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音楽のようにドストエフスキーを体験する 亀山郁夫さん

一昨日、旧ソ連の反体制作家であったソルジェニーツィン氏が亡くなりました。
亀山先生には、昨夜から今朝にかけて、全ての大手新聞社からコメントを求める取材依頼があったそうです。「ロシア文学といえば亀山郁夫先生」、誰もがそんな連想を働かせているということなのでしょうか。
『カラマーゾフの兄弟』は100万部近い販売を記録する勢いだそうです。活字離れが喧伝される今日、ロシア古典文学の翻訳本としては驚異的な数字です。
以外なことに、きょうの講演によれば、亀山先生は、中学生の時に『罪と罰』を読んで以来、読者としてドストエフスキーに耽溺してきた事実はあったものの、研究者としては、長らくロシア前衛文学研究に勤しんでおり、どちらかと言えばニッチな世界の研究者で、トルストイ、ドストエフスキーといったロシア文学の王道に取り組み始めたのは、50代を過ぎてからだったそうです。

『カラマーゾフの兄弟』翻訳にあたって心がけたのは、「映画をみるように、音楽を聴くように『カラマーゾフの兄弟』を体験してもらうこと」だったそうです。
亀山先生によれば、翻訳者には二通りのタイプがあるとのこと。
ひとつは科学的、分析的に訳をすすめる方法で、「耳の良さ」=言葉の意味の差違に対する鋭い感性を必要とするそうです。こちらが常識的な翻訳アプローチになります。
亀山先生がとったのは、芸術的な感性を重視して訳に取り組むやり方で、ディテールにこだわるよりは、感覚として作品を理解することを重視します。
亀山先生曰く「私は耳がよくないので...」ということでしたが、かつて自分が味わった感動を現代の若者と共有する意味でも、現代語訳をしたかったという思いにかられてのことだそうです。
『カラマーゾフの兄弟』の原文は、破壊的な文体で書かれており、逐語訳では現代人には難解で読むことができないそうです。
それに対して亀山先生は「アルマーニを羽織ったドストエフスキー」に生まれ変わらせようと思ったとのこと。
音楽のように翻訳をするというリズム重視の訳は、誤訳を生む可能性を内包します。
亀山先生は、訳にあたって第5稿まで目を通したそうですが、5稿では原文を一切見なかったそうです。その結果、誤訳問題が週刊誌上を賑わす事態を招いたと反省をされていました。(現在は、全ての訳を再チェックし、当初の翻訳思想を活かしつつ、あきらかな誤訳部分は修正したとのこと)

講演の後半は、ドストエフスキー論に入っていきました。不勉強にも私はドストエフスキーの著作をほとんど読んでいない(憶えていない)ので、先生が言及された「親殺し」というテーマに関わる深い世界は十分に理解できませんでした。
ただ、ドストエフスキーが『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』を書いた19世紀後半が、帝政ロシアの終末期であり、抑圧されてきたエネルギーの充満と自由への希求に満ち、その裏返しとしての金銭への執着と人間性の喪失が同時に起きていた混乱の時代であったということはわかります。社会秩序の崩壊が人間の内面世界の崩壊にも繋がりかねない「弱さ」を、私たち人間は常に内包しているのかもしれません。

100万部近いベストセラーになった『カラマーゾフの兄弟』
亀山先生によれば、ここまで売れた要因のひとつに、地方の本屋さんの後押しがあるのだそうです。この本を単なるブームに終わらせず、古典文学コーナの常設につなげたい。という熱い要望があるとのこと。
活字離れが進むのと反比例するように本の出版数は増加し、書店の品揃えがコンビニの商品棚のように激しく入れ替わるようになって久しいと思います。最近では岩波文庫を置いていない本屋さんも増えました。
本屋の方も、そういう本の売り方をこころよしと思っていたわけではないのでしょう。時代を越えて読み継がれてきた古典を大切に売っていきたい。そんな心ある本屋さんの思いを可能にしてくれた意味でも、『カラマーゾフの兄弟』新訳は価値があったと言えるのではないでしょうか。

型の文化としての和歌  冷泉貴実子さん

京都御所は、京都のほぼ中央に位置し、今出川通りを挟んで同志社大学キャンパスと隣接しています。私は学生時代を京都で過ごしたので、かつて、よくこの道を通りました。今出川烏丸の交差点から少し東に進むと、古い土塀に囲まれた風情たっぷりのお屋敷があったことを記憶しております。当時は知りませんでしたが、これが1790年に建てられた冷泉家のお屋敷でありました。
冷泉家は、俊成・定家親子を祖に持つ「お公家さん」の家柄です。藤原定家の名は「新古今和歌集」「百人一首」の選者として、誰もが知る歌人ですね。
冷泉家は、代々「歌のいえ」として、800年以上も続くお家柄です。
明治以降、多くの公家が東京に移り住んだにもかかわらず、冷泉家は京都に留まりました。
時を経て、多くの公家屋敷が取り壊され、京都御苑として整備されていった中にあって、今出川通を隔てていたという幸運もあって、由緒あるお屋敷と数多くの典籍を守り続けてきました。
冷泉貴実子さんも、その伝統を受け継ぎ、俊成・定家の流れをくむ冷泉家の文化継承に力を注いでいます。

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「苗代」という方法 松岡正剛さん

「かつて、一日は夕暮れから始まったのはご存じですか?」
松岡正剛さんは、「夕学」というネーミングに触れていただいたうえで、ある古の風習を教えてくださいました。
古代には、「夕占(ゆうけ)」という習慣があったとのこと。改めて広辞苑で調べてみると「夕方、辻に立ち、往来の人の話し声を聞き、それによって吉凶・禍福をうらなうこと」とあります。
古代、闇夜の辻は、妖怪・物の怪が徘徊跋扈する異界と恐れられていました。異界の闇が、大きく口を開けようする宵闇の辻で、何かに託されたメッセージに耳を澄まそうとする神秘的な行いが「夕占」だったようです。
私が私淑する神戸大の金井壽宏先生は、松岡さんを評して「頭の中に巨大な図書館が入っているような人だ」とおっしゃいます。もちろん、あらゆるジャンルに精通した、その驚異的な知識は「生きる図書館」に他なりませんが、松岡さんの凄さは、膨大な知を独自に編集し、全く異なる他の世界に適用するところにあるのではないでしょうか。
松岡さん流に言えば「なぞらえ」かもしれません。
松岡さんが、「夕占(ゆうけ)」の風習を説明することでなぞらえようとしたことは何か。そんなことを考えているうちに、松岡さんの講義は本題に入っていきました。

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iPS細胞が拓く医学 山中伸弥さん

山中先生が到着される前の控室に、筑波大名誉教授の村上和雄先生がいらっしゃいました。遺伝子研究の権威で、1月30日の夕学で、「笑いと遺伝子」をテーマに興味深いお話をしていただいた先生です。
村上先生は開口一番おっしゃいました。
「慶應MCCさんも思い切ったことをしますね。いま、この時期に山中先生を講演に呼ぶなんて...」
世界中の大学や企業の研究者と一刻を争う研究競争の最前線にいる山中先生を、講演に呼ぶという、ある意味の“暴挙”を評された言葉でした。

主催者としては、ひょっとしたら、歴史的資産になるかもしれない貴重な講演が実現できた奇跡を、多くの会場の皆さんと共有できたことは何よりも喜ばしいことでした。

さて、本題の山中先生の講演についてです。
本当に優秀な人は、難しいことを分かり易く説明できる人だと言われますが、山中先生は、まさにそういう人でした。
再生医学の意義、ES細胞研究の進展と課題、iPS細胞研究への期待と課題etc、どれも明快に解説していただいたと思います。

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「緑の東京へ一丸で」 猪瀬直樹さん

18:30東京着の新幹線を降り、駆けつけるように会場入りした猪瀬さん。
額には大粒の汗、夏カゼで鼻もぐずつかせながら、「何から話しましょうか」とつぶやいて、早速マイクに向かいました。
講演は、都庁で開催中の夕張観光物産展の話題から始まりました。市価の約半額というお買得感もあって、夕張メロンが1日に400個売れるほどの盛況イベントだそうです。切り盛りしているのは、都庁から夕張市の応援派遣されている二人の職員です。
財政破綻した夕張市の苦境は深刻だそうです。人口はピークの十分の一の12,000人、借金総額350億円、市役所職員も次々と辞め、行政も滞りがち、東京、北海道はじめ全国から10名近い応援職員を受け入れ、なんとか苦難を乗り越えようとしているとか。

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意思決定の実際と対策  長瀬勝彦先生

随分と前のことですが、とある組織で人事部に配属され、新卒採用の仕事に携わった時期があります。その時に、人事部長から、面接用の評価シートの修正を命じられました。
我が社の求める人材像をもとに、一般教養・知識、表現力、論理力、対話力等々いくつかの能力項目を設定して、それに見合う具体的な行動評価項目を洗い出しました(例えば、挨拶ができたか、笑顔の印象はどうか、時事問題に答えられたか、簡潔な自己紹介ができたか、志望理由に説得力を感じたか、厳しい質問にどう対応したかetc)
評価シートは、それらを10項目程度のチェックリストに仕立てて、5点法で点数化しました。もちろん重要な項目には加重をかけて総合点がでるようにしてあります。
ところが、人事部長は、実際の面接の際には、項目は一切チェックせずに、ただ総合点だけを付けて、横になにやら走り書きのメモを書き入れていました。
「使わないのなら作らせるなよ!」と腹を立てて、先輩に訴えたところ、「君の勉強のために作らせたのだよ」「でも、よく出来ているから僕は使うからさ」と慰めてくれたものです。
にもかかわらず、その先輩も実際は、まず総合点を書き入れて、あとで要素毎の点数を逆計算しながら記入していました....

間違いのない判断を下すために用意された、さまざまな分析ツールが、実際に意思決定をする際には使われない。 この種の経験は多くのビジネスパースンが持っているものではないでしょうか。
頭で考えた理屈と実態の意思決定の乖離現象。それこそが、長瀬先生が専門とする行動意志決定論の研究領域です。

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バイオサイエンスの最前線 冨田勝さん

冨田先生が所長を務める、慶應の先端生命科学研究所は、IT主導のバイオサイエンスという新しい研究アプローチを取るユニークな研究所です。
WEBサイトの紹介文をみると次のように書いてあります。

当研究所では、最先端のバイオテクノロジーを用いて生体や微生物の細胞活動を網羅的に計測・分析し、コンピュータで解析・シミュレーションして医療や食品発酵などの分野に応用しています。本研究所はこのようにITを駆使した「統合システムバイオロジー」という新しい生命科学のパイオニアとして、世界中から注目されています。

山形県鶴岡市という自然環境に恵まれた土地で、世界と戦う先端生命科学研究所のコアコンピタンスは二つある、と冨田先生は言います。

ひとつは、「メタボローム解析技術」と呼ばれる分析技術です。
メタボローム解析は、“究極の成分分析技術”とのことで、対象となる物質の細胞がどのような成分で成り立っているのかを一度に分析してしまう「スグレモノ」だそうです。
先端生命研は、独自開発したCE-MS法というメタボローム測定のノウハウを有し、これによって得られたメタボロームデータの解析ソフトウェアおよび代謝物質データベースを武器に、さまざまな領域で応用研究に着手しているそうです。

もうひとつは、「E-Cell(電子化細胞)」に代表される卓越した情報技術です。
コンピューターシミュレーションによる細胞メカニズムの再現技術など、ITを駆使して生命活動のモデルを構築・解析する技術を10年以上も蓄積しており、これらによって得られた膨大なデータを用いて、生命現象の包括的な理解が可能になっているそうです。

この二つの武器を使って、どのような研究に取り組んでいるのか、そのいくつかを冨田先生は紹介してくれました。

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ロボットを通して人間を考える 瀬名秀明さん

東北大の大学院でミトコドリアの研究に勤しんでいた瀬名秀明先生が、バイオホラーの傑作と言われる『パラサイト・イヴ』でデビューしたのは、博士課程在籍中の13年前のことでした。
太古の昔に存在していた利己的遺伝子「イヴ」が、何億年に及ぶ生物寄生の眠りから覚め、ヒトに対して反乱を企てるというものです。
ミトコンドリアDNAの解明にから導かれた、人類最古の人類が、数万年前に北アフリカに生まれた女性であったという最新知見をベースにしたホラー小説でした。

この作品を期にSF作家としての活動もはじめた瀬名先生が、ロボットの世界に関心を持ったのは、文芸春愁から依頼されたサイエンスルポがきっかけだったそうです。
「ロボットは人間を越えられるか」をテーマに掲げ、ロボット研究の最前線を追った長期取材でした。

その取材をきっかけに、ロボット研究への理解を深めた瀬名先生が気づいたのは、ロボット研究が、SFやアニメ等の空想世界におけるロボット文化と相似形をなしながら進化してきたという事実だそうです。

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何が若者を苦しめるのか 本田由紀さん

「若者と仕事」に関わる問題に対する識者の見解は、大きく3つに分かれます。

ひとつは、「自己責任」を強調する論。
厳しい時代だからこそ、本人(若者)が強い意思と明確な目標をもって努力しなければいけないという論調です。ご本人がたいへんな苦労をして成功を掴んだ方に多い意見です。
いまひとつは、若者に寄り添いながら、彼らが意欲と希望をなくさないように温かいメッセージを送ろうというもの。
以前、夕学にも登壇いただいた玄田有史先生は、こちらに近いスタンスではないでしょうか。
三つめは、若者に寄り添うスタンスは同じながらも、彼らを産み出した社会そのものを厳しく糾弾する論
本田先生は、この立場ではないかと思います。実証的なデータに基づきながら、若者を疲弊させ、絶望させる何ものかを明確にしようという姿勢です。

本田先生が、各種データもとに「若者の働き方の変化」を分析した結果によれば、「全ての若者は苦境にある」そうです。
正社員は「過剰な労働」に、非正社員は「過少な賃金・安定」に、それぞれ押しつぶされていると言います。

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部分という名の幻想 福岡伸一さん

三島由紀夫はかつて、柳田国男の『遠野物語』をして「これこそが小説である」であると激賞しました。
民俗学者であった柳田が、遠野出身の青年 佐々木喜善が語った山深い故郷の昔話を、聞き書きしてまとめたというこの本に、人を慄然とさせる文学の本質を、三島は見いだしたと言います。
柳田が『遠野物語』に込めたのは、「これを語りて平地人を戦慄せしめよ...」という前文の一節に代表されるように、忘れ去られた縄文精神の代弁者としての力強い宣言でした。

科学啓蒙書としてはもちろん、文学としても高い評価を得た『生物と無生物のあいだ』という本に、福岡先生が込めたのは、生命機械観の呪縛にとらわれ、途方もない過ちを犯しているかもしれない現代科学の世界に対する、強い危機感だったようです。

福岡先生によれば、「生命とは何か」という深遠な問い掛けに、ひとつの答ええを提示したのは、デカルトの「機械的生命観」だったそうです。生命とはミクロの部品から構成されるプラモデルのようなものだという認識です。
この思想は生命科学の基底に生き続け、20世紀の中頃には、「生命とは自己複製するシステム」であるという生命観に結実しました。
ワトソン・クリックが発見したDNAの二重らせん構造は、生命が自らの中に、自己を複製する機能をもった、25,000種の遺伝子からなる高性能コピーマシンであることを証明したと言われます。

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社会のための富の創出を  スコット・キャロンさん

1960年代、IBM社員のお父上に伴って来日し、幼児期を日本で過ごしたというスコット・キャロンさん。本格的に日本語を学んだのは20年近く前、慶應大学の国際センターが主催する一年間の日本語集中コースだったそうです。
「その時の恩師が来ていたら困ります」とおっしゃっていましたが、なかなかどうして、微妙な言い回しや「どう言えばいいでしょうかね」と言い淀む感じまで、日本人そのもので、まったくストレスなく講演を聴くことが出来ました。

キャロンさんが、「なぜ、日本株に投資をするのか」という理由は、きわめて明解です。
ただひとつ「日本を愛しているから」
在日通算19年、子供4人を日本で育て、永住権も獲得して、日本に骨を埋めようと思っている。一人の人間として日本のために働きたい。その思いからだそうです。

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やみくもに守らない、やみくもに取り入れない 西尾久美子さん

「祇園祭のお稚児さんが決まった」というニュースが先日ありました。
京都の街、特に八坂神社から鴨川をはさんだ河原町通りまでの一帯は、7月17日の山鉾巡行に向けて、まつり準備が日々整えられていきます。一年のうちで、もっとも京都らしい季節の訪れかもしれません。
そんな京都の雰囲気を夕学の会場に持ち込んでいただいたように、西尾先生は、あでやかな着物姿で登場されました。
聞けば、学会を含めて重要な場での発表は、いつも着物と決めているとか。

柔らかな京ことばにのせて、京都花街の基礎知識をご紹介いただく姿は、西尾先生自身がお茶屋のおかみさんではないかと錯覚してしまうほど決まっています。
おそらくは意図的に披露されていると思われる、時折かいま見せる「いけず」な物言いも含めて、完璧な演出には恐れ入りました。京都を堪能した2時間でした。

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戦いを終えて見える風景 出井伸之さん

「イチローや松井に、今からゴルフに転向しろと言っても、まず変わらないでしょう」
「企業も同じです。一流になればなるほど変わりにくくなるものです」

出井さんは、『迷いと決断』という、ご自身の著書を示しながら、ソニーと格闘した10年の日々を総括することからはじめました。
たとえCOEと言えども、自分で動かせることが如何に少ないかを痛感した10年だったそうです。
そこには、どうすれば良いかは見えていても、その道に組織を引導していくことができなかった忸怩たる思いを、静かに振り返る達観した心境が見てとれたような気がします。

1995年に出井さんがソニーの社長に就任した際に、社員と危機感を共有化する目的で示した有名な図があります。
人々が天真爛漫に泳ぎ回る“自由闊達、愉快なる理想工場”という池からは、ネガティブキャッシューフローという川が流れ出ていて、その川はやがて“倒産という滝”に注いでいるというものです。
ソニーの経営陣にあっては珍しいタイプの分析的な戦略家であった出井さんには、社長就任時のソニーは、いつまでも夢だけを追い求めてはいられない危機的な状況に映ったようです。

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人の数だけ「ひとり」がある 山折哲雄さん

意外なことに、山折先生の講演はオリンピックの話題から始まりました。

「オリンピックというのは、スポーツの祭典であると同時に、世界中の人々の精神世界がぶつかり合う場でもある。そこでは、必然として「日本人とは何か」という想念が浮かび上がってくる」

山折哲雄さんは、いかにも宗教家らしく、オリンピックをエンタテイメントとして楽しむだけでなく、日本人のこころが凝縮して表出される「日本人精神発露の場」としてご覧になっているようです。

トリノ冬期五輪の期間中、過去の日本選手の活躍の軌跡を振り返る映像が放映されたことがあったそうです。そこで流れた前畑秀子さん(ロサンゼルス五輪銀メダル、ベルリン五輪金メダルの水泳選手)のインタビューに、山折先生は注目しました。
出発にあたって送り出してくれた「母の言葉」を胸に刻み、「死ぬ覚悟」を秘めてスタート台に立ち、スタートの号砲に「神様」と叫んでプールに飛び込んだと前畑さんは振り返ったそうです。
山折先生は、このインタビューで語られた「母の言葉、死、神様」の三つのキーワードに着目し、恐らくは、当時の全ての日本人の精神構造の中に共有化された意識と価値観を見いだします。だからこそ、アナウンサーの「前畑ガンバレ!」の絶叫が、いまだに心に響くのだと。

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クリエイティブマネジメントの本質 佐藤悦子さん

「なんでもデザインで解決できるはずだ!」

5年程前に、佐藤可士和さんが、とあるトークショーで熱く語っていた言葉です。

「身の回りの何気ない小さなもの全てをデザインし、それが結果として、全体を変えることができる」

ひところ流行った複雑系で言うところの「フラクタル理論」を彷彿させる言葉ですが、佐藤可士和さんは、当時から(もっと前から)、ことある毎に同様の主旨の強い意思を表明していたそうです。
「デザインで世界を変える」「デザインで新しい価値を提供する」「時代のアイコンになりたい」etc。
デザインの力を信じ切る自信に満ちたこれらの宣言は、佐藤可士和さんが、「普通の人ではない」ことを物語る逸話です。

彼のそんなビジョンを、「アートディレクター」という新しい役割を社会に認知させる活動を通して、形にしていくお手伝いをしているのが、奥様であり、マネジャーである佐藤悦子さんです。

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感情ルネサンスへの挑戦〜豊かな組織感情を求めて〜 野田 稔さん

「その時、どんなお気持ちでしたか?」

NHK 『プロジェクトX』の司会者、国井雅比古アナウンサーは、番組の主役にあたるプロジェクト当事者が登場すると、必ずこう問いかけるそうです。
野田先生は、この問い掛けに、きょうのテーマ「感情のマネジメント」における最大のキーワード“配慮”のエッセンスが込められていると言います。

この世の全ての営みが、生身の人間が行う社会的活動である以上、およそ全ての思考と行動の裏側には、感情の問題が蠢いているはずです。
プロジェクトXのような大きな成果ではないにしても、人間誰しも、一生のうちに一度や二度は、「俺はこれやった!」と自負できるような達成感を味わえる体験を積んでいるかと思います。
それは、部活動かもしれないし、文化祭発表の準備かもしれない、彼女を口説き落としたことかもしれません。
いずれにしろ、大きな何かを成し遂げるにあたっては、内側から沸き起こる感情発露のエネルギーを感じたに違いありません。
国井アナの問い掛けは、そのエネルギーこそが、大きな成果の原動力であり、また逆から言えば、成果達成を妨げる障壁にもなりうるという「感情問題」の本質に迫っているものかもしれません。

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つつしみのこころ 小笠原敬承斎さん

小笠原礼法宗家のホームページによれば、小笠原氏は、清和源氏の流れをくみ、武家が勃興した平安時代後半から、東国で源氏の有力一門をなしてきた名家のようです。
小笠原氏が築城し、一貫して居城としてきた信州松本城は、信州出身の私にとっては、最も身近な史跡でした。また先代宗家の小笠原忠統氏が館長を務めていたという松本市立図書館は、受験勉強に通った場所でもありました。
更にいえば、福沢諭吉の自伝(福翁自伝)によれば、福沢家は、もともと小笠原氏に仕えていた下級武士で、江戸の初期に小笠原氏が九州中津に移封された際に、一緒に付いてきて、そのまま中津に根を張ったとのことです。
そんな不思議な縁も感じながらお聴きしたきょうの夕学でした。

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自分たちが楽しいと思えるものを 星野佳路さん

創業から100年以上の歴史を持つ星野温泉。その発展・興隆・苦難の軌跡は、一温泉旅館の歴史ではなく、軽井沢の歴史であり、日本の観光産業の歴史でもあります。
星野温泉、軽井沢で起きたことは、日本中の老舗温泉旅館、観光地で起きた変化の縮図に他なりません。
3年ぶり、2度目の夕学登壇となる、今回の講演は、星野さんが、リゾート文化100年の歴史を踏まえながら、日本の観光産業のネクストステージを切り拓こうとする意気込みと戦略を感じさせてくれるものでした。

星野さんによれば、日本から海外に出かける観光客の伸長は著しいものの、海外から日本を訪れる観光客の人数はほとんど横ばいが続いているそうです。
フランスでは、人口6000万人余でありながら、海外観光客は7600万人を超え、都会から田舎まで万遍なく人訪ねてくれるとか。観光産業は立派な基幹産業と言えるそうです。
観光大国化となるための三条件は、1)国の知名度、2)交通アクセス、3)安全、があげられるそうですが、その全ての条件を完璧に満たしながらも、低位に甘んじている。それが日本の観光産業だそうです。

その原因はなにか。
星野さんは、「資金調達」と「生産性」の二つの問題を指摘します。

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「遊びごころ」のすすめ 天外伺朗さん

宇宙の神秘、あの世の科学、超能力etc。ちょっと怪しげ?なタイトルが付いた膨大な数の著作と“天外伺朗”といういかめしい名前。
『マネジメント革命』は読んでいましたが、直接お会いするまでは、「はたしてどんな方だろうか」と身構えておりました。
会場に現れたのは、小柄の身体を真っ白な麻のスーツで包み、キャンパス地のスニーカーを粋に合わせたナイスミドルでした。
講演の冒頭は、2年前にソニーグループを退社した際に執り行った本名:土井利忠さんの葬儀の逸話です。
本人が、死体役、喪主、僧侶の三役を兼任。「あちらの世界」と「こちらの世界」を自由に行き来しながら、楽しそうに立ち居振る舞う天外さんの姿が目に浮かぶような気がします。

お洒落ないでたちや、大爆笑のうちに行われたという葬儀で、天外さんが表現したかったのが「遊びごころ」だそうです。
「遊びごころ」こそが、天外さんの考える最大の価値であり、きょうの講演で主張された「燃える集団づくり」に必要なコアコンセプトでもありました。

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金融リテラシーのすすめ 勝間和代さん

勝間さんの講演を聴かれた方、あるいは勝間さんについてもっとお知りになりたいという方は、まずは、勝間さんが主宰するワーキングマザーのコミュニティーサイト「ムギ畑」に載せられている「ムギさんの履歴」をご覧下さい。
勝間さんの思考・行動スタイルが、どのような経緯で、どんな遍歴を経て形成されてきたのかがよくわかります。

自分の努力でカバーできる部分は、あらゆる努力と工夫を惜しまないこと。
自分と環境の不適合を嘆くことなく、自らが動くこと、働きかけることで、自分にあった環境を作ること。
全力投球でがんばったうえで、失敗と挫折から謙虚に学び、意味づけをすること。

勝間さんは、それを実践してきた人だと思います。

知的生産術、勉強法、時間管理法、生き方論etc、多くの勝間さんの著作は、勝間さんのライフキャリアそのものをアウトプットとして紡ぎだしものだと改めて思いました。

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21世紀型グローバリゼーションへの対応 野口悠紀雄さん

1990年代の日本は、バブル崩壊とその後に続いた「失われた10年or15年」の苦難に喘いだ時代でした。
同じ時期、「世界ではグローバリゼーションの大転換が起きていた」と野口先生は言います。
「形のあるモノが国境を越える」20世紀型グローバリゼーションから
「形のないモノ(情報・お金)が国境を越える」21世紀型グローバリゼーションへの

パラダイムチェンジです。
日本は負の遺産を整理し、ようやく水面下に顔を出してホッとしているけれど、世界の風景が一変していることに、いまだ気づいていないのではないか。
野口先生は、その事に強い警鐘を鳴らしています。

きょうの夕学では、野口先生はまず、日本の世界でのポジションを確認することからはじめました。
20世紀型グローバリゼーションの優等生だった日本は、90年代初頭まで、一人あたりGDPでは、OECD加盟国で第2位にありました。
それが2005年時点では、第14位と低迷し、下降のトレンドは更に続きそうな気配です。

これに対して、21世紀型グローバリゼーションの優等生、イギリスとアイルランドは、いずれも10ポイント以上順位を上げ、日本のはるか上を行きます。
イギリスの活況については、夕学では、チャールズ・レイクさんが成功モデルとして寺島実朗さんが、ああなってはならないという他山の石として取り上げられたのが印象的でしたが、野口先生のスタンスは前者です。

アイルランドは、かつては産業革命を起こせずに農業国にとどまっている欧州の貧国の代表であったものが、IT大国として、世界有数の豊かな国に数えられているとのこと。

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現場で磨いた人脈力 藤巻幸夫さん

一週間ほど前、慶應MCCでも教えていただいている法政大学大学院の高田朝子先生から、ビジネスパースンの「人脈」についての実証研究成果を聞く機会がありました。

高田先生曰く、「人脈とは“いざという時に、自分のために働いてくれる人”である」

知り合いが多いこと、顔が広いことは「人脈」でなく、自分の為にひと肌脱いでくれる人が多いことを「人脈がある」というそうです。
納得感の高い定義ですが、藤巻幸夫さんは、その最も分かりやすい成功モデルと言えると思います。

控室でお聞きしたところでは、藤巻さんの携帯電話には、常時1000人程のアドレスが登録されており、頻繁にコミュニケーションを取っているとのこと。
しかもその1000人の多くが、“いざという時に、自分のために働いてくれる人”である点が、藤巻さんの特徴です。

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顧客を有機的に育てる 井上哲浩さん

消費者意識の成熟と情報化社会の進化は、企業と消費者間の「情報の非対称性」を逓減させることになりました。
未熟な消費者を前提にした伝統的なマーケティング(例えばマス広告、企業ブランド、メーカーによる流通支配等々)が限界を迎え、新しいマーケティングのあり方が求められるようになりました。
例えばそのひとつに、ピンポイントマーケティングがあります。
分かりやすく言えば、「欲しい人に、欲しいモノを、欲しい時に提供する」ことを目指そうというものです。
Amazon.comに代表されるリコメンデーション機能やそれを支えるデータマイニングなどの技術がそれにあたります。

井上先生は、その方面の先端的な研究者でもありますが、それゆえに、ピンポイントマーケティングの問題点にも気づいたと言います。

先端的なリサーチ理論や情報技術を、「顧客を刈り取ること」だけでなく、「顧客を育てること」に使うべきではないかという発想です。
井上先生は、顧客を有機的に育てていくという意味を込めて「オーガニックコミュニケーション」と呼んでいます。

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家庭と仕事を分けるのではなく、統合する 高橋俊介さん

工業化と民主主義に象徴される近代社会は、その必然として、二つの基本概念&システムを産み出したと言われています。
「分業による効率化」「官僚型の管理システム」です
複雑な仕事を分業化し、限定された役割に集中することで、生産性は向上します。
各自の役割と権限を明確にし、分業を連結するための手続きをルール化することで、適切に制御された自由が実現します。

一方で、それ以前の前近代社会は、「家内制工業」のよる家族主義的な経営が営まれ、家庭と仕事の際はありませんでした。地縁・血縁による「相互扶助システム」が家庭と仕事の両方を支えていました。
子供を背負いながら機を織り、よその子も一緒に夕飯を食べる光景が当たり前のように広がっていました。

私は、高橋先生の提唱する「これからの働き方」とは、近代以前と以降のふたつの基本思想のどちらか一方を選択するのではなく、その両方をデュアルに持ち、必要に応じて自由に乗り換えることだと理解しています。


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