意識的に"accept"する


3分間ラーニング, 講師の公私

前々回のエントリーでもお伝えしたように、IAFというファシリテーションに関する国際カンファレンスが東京で開催され、そこで海外からの参加者も交えたワークショップを行いました。

本大会後には、海外の著名ファシリテーターのポストセッションも開催されたのですが、そのひとつが、ここ丸の内の慶應MCCで行われ、それには一受講生として参加しました。

タイトルは『グラフィック・ファシリテーション』で、ファシリテーション・グラフィックの第一人者であるレイチェル・スミスから、様々な技術と姿勢を学びました。

その中で印象に残ったのが、彼女が言った

「受け入れる(accept)ことが重要です」

という言葉でした。



この言葉は、「たとえグラフィックを描いている途中で、ちょっとミスしたな、と思っても、それを受け入れる(accept)ことが重要」という文脈で出てきました。

きれいにミスなく描くことは、さほど重要ではない。
もちろん、「きれいに見せたい」という己のプライドでもない。

重要なのは、自分が描いたグラフィックが、その会議やワークショップに対して効果的かどうか。

常に上位目的を忘れない、というのは、私たちが肝に銘じておくべきことです。



ですからこれは、別にファシリテーション・グラフィックに限らず、私たちの活動全般で重要なことです。

「手段を目的化するな」ということですね。

もっと具体的に言えば、「気にする必要がないミスは気にしない」のが、この"accept"には込められていると思います。

このミスは確かにミスだが、それがどれだけインパクトがあるのが。

「たいしたことじゃない」と、割り切る強さを持ちたいものです。

※もちろん、なんでもかんでも「たいしたことじゃない」と、自己の正当化に使ってはダメですが(笑)



では、こうした「大勢に影響を与えないちょっとした失敗」の他に、どのような"accept"すべき対象があるでしょう。

私は、『ダメな自分』も受け入れるべきと考えます。
「自分はできている」と思った時点で、成長は止まります。

成長する、または前に進むためには、「自分はまだまだできていない」と、現実を"accept"することがスタートラインなのです。



また、様々な『不公平/不平等』も、全てに不満を唱えるのでなく、時と場合によっては受け入れるべきでしょう。

特に自分自身の『妬み』から唱えるそれは、黒い感情しか生み出しません。
「あの人は苦労せずに稼いでずるい」などと他者を妬み、挙げ句の果てに他者を非難したり、引きずり落とそうとするのは本当に非生産的です。



しかし当然ながら、上でも述べたように「何でも"accept"すれば良い」わけではありません。

「これは受け入れがたい」と、主張することも大切です。

逆に言えば、本来受け入れるべきではないことを、私たちは「無意識的に」受け入れているのではないでしょうか。

たとえば会社や社会の制度や仕組み、あるいはトレンドに対して、深く考えることもなく「そういうもの」と受け入れてないでしょうか。



"accept"することは重要ですが、「無意識的に"accept"する」のが、まさに思考停止であり、悪だと私は考えます。



あなたの周りを見まわしてみてください。

あなたは何を無意識的に"accept(受け入れる)"し、反対に何を無意識的に"refuse(拒む)"していますか?



重要なのは、

意識的、つまりちゃんと考えた上で"accept"し、"refuse"することなのです。

プロフィール

桑畑 幸博

慶應丸の内シティキャンパスシニアコンサルタント。
大手ITベンダーにてシステムインテグレーションやグループウェアコンサルティング等に携わる。社内プロジェクトでコラボレーション支援の研究を行い、論旨・論点・論脈を図解しながら会議を行う手法「コラジェクタ®」を開発。現在は慶應丸の内シティキャンパス で専任講師を務める。また、ビジネス誌の図解特集におけるコメンテイターや外部セミナーでの講師、シンポジウムにおけるファシリテーター等の活動も積極的に行っている。コンピューター利用教育協議会(CIEC)、日本ファシリテーション協会(FAJ)会員。

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