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誰もがブラックスボックスを抱えている 角田光代さん

今期の夕学最終回を飾る対談。
直木賞作家で、『八日目の蟬』など話題作を出し続ける角田光代さん
マルチな分野で活躍するプロデューサーのおちまさとさん
photo_instructor_630.jpgphoto_instructor_632.jpg

「話すのが得意ではないので、どなたかとの対談であれば...」という角田さんの返事を受けて、熱烈な角田ファンであることを公言していたおちさんに即依頼。トントン拍子で実現した企画であった。

かつてのおちさんは、入念な作り込みをし、展開ストーリーを設計するタイプであった。
いまは、あえて作り込まずに、その場の力を掴み取って、自由に展開しようとする。
今回も、頭の中でテンコ盛にしてある「聞きたい事」の中から、「いま、この時に、何を聞きたいと思うのか」という衝動に身を任せて質問を選びとろうというスタンスで臨んでいた様子であった。

話は、自由気ままに寄り道をしながら、笑いを交えて「小説を書くこと、読むこと」というテーマに収斂していった。
このブログに書きたいこともいくつかあるが、印象に残ったことをひとつだけ。

人間の不可思議性、多義性についてである。

「私は、いい人なんですね。電車でも自然と席を譲ったりする。でも、譲ったあとに、窓の外を見ながらとんでもない悪いこと考えたりもする。悪い人でもあるんです」

角田さんは、そう言う。
人間というのは、誰もが、そういう不可思議性、多義性を抱えているものだろう。
角田さんは、それを「ブラックスボックス」と呼び、小説のモチーフになるという。

私たちは、「ホニャララの本質」とか、「ナントカらしさ」という表現を使いがちである。
そこには、無意識のうちに、表面の化粧や衣装を取り除いていけば、芯の部分にひとつの真実がある、という幻想がある。これも世にいう「正解主義」なのかもしれない。
世の中のなぞには、必ず正解があって、解に行き着く最短ルートを知る者が最後に勝つ、という、アレである。

人間は、所詮タマネギでしかない。
何枚皮を剥いたところでタマネギに変わりはない。剥ききって何もなくなったとしても、ブラックスボックスはいつまでも残りつづける。
人間とは、そういう不可思議で多義的なものである。

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東アジア・モデルの希望と呪い  與那覇潤さん

「はたして民主化とはなんでありましょうか!」
「私は、民意を政治に反映させること、このように思うのであります!」

人差し指を立てた右手を打ち振るいながら、声高らかに話す姿は、自由民権運動の弁士を彷彿させるようでエネルギッシュであった。

photo_instructor_653.jpg弱冠33歳の歴史学者 與那覇潤氏 が書いた『中国化する日本』という本は、だれが見ても挑発的なタイトルである。事実、出版社側には「このタイトルは不快な気持ちを喚起するので止めた方がいい」という意見が根強くあったという。與那覇氏は、自身でつけたこのタイトルをあえて押し切った。
中身を読めば中国礼賛論、脅威論ではなく、中国の実像を冷徹に見通した東アジア歴史観だということがわかる。中国の論理もわかるし、課題も見えてくる。という強い信念があったからではないか。

與那覇氏がいう「中国化」というのは、「社会のあり方が中国社会のあり方に似てくること」を意味するが、その「中国社会のあり方」はいまから千年前 宋の時代に形作られたものだ、という。
つまり、日本は、というよりも東アジア全体が、ひょっとすると世界全体が、千年前に形成された中国社会のあり方に似てくるのではないか、という論旨である。

近代以降、人類の進歩は「文明の進んだ西洋のようになること」と同義とされていた。近代化とは西洋化であった。
それは簡略化すれば、「議会制民主主義による国民主権国家体制」であり「自由で公正な資本主義体制」である。
中国はこの要件を満たしていない。特に前者はその萌芽さえ見えない。にもかかわらず、2016年にはGDP世界一の大国になることが予想されている。

ひょっとして中国は、従前われわれが持ち得なかった新たな文明のあり方を、無自覚的に目指しているのではないか、というものだ。

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コンセプトが変われば会社が変わる 谷田大輔さん

photo_instructor_635.jpg1985年谷田大輔氏が社長を引き継いだ時、タニタは大手メーカーのOEM生産を請け負うアッセンブリメーカーであった。
電気事業部ではトースターを、ライター事業部では卓上ライターやキャンドルライトを、
秤(はかり)事業部では体重計やクッキングスケールを作っていたという。

素人が考えてもトースターやライターに明るい展望があったとは思えない。事実赤字状態だったという。
谷田氏は比較的順調だった秤事業への絞り込みを行い、トースターやライターは撤退した。いずれも戦後間もない頃からタニタの経営を支えてきた歴史ある事業で、役員の反発は大きかった。
秤(はかり)の中でも、体重計にフォーカスし、板橋にあった製造工場は秋田に移転した。これにともない工場社員全員が退職する事態となった。

これまでのしがらみを取り除き、血を流した改革によって、「体重計のタニタ」というコンセプトは確立した。
同じ頃、アメリカに進出、不良品を出し、返品の山に苦しみながらも、谷田氏は中古車を駆って全米を見て回った。さまざまな会社を訪れて気づいたのは、事業とは、商品そのものではなく、消費者のどんなニーズに応えるのかということだった。

タニタは、「体重計ビジネス」から「体重ビジネス」へとコンセプトを変えた。
谷田氏ははっきりと言わなかったが、「体重を測定する計器をつくること」を事業とするのではなく、「体重を維持・管理するための習慣をサポートすること」を事業にするということではなかったか。
体脂肪計や体組成計機能付きの体重計に絞り込んで業績を伸ばすと同時に、体重科学研究所やベストウェイトセンターなどの関連施設を設置した。

体重科学研究所では、体重と体脂肪についての情報を集め、研究を統合し、肥満解消と健康を科学すると同時に、積極的に研究成果を学会発表し、体重管理や脂肪のコントロールのインフォメーションを広く社会に提供している。
講演の冒頭で谷田氏が話してくれた健康と体重にまつわる話が随分と面白かったのは、この研究所の知見が生きているからであろう。

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経営の大局をつかむ  山根節さん

photo_instructor_631.jpg監査法人の会計士7年、経営コンサルティング会社の経営者12年、博士号の取得を挟んでビジネススクールの教員18年。山根節先生は、MBAの教授として理想的なキャリアを積んできた人である。
そんな山根先生が提唱する「ビジネスリーダーに必要な能力」は
情報リテラシー会計リテラシー
の二つである。

1)情報リテラシー
情報を知識として捉えるのではなく、変化の兆候を示すサインとして認識すること。
鋭敏な現場感覚で本質を掴み、今後の方向性を決めて、発信すること。
昨日の佐々木毅先生の言葉を借りれば「見立て」能力になるのかもしれない。

情報はスナップ写真でしかない。
動きの一瞬をとらえた写像なので、1枚見ただけでは本質はわからない。
しかし、何枚かをつなげて見ることで、他の写真と比較して見ることで、表面からは見えない動きを推察することができるかもしれない。
それが情報リテラシーであろう。
残念なことに、山根先生は、日本の大企業トップは情報リテラシーが弱いという認識を抱いているようだ。

2)会計リテラシー
会計数字を知識として捉えるのではなく、「何で儲けているのか、何にお金を使おうとしているのか」という企業戦略を読み解くカギとして使うこと。
山根先生は「健全なドンブリ勘定」という独特の表現を使うこともある。

会計数字は企業経営の結果でしかないので、数字から企業活動のプロセスや経営の意図はわからない。
しかし、他企業・産業と鳥瞰的に比較し、経年の変化を分析することで、その結果を生み出したプロセスや経営者の意図を推察することができる。
それが会計リテラシーである。

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「見立て」という学び  佐々木毅さん

私はどちらかといえば理屈っぽい人間である。
原理とか理念など抽象的な事柄をしつこく考え、議論するのが好きなタイプである。
MCCの創設に参画して12年、責任者という立場になって10年目を迎えようという今になってもなお、「大人の学びとは何か」などという青臭いテーマを考えてみたりする。

photo_instructor_652.jpgのサムネール画像昨年の春、いつもの書店で『学ぶとはどういうことか』というタイトルの本を目にした。著者が高名な政治学者で、東大総長を務めた佐々木毅氏とあって、読まずにはいられない。
エッセイと言いながらも少し高尚な文体であったが、こころ惹かれる部分も多く、「この部分をもう少し掘り下げて聴いてみたい」という思いが実現して夕学にご登壇いただくことになった。


佐々木先生の「学び論」は大きく3つに分けられたように思う。
・「学び」という言葉の持つ多義的な意味を整理・分析した部分
・人はいったい何を「学ぶ」のかを整理し、あるべき学びの姿を提示した部分
・これからの時代に求められる新たな「学び」を示唆してくれた部分
の三つである。

・「学び」という言葉の持つ多義的な意味 = 四つの学び
学びは次の四段階に分けることができるという。
1)勉強すること
答えがある、手本があることに習熟すること。
高等学校までの教育はこの部分を請け負う

2)理解すること
答えがでるプロセスやロジックを知り、なるほどと納得すること。
大学の学びとはこれ。

ここまでは学校が舞台となる。この二つの「学び」を修了することをもって社会に出るが、学んだことがそのまま活かせるとは限らない。学びの効果性は時代に依存する。想定外変化の時代には、投資対効果の歩留まりが下がり続ける。

3)疑うこと
変化の激しい時代には、否応なしに、これまでの学びを疑うことが余儀なくされる。アンラーニングと呼ばれる学びのあり方である。

4)乗り越えること
疑うばかりでは前に進めない。自らの意思で山に登り、峠を越えなければならない。これもまた学びである。

後半二つの期間と長さが広がったのが現代の特徴になる。

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「動員の革命」をどう使うのか  津田大介さん

「門閥制度は親の仇でござる」

自伝文学の傑作と言われる『福翁自伝』の中でも、とりわけ有名な一節である。
下級武士の子として生まれた福澤にとって、「門閥」は自分の可能性に頑強なタガをはめる呪縛でしかなかった。

門閥がなくなってからも、やりたいことがあり、やり遂げる能力と意志がある人の眼前に立ち塞がる呪いの壁はいくつもあった。
学歴、金銭、地域性、時代、国籍などなど、さまざまな壁に阻まれて、陽の目を見ることなく消えっていった多くの夢・希望があったに違いない。

ネット社会、とりわけ2009年以降に生まれたソーシャルメディアの登場は、これらのハードルのいくつかを、一気に下げてくれたことは間違いない

自分の歌や演奏を多くに人に見てもらいたい人は動画投稿サイトを使えば、才能とパフォーマンス次第で世界中の注目を集めることができる。

大手新聞社の記者や高名なジャーナリストでなくとも、ブログを通して、事件や政策に『対する見解を公知することができる。

政治家や知識人でなくとも、twitterやfacebookを駆使して、災害や事故で苦しんでいる人々への支援やボランティア参加を組織したり、呼びかけたりすることができる。

やりたいことがあり、やり遂げる能力と意志があれば、個人の力で多くのことが実現できる。

ソーシャルメディアが果たした社会的な役割をポジティブに捉えれば、そういうことになるだろう。
津田大介氏は、その可能性にいち早く気づき、自ら実践しつつ、啓蒙してきた先駆者のひとりである。
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津田氏の父親は、社会党代議士高沢寅男氏の私設秘書を務めていたという。学生運動を経て、政治と労働運動に生涯を費やしてきた。幼い頃ころから、自宅に多くの「活動家」たちが出入りする環境の中で、津田少年は育った。

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人生を引き受けるということ  樹木希林さん

photo_instructor_628.jpg樹木希林さんは、5歳違いの実妹で、琵琶奏者の荒井姿水さんと供に登壇した。
薩摩琵琶の音色に合わせて、お気に入りの「詩」を朗読することから、この日の講演は始まった。

「最上のわざ」(Hermann Heuvers)
http://home.interlink.or.jp/~suno/yoshi/poetry/p_thebestact.htm

最近公開の映画『ツナグ』の中で、樹木希林さんは、監督にお願いして、自らこの詩を紹介するシーンを入れたのだという。

この世の最上のわざとは何か。
それは、老いていく自分をありのままに受け入れて、従順に、静謐な心で過ごすことだ。

講演の演題「老いの重荷は神の賜物」はこの詩の一節に由来している。
樹木希林さんは、文学座の大先輩長岡輝子さんに教えてもらったこの詩を大切にしてきたという。

11月に夕学に登壇された南直哉師は言った。
人間は、その宿命として「存在することの不安」を抱えている。
人間は生まれてきた理由など知らない。なぜいま、ここで生きているのか、誰もわからない。「存在することの不安」を抱え続けて生きているのが人間である。

しかしながら、元気な時、若い時にはそれに気づかない。
病や老いを自覚すると、不安の重さにはじめて気づくものかもしれない。

樹木希林さんも、何度も病気を繰り返した。
間を置くことなく映画やテレビ・CMに出演し、強烈な存在感を発揮してきたので気づかなかったが、この10年程は病気の連続だったようだ。
肺炎を繰り返して三度入院、網膜剥離で左目を失明、乳がんで切除をしたが、全身に転移・再発を繰り返した。
その身体で、よくあれだけ映画やテレビに出続けられたのか、不思議に思うほどだ。

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2030年、あるいは2050年の世界  船橋洋一さん

photo_instructor_650.jpg2012年は世界主要国で指導者を決める選挙の年であった。
ロシア、フランス、アメリカ、中国、そして来週は韓国で新しい指導者が決まる。
新体制によって世界はどう変わり、日本はどうなるのか。
それを知りたいのは素朴な欲求ではあるが、その欲求に応える企画は誰もが考えそうなことでもある。

そんな短期的な予測は、他にいくらでもある、もっと大きなスパンで世界の変化を考えよう。
口には出さないが、日本を代表するジャーナリスト船橋洋一さんの思いはそういうことではなかったか。

2030年、或いは2050年の世界はどう変わるのか。
長期的な波動で世界を捉えてみよう。
きょうの夕学のコンセプトは、こういうことであった。

参考情報として、船橋さんが紹介してくれた長期予測は三つ。

・『2050年の世界 英『エコノミスト』誌は予測する』(文藝春秋社)

・米中央情報局(CIA)などで組織する国家情報会議(NIC)がまとめた「2030年の世界情勢を展望する報告書」
・船橋さんの著書『新世界 国々の興亡』(朝日新聞社)

2030年、或いは2050年の世界を予測するに際して、各書に共通する切り口は同じでる。

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西郷隆盛と明治維新  坂野潤治さん

untitled.bmp坂野潤治先生の『日本近代史』は、新書ながらも400頁の大著にして、4万5千部を売り上げたという。個人的には、2012年新書大賞の最有力候補だと確信している。

坂野先生が、夕学登壇にあたってつけた講演タイトルは、「『日本近代史』刊行後に考えたこと」 これは8月に決定した案だが、いま最新のタイトルをつけるとした「西郷隆盛と明治維新」であったであろう。
ちなみに、来春、連休前には同名の本が刊行される予定だという。
江戸後期から西南戦争後までの半世紀を、西郷を主役に見据えた本になるとのこと。
慶應MCCでは、5年ほど前に半藤一利さんを講師に迎えて、この時代を学ぶ連続講座を開催した。こちらの拙文を流し読みいただければ、この時代の全体像と流れが一望できると思う、


さて、坂野先生講演は密度が濃すぎて、詳細を正確に再現する自信がないので、連休前の刊行予定の坂野さんの新著を楽しみに待ってもらうこととして、ここでは、坂野さんが語る西郷像をまとめてみたい。

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「任せて文句をたれる」ではなく「引き受けて考える」  宮台真司さん

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講演終了後、現下の総選挙について宮台先生と意見を交わす時間があった。

「選択肢だけは多いが、入れるべき政党がみつからない」

それが、一致した意見であった。
この現象も、日本の民主主義が上手く行っていない証左と言えるだろう。

では、なぜ民主主義は上手く行かないのか。
宮台先生によれば、民主主義の機能不全は、実は日本のみならず、世界の先進国で起きている現象だという。
原因のひとつはグローバル化にある。
グローバル化への直裁的な対処と民主制の両立が困難であるからだ。

グローバル化は、新興国の貧困を解決するためには必要で不可避な道である。しかしながら一方で、先進国の中間層を没落させ、格差社会を産みだし、民衆の不安と鬱屈を臨界点にまで高めることも避けられない。
欧州でもアメリカでも、質は異なれども、ポピュリズムや原理主義が台頭し、民主主義の機能不全が起きている。

では、どうすれば民主主義は上手く行くのか。
宮台先生は、丸山真男の理論フレームワークを用いて解説してくれた。

民主主義を支えるのは自立した個人の存在である。
自立した個人を産みだし、支えるのは自立した共同体しかない。
つまり、「自立した共同体」→「自立した個人」→「妥当な民主制」という矢印が成り立つ。

民主主義の機能不全は、この逆の力学が駆動している状態である。
共同体が国家や権力に対して依存的で自立していない。
依存的な共同体は依存的な個人を拡大生産する。
依存的な個人が形成する民主主義はデタラメにならざるをえない。
「依存的な共同体」→「依存的な個人」→「デタラメな民主制」
こういう図式である。

つまり、民主主義が機能するかどうかは、なにはともあれ「自立的な共同体」の樹立にかかっている

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死者は、その人を強く思う人がいることによって実在する  南直哉さん

「愛する人に会いたい。たとえその人が死んだ後でも...」

photo_instructor_637.jpgのサムネール画像この感覚は、洋の東西、時代の今昔を問わず、人間心理の本能のようなものらしい。
『古事記』のイザナギ・イザナミ神話では、子産みの只中に死んだ妻(イザナミ)を愛慕する夫(イザナギ)が黄泉の国を訪ねる。
ギリシャ神話のオルペウスは、毒蛇に噛まれて夭逝した花嫁エウリデュケを慕って、新郎のオルペウスが冥府の門を叩く物語である。

死者と出合う場として、日本で最も有名な場所、それが恐山であろう。

恐山院代を務める南直哉師によれば、東日本大震災の被災地(北は八戸、南は北茨城に至る一帯)は、恐山信仰の一大信者在住地であるという。
昨年は、地震の記憶も醒めやらぬ5月の開山と同時に、被災地から信者がやってきた。
夏には被災地ナンバーの車で、麓の駐車場は一杯になった。

彼らが語る話は、凄まじかったという。
多くの被災者は、眼前で家族が流されていくのを呆然と見つめるしかなかった。
「何で自分だけが生き残ってしまったのか」
誰もがこの思いを抱えている。

3.11の体験は、南直哉さんに、否、多くの日本人に「決定的な問い」を投げ掛けた。

「なぜ、あちら(被災地)はあれほど多くの方が亡くなり、こちら(自分)は無事なのか」

自分が無事でいること、生きていることに何の根拠もない。我々の生きている「生の土台」は、かくも脆く、はかないものであることを自覚せざるをえない。
自分もいつ同じような目にあうのかわからない感覚。
これを仏教は「無常」と呼んできた。

「自分もいつ同じような目にあうのかわからない」という感覚を共有できるのはなぜか。
人間は、感情・思考の根底で、このことを「知っていた」「当たり前のこと」として受け入れてきたからではないか。
南さんは、そう考える。

言い換えるならば、
「存在することの不安」
を知っていたからである。

人間は生まれてきた理由など知らない。なぜいま、ここで生きているのか、誰もわからない。「存在することの不安」を抱え続けて生きているのが人間である。

一方で、人間は意味や理由を欲しがる。それに応える宗教家、カウンセラー、商売とする人もいるのも事実である。

「私は違う」

南さんは厳然として言い放つ。

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ふたつのZONE  為末大さん

photo_instructor_647.jpg「運動会で前の子を"ビューン"と抜いていく時の感覚」

人生最初の記憶が走ることだったという為末大さん。
15歳(中学三年)の時には、100M、200M、400M、走り幅跳び、三種競技A(100M、砲丸投、走高跳)、同B(砲丸投、走幅跳、400M)の記録が、全国ランク1位だった。

「その時の100Mの記録は、15歳時のカール・ルイスより速かった」
というから、とてつもない早熟の天才タイプだったようである。

しかし、高校、大学へと進むにつれて伸び悩んだ。
170センチの身長は中学時代で成長が止まり、身体能力の違いが決定的に影響する短距離では、徐々に勝てなくなっていた。

十代後半の多感な時期に自分の限界を知ったことが、「走る哲学徒」とも言える為末さんの自我を形成していったのかもしれない。

二つの「ZONE」
それが、為末さんが一貫して追い求めた対象であった。

ひとつは、どうやれば「短期的なZONE」に入ることができるか。
「短期的なZONE」とは、スポーツ選手が時折体験するという忘我的な極限集中状態である。
心理学者のチクセント・ミハイは、「フロー状態」と定義し、宗教者は「悟り」「無我」などと呼ぶ。

もうひとつは、「継続的なZONE」を維持すること。
為末さんは、「夢中」という言葉を使ったが、モチベーションマネジメントと言い換えることも出来るだろう。

為末さんの20年近い競技人生は、二つの「ZONE」を追い求め、自分に向き合った歳月であった。

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組織能力としての「模倣」  井上達彦さん

photo_instructor_646.jpg「明確な意図と工夫を伴って、選択的に意思決定される「模倣」は、立派な経営戦略です」

井上達彦先生の話は、企業活動における「模倣」に市民権を付与することからはじまった。

まずは、競争戦略としての「模倣」
井上先生によれば、多くの成功企業は「Fast Second」戦略で勝ち抜いてきた。
同業リーダーが多大なコストを投じて開発した革新的な製品やサービスを、いち早く模倣することで、開発コストを抑え、その分を製造や流通に回して、低価格・大量生産を可能にし、一気に市場を席巻していく戦略である。
サムソン、LGが半導体や薄型テレビで日本企業を凌駕した戦略である。かつては、日本企業が米国を相手に同じ戦略で勝ち抜いてきた。

歴史を振り返れば、同じような例はいくつでもある。
オランダで生まれた株式会社がイギリス帝国主義の動力機関となった。
欧州で発明された自動車はアメリカで工業化社会を開花させた。
模倣とは、競争への対応として避けられない経営戦略である。
ただし、昨今のグローバル化、デジタル化、ネットワーク化の波は模倣に要するタイムラグを劇的に短縮した。かつて100年かかった模倣が、20年、4年と縮まり、いまでは1年半で世界中から模倣される運命にある。

井上先生が着目するのは、もうひとつの模倣、イノベ-ション戦略としての「模倣」である。

「模倣も徹底すればオリジナリティになる」
井上先生は、ドトールの鳥羽社長の言葉を引き合いに出しながら、模倣がイノベ-ションにつながる理由を説明してくれた。
模倣に必要な能力とイノベーションに必要な能力を要素分解してみると、ほとんど同じあることに気づく。
つまり、模倣を徹底して突き詰めると、イノベーションを産み出す能力を高めることになる。

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・・ンなこたぁないだろう(でももしかしたら) 磯﨑憲一郎さん

photo_instructor_633.jpg芥川賞作家 磯﨑憲一郎さんは、東京のベッドタウンとして開発が進んでいた1960代の千葉県我孫子で生まれ育ち、都立上野高校では軽音楽部、早稲田大では競艇部で日々を過ごした。大手商社では鉄鋼部門に所属し、7年間の米国駐在も経験した。
中学時代に1時間半の通学時間をつぶすために北杜夫を読み耽った以外は、小説もさほどは読まなかったという。
文学青年でも、小説家を志していたわけでもない。いたって普通のサラリーマンとして30代半ばまでを生きてきた。

けっして文学のプロではない。たまたまの縁で、たまたま小説家になった人間として、というよりは、そういう人間だからこその「私的小説論」
この日の夕学は、そんな話であった。


「小説の歴史を俯瞰すると1920年代に断層がある。この時に「小説というジャンル」が完成したのではないだろうか」

磯﨑さんは、そう見ている。
例えば、セルバンテスの『ドン・キホーテ』という歴史的名作(1605年)がある。
この本を読むと、もしこの時代(17世紀初頭)に映像表現という手段があったら、セルバンテスは小説ではなく、映画『ドン・キホーテ』を作ったのではないか。
磯﨑さんは、そう思えてしかたないという。

ところが、1920年代以降の作品、例えばカフカの『城』を読むと、まったく異なった感覚を持つ。

「カフカは、小説でなければ表現できないことを、小説で書こうとしている」...

なぜ、磯﨑さんは、そう思うのか。
ここのところの説明はやや難解で、正直言って的確に再現できる自信はないが、私なりの解釈はこうである。

カフカの『城』には、「これは、絶対に映像では表現できない」と確信できる描写がある。そこには、あまりに強引な論理飛躍があって視覚表現にはなじまないのだ。
前に書かれている文章を前提にして次の一文を読み進めなければならない、という「小説の構造」を逆手にとったような強引な力技を、あえて使って場面を動かしている。

こういう強引な反転展開は、1920年代以降の小説の特徴だと、磯﨑さんは言う。

「・・ンなこたぁないだろう(でももしかしたら)」と思わせるもの。
磯﨑さんは、タモリのよく使う表現を借りて、読者を惹き付ける現代小説の魅力を言い表してくれた。

この感覚は、磯﨑さんが考える「小説が存在する理由」にも通底するものだ。

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OTAKIFICATIONの時代がやって来た 前野隆司さん

日本の何が問題なのか?

こういう問いを投げ掛けられた時に、「ここがおかしい!」という文句が言える人は無数にいる。

では、どうすればよいかと重ねて問われた時に、「全体をよく見て考える必要がある」というところまでは、多くの人が言える。 

しかし、「具体的にどうやるのか」という答えがない。

それが、よく見受けられる光景ではないかと前野隆司先生はいう。

photo_instructor_645.jpgのサムネール画像

「具体的にどうやるのか」
その答えが「システムデザイン・マネジメント」学=SDM学にある。
SDMの専門家を「システムエンジニア」と呼ぶ。「システムエンジニア(SE)」と響きが似ているが、役割は大きくことなる。

日本にはなじみがない「システムズエンジニア」を育成するための、高度専門教育機関が慶應の新しい大学院、慶應システムデザイン・マネジメント研究科(慶應SDM)である。
前野先生はそこの研究科長でもある。

システムデザイン・マネジメントとは、
「問題をシステムとして俯瞰的にとらえ、全体として整合性のある解を導く方法」
だという。

世の中のあらゆる問題は、SDMで対応できる、というよりも、SDM的にアプローチしなければ、現代の多くの諸問題は解決できない、とも言える。

例えば、「イノベーション」という問題
イノベーションは技術革新ではない、ということは多くの人が語っている。
技術とデザイン、技術と人間、技術と経済性、技術とサービスetc... 
技術にプラスαされるべき諸要素を、全体として整合性をもって描かなければイノベーションにはならない。
日本はそれが苦手だと言われている。

前野先生によれば、イノベーションの条件は下記の三つである。
1.見たことも聞いたこともない
2.実現可能であること
3.物議を醸すこと
見たことも聞いたこともない概念は人を戸惑わせる。それを眼前に実現して見せられると人の反応は大きく分かれる。だから物議を醸す。

前野先生は、100年前ライト兄弟が有人動力飛行に初めて成功した時に、当時の科学者の多くが実験の信憑性に疑義を呈する声明を出したという事例を引き合いにだして、イノベーションにまつわる現象を説明してくれた。

しかしながら、前野先生の真骨頂は、ここからもう一歩突っ込んでいくことにある。

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ルネサンスはどうやって起きたのか 池上英洋さん

西洋人の精神と思考の基底に流れているのは「古代ギリシャ・ローマの文化」と「キリスト教」だと言われている。
ただし、この両者は、本質的には相容れない性質のものである。

古代ギリシャ・ローマは多神教。キリスト教は言わずと知れた一神教。原理が違う。
ギリシャ神話を読むと、最高神ゼウスのむき出しの欲望は半端ではない。気にいった女性がいれば、人妻だろうが構わずに自分のものにしてしまう。
その自由奔放さは、キリスト教的倫理観と対極にあるものだ。

実際に、古代ギリシャを範として国作りをしたローマ帝国は、当初の数百年間キリスト教を徹底的に弾圧した。
逆に、キリスト教的世界観が社会を覆い尽くした中世ヨーロッパでは、ホメロスやプラトンは忘却の彼方に置き去られた。

両者が約千年の時間を隔てて、再度出合い、大輪の華を咲かせたのが「ルネサンス」であった。
そこには、出合うための理由があった。
池上英洋先生の話は、そういう話であった。

池上先生は、このふたつの絵画を比較しながらルネサンス美術の三つの特徴を解説してくれた

マゾリーノの「アダムとエヴァ」     マサッシオの「楽園追放」
35074cef-s.jpgのサムネール画像img_1137286_43271194_4.jpgのサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像

三つの特徴とは「空間性」「人体把握」「感情表現」である。
なるほど、ほぼ同時期に描かれた二つの絵画なのに、右側の「楽園追放」には、それがあり、左側の「アダムとエヴァ」には欠けていることが一目瞭然であろう。

テーマは同じ宗教画であっても、そこに豊かで瑞々しい表現力を加味することで、芸術性が増す。
ルネサンス期の芸術家達に、それを教えてくれたのは、忘れ去られていた「古代ギリシャ・ローマの文化」であったという。

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現場を知る方法論  西川善文さん

photo_instructor_644.jpg「ラストバンカー」西川善文氏のバンカーとしての背骨を形成したのは、入社3年目、25歳から6年間を過ごした調査部の経験だったという。
調査部で、西川さんが担当したのは、マクロ経済の分析を担うシンクタンク的な調査ではなく、個別企業の経営状況を、微細まで立ち入って調べ上げる信用調査に近いものであった。
どちらかと言えば泥臭い仕事である。

西川さんはこの仕事が性に合ったようだ。調査部6年というのは、当時の住友銀行では異例の長さだったという。

西川さんが調査部で形成した、バンカーの背骨とは何か。
それは「現場を知る方法論」ではなかったか。

調査対象の多くは、非上場の中小企業である。 財務諸表の行間や裏側を読む必要がある。
西川さんは、対象企業にお願いして、伝票類まで丹念に目を通したという。
疑問があれば、役員や社長に直接質すこともしばしばあった。
対象企業を切り捨てるためではない。どうすればこの会社をよりよく出来るかを考えるためである。
実際に、緊急の救済融資を仲介して、窮地を救ったこともあったという。

この時身につけた「現場を知る方法論」は、西川さんのバンカースタイルを決定づけた。

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粋ということ  金原亭馬生師匠

photo_instructor_643.jpgのサムネール画像金原亭馬生師匠の著書『落語家の値打ち』の中に、師匠が先代(10代目馬生)のもとで送っていた修業時代のエピソードがある。
金原亭一門の、師匠と弟子とおかみさんの関係性が伝わる部分なので、ちょっと長いけれども引用しておきたい。


私はよくおかみさんに肩揉みを頼まれました。居間に師匠がいて、台所にいるおかみさんが「ちょっと肩揉んでよ」って。おかみさん肩こり症なんです。
揉むんですが、なかなか「はい、いいわよ、ご苦労さん」って言わない。それで、あんまり長いときはね、「あ、いけね、滑りました」って、おっぱい触ったりなんかするんです。
すると、居間にいる師匠におかみさんが、
「お父ちゃん、馬治(馬生師匠)はね、私のおっぱい触るのよ」
っていいつける。そうすると、師匠が、
「おいおい、人のかみさんのおっぱいなんぞ、やたらと触るもんじゃないよ」
ってなこと言うんです。またおかみさんのおっぱいが大きいんですよ。

遠慮がなく冗談好き、それでいて愛情と信頼に溢れている。
そんな心温まる関係がわかるエピソードである。

馬生師匠が結婚したての前座時代、除夜の鐘が聞こえる時分に、六畳・三畳のアパートで貧しく年を越そうという弟子のもとに「お父ちゃんには内緒だよ」と言いながらおせちの詰まったお重を持って来てくれたのもこのおかみさんだという。

理想的な徒弟制度のもとで芸を磨いた馬生師匠は、兄弟子八人を抜いて亡き師匠の大名跡を受け継いだ。持ちネタの数は現役落語家の中でも1~2という実力派である。

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これまでとは異なった飛行機の乗り方  井上慎一さん

photo_instructor_636.jpg「LCCを作って、アジアの流動を取り込め」
2008年、当時の全日空経営トップから指示を受けた井上慎一さんは、航空業界にイノベーションを起こすべく、二人の人物に教えを請うたという。

ひとりは、一橋大学イノベーション研究所所長(当時)の米倉誠一郞教授。
米倉氏は、井上さんに戒めたという。

「"失われた10年"と言う奴にイノベーションは起こせない。"失われた"のではなく、"失った"のだから。 失敗を一人称で語る人間であれ」

もうひとりは、ライアン航空社長のパトリック・マーフィー氏。LCC業界で「レジェンド」と呼ばれるカリスマ経営者である。
マーフィー氏は、日本にこれまでLCCが誕生しなかった理由(数々の規制)を縷々語る井上氏を一喝したという。

「それに対して君はいったい何をしたのだ。他者に自分の人生を支配されていいのか!」

ふたりに共通しているのは、イノベーションは環境が起こすのではなく、人間の強い意志が可能にするのだ、というシンプルな原理である。


さて、わたしはLCCについてはよく存じ上げなかったが、欧米の航空業界ではすでに主流になっているようだ。

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世界に発信する日本史  北川智子さん

近代以降、数多く著されてきた日本人論・日本社会論の中でも、古典として読み継がれている本がこれである。

『菊と刀』ルース・ベネディクト 

第二次大戦中の米国戦時情報局による日本研究をもとに執筆され、後の日本人論の源流となった、とされているが、法政大学の長岡健先生によれば、著者のベネディクトは、実は日本に来たことはなかった。
随分と乱暴なやり方と思うかもしれないが、ベネディクトは日本に関する文献と限られた日系人との交流だけを頼りに、この本を書いたという。
「実際に読んでみると、確かに首をかしげたくなる箇所もいくつかある」と長岡先生はいう。
にもかかわらず、この本が、日本通の米国人や日本の教養人の間で、高く評価されてきた理由は何か。

長岡先生は、ベネディクトが徹頭徹尾ストレンジャーの視点で日本を分析しているからだという。日本人ではないから、日本の内側を知らないからこそ書ける日本人論・日本社会論も存在しうるのだということを、この本は示している。

photo_instructor_642.jpg3年連続でハーバード大「ティーチングアワード」に輝いた、うら若き歴史学者北川智子さんの日本史講義もよく似ているのではないだろうか。

北川さんは福岡県大牟田で生まれ育った生粋の日本人だが、日本の大学で日本史を研究したわけではない。東大資料編纂所への留学経験(1年)を除けば、カナダとアメリカの大学で歴史学の修士と博士を取得している。
だから、ストレンジャーの視点を失っていない。

それが証拠に「都(みやこ)」ではなく「Capital」、「統治者」ではなく、「Ruler」という言葉が自然と口に出てくる。日本の歴史学者の口からは、まず聞かれないだろう。
ストレンジャーならではの、ユニークな切り口で日本史を語ることが出来る。

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想定外変化の時代のキャリアと人材開発  高橋俊介さん

photo_instructor_641.jpg2010年-11年にかけて、高橋俊介さんが所属する慶應SFCのキャリア・リソース・ラボラトリーとリクルート社ワークス研究所との共同調査が行われた。
「21世紀キャリア研究会」と名付けられたその調査を通じて、高橋先生が確認したことは、10年前の自らの予測が、現実のものになったという事実であった。


将来的な目標に向けて、計画的に一つ一つキャリアを積み上げていくというキャリアデザインの考え方が、急速に成り立たなくなろうとしている。
21世紀には、自分が描いてきたキャリアの将来像が、予期しない環境変化や状況変化により、短期間のうちに崩壊してしまう現象が、あちこちで起こるのではないか...

『キャリアショック』(2000)という本の「まえがき」で、高橋先生はこのように綴っていた。10年後、この予言通りの現象が、多くの企業で起きていることが検証できたという。

「想定外変化」「専門性細分化・深化」
上記の現象は、この二つの特色で表現できる。
コツコツと積み上げてきた自分のキャリアが、あっという間に崩壊してしまう。
にもかかわらず、仕事は高度化・細分化しており、ひとつの道を深く極めることを求められる。
股先現象とも呼べるような根深いジレンマに陥って、多くの人々が困惑している。

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有名人ビジネス体験記  勝間和代さん

photo_instructor_629.jpg旅行記、戦争記、経営記etc。さまざまなジャンルに「体験記」と呼ばれるものがある。
体験記は、当事者でしかかけない臨場感が魅力である。皮膚感覚、風の匂い、その時沸き起こった感情が散りばめられていることが不可欠である。
一方で、情緒的になり過ぎてもいけない。読む人がどう受け取るかを意識しながら言葉を選ばねばならない。

きょうの講演は、勝間和代さんによる、秀逸な「有名人ビジネス体験記」であった。

勝間さんによれば、アイドルビジネス、パンダビジネス、のように、有名人ビジネスといううべきものがあるようだ。
中核をなす人物(動物)から産み出される力、影響力、エネルギーを、経営資源として活用しようという人々が集積することで発生するビジネス形態である。

アイドルであれば、CD、コンサート 写真集 キャラクター商品、冠番組などが派生的に生まれ、総額ウン百億円という巨大ビジネスになる。

有名人ビジネスもよく似た構造だという。
文化人、経営者、作家、モデルなどを「有名人」に育て上げ、彼・彼女の書籍、講演、企画でビジネスをしようとする人達がたくさんいる。
アイドルと同じでヒット率は低いが、当たると大きい。
アイドルのように、しつけ、化粧、演技や歌等々の基礎トレーニングや、悪い虫がつかないように身辺警護をしなくてよい分だけ、投資効率は高いかもしれない。

勝間さんの本は累計で500万部近くになる。一冊1000円として500億円の巨大市場。
パンダほどではないにしろ、本人の実入りが驚く程少ないというのもアイドルと同じ。産み出された富の多くは、ビジネスに参集した人々に分配される。
アイドルビジネスと有名人ビジネスが違うのは、多くの場合、プロデュースを自分でやらなければいけないということ。彼・彼女に、つんくや秋元康はいない。

自分で自分をプロデュースした勝間さんに言わせると、
有名人になることは意外と簡単だという。
経営コンサルが、経営不振企業を建て直しに際して立案するマーケティング戦略のプロセスと同じだという。

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「変人の役割」  猪瀬直樹さん

photo_instructor_639.jpg「見えないものを見る、聞こえない声を聞く」
これは、人間が発揮できる究極の能力である。

私が敬愛する東洋思想研究家の田口佳史さんの説である。
未来、人のこころ、背後に隠れたものといった見えないものを見通し、聞こえない音や声を聞き分けることが出来ること、それが「玄人」と呼ばれる人の特性だという。

「見えないものを見る、聞こえない声を聞く」ということは、予知能力や透視眼、テレパシーの類ではない。
微かな兆候を見逃さないこと、小さなつぶやきに耳を凝らすこと、である。
私なりに解釈すれば、修羅場経験を積んだ人だけに備わる「直観力」のようなものだと思う。

猪瀬直樹さん、そんな「直観力」を持った人なのだ、とつくづく思った。

講演の話題は多岐に渡った。
東京都による尖閣諸島購入騒動、オリンピック招致活動、都が模索する新たな電力供給源etc。
副知事として直接関わった当事者ならではの裏話もあって、どれも興味深いものであった。

その中でも、猪瀬さんが、多くの時間を割いたのはふたつの話題。
猪瀬さんの「直観力」を象徴するものであった

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儲かる仕組みを異業種に学べ  山田英夫さん

photo_instructor_638.jpgビジネスモデル(山田先生の定義によれば「儲ける仕組み」)の議論になると、その成功例としてアップルやグーグルのような画期的で斬新な例が話題にのぼる。
そこには、なんとなく他人事ような真剣さが薄い雰囲気が漂うことが多い。

しかし本当にそうだろうか。
伝統企業による寡占状態が続いている成熟産業であっても、工夫次第で、ビジネスモデルのイノベーションは起こせるはずだ。
それが山田先生の問題提起であった。

例えば、文具業界では、15年間に3回のビジネスモデルが登場したという。
アスクルの登場が1回目のイノベーション。
大塚商会が仕掛けた集中購買システムの成功が2回目。
数年前からは、先進企業を中心に、リバース・オークションという新しい購買形態が始まった。
こういう変化が起こりうるのは、文具業界だけではないはず。
変化を読み解くヒントは「異業種に学ぶ」こと。異業種のビジネスモデルを移植することである。

山田先生は、5つの具体例をあげて、異業種にあるヒントを解説してくれた。
1)スターマイカ
賃借人が住んでいるマンションを売買する「オーナーチェンジ」に特化した不動産事業である。この会社のモデルは、金融の「裁定取引」をヒントにして考案された。

2)コマツのKOMTREX
GPSによる建機の位置情報管理を通じたモニター&制御システムである。
このシステムは、富士ゼロックス社の「マネージド・プリント・サービス(MPS)」と驚くほど似ている。

3)楽天のバスサービス 
ホテルの稼働率向上策として活用されていたレベニューマネジメントを、楽天トラベルが、バスの稼働率アップ策に転用したものである。

4)日本ゴアのゴアテックスブランド
インテルが「Intel inside」で成功した成分ブランドマーケティングと同じやり方である。

5)ブヂストンのリトレッド(再生タイヤ事業) 
GEの航空エンジンと同じで、製品を売り切らずに低価格とする代わりに、メンテナンス契約で長く稼ぎ続けるモデルである。

いずれも、成熟産業におけるビジネスモデルのイノベーション例である。
しかも、他業種の成功モデルに、その範がある。意識して考えたか、無意識にそうなったのかは別として、「儲かる仕組み」には業種を越えた共通点があるのだ。

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第16回 12/6(木) 宮台真司さん

第16回 12/6(木)の講師は、首都大学東京教授の宮台真司先生、演題は「社会システムの再構築を急げ」です。

宮台先生は90年代中盤、いわゆる「ブルセラ論争」で一躍、世に知られることとなりました。
出演されていた、『朝まで生テレビ!』でその姿をご覧になった方もいるのではないでしょうか。
ブルセラ女子校生達の生き方を肯定的にとらえ、擁護する宮台先生の振る舞いは、当時大きな論争を呼びました。

"他人に迷惑をかけなければ何をしてもOK"という発言に代表される、自己決定論者としての立場から、"感情的な安全を保証する場=ホームベースが大事"と主張する立場へと、近年は主張が変化してきたように見えます。

宮台先生は今の日本を「巨大なフィクションの繭」と表し、戦後、日本社会が築き上げてきた社会システムが機能しなくなった社会だといいます。
これからは、国家に依存することなく、共同体への参加と自治をモットーとした自分たちで築くつながりが大事だと説きます。

個の重視から絆、つながりの重視へ。
東日本大震災を通して顕在化した日本社会の様相をもとにその背景が語られることでしょう。

原発都民投票条例の請求代表人としての活動、日本社会を自然エネルギーにシフトする「エネシフジャパン」の活動など、自ら現場へ出かけてはたらきかける、「行動する学者」としての発言に注目です。

第8回 11/6(火) 金原亭馬生師匠

第8回 11/6(火)に登壇いただくのは、落語家の十一代目金原亭馬生師匠です。

馬生師匠は、1969年に十代目馬生に弟子入りをされました。十代目馬生は、昭和の大名人と謳われた五代目古今亭志ん生の息子さんで、女優の池波志乃さんのお父さんにあたる方です。
従って、古今亭・金原亭は兄弟一門ということになります。

馬生師匠には、今春MCCのagoraで【落語ワークショップ】の講師を務めていただきました。
その際に垣間見た博識ぶりに感服して夕学登壇をお願いした次第です。

お恥ずかしい話ですが、私は、馬生師匠の講釈で「丑三つ」「暮れ六つ」といった江戸の時間尺度の由来を初めて知りました。

馬生師匠によれば、落語界では「人気の柳家、実力の古今亭・金原亭、わけがわからない◆◆」という標語があるとかないとか。その自信のほどがわかります。

歌舞伎座界隈で生まれ育った生粋の江戸っ子噺家が語る「江戸の粋」
落語ファンはもちろん、生の落語は初めてという方にも是非おすすめです。

建築家の意志  槇文彦さん

西洋美術史家の池上英洋氏によれば、ルネサンス芸術に"ルネサンスらしさ"を付与している特徴は、「空間性」・「人体理解」・「感情表現」の三要素だという。

遠近法に代表される絵画技法の発達はもちろんのこと、「奥行きを創出しようとする意識」が、立体的な空間表現の源泉になった

人間の身体の構造や筋肉の動きを、より忠実に表現しようという「人体把握への意識」が瑞々しい写実性を育んだ。

人間の悲しみ、怒り、喜びといった感情表現をそのまま再現しようとする「感情表現への意識」があればこそ、観る人のこころを揺さぶる絵画・彫像を作ることが出来た。

「空間性」・「人体理解」・「感情表現」
この三つの意識を、ルネサンスの芸術家が獲得したことによって、かのダヴィンチをして、
「わたしたち画家は、芸術作品によって、"神の子孫"とみなされてよい」
と言わしめた、高らかなルネサンス宣言につながった。

この世界の万物を創造した神と同じように、芸術家は、絵画という作品を通して、神が作り賜うた人間や自然を再創造することが出来るようになったのだ。

photo_instructor_624.jpg前置きが長くなってしまったが、槇文彦さんの建築作品を拝見すると、これとよく似た「意識」というか「意志」を感ずることができる。

まったくの素人の論評という前提を置かせてもらうが、わたしは、槇さんの建築作品に、いくつかの共通点を感じた。

どの建築も、天井高が高く、吹き抜けを多用している。階層の"際"を感じさせない広がりがある。
窓がやたらと大きく、しかも天井から床近くまで、ガラス面が配置されている。外部との"際"を取り去った開放感がある。

例えば、これこれ

これらの特徴によって、建築から「空間・開放感・オープンネス」を感じ取ることが出来る。建築とは、人間の創造的な活動や思索、あるいは交流・コミュニケーションといったつながりを産み出す装置であるべきだという「人間理解」に根ざしているように思える。

「空間」そのものを楽しむ。
「空間」の使い方を楽しむ。
「空間」があることで生まれるものを楽しむ。
そんな豊かな人間性、感情を大切にしたいという、建築家の意志を受け取ることができる。

もうひとつの共通点は、どの建築も「白い」ということだ。
ギリシャのパルテノン神殿やローマのコロッセオに、どこか似ているように感じたのは気のせいだろうか。
ルネサンスの芸術家達は、古代ギリシャ・ローマの世界に、自らのクリエイティブの範を求めた。槇さんの作品にも、同じ精神があるのではないか。

「Fumihiko Maki」という建築家が、世界で評価される所以のひとつかもしれない。

行動観察は、「声なき声」「見えない言葉」を可視化する  松波晴人さん

photo_instructor_621.jpgのサムネール画像
全ての答えは顧客(現場)にある。
顧客が答えを知っているわけではない。

このふたつの言葉は、一見矛盾するような命題だが、多くの業界で語られる信念体系でもある。

全ての答えは顧客(現場)にある
現場主義を標榜する小売業やサービス業、製造業では必ずそう言われている。
頭の固い保守的な上司を動かして、業務革新や制度変更を行わなければならない時に「これが顧客の声です」というひと言は、究極の殺し文句になる。

顧客が答えを知っているわけではない
マーケティングや商品開発の専門家は、「どんな商品が欲しいですか?」という問いを顧客に発することは絶対にしない。それは愚問だということを知っているから。
顧客は商品を評価することは得意だが、提案することは苦手なのだ。

顧客(現場)にある答えは、「声なき声」「見えない言葉」でしかない。

二つの命題を統合する理論的な概念を、学術的な言葉では
「情報の粘着性」という。
顧客が持っている情報は、粘着性が高くて、容易に他者に移転することが出来ない。移転するにはコスト(時間や手間)がかかる。

大阪ガス行動観察研究所所長の松波晴人さんが推進する「行動観察」というメソッドは、これに対するひとつの答えなのではないか。

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知を産み出す職場とは 妹尾大さん

photo_instructor_620.jpg日本発で、世界で認知された経営学理論はそれほど多くはない。
数少ないひとつが野中郁次郎先生等が提唱する「知識創造理論」であることに異論を挟む人はいないであろう。

知識創造理論は、「知識を創造する装置」として組織を捉える。暗黙知と形式知の二種類の知識を定義し、その相互交換プロセスを循環させることで知識は創造されるとする。
「SECIモデル」という概念図はあまりに有名である。
SECICycle.jpg

野中先生の愛弟子のひとりである妹尾大氏が、知識創造理論の知見をベースにして、学者生涯を通して追求するテーマは、
「個人と組織の動的プロセスに関する理論構築」
だという。
ひらたくいえば、「個人は、組織とのかかわりのなかで、どうやってヤリタイコトを見つけ、どうやってそれを実現していくのか?」を明らかにすることである。

妹尾先生が着目したのは、職場(オフィス)であった。
物理的な環境としての職場(オフィス)というよりは、そこで働く人々が相互作用の中で何らかの意味を生成するような心的駆動力をもった意味空間としての職場(オフィス)である。

私たちが、仕事上の課題に直面するときに、職場で同僚や他の職場の人々と刺激し合い、アイデアを出し合い、それを共有化し、自分のものとして練り上げて解決策を作り出していく、そんな創造的なスパイラルループを産みだしていくためにはどうすればよいか、ということであろう。

妹尾先生は、研究当初はオフィスの空間・環境=ワークプレイスを変えることに着目した。
レイアウトやパーテーション、ミーティングスペースなどを工夫することで職場がどう変わるのかを研究した。
当然ながら、ワークプレイスの変更がもたらす成果は限定的であった。

ついで、働き方(ワークスタイル)にも着目した。
個人が動き回り、異質な知と交流し、それを巻き込んでいくような働き方をすることが重要だと考えたからだ。
ワークプレイスの変更は、創造的なワークスタイルと相互作用することではじめて機能する、と考えた。

いまは、職場で働く人々の主体性に着目している。
外部の専門家が理想的なオフィス空間を設計し、あるいは創造的な働き方を提唱して、それを人々が受け入れることで変化が起きるのではない。
自分たちが当事者として、より創造的なオフィスを作ろうとするプロセスを自主形成することが鍵になると考えている。

創造的な仕事をしたいと志向する個人同士が、ワイワイガヤガヤと議論することで、
既成概念を取っ払い、新しいやり方に柔軟に取り組むことで、
ヤリタイコトは見つかるし、実現への道筋も見えてくるはずだ、と考えている。

クリエイティブオフィス、クリエイティブワークスタイルという普遍的なものがあるわけではない。 よりクリエイティブにするためにどうすればよいか、という工夫のプロセスが知識創造の母体である

プロセスは動的なものである。常に駆動させていなければならない。
駆動には動力源が必要である。

経営の目的は何か、私たちは、なぜ働くのか。
それ以上の動力源はない。だとすれば、その思いの強さと純度が全てを決めるのではないかと思う。

囲碁を打つ喜び 吉原由香里さん

photo_instructor_627.jpgわが社の保谷範子は、吉原由香里さんの小学校時代の同級生である。
彼女によれば、小学生時代の「ゆかりちゃん」は、なんでもできるスーパーガールだった。
勉強は出来る。運動神経もいい。とびきり可愛い。
しかも囲碁という、普通の小学生には不可知の世界で大活躍をしているらしい...。
周囲からは、そんな天才少女に見えた。

当然ではあるが、ご本人の意識は少し違ったようだ。
負けん気が強いという生来の気性もあって、がんばったことは事実だが、本音を言えば、「星一徹」化した父親に引っ張られるように、囲碁の世界を泳いでいた。
「父が喜ぶ顔をみるのがモチベーションだった」とのこと。

早熟な棋士は、男女を問わず幼少期からプロを目指すものらしい。
小学校六年生でプロになる人もいる。
そういう人達に比べると、どこか「本気度」が薄い。
それをご本人が一番よく自覚していたようだ。

自覚は、「本番に弱い」という形で現れた。
肝心の時に限って、勝てるはずの対局に負けることが多かった。
中二でプロを目指す決心をしたが、プロ試験には落ち続けた。

日本に女性のプロ棋士は80人しかいない。
プロ試験は年に一回。しかも一位になった者しかプロにはなれない。
とてつもなく狭い門である。
何年も落ちるのも当たり前なのかと素人は思うが、本人にはそうは思えなかった。

吉原さんの場合は、実力的には抜き出ていると自他ともに認めているのに、プロ試験の時だけは二位にしかなれない。
いざという時に勝ちきれない。

ついには、18歳、慶應SFC入学と同時に、囲碁から離れ大学生活を謳歌する生活を選んだ。
このあたりの挫折と葛藤は、バイオリニストの千住真理子さんとよく似ている。
天賦の才に恵まれている人間であっても、逆にそういう人間だからこそ、我々にはうかがい知れない悩みがある。

吉原さんは、大学三年の時、再度プロ挑戦を決意した。
囲碁の道を拓いてくれた父親の死が、吉原さんの「本気度」に火を付けてくれたのかもしれない。

卒業と同時期にプロ試験に合格する。
慶應卒の美人棋士を囲碁界は放っておかなかった。対局とテレビ出演で、たちまち忙しくなった。順調に段位を昇る一方で、監修した漫画『ヒカルの碁』が大ヒット。
若者、女性の間で空前の囲碁ブームが沸き起こり、その主役のひとりになった。

ただ、「本番に弱い」というクセはなかなか抜けなかった。
タイトル戦は準優勝ばかり。どうしても最後で勝ちきれない。
思い悩んでメンタルトレーニングを受けたりした。
そんな時に、テレビでイチロー選手のインタビューに出会った。

「プレッシャーはどうしたってある。重要なのはプレッシャーがある状態でどう戦うかだ」

自分は、いつもプレッシャーを抑えつけようとして失敗していた。抑えるのではなく、受け入れたうえでどう戦うか。
そう思えるようになったことで、ひと皮むけることができたという。
2007年に女流棋聖戦を初めて獲得し、以降三連覇を成し遂げる。

学生時代、囲碁から離れていた頃に、自分を見つめ直す機会があったという。
これまでの人生の喜び、楽しみ、興奮etc。こころに残る経験の全てが、囲碁を通してのものであることに気づいた。

いま、吉原さんは、昨年生まれたばかりのお子さんを慈しみながら、家事・育児・対局・囲碁プロ-モーションと多忙な毎日を送っている。
囲碁ファンを増やすためにIGO AMIGOという楽しそうな活動もはじめている。

父と分かち合うことからはじまった囲碁を打つ喜びが、多くの人へと広がっていることを実感できること。それがいまの吉原由香里さんのモチベーションなのかもしれない。

史実からみた天皇の実像  本郷和人さん

photo_instructor_619.jpg本郷和人先生が在籍されている東大史料編纂所は、江戸時代に起源を持ち、幕府、明治新政府、東京帝大と引き継がれた歴史ある修史研究所で、我が国の日本史研究の基礎となる第一級の史料を数多く所蔵しているという。

この由緒正しい研究機関が、組織的に取り組んでいる仕事のひとつが、「大日本史資料」の編纂である。
これは、1901年から現在まで続けられている国史編纂事業のようなもので、年月日順に、何が起こったのかをコツコツと記録編集する作業だという。
1年分の記録を編纂するのに10年かかる。学者人生30年として、一人の学者が一生をかけて3年分。
いま現在で、寛永16年(1639)までが刊行されているとのこと。
途方もなく壮大というか、気の遠くなるような地味な仕事というか...。
まあ、たいへんな仕事である。

一方で、本郷先生は、大河ドラマ「平清盛」の時代考証もやっている。
週に一度はNHKに出掛け、視聴率も気にしながらも、皆でワイワイと歴史ドラマを作っている。ユーモアに満ちた明るい人である。

そんな本郷先生が語る「天皇論」
ご専門である、中世日本の「国のかたち」を研究するうえで、天皇の存在は大きなポイントになるようだ。
この時代の「国のかたち」の変容は、天皇制が変質していく歴史に他ならないのだから。

昨今、皇位継承問題、女性宮家創設問題など、天皇・天皇制を巡る議論は、ひとつの政治課題でもある。いろいろな考え方があるのはよいことだが、歴史学者の立場でみると、少し違和感がある。
科学的な根拠(史実)に基づいた「天皇の実像」が語られていない。
本郷先生は、そんな感想をもっている。

本当のところの天皇はどんな存在だったのか。
天皇制が変質していった日本の中世を本郷先生はどう観ているのか。
きょうの夕学は、こういう話であった。

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「変わった子」の可能性 大平貴之さん

photo_instructor_618.jpg皆さんが子供の頃、クラスにちょっと変わった友人はいなかっただろうか。

好きな事には好奇心旺盛で、何でも知りたがり、やりたがる。
勉強はそこそこ出来るが、宿題は一切やらない。
モノ無くしで悪名をとどろかせ、学校で渡される保護者向け通知などは一切親に渡さない。
机の上も中もグチャグチャで、奥の方からカビた給食パンが出てきたりする。
そのくせクラスの人気者で皆に慕われる。先生も叱りとばしながらも、つい笑ってしまう。

いわゆる「よい子」の枠からはみ出し、ある所がピンと尖って飛び出ている愛すべき子供が...。

ギネス認定の世界のプラネタリウム・クリエイター大平貴之氏は、そんな子供だったという。

日本の学校教育、組織社会は、こういうトンガリ系人材の角を削り、丸く仕上げてしまうことには定評のあるシステムで、いつしかこういう人間はいなくなる。
大平少年は、幸いなことに丸くならず、トンガリ部分を残しながら、大人になっていた。
本人のトンガリ度が飛び抜けていたからなのか、周囲(親や教師など)が愛情と包容力に満ちていたからなのか、きっとその両方であったに違いない。

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身体知としてのトイレ掃除 加護野忠男さん・大森信さん

photo_instructor_625.jpgのサムネール画像photo_instructor_626.jpg「トイレ掃除で会社がよくなる」

理論的には「ありえない」はず。しかし現実的には「ありえている」ようだ。
実際に、永守重信氏(日本電産)、鍵山秀三郎氏(イエローハット)、塚越寛氏(伊那食工業)等々。トイレ掃除の重要性を指摘し、全社活動として実践している経営者は多い。

そうであれば、なぜ「ありえる」のかを、研究してみよう。
そこに新たな経営学の萌芽があるかもしれない。
これが、大森先生がトイレ掃除研究に取り組んだ理由であり、師である加護野先生が力強く後押しをした理由である。

経営学とは、
「正しいことを上手に成し遂げるための方法を研究・教育する学問」
である。
加護野先生は、そう喝破する。

学術用語で言えば、「正しさ」とは、目的の妥当性の検証で、「上手に」とは、手段の妥当性の検証により判明する。
合理主義に傾斜し過ぎた現代経営学は、後者(手段)にばかり目を向けて、前者(目的)を疎かにしてきた。
トイレ掃除の研究は、その流れに楔を打つ、大きな意味がある。
加護野先生は、若い門下生の研究を、そう評価した。

自らも企業に入り込み、社員と一緒にトイレ掃除に精を出すエスノグラフィ的な研究をしてきた大森先生は、「トイレ掃除の効用」を次ぎのように分析する。

トイレ掃除の効用は、掃除そのもの、ましてや綺麗になった便器がもたらすのではない。
自分の会社のトイレを掃除しつづける人間が、企業に効用をたらすのである。
大森先生は、それを「間接的効用」と呼ぶ。

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子供と一緒に夢を見ている。 石川勝美さん

photo_instructor_617.jpg開講前の控室、石川勝美氏に全米プロの話題を振ってみた。
石川遼選手は、初日1アンダー15位と健闘したが、2日目に崩れて、予選落ちに終わったばかりである。

「いまの遼は、あの程度ですよ、初日が良すぎただけです。」

勝美氏は、即座にそう返答された。それは達観というよりも、はるか遠くを見透したうえで、今はひたすら藻掻く時期だと割り切っているかのようだった。

石川遼選手は、1年半ツアーで勝っていない。最後の勝利は2010年11月の三井住友VISAマスターズのことだ。
勝美氏は、この勝利の後に、一冊の本を息子に渡したという。
森鴎外の『高瀬舟』。読んで欲しかったのは「高瀬舟」ではなく、その中に収められた「杯(さかずき)」という短編小説だった。
 
「わたくしの杯は大きくはございません。それでも、わたくしはわたくしの杯で戴(いただ)きます」
主人公の女性が、毅然とした態度で、そう述べる。

そのころの遼選手は、外国人選手のショットやスイングの真似ばかりしていたという。
真似をいくらしたところで遼はウッズやミケルソンにはなれない。勝美氏にはそう思えた。
しかし、言葉で言うのではなく、それまでもそうしてきたように、一冊の本を差し出すことで、思いを告げたのである。

人によって、能力に違いはある。しかし、持って生まれた能力を変えることも出来ない。
自分の能力(杯)でやっていくしかないのだ、と。

「やっぱり...」
読んで欲しかったのは、「杯」だと告げられた遼選手は、そう答えたという。

父は戒めを言葉にせずに、本に託した。
子は父の戒めをすぐに理解した。
何とも気持ちのよい親子である。

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自分が変わるから、周りが変わる。 周りが変わることで、自分も変わる。 金井壽宏さん

photo_instructor_622.jpg金井壽宏先生は、若い頃、臨床心理学を学び、カウンセラーを目指したことがあったという。
京都大学教育学部で、故河合隼雄氏の心理学講義を三年連続で履修するほどに惹かれたことが理由のひとつ。困っている人、悩んでいる人の役に立ちたいという思いが強かったことがもうひとつの理由だった。

紆余曲折を経て、人と組織に関わる領域を専門とする経営学者になった金井先生が、「組織開発」というテーマに辿り着いたのは、必然だったのかもしれない。
経営学全般の知見、組織行動論の専門性、心理学や臨床技法に対する造詣を持ち、どんな相手にも敬意を払い、ユーモアと人なつっこい笑顔で接する金井先生こそ、「組織開発」を語るにふさわしい学者ではないだろうか。

ジャングル化の様相を呈しつつある「組織開発」を、学問的に俯瞰してくれる一方で、自分の立ち位置も明確にして、「だから私はこう考える」という見解を述べてくれた。

金井先生は、「組織開発」には二つのアプローチがあるべきだとする。
クリニカルアプローチ=支援と働きかけのアプローチ
エスノグラフィックアプローチ=観察と記述のアプローチ
のふたつである。

クリニカルアプローチ=支援と働きかけのアプローチ
臨床心理学の知見を使うことから、この名前を付けている。
相手(組織)が自ら元気になるプロセスに役立つために、さまざまな働きかけを行うことである。
金井先生の恩師であるE・H・シャイン氏(MIT教授)はその大家といえる。

エスノグラフィックアプローチ=観察と記述
文化人類学で用いる調査手法の名に由来する。
相手(組織)の内側に入り込み、内部者のすぐ横で、そこで何が起きているのかを観察し、記述することである。
シャインがMITに招いたJ・V-マーネン氏は、組織エスノグラフィーの第一人者である。

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「なぜ」「だから何なの」 ちきりんさん

photo_instructor_601.jpg「Chikirinの日記」が始まったのは、2005年3月のこと。
現在確認できる限りでは、最初の記事は「ホリエモン vs フジテレビ」であった。

実は、「夕学楽屋ブログ」が始まったのも、2005年4月である。
最初の講演ブログは高橋俊介さんだった。

「Chikirinの日記」「夕学楽屋ブログ」ともに、当初のアクセス数は3000PV/月程度と同じようなものだったらしい。
それが今では...
「Chikirinの日記」は、100万~150万PV/月、ユーザー数3万人/日
「夕学楽屋ブログ」は、1.5万~2万PV/月、ユーザー数は200~300/日

百倍にまで開いた要因は何なのか。
ここは書き手の筆力の差だと認識せねばならない....

自嘲気味の愚痴はさておき、本題へ。
ブログ、書籍、講演を通して、ちきりんさんのメッセージは「もっと考えよう!」ということだ。
「考える」ことへのこだわりは、異なる二つの職業体験で感じたカルチャーギャップが原体験とのこと。

バブル期に新卒で入社した証券会社では、「考えるな」と叱られた。
MBA取得後に入った外資系企業では、「考えろ」と叱責された。
この差はいったい何なのか。その時からひたすら「考えてきた」
そして「考えよう」というメッセージが、いまの日本にビシッと刺さるテーマだということに確信を持ったということかもしれない。

先が読める時代=「変わらない世界」には、知識と経験が重要。だから年の功が生きる。
先が読めない時代=「変わる世界」では、思考と論理が重要。無知・無経験が武器になることさえある。
これからの世界、これからの日本は、後者である。

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大人げない大人  成毛眞さん

photo_instructor_616.jpg夕学には、外資系IT企業の日本法人トップを務めた方が、何人か登壇してきた。
平松庚三さん村上憲郎さん前刀禎明さん辻野晃一郎さん等々。

平松さん、村上さんは全共闘世代。
「戦う世代」らしく、パッションに満ち、挫折体験をエネルギーの変えてきたという自負が感じられた。
「熱きストラテジスト」 平松庚三さん
パトスの論理 村上憲郎

前刀さん、辻野さんは、新卒でソニーに入ったという共通点がある。
二人とも、スマートな紳士ながらも、黄金時代のソニーで鍛えられた人ならではの「こだわり」がある。 
日本の素晴らしさを世界に向けて発信するという強い意志である。
「感じる」「創る」「動かす」 前刀禎明さん
21世紀の日本発イノベーションとは  辻野晃一郎さん

成毛眞さんは、平松・村上世代と前刀・辻野世代の真ん中にあって、まったく異なる個性をもった人だ。
「シニカル」 「反主流」 「好きなことをやる」
そんなキーワードが頭に浮かぶ。

「正直言って、飽きた」
12年前、マイクロソフト日本法人の社長を退く際に言ったコメントがそれを象徴しているかもしれない。
この数年の著書も
『日本人の9割に英語はいらない』『就活に日経はいらない』というショッキングなタイトルである。
誰もが知っている有名人だけに、随分と波紋を呼んだという。

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気づく、考える、比べる  おちまさとさん

photo_instructor_605.jpgプロデューサーおちまさと氏は、
10歳のとき、人生を決めた。 
映画『ジョーズ』を見て、「自分はスクリーンの向こう側(作り手)に立つ!」と。

20歳のころ、道を切り拓いた。 
『天才たけしの元気が出るテレビ』の放送作家オーディションで、4千人の激戦を勝ち抜き、テリー伊藤氏の弟子となり、この世界に入った。

30代後半になって、世界を広げた。 
TVからファッション、ネット、企業コラボへと、プロデュース活動のウィングを伸ばしたのだ。

46歳のいま、何かを始めようとしているように思える。
育児とデュアルライフ(ハワイ&日本)を楽しみながら、ライフスタイルプロデューサーとしても注目されている。

著書名に擬えていえば、そんな「ひとりコングロマリット」的な生き方を可能にしてきたのは、秀でた「企画力」なのであろう。

おちさん流の企画は、「きかく」という語呂にちなんで、
き:気づく
か:考える
く:比べる

の三段階で構成されるという。

「気づく」という行為は
クイズ番組の早押しと同じだという。
誰も気づいていないことに、一番に気づくことが勝負を決める。

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財政健全化に向けた改革課題の全体像

まずはじめにおことわり(言いわけ)から。

私は、夕学講演の翌日にブログをアップすることを基本にしている。何もなければ翌日の昼まで、午前中に予定がある時は、夕方にはアップをする。講演翌日が週末休暇の場合には、休み中に書いておいて、翌週の朝にアップする。

今回は、31日(木)に土居丈朗氏、1日(金)古賀茂明氏と連続だったが、1日は朝から3時近くまで用事があったので、土居さんのブログを書きかけ途中で、古賀さんに講演時間が来てしまった。

お二人の講演は、日本財政の課題を取り上げた点は同じであった。そして、大きな意味での問題意識と解決の処方箋についてはそれほど変わらないと理解した。
ただ、ご承知のように、野田内閣が取り組んでいる消費税増税法案に対する立場は180度異なる。
その違いは、どこに起因するのかを整理することで、二つの講演をまとめて、ひとつのブログにすることにした。

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さて、日本財政が危機的状況にあることを否定する人はいない。
政府債務残高の対GDPが220%を越えて、世界最悪の状態にあることは揺るがない事実である。
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財政健全化の処方箋がひとつで済むという人もいない。複数の改革を同時並行的に取り組む必要がある。
お二人の話を参考に、財政健全化に向けた改革課題の全体像を列挙すると次ぎの4つになる。

1)使うお金を減らすこと=歳出削減(ムダの削減)
2)お金の使い途を変えること=構造改革(社会保障制度の改革、地方分権改革など)
3)お金の集め方を変えること=税制改革(消費税増税)
4)集めるお金を増やすこと=成長戦略(規制緩和

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「国民のための経済、国民による経済」 中野剛志さん

photo_instructor_613.jpg昨年秋から冬にかけて、日本の外交政策の大きなトピックとされたのが、TPP(環太平洋経済連携協定)を巡る議論であった。
野田内閣はもちろん、マスコミ、有識者がこぞってTPP参加論を説く中にあって、最も先鋭的に反TPP論を展開したのが、中野剛志氏であった。

中野先生の反TPP論の理論的根拠となったのが、この日の夕学のテーマ「経済ナショナリズム」という政治思想である。
経済ナショナリズムは、「ナショナリズム」という言葉が背負う歴史的な背景もあって、多くの誤解を受けてきた考え方である。いわば、異端の思想と言ってもよい。

しかし、グローバリズムの歪が、誰の目にもはっきりと見えてきたいま、これからの世界のあり方を規定するイデオロギーとして「経済ナショナリズム」がもっと照射されるべきだ、というのが中野先生の立ち位置である。

「経済ナショナリズム」を理解するためには、「ナショナリズム」の定義を確認する必要があるという。

「ナショナリズム」という言葉は、Nation(国民)とism(主義)に分解できる。
つまり、国民主義と言い換えることもできる
したがって、「経済ナショナリズム」とは「経済国民主義」。経済領域において、国民の生活を第一に考える思想と定義できる。
「国民のための経済、国民による経済」と言えるだろう。

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「人事を尽くして 天命をもぎ取る」 二宮清純さん

photo_instructor_602.jpgスポーツジャーナリストとして、数百人、いや数千人のアスリートや指導者を取材・インタビューしてきた二宮清純さんは、勝負に「勝つ」人と「負ける」人を、識別することが出来るという。

負ける人は、決まって
「人事を尽くして 天命を待つ」
という。


それに対して、勝つ人は
「人事を尽くして 天命を"もぎ取る"ことが出来る。

人事を尽くすのは当たり前のこと、いくら尽くしたところで、天命は降りては来ない。従って待つものではない。自らもぎ取りにいかなければ絶対に掴むことは出来ない。
勝者はそう考えることができる。

「運は回転寿司のようなもの。各自に平等に回って来る。ただし時速300キロの高速で...」
運は、その有無を論じるものではない。気がつくか、つかないか。掴めるか、掴めないか。当人の能力を論じるものである。

これが、二宮さんが辿り着いた「勝者の思考法」である。

天命をもぎ取る。運を掴み取る。
二宮さんは、この感覚を「準備力」という言葉で評した。
ここまでやるのか。そんなことまで考慮するのか、という驚異的な執着心をもって準備する力、という意味である。
準備は表面からは分からない。言われてみればそうかという程度の小さなことの積み重ねでもある。
しかし、オリンピックでの勝敗を決するのは、この「準備力」に他ならない。


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欲望(希望)のエデュケーション 原研哉さん

photo_instructor_612.jpg原研哉さんは、近年の自らの役割を、次代の社会構想をデザインすること、と考えているようだ。社会のこれからの可能性を可視化して、ひょっとすると「こうだったりして...」という選択肢を提示することである。

いや提示するだけではなく、他者を巻き込んで実現することまでがデザインの範疇かもしれない。

デザインには「欲望(希望)のエデュケーション」効果がある。
原さんは、そういう。

あらゆる「もの」や「こと」を、樹木の果実だと考えてみる。
豊潤な果実には、土壌の質が重要である。
土壌には、それぞれの伝統や風土、特性に由来する「地味」がある。
欧州社会という土壌には、宮廷・貴族的な文化がよく似合う。
米国社会という土壌には、ギラギラした物質主義が育つ。
日本という土壌には、「質実剛健」的なものがマッチする。
それぞれの土壌の「地味」を肥えさせることで、果実は大きく、甘く育つ。
そのための、気付け薬あるいは促進剤の役割を果たすのが「デザイン」である。

デザインには、土壌に何を育てたいのか、それに気づかせ、創造意欲を喚起して、行動に向かわせる力があると信じている。

例えば、
日本という土壌に「家」という果実を育てようとした時に、どんな「家」が相応しいのか。
土壌の「地味」を吟味してみると、次ぎのような特徴が見えてくる。

人口は減っていく。土地は狭い。空き倉庫、シャッター商店街などが悩みの種。
一方で、貯蓄高は世界一。高齢者はアクティブ。丈夫で頑丈な躯体(構造体や骨組み)は潤沢にある。
創造力豊かな建築家、設計士はたくさんいる。技術力は申し分ない。

だとすれば、これからの日本の「家」は、新築より中古を上手に使い回すことが「理」にかなっている。

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市民宗教としての仏教 釈徹宗さん

photo_instructor_611.jpgのサムネール画像釈徹宗先生は、「市民宗教」の説明から講演を始めた。
肌感覚にまで拡散してしまった宗教、無自覚のうちに身体と精神に溶け込んでいる宗教の意味だという。
日本の仏教は、典型的な「市民宗教」だという。

私は、かつて分子生物学者の福岡伸一先生に聞いた話を思い出した。

生命を構成する分子の動きを追いかけるために、事前に色を塗って識別可能にした分子を食物の中に混ぜ、それを食べたマウスの体内で、着色分子がどのような軌跡を描くのかを追跡研究する。すると、分子はマウスの体内に入ってまもなく、タンパク質に取り込まれ、体中のあらゆる部分に分散し溶け込んでしまう。

同じように、日本人の身体と精神の中には、分子レベルにまで分解された仏教の遺伝子が、あらゆる部分に分散し、溶け込んでいるのだろうか。

仏教は、「常-主宰」の否定に特徴があるという。
すべては変化する。すべては集合体である。すべては関係性のうえに成り立つ。
だからあらゆるものは「常ならむ」存在だとする。
「無常」の概念は、あいまいで、わかりにくいという欠点もあるが、そのぶん柔軟で、融通無碍だとも言える。

日本人の行動と精神のあらゆる部分に仏教フレーバーを行き渡らせる毛細血管のような役割を担ったのが、半僧半俗の仏教者達であった。
沙弥毛坊主などの名称で呼ばれた彼らは、世俗を生きる仏教の体現者であった。

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「心あたたまる関係」のビジネス化 武田隆さん

photo_instructor_623.jpg武田隆氏の『ソーシャルメディア進化論』はふたつの意味で良書である。

ひとつは、ホットイシューであるソーシャルメディアの全体像を手際よく整理してくれた「ソーシャルメディア論」として分かりやすい。
もうひとつは、ネットベンチャー経営者15年の「起業論」として読み応えがある。
学生ベンチャーを立ち上げた若者が、試行錯誤のうえで、企業向けのオンラインコミュティというビジネスドメインを見いだし、それを事業として成り立たせるまでのサクセスストーリーでもある。

日大芸術学部でメディア美学者武邑光裕氏に師事した武田氏は、インターネット勃興期に大学生活を送った。専門家が圧倒的に少なかったこの時期、WEB製作を請け負う学生ベンチャーが数多く生まれた。武田氏もその一人であった。

武田氏が惹き付けられたインターネットの本質は、つながることの価値であったという。それは経済性というよりは、驚きや感動という言葉が似合うウェットな価値の世界である。
武田氏は、それを「心あたたまる関係」と呼ぶ。

「心あたたまる関係」を事業として成立させるためのフィールドとして選んだのが「企業コミュティ」であった。

武田氏が、この構想を思いついたのは、ソーシャルメディアという名称が生まれる前だったという。試行錯誤しているうちに、ブログ、twitter、facebookが次々と登場してきた。
ソーシャルメディアの登場は、武田氏にとって大きなフォローウィンドゥになった。
いまや、7000万人の人がソーシャルメディアを利用するという。これは、オンライン上の企業コミュティに対する心理的障壁がなくなったことと同義であった。

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広告表現のイノベーション 川村真司さん

photo_instructor_610.jpg「イノベーションとは新しい組み合わせである」
ちょうど100年前、29歳の経済学者シュンペーターは『経済発展の理論』でそう喝破した。
・新しい技術の組み合わせ
・新しい生産方式の導入
・新しい原材料の使用
イノベーションとは、あらゆる新しい組み合わせを意味している。

32歳の若きクリエイターである川村さんが、シュンペーターのイノベ-ション概念を意識していたのかどうかはわからないが、クリエイティブに向き合う姿勢は、イノベーションそのものである。

クリエイティブとは、自分達が利用できるさまざまな物や力を、枠組みにとらわれないで結びつけること。
川村さんの講演を、そんなメッセージとして聞かせてもらった

慶應SFC佐藤雅彦研究室の一期生として、広告表現の世界に触れた川村さん。
卒業と同時に博報堂に入社し、CMプランナーになった。人も羨むキャリアである。
彼は、そこをわずか3年で辞めてしまった。
「プロダクトやサービスに近いところで何かを創り出したい」と考えていた川村さんにとって、CMという枠の中だけでクリエイティブを考えることが窮屈に感じたという。
その後外資系の広告代理店数社を経て、昨春5人のクリエイターによる新会社PARTYを立ち上げた。
広告代理店でも、製作プロダクションでもない。クリエイティブの実験をするラボ(研究室)。それがPARTYのコンセプトである。
広告だけにとどまらず、実際にプロダクトを作ったり、ミュージックビデオの映像をディレクションしたり、枠を越えた活動をしている。

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「センス」とは、プロセスを見ること。 西村佳哲さん

photo_instructor_603.jpgこの数年「熟議の方法論」が注目されている。
経営・組織分野では、組織開発や創造的会議の方法論がトピックになっている。(6/14の夕学では、神戸大の金井壽宏先生がこのテーマで話します)
地域おこし、市民参画型公共システムに取り組んでいる人の間でも関心が高い。(夕学では金子郁容先生がこの話に触れた)
「ホールシステムズアプローチ」という言葉をどこかで聞いたことにある方も多いのではないだろうか。

西村佳哲さんの場合は、もっと身近な、差し迫った問題から「熟議の方法論」に関心を寄せたようだ。「美大でデザインを教える」という個人的なことが出発点だった。

「いい授業をつくるには」
その問題意識が、きょうの講義のテーマ「(人への)かかわり方」を探索するきっかけになったという。

デザインは、答えが生徒にあるもの。教師が「これがよい」と押しつけるものではない。生徒の中にあるものをどうやって引き出せばよいか。そのための「かかわり方」がわからない。

悩んだ西村さんが、惹き付けられたのが「ワークショップ」という方法論であった。
「ワークショップ」の定義は、はてなワードによれば下記のようになる。

もともとは「仕事場」「工房」「作業場」など、共同で何かを作る場所を意味していた。 しかし最近は問題解決やトレーニングの手法、学びと創造の手法としてこの言葉が使われる事が多く、あらゆる分野で「ワークショップ」が行われている。 「ワークショップ」は一方通行的な知や技術の伝達でなく、参加者が自ら参加・体験し、グループの相互作用の中で何かを学びあったり創り出したりする、双方向的な学びと創造のスタイルとして定義されている。 ファシリテーターと呼ばれる司会進行役の人が、参加者が自発的に作業をする環境を整え、参加者全員が体験するものとして運営される。

「ここにヒントがあるのでは」と考えた西村さんは、海外を含めてさまざまな「ワークショップ」を体験してみた。そのうちに、ざらざらとした違和感を抱くようになった。

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「古事記に家族愛を見る」 浅野温子さん

photo_instructor_609.jpgのサムネール画像作家の阿刀田高さんによれば、地域・民族の文化度を推量する目安のひとつは「豊かな神話を持っていること」だという。

例えば、西欧文明が持つ立体感は、ギリシャ神話の豊かさに支えられている。
ルネサンスの彫刻・絵画の題材として、ダンテ、ニーチェ、カミュの創作モチーフとして、現代日本演劇を代表するNINAGAWA演出(「オイディプス王」「王女メディア」)もギリシャ神話を重要視している。

古事記に代表される日本の神話も、歴史の古さでは負けるが、豊かな寓意性はギリシャ神話にひけを取らない。
イザナギ・イザナミの悲恋、海彦・山彦の兄弟確執、ヤマトタケルの英雄譚等々。
長きに渡って、童話、小説、演劇に格好の素材を提供してきた。いまでもマンガやスーパー歌舞伎のモチーフとして、ファンタジー(「火の鳥」)やスペクタクル(「ヤマトタケル」)のエンタテイメントに貢献している。
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その意味で、神話はいまも生きている。

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「先端を追うには、その発端を握る必要がある」 日比野克彦さん

photo_instructor_608.jpg日比野克彦氏は、1982年PARCOが主催する日本グラフィック展で大賞を受賞し、アート界の寵児として華々しく登場した。
http://www.hibino.cc/profile/history/1982_03a.html

当時、渋谷という街は、PARCO、西武百貨店などを核にして、若者の文化発信基地として変貌しつつあった。
「作品をケースに入れて美術館に収める」という従来型のスタイルに窮屈さを感じていた日比野さん(当時東京芸大の院生)にとって、作品を作るプロセス、身体性までもアート表現に変えてしまう渋谷という街は魅力的だったという。

以来30年、日比野さんはいつもアートの先端を走ってきた。現在は、東京芸大先端芸術表現科教授の肩書きも持つ。
同時に、日比野さんは、「先端を追うには、その発端を握る必要がある」という意識も持っている。
アートの発端を握るとは、「ひとはなぜ絵を描くのか」という根本の衝動をつかまえるということである。
そのために、日比野さんは世界中を旅してきた。

「H(ホーム)からA(アウェイ)に移動した時に起こること」
日比野さんは、大好きなサッカーのメタファーで、ひとが絵を描くきっかけを考えてみようとした。

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「うまく説明できないものは、たいていの場合、手がかりなのだ」 内田樹さん

photo_instructor_607.jpg内田樹先生の著作を眺めてみると、まぁ、そのカバー領域の広さに驚く。
専門の思想や哲学、教育論、武道論までは分かるとして、アメリカ論、中国論、日本論、映画論、メディア論、マンガ論にいたるまで縦横無尽である。

その論考を構築する際の立ち位置は「素人」であることだという。
思考を駆動するきっかけは「身体的な違和感」である。
「なにか嫌な感じがする」「なぜか話が分かりくい」ことへの直観的な反応である。

「うまく説明できないものは、たいていの場合障害物ではなく、手がかりなのだ」

内田先生は、アーサー・コナンドイルが名探偵シャーロック・ホームズに言わしめた台詞を例にとって、遡行的推理(reason backward)という論法を紹介してくれた。

例えば、「身体的違和感」を感じるニュースや報道があったとする。
それに対して、内田先生は、出来るだけ大風呂敷を広げる。素人なのだから穴だらけで構わない。風呂敷は、大きければ大きいほどよい。
広げた大風呂敷の上に、新聞などに記述された一連の情報を配列してみる。
すると、そこに当然あるはずのパーツ(報道、分析、解説)がないことに気づく。
それはいったいなぜなのか。あるはずのものがないことを遡行してみることによって、隠された理由が明らかになる、というものだ。

内田先生が「身体的違和感」を感じた報道のひとつに、普天間基地の移設問題があった。

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マクドナルド、7つの 「えっ、そうなんだ」  原田泳幸さん

photo_instructor_604.jpg原田さんの夕学は、3月1日10時の予約開始から1時間半で、満席マークが灯った。ここまで早かったのは、ホリエモン登壇の時以来ではないだろうか。会場には、マックで育ったであろう30代のビジネスパースンの姿も目立った。

さて、原田さんの話については、『勝ち続ける経営』という講演録が出版されたばかりである。この本は細かい言葉の言い回し以外は、ほぼ忠実に講演内容を文字化しているとのことで、原田さんも感心していた。
従って、講演の内容紹介は、この本に譲るとして、きょうのブログは、控室でお聞きした事実も含めて、「えっ!そうなんだ」と思った7つの新発見を紹介することで、原田さんの経営を側面から考察してみたい。


1.コーヒー販売量は日本一
ハンバーガーの販売量なら当然だろうが、実は、コーヒー販売量もダントツの一位なのだという。ドトールやスターバックスを凌ぐ。調べたところ、ドトール1421店舗、スタバ912店舗であるのに対して、マックは3278店舗(上記書籍による)なので、そのスケールメリットが効いているということだろう。
マックにとって、コーヒーはあくまでもコモディティ商品であって、「らしさ」を象徴するものではない。しかし味と価格を総合した価値には絶対の自信を持っているとのこと。しかも、基幹商品であるハンバーガーを買ってもらうためのオープンドアツールとして重要な意味を持つ。
100円のコーヒーを飲んでくれた人に、ビッグマックやメガマックを買ってもらえるようにするためにはどうしたらよいか。そのための戦略と仕組みにこそ、本当のノウハウが凝縮されている。


2.8年で6回も値上げしている
原田さんがトップに就任された2004年以降、デフレ真っ盛りの日本にあって、マックがそれほど値上げをしていたのは驚きであった。
値上げは、マックの企業広報にとって、その腕が試される見せ場らしい。
値上げの事実と理由を、マスコミにつまびらかに公開し、尚且つ「なるほど」と納得させることが出来るかどうか、コーポレートコミュニケーションの巧拙が表出するイベントだという。
「原材料の高騰のため」「人件費アップのため」「為替の影響もあって」という文切り型の理由では、マスコミも消費者もけっして納得しない。価格の値上げ以上に価値が上がることを合理と感情で納得してもらう必要がある。
当然ながらマックの成長は、値上げの広報戦略が上手くいった証左である。

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「正解のない問いに向き合う作法」 藤原和博さん

photo_instructor_606.jpg藤原和博さんに夕学に来ていただいたのは4度目である。(昨日の紹介では3度目と話したが、改めて調べてみたらもう一度あった)ブログだけでも3回目になる。

改めて、これまでの講演内容やブログを見直してみると、事例やネタの扱い方は異なるが、首尾一貫して同じことを言っている。


「正解のない問いに向き合う作法」である。

「会社と個人の新しい関係」(2003年)「公教育の未来」(2005年)「つなげる力」(2009年)「坂の上の坂の生き方」(2012年)、どんな講演テーマであっても、コアなメッセージは変わらない。

「会社と個人の新しい関係」をつくる際に必要となるもの
「公教育の未来」で培われるべき能力
異質な人やものをつなげることで実現できること
50代からの人生で、もうひとつ(ふたつ)の坂を登るための準備
全てに共通することは、「正解のない問い」に向き合う作法である。
彼はこれを>「情報編集力」と呼んでいる。

「情報編集力」の説明は、これまでも何度もしてきたが、昨夜聞いた新ネタをお借りして紐解いてみよう。

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