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音楽のようにドストエフスキーを体験する 亀山郁夫さん

一昨日、旧ソ連の反体制作家であったソルジェニーツィン氏が亡くなりました。
亀山先生には、昨夜から今朝にかけて、全ての大手新聞社からコメントを求める取材依頼があったそうです。「ロシア文学といえば亀山郁夫先生」、誰もがそんな連想を働かせているということなのでしょうか。
『カラマーゾフの兄弟』は100万部近い販売を記録する勢いだそうです。活字離れが喧伝される今日、ロシア古典文学の翻訳本としては驚異的な数字です。
以外なことに、きょうの講演によれば、亀山先生は、中学生の時に『罪と罰』を読んで以来、読者としてドストエフスキーに耽溺してきた事実はあったものの、研究者としては、長らくロシア前衛文学研究に勤しんでおり、どちらかと言えばニッチな世界の研究者で、トルストイ、ドストエフスキーといったロシア文学の王道に取り組み始めたのは、50代を過ぎてからだったそうです。

『カラマーゾフの兄弟』翻訳にあたって心がけたのは、「映画をみるように、音楽を聴くように『カラマーゾフの兄弟』を体験してもらうこと」だったそうです。
亀山先生によれば、翻訳者には二通りのタイプがあるとのこと。
ひとつは科学的、分析的に訳をすすめる方法で、「耳の良さ」=言葉の意味の差違に対する鋭い感性を必要とするそうです。こちらが常識的な翻訳アプローチになります。
亀山先生がとったのは、芸術的な感性を重視して訳に取り組むやり方で、ディテールにこだわるよりは、感覚として作品を理解することを重視します。
亀山先生曰く「私は耳がよくないので...」ということでしたが、かつて自分が味わった感動を現代の若者と共有する意味でも、現代語訳をしたかったという思いにかられてのことだそうです。
『カラマーゾフの兄弟』の原文は、破壊的な文体で書かれており、逐語訳では現代人には難解で読むことができないそうです。
それに対して亀山先生は「アルマーニを羽織ったドストエフスキー」に生まれ変わらせようと思ったとのこと。
音楽のように翻訳をするというリズム重視の訳は、誤訳を生む可能性を内包します。
亀山先生は、訳にあたって第5稿まで目を通したそうですが、5稿では原文を一切見なかったそうです。その結果、誤訳問題が週刊誌上を賑わす事態を招いたと反省をされていました。(現在は、全ての訳を再チェックし、当初の翻訳思想を活かしつつ、あきらかな誤訳部分は修正したとのこと)

講演の後半は、ドストエフスキー論に入っていきました。不勉強にも私はドストエフスキーの著作をほとんど読んでいない(憶えていない)ので、先生が言及された「親殺し」というテーマに関わる深い世界は十分に理解できませんでした。
ただ、ドストエフスキーが『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』を書いた19世紀後半が、帝政ロシアの終末期であり、抑圧されてきたエネルギーの充満と自由への希求に満ち、その裏返しとしての金銭への執着と人間性の喪失が同時に起きていた混乱の時代であったということはわかります。社会秩序の崩壊が人間の内面世界の崩壊にも繋がりかねない「弱さ」を、私たち人間は常に内包しているのかもしれません。

100万部近いベストセラーになった『カラマーゾフの兄弟』
亀山先生によれば、ここまで売れた要因のひとつに、地方の本屋さんの後押しがあるのだそうです。この本を単なるブームに終わらせず、古典文学コーナの常設につなげたい。という熱い要望があるとのこと。
活字離れが進むのと反比例するように本の出版数は増加し、書店の品揃えがコンビニの商品棚のように激しく入れ替わるようになって久しいと思います。最近では岩波文庫を置いていない本屋さんも増えました。
本屋の方も、そういう本の売り方をこころよしと思っていたわけではないのでしょう。時代を越えて読み継がれてきた古典を大切に売っていきたい。そんな心ある本屋さんの思いを可能にしてくれた意味でも、『カラマーゾフの兄弟』新訳は価値があったと言えるのではないでしょうか。

型の文化としての和歌  冷泉貴実子さん

京都御所は、京都のほぼ中央に位置し、今出川通りを挟んで同志社大学キャンパスと隣接しています。私は学生時代を京都で過ごしたので、かつて、よくこの道を通りました。今出川烏丸の交差点から少し東に進むと、古い土塀に囲まれた風情たっぷりのお屋敷があったことを記憶しております。当時は知りませんでしたが、これが1790年に建てられた冷泉家のお屋敷でありました。
冷泉家は、俊成・定家親子を祖に持つ「お公家さん」の家柄です。藤原定家の名は「新古今和歌集」「百人一首」の選者として、誰もが知る歌人ですね。
冷泉家は、代々「歌のいえ」として、800年以上も続くお家柄です。
明治以降、多くの公家が東京に移り住んだにもかかわらず、冷泉家は京都に留まり、今出川通を隔てていたという幸運もあって、ほとんどの公家屋敷が京都御苑として整備され取り壊されてしまった中で、由緒あるお屋敷と数多くの典籍を守り続けてきました。
冷泉貴実子さんも、その伝統を受け継ぎ、俊成・定家の流れをくむ冷泉家の文化継承に力を注いでいます。

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「苗代」という方法 松岡正剛さん

「かつて、一日は夕暮れから始まったのはご存じですか?」
松岡正剛さんは、「夕学」というネーミングに触れていただいたうえで、ある古の風習を教えてくださいました。
古代には、「夕占(ゆうけ)」という習慣があったとのこと。改めて広辞苑で調べてみると「夕方、辻に立ち、往来の人の話し声を聞き、それによって吉凶・禍福をうらなうこと」とあります。
古代、闇夜の辻は、妖怪・物の怪が徘徊跋扈する異界と恐れられていました。異界の闇が、大きく口を開けようする宵闇の辻で、何かに託されたメッセージに耳を澄まそうとする神秘的な行いが「夕占」だったようです。
私が私淑する神戸大の金井壽宏先生は、松岡さんを評して「頭の中に巨大な図書館が入っているような人だ」とおっしゃいます。もちろん、あらゆるジャンルに精通した、その驚異的な知識は「生きる図書館」に他なりませんが、松岡さんの凄さは、膨大な知を独自に編集し、全く異なる他の世界に適用するところにあるのではないでしょうか。
松岡さん流に言えば「なぞらえ」かもしれません。
松岡さんが、「夕占(ゆうけ)」の風習を説明することでなぞらえようとしたことは何か。そんなことを考えているうちに、松岡さんの講義は本題に入っていきました。

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iPS細胞が拓く医学 山中伸弥さん

山中先生が到着される前の控室に、筑波大名誉教授の村上和雄先生がいらっしゃいました。遺伝子研究の権威で、1月30日の夕学で、「笑いと遺伝子」をテーマに興味深いお話をしていただいた先生です。
村上先生は開口一番おっしゃいました。
「慶應MCCさんも思い切ったことをしますね。いま、この時期に山中先生を講演に呼ぶなんて...」
世界中の大学や企業の研究者と一刻を争う研究競争の最前線にいる山中先生を、講演に呼ぶという、ある意味の“暴挙”を評された言葉でした。

主催者としては、ひょっとしたら、歴史的資産になるかもしれない貴重な講演が実現できた奇跡を、多くの会場の皆さんと共有できたことは何よりも喜ばしいことでした。

さて、本題の山中先生の講演についてです。
本当に優秀な人は、難しいことを分かり易く説明できる人だと言われますが、山中先生は、まさにそういう人でした。
再生医学の意義、ES細胞研究の進展と課題、iPS細胞研究への期待と課題etc、どれも明快に解説していただいたと思います。

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「緑の東京へ一丸で」 猪瀬直樹さん

18:30東京着の新幹線を降り、駆けつけるように会場入りした猪瀬さん。
額には大粒の汗、夏カゼで鼻もぐずつかせながら、「何から話しましょうか」とつぶやいて、早速マイクに向かいました。
講演は、都庁で開催中の夕張観光物産展の話題から始まりました。市価の約半額というお買得感もあって、夕張メロンが1日に400個売れるほどの盛況イベントだそうです。切り盛りしているのは、都庁から夕張市の応援派遣されている二人の職員です。
財政破綻した夕張市の苦境は深刻だそうです。人口はピークの十分の一の12,000人、借金総額350億円、市役所職員も次々と辞め、行政も滞りがち、東京、北海道はじめ全国から10名近い応援職員を受け入れ、なんとか苦難を乗り越えようとしているとか。

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意思決定の実際と対策  長瀬勝彦先生

随分と前のことですが、とある組織で人事部に配属され、新卒採用の仕事に携わった時期があります。その時に、人事部長から、面接用の評価シートの修正を命じられました。
我が社の求める人材像をもとに、一般教養・知識、表現力、論理力、対話力等々いくつかの能力項目を設定して、それに見合う具体的な行動評価項目を洗い出しました(例えば、挨拶ができたか、笑顔の印象はどうか、時事問題に答えられたか、簡潔な自己紹介ができたか、志望理由に説得力を感じたか、厳しい質問にどう対応したかetc)
評価シートは、それらを10項目程度のチェックリストに仕立てて、5点法で点数化しました。もちろん重要な項目には加重をかけて総合点がでるようにしてあります。
ところが、人事部長は、実際の面接の際には、項目は一切チェックせずに、ただ総合点だけを付けて、横になにやら走り書きのメモを書き入れていました。
「使わないのなら作らせるなよ!」と腹を立てて、先輩に訴えたところ、「君の勉強のために作らせたのだよ」「でも、よく出来ているから僕は使うからさ」と慰めてくれたものです。
にもかかわらず、その先輩も実際は、まず総合点を書き入れて、あとで要素毎の点数を逆計算しながら記入していました....

間違いのない判断を下すために用意された、さまざまな分析ツールが、実際に意思決定をする際には使われない。 この種の経験は多くのビジネスパースンが持っているものではないでしょうか。
頭で考えた理屈と実態の意思決定の乖離現象。それこそが、長瀬先生が専門とする行動意志決定論の研究領域です。

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バイオサイエンスの最前線 冨田勝さん

冨田先生が所長を務める、慶應の先端生命科学研究所は、IT主導のバイオサイエンスという新しい研究アプローチを取るユニークな研究所です。
WEBサイトの紹介文をみると次のように書いてあります。

当研究所では、最先端のバイオテクノロジーを用いて生体や微生物の細胞活動を網羅的に計測・分析し、コンピュータで解析・シミュレーションして医療や食品発酵などの分野に応用しています。本研究所はこのようにITを駆使した「統合システムバイオロジー」という新しい生命科学のパイオニアとして、世界中から注目されています。

山形県鶴岡市という自然環境に恵まれた土地で、世界と戦う先端生命科学研究所のコアコンピタンスは二つある、と冨田先生は言います。

ひとつは、「メタボローム解析技術」と呼ばれる分析技術です。
メタボローム解析は、“究極の成分分析技術”とのことで、対象となる物質の細胞がどのような成分で成り立っているのかを一度に分析してしまう「スグレモノ」だそうです。
先端生命研は、独自開発したCE-MS法というメタボローム測定のノウハウを有し、これによって得られたメタボロームデータの解析ソフトウェアおよび代謝物質データベースを武器に、さまざまな領域で応用研究に着手しているそうです。

もうひとつは、「E-Cell(電子化細胞)」に代表される卓越した情報技術です。
コンピューターシミュレーションによる細胞メカニズムの再現技術など、ITを駆使して生命活動のモデルを構築・解析する技術を10年以上も蓄積しており、これらによって得られた膨大なデータを用いて、生命現象の包括的な理解が可能になっているそうです。

この二つの武器を使って、どのような研究に取り組んでいるのか、そのいくつかを冨田先生は紹介してくれました。

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ロボットを通して人間を考える 瀬名秀明さん

東北大の大学院でミトコドリアの研究に勤しんでいた瀬名秀明先生が、バイオホラーの傑作と言われる『パラサイト・イヴ』でデビューしたのは、博士課程在籍中の13年前のことでした。
太古の昔に存在していた利己的遺伝子「イヴ」が、何億年に及ぶ生物寄生の眠りから覚め、ヒトに対して反乱を企てるというものです。
ミトコンドリアDNAの解明にから導かれた、人類最古の人類が、数万年前に北アフリカに生まれた女性であったという最新知見をベースにしたホラー小説でした。

この作品を期にSF作家としての活動もはじめた瀬名先生が、ロボットの世界に関心を持ったのは、文芸春愁から依頼されたサイエンスルポがきっかけだったそうです。
「ロボットは人間を越えられるか」をテーマに掲げ、ロボット研究の最前線を追った長期取材でした。

その取材をきっかけに、ロボット研究への理解を深めた瀬名先生が気づいたのは、ロボット研究が、SFやアニメ等の空想世界におけるロボット文化と相似形をなしながら進化してきたという事実だそうです。

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何が若者を苦しめるのか 本田由紀さん

「若者と仕事」に関わる問題に対する識者の見解は、大きく3つに分かれます。

ひとつは、「自己責任」を強調する論。
厳しい時代だからこそ、本人(若者)が強い意思と明確な目標をもって努力しなければいけないという論調です。ご本人がたいへんな苦労をして成功を掴んだ方に多い意見です。
いまひとつは、若者に寄り添いながら、彼らが意欲と希望をなくさないように温かいメッセージを送ろうというもの。
以前、夕学にも登壇いただいた玄田有史先生は、こちらに近いスタンスではないでしょうか。
三つめは、若者に寄り添うスタンスは同じながらも、彼らを産み出した社会そのものを厳しく糾弾する論
本田先生は、この立場ではないかと思います。実証的なデータに基づきながら、若者を疲弊させ、絶望させる何ものかを明確にしようという姿勢です。

本田先生が、各種データもとに「若者の働き方の変化」を分析した結果によれば、「全ての若者は苦境にある」そうです。
正社員は「過剰な労働」に、非正社員は「過少な賃金・安定」に、それぞれ押しつぶされていると言います。

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部分という名の幻想 福岡伸一さん

三島由紀夫はかつて、柳田国男の『遠野物語』をして「これこそが小説である」であると激賞しました。
民俗学者であった柳田が、遠野出身の青年 佐々木喜善が語った山深い故郷の昔話を、聞き書きしてまとめたというこの本に、人を慄然とさせる文学の本質を、三島は見いだしたと言います。
柳田が『遠野物語』に込めたのは、「これを語りて平地人を戦慄せしめよ...」という前文の一節に代表されるように、忘れ去られた縄文精神の代弁者としての力強い宣言でした。

科学啓蒙書としてはもちろん、文学としても高い評価を得た『生物と無生物のあいだ』という本に、福岡先生が込めたのは、生命機械観の呪縛にとらわれ、途方もない過ちを犯しているかもしれない現代科学の世界に対する、強い危機感だったようです。

福岡先生によれば、「生命とは何か」という深遠な問い掛けに、ひとつの答ええを提示したのは、デカルトの「機械的生命観」だったそうです。生命とはミクロの部品から構成されるプラモデルのようなものだという認識です。
この思想は生命科学の基底に生き続け、20世紀の中頃には、「生命とは自己複製するシステム」であるという生命観に結実しました。
ワトソン・クリックが発見したDNAの二重らせん構造は、生命が自らの中に、自己を複製する機能をもった、25,000種の遺伝子からなる高性能コピーマシンであることを証明したと言われます。

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社会のための富の創出を  スコット・キャロンさん

1960年代、IBM社員のお父上に伴って来日し、幼児期を日本で過ごしたというスコット・キャロンさん。本格的に日本語を学んだのは20年近く前、慶應大学の国際センターが主催する一年間の日本語集中コースだったそうです。
「その時の恩師が来ていたら困ります」とおっしゃっていましたが、なかなかどうして、微妙な言い回しや「どう言えばいいでしょうかね」と言い淀む感じまで、日本人そのもので、まったくストレスなく講演を聴くことが出来ました。

キャロンさんが、「なぜ、日本株に投資をするのか」という理由は、きわめて明解です。
ただひとつ「日本を愛しているから」
在日通算19年、子供4人を日本で育て、永住権も獲得して、日本に骨を埋めようと思っている。一人の人間として日本のために働きたい。その思いからだそうです。

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やみくもに守らない、やみくもに取り入れない 西尾久美子さん

「祇園祭のお稚児さんが決まった」というニュースが先日ありました。
京都の街、特に八坂神社から鴨川をはさんだ河原町通りまでの一帯は、7月17日の山鉾巡行に向けて、まつり準備が日々整えられていきます。一年のうちで、もっとも京都らしい季節の訪れかもしれません。
そんな京都の雰囲気を夕学の会場に持ち込んでいただいたように、西尾先生は、あでやかな着物姿で登場されました。
聞けば、学会を含めて重要な場での発表は、いつも着物と決めているとか。

柔らかな京ことばにのせて、京都花街の基礎知識をご紹介いただく姿は、西尾先生自身がお茶屋のおかみさんではないかと錯覚してしまうほど決まっています。
おそらくは意図的に披露されていると思われる、時折かいま見せる「いけず」な物言いも含めて、完璧な演出には恐れ入りました。京都を堪能した2時間でした。

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戦いを終えて見える風景 出井伸之さん

「イチローや松井に、今からゴルフに転向しろと言っても、まず変わらないでしょう」
「企業も同じです。一流になればなるほど変わりにくくなるものです」

出井さんは、『迷いと決断』という、ご自身の著書を示しながら、ソニーと格闘した10年の日々を総括することからはじめました。
たとえCOEと言えども、自分で動かせることが如何に少ないかを痛感した10年だったそうです。
そこには、どうすれば良いかは見えていても、その道に組織を引導していくことができなかった忸怩たる思いを、静かに振り返る達観した心境が見てとれたような気がします。

1995年に出井さんがソニーの社長に就任した際に、社員と危機感を共有化する目的で示した有名な図があります。
人々が天真爛漫に泳ぎ回る“自由闊達、愉快なる理想工場”という池からは、ネガティブキャッシューフローという川が流れ出ていて、その川はやがて“倒産という滝”に注いでいるというものです。
ソニーの経営陣にあっては珍しいタイプの分析的な戦略家であった出井さんには、社長就任時のソニーは、いつまでも夢だけを追い求めてはいられない危機的な状況に映ったようです。

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