2008年10月アーカイブ

先週は更新サボってすいません。
とてもありがたいことに研修、それも泊まりがけが最近多くて・・・

言い訳はこのへんにして。


さて、前回は

◇整理して考えるとは「分けて考える」こと。
◇その分け方には以下の2通りがあること。
 (1)分解:大きな(抽象的な)モノゴトを細かく切り分ける。
 (2)分類:細かくたくさんのモノゴトをいくつかにまとめる。

ということをお話しさせていただきました。

そしてそれを踏まえて

「なぜ私たちは勉強しないといけないのでしょうか?!」

という問いに答えるには、上記(1)(2)のどちらを使って「整理して考える」べきなのか?
そしてどう答えることができるのか?

という宿題を出させていただきました。


いかがでしょう。
あなたなりの答は出ましたか?

私なら・・・やはり(1)の「分解して考える」を選択します。


「なぜ私たちは勉強しないといけないのでしょうか?!」

とあるテレビドラマで、少女が叫びました。
先生達は誰ひとり、この問いには答えられませんでした。

さて、皆さんならこの問いにどう答えますか?


ここで安直に「子供は勉強しなくちゃいけないものだ」とか、「いい大学にはいるためだ」などと答えてしまったら、子供達に底の浅さを見透かされるだけです。

では、どう考えれば、そしてどう答えれば良いのか。

私ならまずこう言います。

「じゃあ、ちょっと整理して考えてみようか」

「キレやすい若者達」

よく使われる言葉です。
私に言わせれば、別にこれは若者に限った話ではなく、日本中、いや全世界的な傾向のようにも思えます。

何かに追い立てられるように余裕がない。
いつも何かにイライラしている。

私もはっきり言って短気な性格です(笑)

ですが、別に常にイライラなんかしていませんし、何かに追われているようにも感じません。

これを『心の余裕』というのは簡単です。
でも、「もっと余裕を持とうよ」と言われても、普通はなかなかできるものではありません。

逆に、「どうすれば余裕が持てる? お前が何かしてくれるのか?」とキレられたら目も当てられません。

確かに心の余裕は大事でしょうが、心の余裕は、やはり経済的余裕や時間的余裕、そして良好な人間関係がそのベースとなるのではないでしょうか。

だから、私は私なりに考えてみたいと思いました。

そして仮説を立ててみました。


「キレる」のは思考停止の一種である、と。


さて、ブログの更新を「忘れていた」という失態から、強引に『習慣化』の重要性に繋げた前回のエントリーの続編です(笑)

前回もお話ししたように、習慣化には「作業モレが無くなる」「作業品質が安定する」というメリットがあります。
ただ習慣化、つまり「わざわざ意識せずともカラダが動く」レベルに持って行くには、「意識しなくてもできるようになるまで、ひたすら意識し続ける」しかありません。

特に悪い癖がついている状態から、良い癖を身につけるには、時間と忍耐が必要です。

論理思考を身につけたいのであれば、今までの非論理的思考、たとえば決めつけや鵜呑みといった思考停止の癖を改め、常に諦めずに考え抜く癖をつけなければならないのです。

これは口で言うほど簡単ではありません。

では、どうすれば「習慣になるまで意識し続ける」ことができるのでしょうか。

私は、私自身の経験則も合わせて、2つのコツがあると考えています。

プロフィール

桑畑 幸博

慶應丸の内シティキャンパスシニアコンサルタント。
大手ITベンダーにてシステムインテグレーションやグループウェアコンサルティング等に携わる。社内プロジェクトでコラボレーション支援の研究を行い、論旨・論点・論脈を図解しながら会議を行う手法「コラジェクタ®」を開発。現在は慶應丸の内シティキャンパスで専任講師を務める。また、ビジネス誌の図解特集におけるコメンテイターや外部セミナーでの講師、シンポジウムにおけるファシリテーター等の活動も積極的に行っている。コンピューター利用教育協議会(CIEC)、日本ファシリテーション協会(FAJ)会員。

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