久々にアタマがグルングルンしています(笑)
別に具合が悪いわけではなく、Twitter上で知った @sakaiosamu さんと @higekuma3 さん のブログ記事にいたく刺激を受けたからです。
おふたりの主張で私が触発されたのは、Google、というより「検索」に対する部分でした。
◆googleが、「今」に対して、何もアドバイスないね。「過去」しか。って賢い人は、気づき始めてる。
◆編集を排除してる点で、終わってるなぁ。って。
(「Microsoftどころか、GooglezonDelの衰退」より引用)
◆Googleは「すでに何をしたいかがわかっている」状態の時に使うものなのだ。
◆検索するってものすごく主体的な行動で、みんなそんなに「自分が何をしたいのか」を自覚できてないんじゃない?
(「AISASにはかねがね懸念があった」より引用)
そしておふたりとも、twitterなどのソーシャルメディアの存在が大きくなってきたことを挙げられています。
「Googleに頼らなくても、iPhoneアプリとかtwitterで聞いたほうが早い」
「ソーシャル空間は、時として「自分が何をするべきか」を教えてくれる」
「検索エンジンという機械に頼っていた我々が、再びヒトとヒトとの関係性に頼り始めた」と言えるのかもしれません。
そして、私は考えました。
「確かに“機械⇔ヒト”という構図(切り口)で見ることもできるが、別の構図も見えてくる」

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