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      <title>ファカルティズ・コラム－ビジネス・スキルを高めるヒント集－</title>
      <link>http://www.keiomcc.net/faculty-blog/</link>
      <description>慶應MCCのシニアコンサルタントが、仕事や生活に役立つ思考・コミュニケーションスキルのヒントを紹介します。

　　（コメント，ＴＢはスパム対策のため承認制となっております）</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2010</copyright>
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         <title>ポジティブな指導とネガティブな指導</title>
         <description><![CDATA[以前、研修をオブザーブしていた慶應ＭＣＣのスタッフから、「ネガティブな指導が多いのが気になる」とフィードバックをもらったことがあります。

「これが理想の姿です。それに近づくためにこうしましょう」と『目標提示→課題の明確化→具体的テクニックやツールの紹介』を行うのを“ポジティブな指導”だとすると、私の場合は「これがダメな典型例です。なぜこれがダメかというとこういうことで、だからこういうことはやってはいけません」というダメ出しが多い“ネガティブな指導”をする傾向があるとのことでした。

ちょっとショック（笑）

多少自己弁護（笑）させていただくと、私がその時ポジティブな指導をしていなかったわけではありません。
また、個人／グループ演習に対してコメントする際に「こんなのダメ」と揚げ足取りをしていたわけでもありません。
以前から参加者の意見やアウトプットに対しては、一度受けとめた後に「でもこう考えるともっといいのでは？」と指導するよう心がけていますのでご安心を。（って誰に言っているんでしょう？（笑））

ただ、「気になる」くらいネガティブな指導が多かったのでしょうし、そういう印象を与えることで参加者から反感を買い、結果的に大事なメッセージを受け取ってもらえないとしたら、それはもったいないことです。

ですから私も反省し、その後は努めてポジティブな指導をするようにしています。

しかしながら、最近あるきっかけからもう一度このポジティブな指導とネガティブな指導について考えるようになりました。

<BR>
「本当にポジティブな指導の方が『正しい』のだろうか？」
<BR>

]]></description>
         <link>http://www.keiomcc.net/faculty-blog/2010/09/post_172.html</link>
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         <category>3分間ラーニング</category>
         <pubDate>Wed, 01 Sep 2010 17:53:13 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>感情の取説</title>
         <description>ロジカルシンキングの講師などをやっていると、どうも理屈（のみ）で考え、動く人間だと思われがちです。
同僚からも「君は論理の人だから」と言われたりします（笑）

しかし私も人間ですから感情はあります（ま、当然ですが）。

年を取ってきたせいもあるのでしょうが、非常に涙もろく感激屋の側面もありますし、（短所だと認識していますが）怒りっぽく短気なところもあります。

さて、こうした喜怒哀楽の感情ですが、「人間らしさ」の表れであると同時に、その表象として泣いたり笑ったりすることは、人生にとってとても大切なことです。

ある意味、人生を豊かにしてくれる『薬』と言えるでしょう。

しかし反面、感情は副作用の大きい劇薬でもあります。
たとえばちょっとしたことでカッとなって、後で反省した経験は誰しもあるでしょう。

だから取り扱いには注意しなければなりませんし、まさに薬のように適切な場面・量・用い方が必要です。
これは前述のような「怒り」の感情だけでなく、「喜び」についても例外ではありません。

よって今回は、この喜怒哀楽の感情について、薬と同様の取説（取扱説明書）を（いつものように自戒を込めて（笑））独断と偏見で考えてみたいと思います。

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         <category>3分間ラーニング</category>
         <pubDate>Thu, 26 Aug 2010 18:07:15 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>研修やセミナーを活かすために</title>
         <description>前回のエントリーの最後で、

-----------------------------------------------------
研修やセミナーはスキルを身につけるきっかけに過ぎません。

そこである程度のレベルまで行ったとしても、「完全に身についた」ことにはなりません。
私も完璧ではなく、日々修行だと思っています。（そもそもゴールなどないのです）

そして研修やセミナーは、ゴルフで言えば“打ちっぱなし”でしかなく、そこでできたからといって、本番であるゴルフコース、つまり仕事の現場で使って成果が上げられなければ何の意味もないのです。

だから仕事の現場で使い続けてください。
-----------------------------------------------------

とお願いをしたわけですが、今回はその続きとして「研修やセミナーで学んだことを仕事の現場で使い続ける」ためのコツについてお話ししましょう。

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         <category>3分間ラーニング</category>
         <pubDate>Thu, 12 Aug 2010 13:26:16 +0900</pubDate>
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         <title>思考力と運動能力の共通点</title>
         <description>私は論理思考やファシリテーションという、所謂ビジネススキルの講師を務めています。

そこでは『スキルを身につける』ということについてこう説明しています。

「スキルとは『技能』のことです。この技能とは講義を聴いて、あるいは本を読んで知識として憶えただけでは取得することはできません。アタリマエですが、知っていることとできることは違うからです。だから知識を得たら練習するしかないのです。そしてこれはビジネススキルだけではなく、スポーツや芸術など、全てのスキルに共通です。知識を元に練習して少しずつカラダで憶える、これが『スキルを身につける』プロセスです」

言葉にすると至極当然のことなのですが、意外とこれを分かっている人が少ないというのが私の印象です。
そしてさらにここから専門である思考力について考え、ある仮説を立てました。

それが「思考能力と運動能力は共通点が多い」ということです。

そしてその共通点は大きく４つあることが見えてきました。

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         <category>3分間ラーニング</category>
         <pubDate>Fri, 06 Aug 2010 14:10:10 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>『戦略的』ってなんだろう？</title>
         <description>書店に行くと、『戦略的○○』というタイトルの本を必ず目にします。

そしてそのタイトル数はどんどん増えてきているような気がします。
『戦略的』という言葉の濫用とすら感じるくらいに。

「戦略的交渉術」などはまだイメージできるのですが、「戦略的認知症対策」などを目にすると、「なんか凄く効果がありそうな気はしなくもないけど、いくらなんでも『戦略的』の濫用ではなかろうか」と思ってしまいます。

そこで今回はこの言葉について、具体的に言えば「『戦略的』とうたうためにはどのような条件を満たしているべきなのか？」ということを考えてみました。

結論から言うと、私は『戦略的』とうたうためには、３つの条件を満たす必要があると考えています。

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         <category>3分間ラーニング</category>
         <pubDate>Fri, 30 Jul 2010 13:15:22 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>パーソナルブランディングをフレームーワークで考える</title>
         <description>『パーソナルブランディング』という言葉を最近よく耳にするようになりました。

企業や商品などと同様に、「個人としてもブランドを確立しよう」ということです。
具体的に言えば、「この人がいてくれないと」と仕事やプライベートにおける関係者に思ってもらえるようになることでしょう

そう考えると、「要は自身のコアコンピタンスを活かして差別化するってことだから、別に新しくも何ともないのでは？」と思われるかもしれません。

私も最初はそう考えました。
しかし、ビジネスにおけるブランディングのフレームワークを思い出した時、これは差別化の次に位置付くものであることがわかったのです。

「そうか、パーソナルブランディングとは、個人の長期的プロモーション戦略なんだ」

自分のコアコンピタンスを認識し、それをさらに磨いて他者と差別化できたとしても、家にこもって待っているだけで「ぜひこの仕事をあなたに頼みたい」という依頼が来るはずもありません。

「私はこんなに他の人にないモノを、あなたの役に立てるモノを持っていますよ！」

ということを知ってもらわなければならないのです。

これ、要するに個人のプロモーションですよね？

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         <category>3分間ラーニング</category>
         <pubDate>Fri, 23 Jul 2010 12:18:19 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>あなたの努力は本当に努力か</title>
         <description><![CDATA[いきなりですが、あなたは努力していますか？

「自分は頑張ってる」と思えますか？

<BR>
「いやあ、まだまだ努力（頑張り）が足りないと思います」という方。
たぶんあなたは他の人から見たら十分に頑張っているはずです。
冷静に自分を振り返れるあなたは、自分に足りない部分がわかっているからこそ、そう言えるのですから。

<BR>
さて･･･「はい、努力してます！」という方。

それ、ホントですか？

本当に「努力してる」と自信を持って言えますか？
今日は少し突っ込ませてもらいますが大丈夫ですか？（笑）

]]></description>
         <link>http://www.keiomcc.net/faculty-blog/2010/07/post_166.html</link>
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         <category>3分間ラーニング</category>
         <pubDate>Sat, 17 Jul 2010 18:23:33 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>それは本当に「強み」ですか？</title>
         <description>戦略系の研修をやっていて、「自社のコアコンピタンスは？」や「SWOT分析における自社のＳ（強み）は？」といったことを考えてもらうと、必ずと言って良いほど『人材』が挙がります。

それ自体が悪いことではないし、その企業の人材が低レベルと言いたいわけではありませんが、私はいつもそこで「これ、本当ですか？」と質問します。

ひょっとして、『人材』くらいしか強みとして思いつかないだけでは？
もしそうだとしたら、あまりにも自社のことを知らなすぎです。

しかし、会社に限らず案外我々は自分（達）のことを知らないものです。

特に「強み」については、奥ゆかしい日本人気質も影響するのか、結果的に当たり障りのないモノが出てくる傾向にあるように思います。

よって今回はこの「強み」についてちょっと考えてみたいと思います。

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         <category>3分間ラーニング</category>
         <pubDate>Fri, 09 Jul 2010 14:42:44 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ブレストがうまくいかない理由とその対処</title>
         <description>「ブレーンストーミングって難しい」

ファシリテーションの研修などで時々こうした声を聞きます。

自由に発想を拡げて、様々なアイデアを出してほしい。
そして他人のアイデアに触発され、また新たなアイデアを発想してほしい。
斬新なアイデア、ひとりでは思いつけないアイデアを！

こうした場面でよく使われるのがブレーンストーミング、通称ブレストです。

でも、なかなかうまくいかない。

なぜか？

私は、それには段階別に大きく３つの理由があると考えています。

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         <category>3分間ラーニング</category>
         <pubDate>Fri, 02 Jul 2010 18:10:10 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>全世界が非論理的思考だった</title>
         <description><![CDATA[最初にお詫びから。

「岡田監督、日本代表の皆さん、そしてサッカーファンの方々、<a href="http://www.keiomcc.net/faculty-blog/2010/03/post_150.html" target=blank>以前のエントリー</a>で『目標をベスト４にしたことで予選突破もなくなった』と言って申し訳ありませんでした！」

「世界を驚かせる」と言ったのは岡田監督ですが、私も本当に驚きました。

まあ、私以上にカメルーンやデンマークの監督、選手は驚いているでしょうが（笑）

さて、今大会で日本代表の活躍以上に驚いたのが、イタリアとフランスという前回の決勝を争った２チームの予選敗退でしょう。

それも両チームともグループ最下位とは･･･

ということで、今回は日本代表の快勝＆予選リーグ突破の余韻が冷めぬうちに、この「日本の躍進と強豪の敗退」について少し考えてみようと思います。

]]></description>
         <link>http://www.keiomcc.net/faculty-blog/2010/06/post_163.html</link>
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         <category>3分間ラーニング</category>
         <pubDate>Fri, 25 Jun 2010 16:48:52 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>読むべき本の見つけ方</title>
         <description>週に１～２回は丸の内の丸善をのぞきに行くのですが、ビジネス書のコーナーはいつも大賑わいです。
また、行くたびに新刊が出ており、平積みの本も毎回変わっているようです。

所謂『もしドラ』（「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」）やツイッター本のヒット、またビジネス本の書評ブログも大人気も後押しし、ビジネス本ブームとも言える状況です。

（しかしこの新刊ラッシュがパイ（読者）の奪い合いを激しくし、売れ残り→出版社の利益悪化という負のスパイラルとなっていることが、出版不況の大きな要因なんですよね）

さて、こうした状況を生み出している要因の一つに、「ヤバい。自分も勉強しなきゃ取り残される」という読者サイドの意識があります。

確かに勉強することは大切です。

特にこうした経済状況と雇用状況下では、以前のような「会社が守ってくれる」ことは期待できませんから、「自分の武器を持つ」ことで自衛する、または積極的に攻めに出ることが必要です。

そのためには本から得る知識やスキルが武器になるわけですね。

しかしそう考えると、「何を武器として持つべきか」が重要なのは明白。
自分に合った武器、つまり自分の置かれている状況、自分の志向、得意／不得意分野に照らし合わせた「自分の読むべき本」を読むべきでしょう。

ところが、残念ながら「手当たり次第に読む」人が少なからず存在します。
闇雲に本を読み、「勉強した気に」なってしまいます。
しかし本を読んで何かが変わらなければ、それは勉強したとは言えません。

「意識と行動の永続的変容」こそ学習なのですから。

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         <link>http://www.keiomcc.net/faculty-blog/2010/06/post_162.html</link>
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         <category>3分間ラーニング</category>
         <pubDate>Fri, 18 Jun 2010 13:55:19 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>我々に必要なのは回答か提案か、そしてその課題は？</title>
         <description><![CDATA[久々にアタマがグルングルンしています（笑）

別に具合が悪いわけではなく、Twitter上で知った <a href="http://twitter.com/sakaiosamu" target=blank>@sakaiosamu</a> さんと <a href="http://twitter.com/higekuma3" target=blank>@higekuma3</a> さん のブログ記事にいたく刺激を受けたからです。

おふたりの主張で私が触発されたのは、Google、というより「検索」に対する部分でした。
<I>
◆googleが、「今」に対して、何もアドバイスないね。「過去」しか。って賢い人は、気づき始めてる。
◆編集を排除してる点で、終わってるなぁ。って。</I>
（<a href="http://d.hatena.ne.jp/higekuma3/20100610/1276130137" target=blank>「Microsoftどころか、GooglezonDelの衰退」</a>より引用）

<I>
◆Googleは「すでに何をしたいかがわかっている」状態の時に使うものなのだ。
◆検索するってものすごく主体的な行動で、みんなそんなに「自分が何をしたいのか」を自覚できてないんじゃない？</I>
（<a href="http://blog.goo.ne.jp/denmipapa/e/7cf5bd11ad2fb5281463e7f603b3ef27" target=blank>「AISASにはかねがね懸念があった」</a>より引用）

そしておふたりとも、twitterなどのソーシャルメディアの存在が大きくなってきたことを挙げられています。

「Googleに頼らなくても、iPhoneアプリとかtwitterで聞いたほうが早い」
「ソーシャル空間は、時として「自分が何をするべきか」を教えてくれる」

「検索エンジンという機械に頼っていた我々が、再びヒトとヒトとの関係性に頼り始めた」と言えるのかもしれません。

そして、私は考えました。

「確かに“機械⇔ヒト”という構図（切り口）で見ることもできるが、別の構図も見えてくる」

]]></description>
         <link>http://www.keiomcc.net/faculty-blog/2010/06/post_161.html</link>
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         <category>3分間ラーニング</category>
         <pubDate>Fri, 11 Jun 2010 13:52:44 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>iPadは本当にすごいのか？</title>
         <description>Appleの新ガジェット、iPadの発売から1週間がたちました。

発売日の朝のニュースではその熱狂ぶりが報道され、ネットもその日はiPad一色。TwiiterのタイムラインもiPadネタで埋め尽くされました。

今このブログをご覧になっている方の中にも、既に手に入れて毎日なで回している方、また近々購入予定の方もいらっしゃることでしょう。

さて私ですが･･･

今のところ買うつもりはありません（笑）

いや、同僚からは「マーケティングの講義でソーシャルメディアについて語っているんだから、買わないとまずいだろう」とプレッシャーを掛けられてはいるのですが。

では、なぜ私は「今のところ」買うつもりがないのでしょう。

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         <link>http://www.keiomcc.net/faculty-blog/2010/06/ipad.html</link>
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         <category>3分間ラーニング</category>
         <pubDate>Fri, 04 Jun 2010 18:19:11 +0900</pubDate>
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         <title>表面的な関係を志向する彼女たち</title>
         <description>昨夜我が娘（高一）となかなか興味深い対話を行いました。

それは娘がクラスメートに対して抱いた疑問が出発点だったのですが、私自身も教育に携わる人間として考えさせられる内容だったので、このブログを通して皆さんとも共有したいと考えました。

娘の話はこの一言で始まりました。

「なんで女子ってああなんだろう。あーあ、男子になりたい」

論理思考の講師として娘には小さい頃から「常識や人の話を疑え。自分の頭で考えろ」と言ってきたこともあり、こうした疑問を持つことには大賛成で（とは言いながら少々指導が過ぎたようにも感じています（笑））、ただの独り言とも思えなかったので口を挟みました。

「どんなところが理解できないの？」

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         <category>講師の公私</category>
         <pubDate>Fri, 28 May 2010 18:38:29 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>本質の本質を考えてみる</title>
         <description><![CDATA[「君はこの問題の本質がわかっていない」

「本質的にはさ、○○が我々の課題だと思うんだよね」

しばしば目に（耳に）する言葉です。

しかしながら、「ところで『本質』って何ですかね？」と聞かれて答えられる人がどれだけいるでしょうか。

『本質』を辞書で引くと、「物事の本来の性質や姿。それなしにはその物が存在し得ない性質・要素（大辞林 第二版より）」と記載されていますが、少しわかりにくいですね（笑）

なので、ここでは別のアプローチで考えてみましょう。

<BR>
さて、『本質』の反対語は何でしょうか？

]]></description>
         <link>http://www.keiomcc.net/faculty-blog/2010/05/post_159.html</link>
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         <category>3分間ラーニング</category>
         <pubDate>Thu, 20 May 2010 18:14:05 +0900</pubDate>
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