者のコミットがないと進まない。 
等々の意見が噴出する。

当たり前のことほど、実は難しいものだ。

「私の話に目新しいことは一つもありません。当たり前のことです。」
「私は、自分のやっていることは包み隠さずお伝えしています。でも、多くの会社は、それができないのです」
大久保さんは、涼しげな表情でキッパリと断言する。

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「生命」と「時間」の関係を解明する  上田泰己さん

それは、夕学10年の歴史でもはじめての光景であった。
丸ビルホール300席を埋める聴衆は圧倒的に女性が多いのだ。ステージ前二列30席に至っては女性が25人、男性は5人。
控室には花束や贈り物が届き、写真撮影を希望する方が訪れる。これも夕学にはあり得ないことである。
きょうの主役は、上田泰己氏 35歳。生命科学界のプリンスと呼ばれる気鋭の研究者である。
端正かつ理知的な顔立ち、ソフトな人当たり、奥深くに潜むパッション。天は二物どころか三物、四物も与え賜うたと思わざるをえない。

「生命科学では2000年にイノベーションが起きました」上田先生は言う。
ヒトゲノムの解読プロジェクトがもたらしたものである。
ゲノム解読により、人間を構成する2万7千個の遺伝子のプロフィールが明らかになった。
これに伴い、生命科学の焦点は、2万7千個の遺伝子の働きを解明することに絞られていった。生命科学者は、ピペット片手に顕微鏡を除く辛気くさいスタイルから、物理学や情報工学の知見を使い、高性能コンピュータやロボットを駆使する研究へと変わったという。
「システム生物学」という日本命名の新しい研究分野が登場したのだ。
上田先生は、新大陸の先頭を走る研究者である。

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「見守りましょう」 中村安希さん

多くの知識人が推奨する名著に『逝きし世の面影』という本がある。
幕末から明治にかけて日本を訪れた欧米文化人が書き残した日本の見聞録を読み解いたものである。
著者の渡辺京二氏は、150年前に、先進国からやってきた人々が、極東の未開地と思われていた日本を見た印象には、共通点があるという。

「どこに行っても子供が愛情一杯に育てられ、笑顔に満ちているということ」
「庶民は、男女ともに好奇心が旺盛で明るいこと」  

彼らは、貧しいながらも健全な日本の暮らしぶりを見て、日本人・日本文化の水準の高さと将来性を評価した。これらの印象評価は、アジアの同胞に対して強圧的かつ狡猾な態度で侵食を進めた欧米列強が、日本に対しては、ある程度の節度を持って接したことの一因でもあるとされている。

150年の時を経て、先進国のひとつに数えられるようになった日本から、ユーラアシア・アフリカ大陸を訪れた26歳の若き表現者 中村安希さんが訪れた国と人々に抱いた印象は、欧米人がかつての日本に抱いたそれと、似ているようでもある。

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「失敗学のジレンマ」  中尾政之さん

中尾先生が、講演の前フリとして、問わず語りに話してくれたエピソードから始めたい。ここに「失敗学のジレンマ」が凝縮しているように感じたからである。

某大手メーカーが販売した携帯電話でクレームが発生した。 充電器に差し込んだまま、フトンの中に長時間放置したことで発熱し、フトンが焦げてしまったというものだ。「電器あんか」ではあるまいし(中尾先生談)、使い方の問題ではと思いたくもなる事故ではあるが、メーカーは、敢然とリコールを決定し、販売済みの115万台の携帯電話の回収を決めたという。 同様のクレームが7件報告されていたからである。

115万のうちの7例に発生した事故の全責任をメーカーが追う。マスコミは、メーカーの責任を声高に追及し、事故撲滅に向けた投資を要請する。
それが、日本のリスクマネジメントの実像である。

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「イケてるストーリーが人を動かす」 楠木建さん

『ストーリーとしての競争戦略』のまえがきに、楠木先生が、中古車買取業「ガリバー」の戦略を考えた村田育生氏(当時:代表取締役副社長)に初めて会った時の逸話が書かれている。
初対面の楠木先生に対して、村田さんは「ちょっと、この話聞いてよ!」という感じで、ガリバーの戦略を語ってくれたという。その姿は、自分で話すのがおもしろくて仕方ないという調子で、いかにも楽しそうだった。
「こういうことをやると、こうなって、そうするとこういう動きが出てくるはずだから、きっとこうすれば上手くいく!...」という風に、流れるように話が進み、中古車販売業界には素人であった楠木先生も「なるほど」と頷けるような納得感があったという。

そこには、戦略コンサルが駆使する「テンプレート」もない。ベンチャーファンドが重視する「ビジネスモデル」もない。
あるのは「イケてる」ストーリーであり、語り手と聴き手に共有された高揚感であった。

確かに、革新的なビジネスアイデアの多くは、レストランの紙ナプキンやコーヒーショップのコースターの裏側に殴り書きされたメモから始まるという。
それを逆手に取った『Back of the napkin』(紙ナプキンの裏)なんていう思考法も喧伝されているほどである。

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「自分で考える」 清水宏保さん

スピードスケーター清水宏保の姿には、磨き上げられた造形芸術のような美しさがあった。
氷面に這いつくばるような低い姿勢が飛び出るスタートは、獲物を見つけて走り出すチーターを彷彿させた。瞬発力を支える下半身の力感は、ギリシャ彫刻を思わせた。ストイックな姿勢は、宗教求道者のようであり、内なる声を確かめるように発するコメントは哲学者のようでもあった。

きょうのお話を伺うと、「清水宏保」という芸術作品は三つの要素で成形されたようである。
ひとつは、父と母であり、ふたつめは、ぜんそくという宿痾であり、いまひとつは、162センチという身体である。

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「愛でる」という感覚を取り戻す 中村桂子さん

地球上にはじめて生命が誕生したのは38億年前、深海で生まれたバクテリアのような単細胞生物ではなかったかと言われている。驚くべきことに、そのDNA構造は、我々人類とまったく同じであるという。
つまり、生命は38億年前から連綿と続いており、現在地球上に存在する多様な生物は、全て繋がっている。
生命とは、「時間」と「関係」で成り立つ巨大なネットワークでもある。

人類が登場したのは15万年前のアフリカ大陸。農耕の発明により「生物圏」から「人間圏」というサブシステムが枝分かれしたのが1万年前。産業革命により、爆発的な拡大過程に入ったのは、わずか200年前のことである。
現在、人類の拡大速度は、地球の物質循環のそれを大きく上回る「異常な状態」にある。

「異常な状態」にいる私達は、自然を制圧する対象として捉え、科学技術をその道具として開発活用してきた。
中村先生は、「その関係図式を変えよう」と言う。
科学技術と自然の間に人間が入り、両者を融合させる役割を果たすべきだ、とする。

そのためには、価値観(世界観)を変える必要がある。
産業革命以来の「機械論的世界観」から「生物論的世界観」への転換である。
自然は数式で記述でき、人間も機械のような構造体と認識する。だから要素分解することで全てが解明できる。そう考えるのが、「機械論的世界観」である。
「生物論的世界観」は、世界をあやふやで、柔らかく、変化しつづける存在として理解する。だから複雑で、曖昧で、いまもってよくわからないものと考える。

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「言葉」が政治を動かす時代 佐藤賢一さん

「フランス革命」はフランス人にとって、語るのが苦手なテーマらしい。
「王家の伝統」と「自由・平等の価値観」という、ふたつの「フランスの誇り」が激しく対立し、結果的に「王家」を断絶させてしまったという事実を、フランス人は、いまだに消化できないでいるのではないか。
フランスを舞台に数多くの歴史小説を書いてきた佐藤賢一さんの見立てである。

だからこそ、外国人であり、作家である自分が語る。
客観的な視点から全体を俯瞰し、歴史的事実から抜け落ちている部分を直観とひらめきで埋めれば、本当の「フランス革命」に肉薄できるかもしれない。
構想5年、全12巻の大河小説『小説 フランス革命』に取り組む理由がここにある。

日本とフランスは、よく似ている点と大きく違う点があるという。
欧州の歴史家は、江戸幕藩体制とフランス絶対王政は、よく似た封建主義形態と認識しているらしい。中央に王権(将軍家)が君臨する一方で、各地の領主にも封建的な統治権を認めている。

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明治の青春物語が削ぎ落としたものは何か  松本健一さん

松本健一さんは、NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』の外部諮問委員も務めている。司馬遼太郎の代表作とされながら、司馬が映像化を頑なに拒否したという、いわく付の作品である。
司馬の思いがどこにあったのか、いまとなって知るよしはない。同じように在野の歴史著述家であり、生前から交流のあった松本さんの役割は、歴史的な考証と司馬のこだわりをバランスさせながら、ドラマ作りに寄り過ぎる余りに、ありえない設定・描写に走らないよう、台本をチェックすることだったという。

『坂の上の雲』は歴史書ではなく、物語である、と松本さんは繰り返す。
そこには、「明治という時代」に対する司馬さんの肯定的な歴史観が反映されており、日本の青春時代を、あえて明るく描き出すために、意図的に触れなかったいくつかの史実があるという。
きょうの講演は、それを忖度しながら読み込むという『坂の上の雲』の高度な楽しみ方を教えていただいた。

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神は細部に宿る  種田陽平さん

「映画は“総合芸術”と言われますが、わたしはこの言葉が嫌いです」

実は控室で、何気なく、「映画って総合芸術ですよね」と口にしてしまったのだ。その言葉に敏感に反応した種田さんは、ソフトで紳士的な対応ではあるものの、力強く反論をされた。
そのまま講演に臨んだ第一声が、冒頭の言葉であった。
映画美術という、個別具体的な部分を担うプロフェッショナルとして、総合という、わかったようで、よくわからないタイトルで、自分の仕事を「ひと括り」にまとめて欲しくはない。そういう意志を感じた。

ふと、分子生命学者の福岡伸一さんの言葉を思い出した。

「部分をいくら集めても、全体にはならない」
「部分をいくら見ても、全体はみえない」
生命は、絶え間ない流れの中にある動的なもの、絶妙なバランスを保ちながら同一性を維持し続けている。部分の集合体は全体でない。
それが福岡さんのお話であったが、「映画芸術」とは、それと正反対のようである。

「部分に徹底してこだわることで、全体に命が宿る」
種田さんなら、きっとそう言うだろう。部分を担うプロの矜恃を持った人である。

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「共同体」ではなく、「共異体」という発想を 小倉紀蔵さん

中国のGDPが日本を追い抜くこと。
韓国併合から100年を迎えること。
韓国思想・文化を専門とする小倉紀蔵先生は、この二つの事実をもって、「日中韓2010年問題」と呼んでいる。
それは、東アジアが150年前の「正常な姿」に戻ることに他ならない。言い方を換えれば、この150年が「異常な姿」であっただけのこと。
有史以来、経済的にも文化的にも、東アジアの中心は中国であった。その差は圧倒的であったのだから。
一方で、世界は異常化する。この20年の中国の急成長は、中国の影響力がグローバルしたことに他ならず、歴史上はじめて、東アジアが世界の中心になる時代が到来したのである。
これが21世紀世界に混乱をもたらすことは間違いない。

東アジア秩序の「正常化」と世界秩序の「異常化」という流れの中で、日本と韓国の果たすべき役割は何か。かつてのように、中国に盲従的に付き従うことではないはずだ。
新たな東アジア像を構築しなければいけない。ただし、日本人が、当然のように発言する日本中心の発想からも抜け出さなければならない。
それが、小倉先生の主張である。

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クールヘッドとウォームハートの人 柳家喬太郎

「あたしゃあ、なぜ、いまここにいるんでしょうかね。いまもってよくわかんないんです」

出囃子で登場するなり、見事なつかみで、会場に笑いを起こした柳家喬太郎師匠。
「いまもっともチケットが取りにくい落語家」と評されるだけあって、きょうも春日部高校での二回の公演を終えて、夕学が、三つめの御座敷とのこと
「Noを言わせない交渉術」を誇る夕学スタッフの熱意に感じ入ってくれたのか、疲れたそぶりもみせずに、二時間たっぷりとお話していただきました。

半数の人が、落語を生で見るのは初めて、ということを知ると、芸能としての落語論をさらりと紹介してくれる。
しかも五代目志ん生六代目円生八代目正蔵(彦六)といった昭和の名人達のモノマネも随所に織り込んで、落語ファンのこころもしっかりと捉える。さすがである。

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歴史から学ぶ経済学 若田部昌澄さん

リーマン・ショックからほぼ2年。
-未曾有宇の金融破綻は回避できたものの、回復状況は国ごとにまだら模様で、成長の足取りは鈍い。なによりも「出口戦略」をどう描くかという大きな問題は積み残されている-
これが世界で共有されている経済の現状認識になる。
この認識を踏まえて、世界恐慌や昭和恐慌など「危機時の経済学」を専門とする若田部昌澄先生は、経済学を取り巻く二つの「危機」に言及した。

1)いま世界が直面する経済危機
2)経済学そのものの危機

1)の危機は、冒頭の現状認識に起因するからわかりやすい。
2)の危機は、「なぜ、経済学は、この危機が予測できなかったのか」「合理性で塗り込められた既存経済学への批判が、行動経済学ブームを誘っている」といった声として喧伝されている。

若田部先生は、世界大恐慌時の状況と比較できる諸々の資料を提示しつつ、「経済学の歴史的な知見は、十分に有用である」と語る。

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藝術は身近なものである  宮田亮平さん

いま慶應MCCのagoraで、受講生に混じって「老荘思想」を勉強している。
こちらをご覧ください)
「太上は、下之有るを知るのみ」
『老子』の一節にある言葉だ。
優れたリーダーは、下の者からは何をやっているのかわからないほど存在感を消している、というような意味である。

「水のような人間であれ」
老子が繰り返し強調しているメッセージである。
水は何処にでも流れる。清流も、汚濁も、小川も、大河も、変わらずに流れる
水はだれにも合わせられる。相手の良いところを得て、何色にも染まる。
水は全てを洗い流す。汚辱、混乱、腐敗、あらゆるものを清める。
水は万物を育む、実りをもたらす。万物の母であり、父である。

宮田亮平先生は、まさに「水の如く」ある人ではないだろうか。

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失敗しても納得できるのは、自分のやりたいこと  遠山正道さん

およそ社長らしくない雰囲気を漂わせる人である。
いでたちはオシャレというより奇抜に近い。企業経営者の装いではなく、クリエイターや芸術家のそれである。
それもそのはず、コンランショップのパッケージデザインやイデーの家具デザインなどを手がけ、ニューヨークや青山などで個展を開いている芸術家肌の人である。
「三菱商事初の社内ベンチャー」で、日本の社内ベンチャーでも希有な成功例、Soup Stock Tokyoの創業社長ということで、立て板に水のように美しく戦略論を語る人かと思ったら、まったく違うタイプの人である。

この数年、経営学(戦略論、組織論)の世界で注目されている概念に「ストーリーテリング」という考え方がある。
経営戦略や理念・ビジョンを社内外に浸透させる際に、ありありとした魅力的な物語を語るという手法である。
一橋大の楠木健先生によれば、

「イケてるストーリー」「その線でやってみようじゃないの!」という気にさせる

というものだ。
分析的で客観的であることより、感覚的で主観的であることに特徴がある。
「自分はこれがやりたい!」
そういう熱い意志がたっぷりと詰まったストーリーが、他者をその気にさせる。

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一隅を照らす 野口吉昭さん

コンサルテーションという言葉の語源は、ラテン語のconsultare (協議する)という言葉に由来するといわれている。分解すれば、 con(共に)+sedere(座る)=共に座る、という意味になる。
コンサルティングには、元来クライアントとの協働という概念が包含されているのだ。

社会心理学の泰斗エドガー・シャインは、もう一歩進めて、プロセスコンサルテーションという概念を提唱した。

「クライアントとの関係を築くこと。それによって、クライアントは自身の内部や外部環境において生じている出来事のプロセスに気づき、理解し、それに従った行動ができるようになること」
人間は他者にしてやれることは、人が自ら気づき、行動するための支援活動しかない、という人間観がベースになっている概念である。

野口吉昭さんが率いるコンサルティングファーム HRインスティテュートは、クライアントの「主体性を挽きだすこと」をミッションに掲げている
自分のため、人のため、人々のため、個人ン・チーム・組織の可能性を挽き出すことで社会を変える支援をすることにある。
ここに、野口さんの、コンサルタントとしての明確で、揺るぎない立ち位置がある。

野口さんは、「コンサルタントの仕事術」というお題に対して、3つの能力を説明することで解答とした。
1)ストーリー力
2)質問力・解答力
3)習慣

具体的な内容については、是非野口さんの著書をお読みいただきたいと思うが、これらに共通するのが、「相手軸」で考えるというスタンスであろう。
相手(クライアント)が気づくための質問。
相手(クライアント)を動かすための解答。
相手(クライアント)をその気にさせるためのストーリー。
相手(クライアント)に寄り添い、相手の主体性を挽きだすためのスキルを駆使することが、コンサルタントの仕事術に他ならない。

クライアントを部下、社員、顧客に置き換えれば、リーダーとして、経営者として、営業マンとしての仕事術にも、そのままあてはまる。
人間が、他者にしてやれることは、人が自ら気づき、行動するための支援活動しかないのだから。

一隅を照らす
最澄が語ったという言葉を、野口さんは座右の銘にしているという。
「今、あなたのいる、その場所を照らしなさい。
 そう今、まさにいるその場所を。
 あなたの周りの家族、職場、地域社会を。」

日本を取り巻くマクロ環境を分析すると、世界のおける日本の位相は大きく変わろうとしている。経済規模や豊かさを誇る時代は終焉を迎えつつある。
成熟社会・成熟経済の日本にあって、「一隅を照らす」活動はどこにあるのか。

野口さんは、ソーシャルアントレプレーナー(社会起業家)と呼ばれる若者達に、来るべき社会のモデルを感じているという。
フローレンスの駒崎弘樹氏
マザーハウスの山口絵里子氏
カタリバの今村久美
みやじ豚.comの宮地勇輔氏
かものはしプロジェクトの村田 早耶香氏
若い社会起業家をゲストに招き、語り合うラジオ番組「Yokohama Social Café」という番組を自ら企画・スポンサードし、DJもやっているという野口さん。
これもまた、野口さんにとっての「一隅を照らす」ことに他ならない。

電気自動車というイノベーション

SFCの清水浩という先生が、八輪駆動の、ユニークな形状の電気自動車を開発している、という話は、以前から知っていた。
夕学五十講にお呼びしようという話も何度か出たが、その頃はまだ、「夢を追う研究」という認識で、どうせ将来の夢なら、クルマというすでに存在するものではなく、もっと新奇性のあるものを、などと思い、お声掛けを遠慮したという経緯がある。

「この2年で劇的に変わった」
当の清水先生が言うように、電気自動車に対する社会の期待は、「夢のクルマ」から「現実のクルマ」へと変容した。おりしもこの日、三菱自動車が「i-MIEV」を200万円台の価格で発売予定という記事が新聞紙上を飾った。
清水先生は、「夢を追いかける研究者」から「クルマを変えるイノベーター」へ、その評価を変えつつある。

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苦を苦として認めること 小池龍之介さん

小池龍之介さんは5時過ぎに会場入りし、別室で一時間ほど瞑想に入った
きょうの講演に向けて、意識を集中するためである。

簡単な打ち合わせを終えて、6時15分からは、開演前のステージ上で座禅を組み、再び瞑想をした。
会場の光、音、温湿度など環境情報が自分にどんな感情を呼び起こしてくれるのか、わずかな心身の働きに意識をフォーカスするためである。

講演は、ささやくような小さな声であった。
聴衆の意識を意図的に集中させるための仕掛けのようにも思える。
(あまりに小さくて、マイクで拾いきれなかった面もあったようです。たいへん申し訳ありませんでした)

話の合間に、わずかな間、沈黙がある。よく見ると目を細め、仏さまのような半眼瞑想のようでもある
いま、この瞬間に自分の心に浮かんでくる感情や思いに耳をすませていているのかもしれない。


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「やまとごころ」を、胸を張って誇りたい  中西進さん

中西進先生に対して、「やまとごころを問う」という演題をお願いしたのは、あまりに直截過ぎて、“やまとごころ”っぽくないことだと心配していた。
幸いにして、その心配は杞憂であった。
受け取り上手、聞き上手の中西先生は、「本歌取りを使った高度なお題をいただきました」
と受け止められた。少しだけ楽しんでいただけたようだ。


靖国神社に併設された「遊就館」という資料館に入ると、入り口に和歌が飾られている。

敷島のやまと心を人とはば、朝日に匂う山桜花(本居宣長)

はじめて「遊就館」を訪れた時に、こういう施設の最も象徴的な場所に、この句が掲げられていることに対して、直感的な違和感を抱いた。
句の意味(特に後半)は、実に私達の心情にピッタリとくるけれど、それゆえに靖国の象徴にして欲しくはないという感覚である。

中西先生なら、どう料理してくれるのか。
そんな思いで、「やまとごころを問う」という演題をお願いした。

先生は、浅はかな思惑を全て見透かしたうえで、想像以上の巨視的なスケールで、しかも極めて日本的に(曖昧に)お話を展開してくれた。

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「企業の使命と責任」 坂本光司さん

いまから80年ほど前、第一次大戦の後遺症と世界恐慌の傷を癒しきれていないオーストリアに、若きピーター・ドラッカーがいた。
彼は、欧州にヒタヒタと広がる全体主義と社会主義に強い違和感を抱いていた。

一国の利益、個人の利益の最大化を追究する経済至上主義は、人々を幸せにすることはできない。

新しい時代は、人間を歯車として扱うのではなく、自由意思を持った生身の存在として機能させるできである。

その主役は、政治・行政ではなく、挑戦意欲とイノベーション精神をもった企業であるべきだ。


そう信じたドラッカーは、米国に渡り、『CONCEPT OF CORPORATION』(邦題:「企業とは何か」)という本を書いて、世に出た。
そして、新時代の主役である企業が発展拡大するためには、「マネジメント」が鍵を握ることに辿り着き、以降「マネジメントの発明者」として大活躍する。

遅れること50年、ドラッカーが愛した日本で、坂本光司先生は、6000社に及ぶ中小企業を「はいずり回るように」訪ね歩きながら、同じ問題意識を抱いていた。

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「男おひとりさまは女縁に学べ」 上野千鶴子さん

『男おひとりさま道』という本は、中年男には、けっして気持ちよく読める本ではない。
「オレが大黒柱だ!」と鼻をうごめかせている男どもの前に、上野先生がツカツカとやって来て、「アンタ達、だからダメなのよ。これでも読みなさい」と、見たくなかった現実を突きつけたような本である。
上野先生も、本音を言うと、この本を書きたいとは思っていなかったようだ。
「だから男おひとりさまについて書くのは嫌だといったでしょ。明るい話にならないもの」
という記述が本書にはある。
『おひとりさまの老後』が75万部のベストセラーになり、色気が出た編集者が、「先生、男のおひとりさま本も必要ですよね」と無理やり口説き落としたのかもしれない。
いや、つまらぬ憶測はやめよう。
「アンタ、だからダメなのよ」と上野先生から叱られそうだ。

上野先生の講演は、理論整然、論旨明快。皮肉とユーモアを随所に織り込んで進んでいく。身につまされながらも、男のバカさ加減に思わず笑ってしまう。そんな2時間であった。

男であれ、女であれ、老後を「おひとりさま」で過ごす人々の数は、ますます増えていく。
それは、成熟社会に入ったわれわれが直面する当然の帰結であって、望むと望まざるとにかかわらず起きる事象である。
だとすれば嘆いたり、文句を言ったりする前に、せっせと準備をしないといけない。
上野先生はそう指摘する。

おひとりさまの問題は、家族に変わる代替ネットワークが存在しないことだという。
環境が変わった(少子化、家族観の変容)のに、いざという時に頼りにする杖は昔のまま(子供)で、すでにすっかり弱くなっていることに気づいていないことだ。

「家族持ち」から「人持ち」へと、上野先生は提唱する。
結婚がデフォルトである時代が終わり、なおかつ少子化が進めば、家族・親族ネットワークは縮小していく。いざという時に頼りになる「第三のネットワーク」を持つことが幸せな暮らしに繋がっていく。
「選択縁」
上野先生は、このネットワークをそう名付けている。
巷間叫ばれる地域コミュニティーの再生ではない。自分の意志で「選択」でき、自発性とゆるやかな所属によって成り立つ新しい「縁(えにし)」のあり方である。

加入・脱退が自由で、
強制力がなく
包括的コミットメントを要求しない
それが「選択縁」の定義になる。

「選択縁」のノウハウは、圧倒的に女の世界が先行しているという。
例えば転勤族の妻達に代表されるように、女性達は、デラシネ的生き方をいち早く適応してきた。
知り合いがいない。親戚がいない。頼る人がいない。自分でゼロからネットワークを結び直さねばならない。
女性達は、そういう環境で、ネットワークを培う術を身につけてきた。
上野先生は、これを「女縁」と呼ぶ。
子供の預け合い。料理のお裾分け、お土産や心遣い。礼服の貸し借り。冠婚葬祭の手伝い。なんと不倫の手助けまで、彼女達は相互扶助的ネットワークを築くことが巧みである。
「女縁」の達人のネットワークマップを分析すると、複数の性格の異なる集団に所属し、いずれもアクティブに活動している。しかも、ネットワークのコンパートメント管理が出来ており、いくつもの顔を集団の性格に応じて使い分けることができる。
「こちらがダメなら、あちらがある」
というリスクマネジメントが為されているのである。

男達は、女性達のネットワーキングメソッドに、謙虚に学べばよい。
ところがそれが出来ない。
数少ない「男縁」の存在を調べてみると、実に心もとないという。
「こいつと知り合うと役に立ちそうだ」という下心が透けてみえる。力関係や権限にこだわる。名刺がないと自己紹介が出来ない...。
ビジネス世界で染みついたノウハウを、そのまま持ち込んでしまうのだ。
しかも、上手にやっている人達は、決まって出世していない。
仕事の成功とおひとりさま道の幸せは比例しないようだ。 

だとすれば、先行している「女縁」にあとから入れてもらうのが得策だ。
「女縁」も、異質性の加入は、限度を超えなければウェルカムとのこと。
その時に必要なのは、「下り坂をおりるスキル」だという。
自分の「弱さ」を正直に吐露することだ。
男同士で張り合いながら助け合うより、「女縁」に入って、上手に弱音を吐くことだという。
なるほど、確かにこれは真理だという気がする

「イノベーターは、人の心に火をつける」 伊丹敬之さん

伊丹敬之先生の東京理科大学での役職名「総合科学技術経営研究科長」をカタカナ表記すると「ソウゴウカガクギジュツケイエイケンキュウカチョウ」となる。
案の定、ご紹介の際に言い間違えてしまったところ、
「当校の学長も正確に言えたことが一度もない。やっぱり彼も間違えた(笑)」
「こんな舌を噛みそうな名前は止めて、シンプルにしようということで“イノベーション研究科”になる予定です」
とのこと。
たいへん失礼をいたしました!!

さて、伊丹先生が「イノベーション」を重視するのは、大学院の名称問題だけではない。
日本の産業の生きる道が、「イノベーション」に集約されると考えているからである。
少子・高齢化が劇的に進む日本では、内需振興には限界がある。
外に目を転ずれば、中国大陸という巨大市場が、いままさに開花の時期を迎えている。この巨大新市場は、日本の産業構造を決定する可能性を秘めている。
戦後日本の産業構造が、アメリカ大陸という市場の要求に応えること決定してきたように、中国大陸を発信源とした産業構造転換が起きなければ日本は成長できない。
その鍵を握るのは、「イノベーション」に他ならない。

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「自分で選んで歩く」 佐々木常夫さん

「誰が選んでくれたのでもない。 自分で選んで歩き出した道ですもの...」

大女優 杉村春子 生涯の当たり役「女の一生」の名台詞である。
遊女の私生児として広島の色街で生まれた女性が、日本の近代演劇を代表するカリスマ女優にまで上り詰めた、杉村春子の生涯を象徴するような台詞として、あまりに有名である。

この台詞に力を与えるのは、強烈なまでの「自己決定の原理」である。

「人間は、生まれながらにして自由なのではない。自由な意志を行使する限りにおいて、自律的な存在であるゆえに、自由なのだ」

カントはそう言った。

佐々木常夫さんの人生は、壮絶なる「男の一生」である。
年子で生まれた三人の子供の育児。
自閉症を抱え、しばしば問題行動を起こす長男の世話。
肝臓病に加えてうつ病を患い、20年間で43回の入院と3回の自殺未遂を繰り返した妻の看護。
東レの戦略スタッフ、経営幹部としての激務と度重なる転勤。
その全てを引き受けて、破綻することなく、それでいて飄々とやり抜いた。
想像を絶する、凄まじい一生である。

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「自分だけの本、自分だけの雑誌」 小林弘人さん

小林弘人さんは、インターネット黎明期から、IT・ネットと出版のクロス領域をドメインにしたメディアビジネスを次々と興し、成功させてきた人である。
大ベストセラーになった『FREE』の監修・解説も手がけ、フリミアム(FREEMIAUM)と呼ばれる新しいマーケティングの啓蒙者としても知られている。

小林さんは、「誰でもメディア」の時代が到来したと言う。
メディアがひと握りの専門家による独占から解き放たれ、企業活動も個人生活や思考もメディアになり得るという意味である。
Webサイトやブログを持つこと、ツイッターでつぶやくことが「誰でもメディア」ではない。
あるテーマについて、秀でたコンテンツ制作力・編集力を持ち、自らを核にして、少なくとも数千人レベルのコミュニティを作り、維持できる求心力と牽引力を持った存在でなければならない。
これが、至るところに勃興していることを称して「誰でもメディア」と名付けているのである。

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「発想の考動力」は野生の思考法  三谷宏治さん

三谷宏治さんの「発想の考動力」というタイトルとコンセプトを聞いて、ジャンルの異なるふたつの逸話が頭に浮かんだ。

ひとつは、梅田望夫氏の「高速道路とけものみち」論。
もうひとつは、杉田玄白が『解体新書』を翻訳した時の苦労話である。

梅田望夫氏は、ネット社会を「高速道路とけものみち」が連続する社会だと論じた。
世界がネットで繋がり、無料のフリーウェイを自由に利用することができる。何処にでも、短時間で、快適に行くことができる。
しかし、高速道路だけでは、けっして目的地には辿り着かない。料金所を下りると、そこには鬱蒼たる森に通じる「けものみち」があるだけである。
ネットという高速道路を使ってある程度の情報や知識は得られるが、真の価値を創出するためには、「けものみち」を歩き通す体力と知恵が求められるというわけだ。

『解体新書』は、安永3年(1774年)、杉田玄白が翻訳した日本で最初の西洋医学書である。
彼は、当時オランダ語(蘭語)がほとんど出来なかった。当然ながら辞書もなく、教えを請う師もいなかった。翻訳は、あたかも暗号を解読するかのような手探りの作業であったという。
中でも困難を極めたのは、鼻の項目にあった「フルヘッヘンド」という語彙だったという。
この意味がどうにもわからず、片端から文献をあたった末に、ようやく辿り着いたのが、「木の枝を断ちたるあと、フルヘッヘンドをなし、庭を掃除すれば、その塵土聚(あつま)りて、フルヘッヘンドをなす」という訳注文だった。
つまりフルヘッヘンドとは、「うずたかく盛り上がった形」という意味であったのだ。
当時の人々が、外来の先端知識を身につけるのに、いかに苦労したのかを物語る逸話である。

三谷宏治さんが主張する「発想の考動力」とは、高速道路の運転テクニックではない。
「けものみち」に求められる、動物的な生存能力である。
そして、「フルヘッヘンド」のエピソードは、江戸の知識人達が、いかようにして「けものみち」を歩いたのかを教えてくれる。
「発想の考動力」の具体例に他ならない。

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健全なる懐疑精神を持とう 松尾貴史さん

「芸能人は“運”で生きている人種です」
「自分の人生が、努力や実力を越えた次元にある“運”で左右されることを受け入れている人間が入ってくる世界だから...」
芸能人にゲンを担ぐ人や霊感を信じる人が多い理由を、松尾さんは解説する。

もちろんゲン担ぎは、芸能人だけではない。
先日夕学の登壇した伊東乾先生によれば、人間の脳は、「理性」が「情動」に勝てないように出来ているらしい。
「情動」を支配する動物的な古い脳(大脳辺縁系)の方が、「理性」を司る人間的な新しい脳(大脳新皮質)よりも、ほんの少し早く反応するからだ。
古い脳の反応は、人間の心身状態をロックインし、理性的思考に縛りを掛けてくる。

信じたいものしか信じない。信じたくないものは信じない。
それが人間である。

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「笑いの効用」 伊東乾さん

伊東乾先生の講義は盛り沢山の内容で、正直な話、消化不良を起こしそうになった。そこで思い切って、「笑いの効用」に絞り込んで論をまとめてみたい。

「絶望の反対は、ユーモアだと思う」

希望学を提唱する東大の玄田有史先生は、かつて、宇多田ヒカルが語ったという言葉を紹介してくれた。
ユーモアがなくなった時、人間は絶望する。
どんな困難な状況、悲惨な境遇に陥っても、ユーモアさえあれば、希望に繋ぐことが出来る。
ユーモアには、そんな「力」がある。


「吉本の漫才を聴くと、血糖値が下がる」

遺伝子工学を専門とする村上和雄先生が、吉本興業の協力を得て実証研究をした科学的知見である。
二万個以上あるという人間の遺伝子のうち、23個の遺伝子が、お笑いを聴くことで活性化する。それが人体にプラスの影響を及ぼす。
お笑いには、そんな「力」がある。

伊東乾先生の「笑いの効用論」には、上記を一歩進めて、脳科学的な解説が加わる。

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「対話というデザイン」 平田オリザさん

昨春、慶應MCCの夕学プレミアムagoraで「平田オリザさんと創る【表現力を磨く演劇ワークショップ】」を開催した。
オリザさんは受講者に、A4一枚の短いシナリオを提示する。
汽車の中、4人掛けのボックス席に、AとB(友人らしき二人)が向かいあって座っている。二人は、とりとめのない低温の会話を交わしている。そこに見ず知らずのCが登場し、コンパートメントの空席に座っていいかを確かめるとことからシナリオははじまる。

C「あの、ここよろしいですか?」
B「あぁ、どうぞ、どうぞ」
C「すいません」(雑誌を広げて読み始める)
B「いえいえ...」

この後に、Aが「旅行ですか?」とCに問い掛けるところが、このシナリオのキーポイントだという。
見ず知らずの人に、何のとっかかりもない状態で話しかける。
オリザさんによれば、このセリフが日本人は、どうにも苦手だという。

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「一輪の花に本質を見いだす感性を」 莫邦冨さん

莫邦冨さんの熱い講演の翌日、よく知る夕学受講者の方からこんな主旨のメールが届いていた。

日本人が中国の実情にうといこと、また、偏った情報しか持たないことが、よく分かりました。 ちょっと厳しい言い方ですが、日本人は豊かになりすぎて情報感度が相当鈍っているんじゃないでしょうか。

私も、自省の思いを込めつつ、強く同感する。

国家経済が、10%近い成長を20年近く続ければ、社会がどれほど豊かになるか。
私たちは、身をもって体験してきたにもかかわらず、同じ旅程を少しばかり遅れて走り出した中国に対して、あまりに鈍感ではなかろうか。

成功を妬み、失敗を喜ぶ。したたかさに目を背け、つまずきにほくそ笑む。
屈折した感情から抜けきれず、客観的な見方を持てないでいる。
中国を見下していたい。そんな潜在意識がバイアスとなって、中国の問題点にばかり目が向いてしまう。
かつて(今も?)、欧米に「エコノミック・アニマル」と揶揄された日本が、同じような視線を中国に向けている。

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パトスの論理 村上憲郎

エグゼクティブを専門とするヘッドハンター達の間には、「外資系企業の日本法人トップ候補者」というリストがあるという。
およそ200名程度と言われるリストメンバーの中で、90年代~2000年代初頭にかけて、常に上位に名前があった人物が何人かいる。
例えば、前ライブドア社長の平松康三さん。アメックス、AOL、インテュイット等々のトップを歴任した。平松さんは、夕学にも登壇され、私は、その時の印象を「熱きストラテジスト」というタイトルでブログに書いた。

村上憲郎さんも、そのリスト上位者のひとりであった。DEC社を皮切りに、Docent社、Northern Telecom社の日本での経営を担ってきた。

平松さん、村上さん共に全共闘世代。学生時代は勉学よりも学生運動に熱中し、若くして挫折を経験した経歴も似ている。
平松さんは、「クビを宣告された日に泥棒に入られた」という貴重?な経験を講演の掴みネタにしているが、村上さんの人生も、そう大きくは違わないのではないか。
波瀾万丈の人生を、したたかに生き抜いた人である。

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「市場は創造するものである」  内田和成さん

内田和成先生には二種類の著作がある。
ひとつは、専門領域である「経営戦略」に関わる内容であり、仮にこれを「コンテンツ系」と呼ぼう。
いまひとつは、モノの見方・考え方・分析の仕方を紹介したもので、こちらは「思考系」と言える。
それぞれ、単独でも十分に面白いが、出来れば、両方の系統を並行して読まれたい。戦略コンサルタントの「頭の使い方」とその成果物として紡ぎだされた「アウトプットの独創性」の両方を見比べることが出来るからである。

今回の講演テーマ『異業種競争戦略』は、「コンテンツ系」の本だが、前回の夕学でお話いただいた『仮説思考』と今春刊行された『論点思考』という二つの「思考系」の本を踏まえて読むと、内田先生が、どういう思考回路を経て、「異業種競争戦略」という概念を構築したのかがよく理解できる。

さて、内田先生がいう「異業種競争戦略」の定義は次のようなものである

異業種競争とは
●異なる事業構造を持つ企業が
●異なるルールで
●同じ顧客ないし市場を
奪い合い競争である

内田先生は、銀行業界に起きている異業種競争の例を用いて説明をしてくれた。

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